1990年、劇団四季にて、ミュージカル『オペラ座の怪人』で彗星のごとくデビューして以来、文字通り日本のミュージカル界を牽引してきた石丸幹二。2009年のフリー転身後はソロ・アーティストとして活躍する一方、俳優、司会などにも活動の幅を広げてきた。そんなトップスターの音楽人生を凝縮したのが、今回同時にリリースされた『The Best』と『Duets』だ。どちらも本人が厳選したソロ曲、デュエット曲がたっぷり収録されている。デビュー30周年の今年、2枚を通じてどんなメッセージを届けたかったのか。その思いを伺った。
New Album
石丸幹二
『The Best』SICL-30052〜3(CD+DVD / 初回生産限定盤)
※CDのみの通常盤(SICL-30054)もあり。――今回の『The Best』は石丸さんご自身が選曲されたそうですね。曲選びにあたって、なにかコンセプトはありましたか?
「デビュー30周年の企画ということで、私の歩みが楽曲を通じて伝わるものにできればいいなと。平凡ですけど、やはりその気持ちがいちばん大きかったですね。それで2010年のソロ・デビュー以降にリリースしたアルバムから、強烈な記憶となって残っているものを選んでいきました。ところがザッと書きだした段階で、とてもCD1枚には収まらない分量になってしまって」
――それだけ思い入れの強い楽曲が多かったと。
「はい(笑)。これは困ったぞと思い、レーベルのご担当者に相談したところ、それならソロ曲とデュエット曲をそれぞれ別のアルバムにまとめたらどうだろうと。それで『The Best』と『Duets』を2枚同時にリリースすることになりました。それぞれ、今回新たに1曲ずつレコーディングしました。ベスト盤とはいえ最新作として世に出す以上、新録音はマストでやりたかったので」
――『The Best』の方はアルバムそのものが一つの物語になっているというか、ドラマティックな起承転結も感じさせます。
「そう感じていただけるとすごく嬉しいですね。アルバム前半は劇団四季時代に歌っていたレパートリーが中心で、後半はソロ・デビュー以降の楽曲を並べています。完全に時系列ではないのですが……ただ、右も左もわからない若僧がいきなりミュージカルの世界に飛び込み、いろんな経験を重ねながら少しずつ表現の幅を広げていく。そういうプロセスが感じられる曲順にはできたかな。収録曲のタイプも豊富で、大編成のオーケストラと共に朗々と歌っている曲からリュートという古い弦楽器の演奏だけの曲まで、音量レベルにそうとうばらつきがあるんです。それを違和感なく聴いていただけるように、熟練したエンジニアの方にバランスを細かく調整してもらいました」
――個別の収録曲についても、いくつか教えてください。『The Best』の冒頭を飾る「僕の願い」はミュージカルではなく、ディズニーのアニメーション映画『ノートルダムの鐘』(1996年)の歌ですね。
「これは30歳のときですね。初めてアニメーションの吹き替えを経験しました。なかでもこの楽曲は思い出深いナンバーで、生で聴いてみたいというお客さまからの要望も多く、近年はソロ・コンサートでよく歌っていたんです。パンチもありますから、CDの幕開けにぴったりなのかなと」
――そういえば、CD付属のブックレットの自筆解説もすごく面白かったです。文章は淡々としていますが、主役として作品を背負って立つプレッシャーや、同じミュージカルを何百回も上演する大変さに圧倒されました。書きながら、自分史を振り返るようなところもあったのでは?
「そうですね。“あのとき僕は若かった”じゃないけれど(笑)、思い出すままに筆を走らせつつ古いフォト・アルバムをめくっている感覚がありました。じつは昔から、CDを購入すると、こういう付属の資料を読むのを楽しんでいたんですね。だから、手元に置いていただく意味がしっかりと感じとれるモノにしたかった。それもあって今回、わりと踏み込んで書いています(笑)」
――「恋のさだめは」は、ミュージカル『アスペクツ オブ ラブ-恋は劇薬-』の劇中歌。石丸さんにとって初の大型ミュージカル主演作でした。自筆解説では「毎回、楽屋でがっくり肩を落とし、先輩たちに励まされ引っ張られ、なんとか務めていました。」と回想されていますね。
「ええ、本当にそうでした(笑)」
――結局27歳から40歳まで計328ステージを務められ、今もコンサートでは重要なレパートリーになっているわけですが、年齢を重ねることによって歌の解釈が替わってきたところはありますか?
