ヤコブ・ブロというギタリストは謎のギタリストだ。
カート・ローゼンウィンケルと同じく
ポール・モチアン・バンドの出身者だが、カートとは似ても似つかない。自身のアルバムもジャズ・ギターというより、エレクトロニカやポストロックのような響きを持った作品だし、自身で作り上げたエレクトロニカのような作品をリリースしたり、電子音楽家のトーマス・ナック(
オピエイト)と共作を発表したり、近年ではジャズ・ロックと音響派の中間のような作品をリリースしてみたりと、自由すぎる活動でむしろロックやエレクトロニカのリスナーからの支持が高くなっている。そんなヤコブ・ブロが、明らかに相性抜群のECMと契約。傑作を2作リリースし、今度はジャズ・リスナーを喜ばせている。そもそもこの人はどんな人なのかを聞き出すべく取材を敢行。その浮遊感満載の掴みどころのないサウンド同様、のらりくらりと絶妙にかわしていくヤコブ・ブロはやっぱり不思議な人でした。そんな取材の一部始終です。
――今、日本語を勉強してるそうですね。
「平仮名とカタカナを勉強してるよ。(日本語で)ヒラガナト、カタカナヲ、カキマス。カケマス?カケマス!カンジハ、トテモ、ムヅカシイデス(流暢)」
――トーマス・モーガンも日本語の勉強してるんですよね。普通に日本語、話しますもんね。
「彼は10年くらい勉強してるからね、僕とは違うよ。彼は5000カンジ(漢字)書ける。僕は30カンジ(笑)」
――さて、あなたはとても特殊なギター・プレイヤーで誰にも似ていない。どうやってそうなったのか、僕はとても関心があります。
「僕にとって最初のギタリストは、もともとトランペットを吹いていた僕をギターに転向させてくれた人なんだけど、それは
ジミ・ヘンドリックスなんだ。ジミヘンを聴いて、ギターをやってみようって思った。もちろんほかにもいろんなギター・プレイヤーを聴いてるけど、僕はジャズを聴いて育ってきて、ハイスクールに入るちょっと前の年頃にはロックも聴くようになって、またすぐジャズに戻った。この手の音楽で、どうギター・サウンドを取り込めばいいか、どうやって曲を作ればいいか、とても悩んでしまってね。僕はトランペットやサックスのアコースティック・サウンドが好きだったから、自分の生み出すサウンドはこれでいいのだろうかってつねに考えていた。そうしたら、こういう音になったんだよね」
――あなたのフレージングにはトランペットっぽさがある気がしますし、ギター以外の楽器との相性のことを考えて作ったというのはすごくわかりますね。
「あと、僕が大事にしていることは、どんな音楽を聴いても、その音楽と関連性があるものになにかしらの影響を受けるから、誰かの音楽と繋がってしまうことを恐れないってことかな。
(ジョン・)コルトレーンを聴いていても、彼が影響を受けたもの、影響を与えたものに繋がっている。
(セロニアス・)モンクもそう。自分が音楽をやるうえで、自分の音楽が誰っぽく聞こえるっていうのは良くないことかもしれないけど、同時に共通するものがあるってことは、とても美しいことだと思うんだ。だから、共通項が見つかることはとても重要だと思っているし、見つけようとも思っている。たとえば、
オーネット・コールマンや
チャーリー・ヘイデン、
ドン・チェリーを聴いていると彼らの共通点が見えてくる。
ゲイリー・ピーコックや
トマシュ・スタンコや
ヤン・ガルバレクを聴いていると、たくさんの繋がりが見えてくる。それぞれの似ているところを探していけば、彼らの音楽のとても美しい部分が見つかる。だから、僕はほかの楽器からの影響をギターに反映させようといつも思っている。僕は共通点を見けられることを恐れてはいないから」
――あなたの音楽を聴いていると、“ギターにしかできない音”を使う意識が高いと思います。でもいわゆる技巧的なものではなく、ギターでしかやれない音楽だと思います。
「いつもギターで作曲してるからね。自分の頭の中で鳴っているものや、聴こえてきたものに対して忠実に曲を書くようにしているし、演奏でも作曲でも、つねに自分の領域を広げるように心がけている。自分が書いた曲そのものもいいと思うけど、そこに
