「どういうキャンバスがこの作品にとって一番幸せなのか」──数々のヒットCMや映画音楽を手掛ける音楽作家、ジェイムス下地に訊く。

ジェイムス下地   2015/02/06掲載
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 「ペプシマン」「カーキン音頭」など、数々のヒットCMの音楽作家として知られるジェイムス下地。映画『PARTY7』のサウンドトラックを手がけるなど、映画音楽の世界でも活躍する彼が映画『LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標』オリジナル・サウンドトラックを担当。『PARTY7』ではテクノ、ハウスといったクラブ・ミュージック、新作では2014年的な解釈のジャズ・ファンク、ブルースを聴かせたりと彼の音楽性は幅広い。ジェイムス下地の持つ音楽のバックボーン、『LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標』の音楽へのこだわりなど、話を聞いていこう。
――まず、ジェイムス下地さんの音楽のルーツから聞かせていただきたいのですが。
 「音楽は物心ついた頃から好きでしたね。3〜4歳からビートルズが好きで、ビートルズばかり聴いてました。邦楽はほとんど聴いてないですね。70年代だと当然クイーンとかツェッペリンとかを聴いたり。あと、FM東京(現TFM)の公開録音でブレイク前のYMOを観にいったりしました。80年代は、ニューウェイヴやヒップホップが出てきて、いろんな音楽を聴いてました」
――ご自身で音楽をやりはじめたのは?
 「おじさんが持ってたギターをいじるくらいで、自分でバンドをやるとか一切なかったんです。高校のときにブラスバンド部に勧誘されてなんとなく入って、楽器を真面目にやったのはその3年くらいです。自分で曲を作りたいとかも全然なかったんです(笑)。打ち込みを始めたのは大学に入ってから。ローランドのMC-4のあとのMC-8、ヤマハのQX21とか、わりと安いシークエンサーが出てきたんです。ヤマハのミュージック・コンピューターって、タイプライターのキーボードがついていて、カセットを挿すと音符で入力できたりっていう怪しいものがあったんです(笑)。低価格ということもあったので面白がって作ってました。当時、矢野顕子さんや坂本龍一さんが(打ち込みで)ひとりで曲を作っていて、その真似事を始めたんです。ただ、それも遊び程度でした」
――大学は、日本大学芸術学部放送学科だったそうですが。
 「僕は音楽で就職するつもりはまったくなかったんですよ。放送学科に入ったのも、テレビ関係やCMディレクターになりたかったからで」
――そこからどのように、音楽の道へ入っていったんですか。
 「音楽の入り口は、元々はCMでした。大学4年のときにゼミの先生が博報堂の方で、CM撮影の現場に連れていってくれたんですけど、いざ制作の現場を見たらCMディレクターって大変だなと思ったんです。当時は、まだ徒弟制度みたいな雰囲気があって、照明さんとかカメラマンが下っ端の子にガンガン蹴りを入れてる時代で(笑)。万が一制作会社に入っても、これは辞めるなって思ったんです。たまたまそんなときに、1988年にヴァン・ダイク・パークスが初来日して、ベースで細野(晴臣)さんが参加してたんですよ。中野サンプラザだったんですけど、客席の回りを見ると、鈴木慶一さんや鈴木さえ子さんとかミュージシャンがたくさんいました。あのときに、50歳過ぎてプロデューサーをやって、ゆるりとした感じで音楽を作ったりするのが面白いんじゃないかって、なんとなく思ったんです」
――ヴァン・ダイク・パークスの佇まいがとてもよかったと(笑)。
