2004年より音楽監督を務める
ユベール・スダーン(Hubert Soudant)のもと、今まさに充実の時を迎えている
東京交響楽団。このコンビによるアルバム
『ブルックナー:交響曲第7番』が10月1日にリリースされました。ライヴではなくセッションによる入魂の録音です。そこで今回は、プロデューサーへのインタビューなども交えながら、この注目すべきコンビの魅力に迫ります!
蜜月を迎える指揮者とオーケストラ
ユベール・スダーン×東京交響楽団の歩みと展望
文/松本 學
破竹の勢いとはこういうことを言うのだろう。東京交響楽団がユベール・スダーンをシェフに迎えてから見せているオーケストラとしての成長のことだ。昨年度のミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞や、雑誌での年間ベスト・コンサートへのランクインなどでも、彼らが今起こしているムーヴメントは広く認められている。
90年代末頃から東京交響楽団に来演を始めたスダーンは、2004年に音楽監督に就任。まずは得意の
モーツァルトや
ハイドン、
ベートーヴェン作品で、このオーケストラのブラッシュ・アップを開始した。なかでもザルツブルク仕込みのモーツァルトはことのほか評価が高く、団員からも「スダーンでやるモーツァルトは一味違う」という言葉を聞いたことがある。そのハイライトのひとつが、2006年に新国立劇場で上演された『皇帝ティトゥス(ティート)の慈悲』の大成功だ。そのほかにも、
プッチーニの『トゥーランドット』のベリオ補作版による日本初演(2005年)など、企画にもその才を表わした。
企画の才といえば、より記憶に鮮明なのが、2008/09年シーズンの柱となったシューベルトの交響曲全曲演奏会である。これは企画としても演奏としても、きわめてクオリティの高い見事な結果をおさめ、東京交響楽団の“今”を広く知らしめた。彼らは、ツィクルス最初の交響曲第1&4番から、最後の「未完成」&『キプロスの女王ロザムンデ』まで、そのしなやかな歌と柔らかな響きによって、会場に居合わせた者みなをうっとりと酔わせたのだ。
録音リハーサル風景
そして、今シーズンからは
シューマンの交響曲全曲演奏にブラームスの作品を組み合わせるというプログラムを開始、進行させている。スダーンはここで、彼らしい“ひとひねり”を加えている。それは、シューマンを通常のヴァージョンでなく、
マーラーが手を加えた版で演奏するという点。来年メモリアル・イヤーを迎えるシューマンの魅力とともに、ほかの大作曲家=マーラーがシューマンの交響曲をどう評価していたのかという視点をも同時体感させてくれるわけだ。さらに言えば、じつはこのヴァージョン、コンサートはもとより、CDなどでもなかなか聴けないものなので、今回の公演そのものがすでにとても貴重である(録音自体はいくつかあるが、その多くが追加改変を施されていたりするため)。
また、アルバム制作を意識しだしたことも新たな展開として挙げておきたい。自主制作として2004年のベートーヴェン第9や、2005年のブルックナー第8交響曲、2006年のモーツァルトと、1年に1枚のペースでライヴ録音のリリースが重ねられてきたが、2008〜2009年にはシューベルト・ツィクルスをすべて出してくれた。このツィクルス盤は価格がリーズナブルということもあって、会場でもよく売れているようだ。これらのアルバムはすべて東京交響楽団のウェブストア(
http://www.tokyosymphony.com/store/)からも購入できる(一部はiTunes配信のみ)。
そして、いよいよ今回、N&Fからスダーン&東京交響楽団の『ブルックナー:交響曲第7番』がリリースされる。これがセッションで録られたことも嬉しい。このコンビによる緻密なアプローチと、温かく柔らかな響きのミックスされた味わいを余すところなく残し伝えるには、最適な選択ではないだろうか。
ちなみに気が早くて恐縮だが、現在進行中のシューマン全交響曲ツィクルスも、
シューベルト同様リリースされる予定とのことなので楽しみにお待ちいただきたい。
最後に忘れずに補足しておかなければならないのは、このオーケストラはスダーンの就任以前から、現桂冠指揮者
秋山和慶のもと、長きにわたって実直かつ大胆なプログラミング・演奏を繰り広げていたということ。現在の発展は、その果実が、スダーンによっていよいよ豊かに実ってきたということだと思う。
まだまだ不安定さや課題が残されているのも確かだが、2008年に音楽監督の契約期間が延長されたスダーンを軸に、シュテファン・アントン・レックやニコラ・ルイゾッティらとも素晴らしい演奏を繰り広げているこのオーケストラ。まさに今が食べ頃のコンビを聴かずに済ますなど、到底できることではない。
ニュー・アルバム
『ブルックナー:交響曲第7番』の聴きどころ
文/松本 學
端的に言って、じつに細やかな神経の行き届いた演奏だ。音色、対位的処理、そして瑞々しい抒情性など、これまでにスダーンと東京交響楽団が培ってきた美感が、冒頭からひしひしと伝わって来る。また、第1楽章A直前の第2ヴァイオリンの下降音型、あるいは第2楽章のR直前のようなちょっとしたフレーズのまとめ方の丁寧さなどは、オケのアンサンブル能力の優秀さとともに、指揮者とオケとの関係がうまくいっている証左だろう。第2楽章などまさにその典型とも言うべき仕上がりで、息の長いフレージングが旋律の美しさを十全に引き出しているし、ヴァイオリンが6連符の上向アルペッジョを始めるSからのブロード感なども充実。そのほか、第3楽章トリオの弦の歌、第4楽章でのスケール感や強奏時の豊かな響きなど、魅力的な瞬間に事欠くことがない。O(6'34"辺り)からの両ヴァイオリンとヴィオラの絡み合いの緻密さも挙げておこう。トランペットやホルンといった個々のプレイヤーの妙技もおおいに讃えたい。
『ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ノヴァーク版)』
ユベール・スダーン指揮 東京交響楽団
録音:2009年3月27、28日 ミューザ川崎シンフォニーホール
10月1日発売
NF-61202 SA-CD仕様/税込4,000円
※CDプレイヤーでの再生不可
NF-21202 通常CD/税込3,000円