トーマス(・モーガン)や
ジョーイ(・バロン)が入ってくると、まったく別のものになるのが重要かな。彼らのような異なるバックグラウンドを持つミュージシャンのインプロヴィゼーションが加わると、曲に変化が生まれるし、彼らは毎晩違う演奏をするから、僕の曲はつねに違う形になり続けているとも言えるね」
――たとえば、最近のあなたの作品『Streams』(ECM / 2016年)や『Gefion』(ECM / 2015年)に関しては、どのくらいが譜面に書かれているもので、どのくらいがインプロなんですか?かなり即興部分が多いのかなって気がしましたが。 「言葉にするのは難しいね。でも、あまり複雑なものは書いてないよ。僕が最も大事にしているのはアトモスフィアだね。アトモスフィアを感じ取って演奏すること。そして、みんなでいっしょにストーリーを作っていくんだ。ジャズだとワンコーラスをまずメロディを弾いて、そのあとソロからソロってあるけど、そういう形式はあまり好きじゃないんだ」
『Streams』
――そういうジャズ的なソロ回しじゃないことって、あなたも一緒に演奏経験があるトマシュ・スタンコもやってると思うけど、たしかにトマシュよりもっとアトモスフィアに特化してると思います。
「トマシュもまさにそういうジャズ式じゃない音楽をやっているよね。僕らは幅広い視野を持ったトリオだから、いろんなことをやれるんだ。ジョーイとトーマスにはとても感謝していて、彼らはその場でサウンドを聴いて、その場で自分なりの解釈で音楽を作っていくのが好きなんだ。ふたりともイマジネーションがすごいからね」
――あなたの音楽はジャズというよりエレクトロニカのように聞こえる瞬間がある。そういうイメージってありますか?
「あんまりジャンルのことは考えたことがないかな。あえてジャンルを挙げなければいけないとしたら、ジャズのインプロヴィゼーションがいちばん近いと思うけど、あまり考えてないよ。同じ曲でもソロとトリオ、クァルテットでサウンドはまったく変わってくるしね」
――昨日のライヴで、自分でプリセットしたのかもしれないけど、電子音みたいなのを足元のペダルで鳴らしてたりしたと思うんだけど。
『Gefion』
「昨日のライヴだよね?やったよ。思いついたから即興的にやってみたんだ。昨日はいままで行ったことがないようなところまで行けた気がした。トーマスは弓を使って演奏してみたりしてね。昨日のトリオはとても新鮮で新しい感じがした。毎晩プレイしてると、変化はあまりつかなくなってきて、少しずつしか変わらないんだ。でも昨日はとても大きく変われた感覚があったね」
――へぇー。
「部屋の雰囲気やサウンド、オーディエンスの環境が影響してると思う。それから。今年1月にNYでライヴをやってから、2ヵ月くらいのオフがあった。でもその間、僕らの中から曲が消えてしまうわけじゃないから、その期間に心の中で曲が変化したんだろうね。きっとそれがステージで形になったんだ」
――ちなみに使用楽器はジャズ・ギタリストがあまり使わないフェンダーのものですね。
「色が好きなんだ(笑)。使い始めて1年半くらいかな。もっと大きいホロウボディのギターを使っていたけど運ぶのが重くてね。スタジオでレコーディングしていたとき、高いギターがいっぱいあったんだけど、そういうのといま使ってるギターを弾き比べてみても、あまり違いがわからなかったんだよ(笑)。すごく安いギターなんだけど、サウンドは気に入っている。ギターっていうと、
ジム・ホールの逸話があるんだけど、ジムがニューヨークのブルーノートで演奏してたら、ある観客から“あなたのギターのサウンドは素晴らしい”って声をかけられて、ジムが“じゃあ今、ステージにあるギターはどうかな?”ってその客に言ったんだ。ギターは弾き方で変わるんだ、誰も触っていないギターはただのギターにすぎない。弾き方や鳴らし方でギターは変わるんだよ」
――なるほど。あなたが弾けばどんなギターでもあなたの音になると。ちなみにエフェクトとの相性を考えて、そのギターを選んだとかそういう考えはどうですか?