 「そうですね(笑)。そのあと、ゼミの先生に誘われて、初めてCM音楽の録音現場に行ったんです。その現場は、歌が河島英五さんでアレンジが服部克久さんっていう大きなプロジェクトだったんです。80年代は、坂本龍一さん、山下達郎さんとか、いろんな人がCM楽曲を書いていた時代で、あとはボーイ・ジョージが焼酎のCM(タカラCANチューハイ)に出てたりして。糸井重里さん、川崎 徹さんといったCMディレクターがトンがっていた時代で、80年代は媒体としてCMが最先端だったんです。それに、CM音楽って、ほっといても数千万単位の人が聴くわけじゃないですか。CMってこちらのさじ加減でなんでもできるんだな、媒体として非常に面白いなと思ってCM音楽に興味を持ったんです。そんなときに大学のゼミ合宿で、自分で企画を書いて音楽もつけたプロモーションビデオを作ったんですけど、たまたまCM音楽会社の人がそれを観て、“ウチで働かない?”って誘われて、大学4年の夏からバイトで働きはじめたんです」
――それがCM音楽制作会社のMR.MUSICで働きはじめたきっかけだったんですね。
 「そうです。ブラスバンドをやっていたから譜面もそこそこ読めたりして意外と重宝がられて。当時プロデューサーが4人ぐらいいて、その現場ディレクターを全部ひとりでやるようになったんです。会社に入って2日目にデビュー前の小野リサさんのマニュピレーションをやったり、社長に“夕方録音するから譜面書いといて”って言われて音も作ったり(笑)。7月から働きはじめたんですけど、“もう学校行くな”と言われて(笑)、9月くらいにはひとりで働いてました。ひと月、5〜60本の現場を回してましたね」
――それは鍛えられますね。
 「はい。あとちょうど88年に、マッキントッシュがパフォーマってアプリケーションを出して、音楽業界を席巻しだしたんです。2MBのメモリーに40MBのハードディスクで、150万円コースって時代でした(笑)。プリセット表を見ながら、音を出して打ち込んだりしてましたね(笑)。それでいろいろやってたら、いろんなミュージシャンの間で、“あそこの会社で働いてる小僧が結構やり手らしい”って噂が広まったんです。あと当時はMR.MUSICってレコードの制作もやってたんです。今でこそカリスマになってますが、近田春夫さんが専属作家で、President BPMの〈Hoo! Ei! Ho!〉(高木 完藤原ヒロシのユニットTINNIE PUNXがフィーチャリング)とか、ヒップホップの走りとなるような作品を全部そこで制作してたんです。ちょうど僕が入ったくらいにキョンキョン(小泉今日子)のアルバム『KOIZUMI IN THE HOUSE』を近田さんが作ってて、あの作品も全部一緒に作業したんです」
――『KOIZUMI IN THE HOUSE』も手がけてたんですか。
 「そうなんです。その会社が面白い人が集まる場だったんですよ。川勝正幸さんとかECDが遊びにきたり、ブレイク前の電気グルーヴがリミックスの手伝いにきてくれたり。本当にいい場でしたね」
――80年代末から90年代入るくらいの、いろんなカルチャーがミックスしてた時代ですね。
 「そうそう。だから僕、ビブラストーンの楽曲も結構リミックスしてました。でも元々音楽作家志望ではなく、本当はCMディレクターになりたかったんですけどね(笑)。ただ、ディレクター志望だったから、ミュージシャンの人よりも、コンテや企画の意図を読み取る能力があったんです。作曲能力は荒いけど、インパクトの強いものが作れたんです」
――クライアントの狙い通りに、音で明確に表現できたと。
 「そうですね。CM音楽って、作りが立派だったらいいわけじゃなくて、どれだけインパクトがあるかですからね。徐々に音楽制作の依頼が増えて、そしたら“お前は現場やらなくていいから、作曲をやれ”ってことになったんです」
――なるほど。CM音楽だけでなく、その後、映画音楽にも携わるようになられたわけですが、やはり映画『PARTY7』(2000年公開)でのクラブ・ミュージック色の強いサウンドトラックは印象深いですね。
