69年、
ザ・ストゥージズとしてデビューした、泣く子も黙るパンクのゴッド・ファーザー、
イギー・ポップ。73年にバンドを解散し、77年から2003年にかけてソロとして15枚のスタジオ作をリリース。2007年にはザ・ストゥージズの再結成アルバム
『ザ・ウィヤードネス』を発表するも、2009年1月に
ロン・アシュトン(g)が逝去。そんな中、イギーがソロ・アルバム
『プレリミネール』を発表した。そこで披露しているのはなんと、イギー流のジャズやシャンソン! そんな驚きの新作について、話を訊いた。
パンクの帝王、文学に挑戦する。イギー・ポップの新作『プレリミネール』は、フランス現代文学の旗手、
ミシェル・ウエルベックの『ある島の可能性』からインスパイアされたもの。もともとこの小説を愛読していたイギーのもとに、ウエルベックのドキュメンタリー映画のサントラの依頼が舞い込み、それが新作へと発展したらしい。通算20作目のアルバムにして初の試みを、イギー本人はかなり楽しんだようだ。
「ものすごく新鮮な体験だった。ウエルベックの主張に合わせて歌詞を書いたのではなく、彼の主張に対する自分の想いを綴ったんだ。だから自意識過剰にならずにすんだ。“こんなことを言ってるのは俺じゃないぞ、あいつだ!”って逃げられるからね(笑)。今、俺は自分が思ってることなんて誰に言う気もない。そういうことは全部、自分の中に留めておきたいと思うようになった。そのかわり今回は、ウエルベックのアイディアをドラキュラみたいに吸収したんだ(笑)」
レコーディングはイギーひとりで、マイアミの川沿いに建つ小屋にアコースティック・ギターを持ち込んで行なわれた。その音源をプロデューサーのハル・クレイギンが大胆に加工していったらしい。
「その小汚い小屋は1925年に建てられたんだ。そこは俺の隠れ家みたいなもので、どっぷりとイギーの世界に入りたい時にその小屋に行くんだ。ストゥージズの『ザ・ウィヤードネス』の曲作りも同じ小屋でやった。みんなでジャムった時は小屋があまりに狭いから、全員がミニチュアの楽器で演奏したんだ(笑)。今は小屋じゃなくて自宅から電話で話しているよ。プールの中から全裸でね! ワッハッハッハ」
本作でも裸のイギーが見え隠れしている。“ロック・ヒーロー”という虚飾を脱ぎ捨たイギーは、シャンソンやボサ・ノヴァ、ニューオーリンズ・ジャズ風のナンバーをじっくりと歌いつつ、そこにはどこかパーソナルな雰囲気が漂っている。とりわけ印象的なのはフランス語でカヴァーした「枯葉」で、繊細さと官能を秘めたイギーの歌声が毛穴から染み渡っていくようだ。
「ウエルバックがフランス人だということもあるけれど、ドキュメンタリー映画を通じて初めて彼を見て、すごく繊細な人物じゃないかと思ったんだ。だから前から好きだった〈枯葉〉をカヴァーすることにした。大波が岩にぶつかり、波が消えるように、恋人同士も離れてしまう……というような美しいイメージが歌詞にちりばめられているんだけど、英語の歌詞よりもオリジナルのフランス語の方がずっときれいなんだ」
ロックという“お約束”から開放され、さらにトラック・メイキングもプロデューサーに委ねた本作で、イギーはヴォーカリストとしての可能性に挑戦した。アルバム・タイトル『プレリミネール』には“準備”、そして“前戯”という意味が含まれているが、ここからイギーの新たなステージが始まるのだ。
「今回のアルバムは、俺にとって非常に面白いプロセスだったよ。前からこういう音楽をやってみたくて、“しっかり歌えるチャンスだ!”と嬉しくなった。新たに試してみて失敗した方法もあったが、当然、それはアルバムには入れてない(笑)。とにかく、自分がどれだけのことができるのかがわかっていい勉強になったし、技術も身についた。俺は今、ある方向へと一歩踏み出したところなんだ。そういえば『ノルウェイの森』を書いたのは誰だっけ? ああ、
ハルキ・ムラカミか。今読んでいるところだけれど、あれは面白い小説だよ!」
取材・文/村尾泰郎(2009年4月)