「それはあるかな。ピックアップも好きだし。温かいサウンドがするんだよね。シングル・コイルじゃないんだけど、シングルっぽいし。でもときどき、アンプからノイズが聞こえてくることもあるけどね(笑)」
「ずっとやっていたバンドがあって。僕の音楽は基本的にシンプルで静かで空間が多いサウンドだよね。でも、僕の曲を音がたくさんあるバンドでやったらどうなるかやってみたかったんだ。サウンドもエクスペリメンタルだし、曲がどう変化するかを見るための実験ともいえるよね。11人編成のバンドってそもそもあまりやらない。費用も安くないしね。じつは、ECMから『Gefion』でデビューする前にレコーディングしていたんだけど、ECMと契約しちゃったから、出せなかったんだ。でも、フリーで出すんだったらいいよってECMから言われたから、フリー・ダウンロードって形で出したんだ」
『Hymnotic / Salmodisk』
――これって、このために書いた曲なんですか?
「別のプロジェクトのために書いた曲だね。いろんなバンドのサウンドをミックスしようとしたんだ。トリオがあって、クァルテットがあって、ソロがあって、そういう曲を11人編成の中で混ぜようとしたんだ。あと、今は聖歌隊向けに曲を書いてるんだ」
――それはECMにですよね?
「たぶん(笑)。まだなにも決まってないんだ。でも、10月にクァルテットのアルバムが出るよ。ライヴ・アルバムをNYでレコーディングしているから、順番だとその次が聖歌隊かな。出せるといいけどね」
――それは楽しみです。ほかにもいろんなプロジェクトをやっていますよね。たとえば、電子音楽家のトーマス・ナック(オピエイト)とのアルバム『Bro/Knak』(Loveland / 2012年)。あれはどういう経緯ですか? 「彼はデンマークの僕と同じ街に住んでたんだ。でも、知り合ったのはNYに移ってから。ベース・プレイヤーの
ベン・ストリートが彼の大ファンだったんだ。ベンと僕はルームシェアしていたから、彼がトーマスの音楽を聴かせてくれた。それでコペンハーゲンに戻ったとき、彼とコンタクトを取って話したんだ。良いやつだったね」
――あれってどこまでがあなたのギターなのかわからないくらい編集されてると思うけど、どういうプロセスで作ったんですか?
「実験的なもので、半分が僕の音楽。僕がレコーディングした音をトーマスがリ・プロデュースして作ったんだ。当時、僕は特殊な作曲方法で曲を作っていたんだ。それまでのやり方から脱したいと思っていたから。だからその作曲方法であのプロジェクトをやったんだ」
――特殊な方法って?
『Bro/Knak』
「チェロやハープやテルミンとか、いままで使ったことがない楽器を使って作曲したりした。僕にとっては新しいことだった。インプロの世界を追求していたので、即興してみてそれを録音しておいて、いいなって思ったらそれを譜面に起こしてみたり、あとはレイヤーを重ねて録音したりとか。日本のアートフォームで、一度書いたら修正したらいけないやつ……あ、書道!ライナーノートを書いた人が書道にたとえていた。その場で出した音はなにも変えていないからね。そんなことをやって作ったアルバムなんだ」
――ちなみにオピエイト以外、そういうエレクトロニクスな音楽をやるような人たちと交流はあるんですか?
「コペンハーゲンにいるマイク・シェリダン。それから
トレントモラーはデンマークだけじゃなく世界中で演奏している、ちょっとロック寄りの人。小さい国なんでいろんな人と交流があるよ」
――僕がいちばん最初にヤコブをこの人誰なんだろう?って思ったのはこの『SIDETRACKED』(Loveland / 2005年)ってアルバム。もっと前のアルバムはジャズだなって聴いてたんだけど、これはちょっと違うって思ったんです。 『SIDETRACKED』
「これで最も大事なことは、すべて自分でやろうと思って作ったアルバムだってこと。歌もピアノもギターも自分でやって、そのレイヤーを重ねていった。スタジオ・プロダクションにかなり時間をかけたね。全部自分でやることに意義があって、曲に生命を吹き込んでいくような作業をやってみたかったんだ。バンドでやると、最初から生命を与えられていると思うんだよね。あと、この頃はそれほど音楽をプレイしたいっていう時期じゃなくて、ツアーもしていなかったんだ。だから、コンポーズしたいって気持ちで作ったアルバムだね」
――ツアーをやってない時期はなにをしてたんですか?