「すごくあると思います。この曲は、日本語の訳詞を、浅利慶太先生が書かれてるんですね。当時、60歳前後だったのかな。オリジナルを直訳するのではなく、(浅利先生自身の)人生を振り返り、思うところを、劇中の主要キャラクター5人のうちジョージといういちばん年配者の視点を借りて詞にしてみたんだよ、とおっしゃっていたのを憶えています。“もし石丸君が、年齢を重ねてこの役を演じることがあったら、そのつど別の思いでこの詞を歌うことになるだろうね”と。50代の半ばを迎えた今、浅利先生の言葉が身に染みますね」
――そういった思い出深いミュージカル・ナンバーに加えて、『The Best』にはソロ・デビュー以後のしっとりとした楽曲も多数収録されています。たとえば「こもれびの庭に」は、フランスの国民的歌手アンリ・サルヴァドールが82歳にして放った生前最後のヒット曲です。
「〈こもれびの庭に〉は劇団四季を離れて充電しているときに、友人が教えてくれた曲なんです。情熱とエネルギーを使い果たして、家でゆっくり過ごしていた私の心に強い一撃となりました。世界にはこんなかっこいいお爺さんがいるんだって(笑)」
――囁くような、呟くような歌い方が印象的ですね。大きな劇場の隅々にまで声を届けなければいけないミュージカルとは、また違う難しさがありますか?
「そうですね。2013年の『Love Songs』というアルバムへの収録でしたが、最初はかなり苦労しました。もともとクラシックの声楽を学び、その後はミュージカルの世界にどっぷり浸かっていたので、朗々と歌いあげるスタイルが染みこんでいます。アンリの表現は、いわばその対極ですから。といって、声のボリュームを絞ってボソボソ歌えばいいというものでもない。小さい声だけれど、心にしっかり届き、しかも心地がいい歌い方とは、なんて難しいんだろうと痛感しました。派手さはまったくないけれど、そよ風のように歌えればと、コンサートのたびに思っています。ちなみに弱音への挑戦という意味では、〈小さな空〉もまったく同じ」
――日本トップのリュート奏者、つのだたかし氏とのコラボ曲ですね。
「はい。これもアンリ・サルヴァドールを歌う感覚と似ていて。リュートというヨーロッパの古楽器は、数ある楽器のなかでもっとも音が弱いものの一つなんですね。つのださんとは2011年上演のシェイクスピア劇『十二夜』で出会い、その後は毎年デュオのライヴを開いているんですが、最初の頃は練習しながら“石丸さん、そんなに身体を鳴らさなくていいからね”とよく言われました。自分の歌を押し出すのではなく、相手の奏でる微かな音にしっかり耳を傾けて、ちょうどいいバランスで織りこんでいく感覚かな。やればやるほど難しい」
――劇場映えするミュージカル・ナンバーから最弱音楽器とのコラボ曲まで、ダイナミック・レンジの広さもまた『The Best』の魅力かもしれません。今回新たに録音された「美の真実」は、2010年ロンドン初演のミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』の劇中曲。あの『オペラ座の怪人』の後日譚です。
「1990年に『オペラ座の怪人』のラウル役でデビューして以来、いつかはファントムを演じてみたいと思ってきました。その願いがかなったのが『ラブ・ネバー・ダイ』だったんです。作曲家のアンドリュー・ロイド=ウェバー曰く“ファントムというキャラクターは、まさしくロック”。その言葉をそっくり音楽化したのが、この〈美の真実〉という曲だと思います。ロック調のギターがバリバリ入ったアレンジもかっこいいです(笑)」
――もう1枚のアルバム『Duets』は、タイトルどおり、さまざまなシンガーとのデュエット曲が集められています。