「ひたすらスタジオに篭ってた(笑)。曲を書いたりしてね。だからものすごく時間をかけて作ったアルバムなんだよ」
――このアルバムが日本で出たとき、ジャズ・コーナーだけじゃなくて、テクノやエレクトロニカのコーナーでも売られていて、これってジャズ・ギタリストのヤコブ・ブロと同じ人なのかな?って思ってた人もいたと思います。
「これは変なメッセージだったのかもしれないけど、当時の僕はジャンルとかカテゴリーとかに縛られたくなかったんだ。自分が発したいってものを、そのまま発したって感じなんだ。これは自分でプロデュースもやった。ECMに入って楽になったことはいっぱいあるけど、こういう音楽はもうダメだろうね(笑)。スタジオに篭って2年かけて作るとか、マンフレート(・アイヒャー)がダメって言うと思うよ(笑)」
「たしかにね。たぶんあれはマンフレートがスタジオにいなかったんだと思うよ(笑)」
――以前、ダヴィにインタビューしたとき、彼が最初に作ったアルバム『Continuum』(Pi Recordings / 2012年)がすごく変なミックスで、すごく変なプロダクションである理由を聞いたら、それはベン・ストリートが協力してくれたからだって言ってたんです。ベンってジャズ・ベーシストのイメージがあったんだけど、いろんな面があるんですね。 「ベンは自分の音楽をかなり長いこと作り続けてるんだよね。あれ、完成しないんじゃないかな……。もしベンにインタビューの機会があったら、(制作が)終らないみたいだけど、どうなったの?って聞いてみるといいよ。すごく美しい音楽だよ。エレクトロニック・ミュージックの要素があって、とてもクワイエットなんだ。でも、僕はあの制作は終らない気がする(笑)」
――あなたの、すごく手数が少なくて、アンビエンスが心地よくて、メロディアスなギターはどうやって生まれたのかとても興味があるんですよ。
「難しい質問だね。長いプロセスを踏んでこういう音になったというべきかな。ずっとインプロヴィゼーションを続けてきたから、僕の人生のベーシックにはインプロがある。僕自身、もともとビ・バップを学んで、ジャズの言語に興味を持った。でも、そこからいろいろな経験をして、今の音楽に辿り着いたんだ。音楽は僕のなかに存在している運命の赤い糸のようなものだと思う。なにかひとつのこれっていうポイントや理由があるんじゃなくて、様々な経験を経て、それらが自分の中で徐々に発展していった結果が、いまの僕の音楽だと思うんだ」
――なるほど。そういえば、5月にはまた来日されるんですよね。
「次はソロでね。ソロってあまりやってないんだ。トリオだったら同じ音楽や空間を共有して、演奏しながらお互いに共感できるけど、終ったあと、ひとりってなんとなく寂しいね。でも、オーディエンスに助けてもらおうと思ってるよ(笑)」
Bro / Kazuma / Masaki live
ヤコブ・ブロ(e-g) / 藤本一馬(a-g) / 林 正樹(p)
2017年5月12日(金)東京 神田 フクモリ mAAch ecute 神田万世橋店
タナフクモリ開場 19:00 / 開演 19:30
前売 / 当日 4,500円(税込 / 1ドリンク込)2017年5月13日(土)兵庫 姫路
HUMMOCK Cafe開場 18:00 / 開演 19:00
前売 / 当日 4,500円(税込 / 1ドリンク別)2017年5月15日(月)北海道 札幌
PROVO開場 18:30 / 開演 19:30
前売 4,000円 / 当日 4,500円(税込 / 別途ドリンク代) 2017年5月14日(日)東京 西麻布
SuperDeluxe開場 17:30 / 開演 18:30
前売 2,500円(税込 / 別途ドリンク代)