「はい。おかげさまで過去にリリースした5タイトルのアルバムに、これだけのデュエット曲を収録することができました。実際にミュージカルの舞台で歌っていないものもいろいろとあります。たとえば、檀れいさんとデュエットした『キャッツ』の〈メモリー〉や、新妻聖子さんとデュエットした『アラジン』の〈ホール・ニュー・ワールド〉。昆夏美さんとデュエットした〈ポイント・オブ・ノー・リターン〉は『オペラ座の怪人』のクライマックスでファントムが歌う曲。これも僕は、舞台では一度も歌った経験がありません。オーケストラと共に全力で歌いきるという長年の夢が、レコーディングでかないました」
――錚々たる女性スターが並ぶなか、“黒一点”井上芳雄さんとのデュエットが収録されているのも聴きどころです。
「芳雄君とも、舞台ではまだ一度も共演できていない。歳はひと回り以上離れていますが、今のミュージカル界を代表するスターとしてリスペクトしています。同じ大学で同じ師匠に学んだという縁もあったりして、一緒に食事をして、いろんな話をするんですよ。今回収録した〈闇が広がる〉は、1992年ウィーン初演の『エリザベート』の劇中歌。僕も彼もタイミングは違えど、同じく“トート”という死の象徴の役を演じています。今回収録したテイクでは僕が“トート”のパートを歌い、彼がルドルフのパートを歌ってくれている。現実の舞台では実現できなかった組み合わせなので、CDに残す意味が大きいと思いました」
――「まだ終わりじゃない」「無駄にした時間」の2曲は、冤罪をテーマにしたミュージカル『パレード』の劇中歌です。デュエットしている堀内敬子さんは劇団四季の同期で、石丸さんにとってもっとも古い仲間。『パレード』は2021年の1月から再演されますので、最新のパートナーとも言えますね。
「たしかに(笑)。堀内さんとは、時間がどれほど空こうとも、“あ・うんの呼吸”ですぐに息をあわせて歌も芝居もできます。そのデュエット音源を収録できたのは嬉しいし、来年の舞台への意気込みにもなりました」
――アルバム『Duets』には、女声のパートを抜いて石丸さんのヴォーカルのみ収録した“singalong with Kanji Ishimaru”ヴァージョンも7曲入っています。ファンのリスナーは聴きながら、石丸さんとのデュエット気分も楽しめると。
「これもスタッフと話し合う過程で生まれたアイディアなんです。女声パートのみ抜いたトラックというのは、今まで作ったことがなかったので。オリジナル・アルバムをすでに持っておられる方も、カラオケ感覚で楽しんでいただければお得じゃないかなと(笑)。加えて今年は新型コロナウイルスの影響で、劇場に足を運ぶのがなかなか難しい状況になり、家にいながらにして少しでもミュージカル気分を味わっていただきたい。そんな私なりの願いもありました」
――10月11日には、渋谷・Bunkamuraオーチャードホールで無観客ライヴが開催されます。最後にメッセージをいただけますか?
「30周年に向けていろいろな企画を考えていました。このような事態になり、お客さまとホールでお目にかかれないのは本当にもどかしく、残念です。でも、ずっと落ち込んでいるわけにはいかない。発想を逆転させて、オーチャードホールという国内最高の音響環境を、ご自宅で身近に楽しんでいただければと。ホールいっぱいに響きわたる声を独占できるのは、きっとまた違った贅沢さがあるはず。エンターテインメントの世界が大変なこの時期だからこそ、ぜひ楽しんでいただければと思っています」
取材・文/大谷隆之
写真/Atsushi Nishimura / Sony Music Labels Inc.
〈石丸幹二 デビュー30周年 The Best & Duets 発売記念 ONLINE LIVE〉ゲスト:濱田めぐみ / 井上芳雄
*ゲストは当日に事前収録をしたVTRでの出演となります。
10月11日(日)19:00〜
チケットの購入や視聴方法など、詳細はStreaming+(
イープラス )のウェブサイトをご覧ください。