 「最初の映画音楽は『ウルトラマンゼアス』(1996年公開)だったんです。とはいえ、映画音楽への興味があったかというとそうでもなく。『PARTY7』は監督の石井克人さんがCMのディレクターで、たまたまCMの録音で一緒になったとき、“今、映画やってるんだけど、音楽作ってくれる?”“いいですよ”って軽いノリでやることになったんです。当時ああいう音楽をつける邦画はなかったので、多くの方の印象に残ったみたいで。あと、『REDLINE』(2010年公開)の音楽も石井さんが脚本をやられてた流れでやったんです。ストーリーがあってないような映画だから、映画館でデカい音で観ると面白いんです。元々、クラブ的に気持ちよく終わるみたいなコンセプトで作った音楽だったので。いまだに爆音上映でやるとたくさんの方が観に来てくれますね」
――では、映画『LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標』の話題にいきましょう。これまでのサウンドトラックはプログラミング主体の音作りでしたけど、今回は生音ですね。オファーが来たときはどんなものを作ろうと思ったんですか。
 「去年の7月くらいに、小池 健監督からTwitterのDMで“ルパンの映画を作ってるんですが、音楽をやってもらえますか?”ってきたので、“喜んで”と返信したんです。その前に『LUPIN the Third -峰不二子という女-』(2012年放送のテレビ・シリーズ)という作品があって、それは女性がメインだから音楽(菊地成孔が担当)も誘惑的な甘い感じだったんです。映像も音楽も、作品全体のトーンがレトロを狙ってる感じだったので、打ち合わせに行ったときに、こもった音の70年代風にするか、2014年版の音にするかって話をしたんです。それで、匂いは70年代風だけど音はアップデートしたものにしようという話になったんです。あと最初の打ち合わせの段階では、まだ線画しかなかったので色調の雰囲気も聞きました。僕は、サウンドキャンバスって呼び方をしてるんですが、どういう音のパレットを作るかを考えるんです。小池監督は、“1回ビビッドに色を付けるけど、そこから一段階色を抜いたスウェーデンの映画みたいなカラーリングにしたい”って言われたので、じゃあ今回は生音で行こうと思ったんです。生と言ってもディストーション・ギターよりもオルガン系、例えばプログレでも歪みの強くないものの方がいいかなって。あとは、完全おまかせで作っていきましたね」
――音楽的には、ジャズ・ファンク、ブルースが基礎になってますよね。
 「ちょっと変わった雰囲気のね。派手にブラスセクションを入れたりとかもできるけど、それより、なるべく最小限の編成で行きたい気持ちがあったんです」
――楽器の数は少ないですよね。
 「そうですね。鍵盤はオルガンとローズ、あとはベース、ギター、ドラムだけなので。ベースは根岸孝旨さんにお願いしてるんですけど、すごくマニアな方なので、ウチのスタジオに25本くらいベースを持ってきて、曲ごとに合わせて弾いてくれました。“劇伴やるのは何年ぶりかな?”って言ってましたね。ギターの窪田晴男さんとは付き合いも長いんです。窪田さんと根岸さんは高校時代からの仲間なんですけど、一緒にやる機会がなくて、“一緒にやるのは何十年ぶりじゃない?”って話をしてました(笑)。ベースとギターは一緒に録音して、セッション感が出ましたね。ドラムは、そうる透さんで、鍵盤の中山 努さん以外は、いつものメンバー。中山さんは、窪田さんが“いいオルガンいるよ”って紹介してくれたんです」
――次元大介が主役のストーリーということで、音を付ける作業でこだわった部分は?
 「やっぱりクールさですよね。あとハードボイルド、男くささ。スピンオフ作品ではありますが、『LUPIN the Third -峰不二子という女-』は完全に不二子のストーリーだったんです。だけど、今回はルパンの話で次元が中心にフィーチャリングされてる内容だったので、流れとしては、山下毅雄さん、大野雄二さんが作ってきた世界観をあまりにも壊すと、ファンもがっかりするだろうなって。自分もルパンのファンだったので、作りながらシーンを見てると、“ここにチャーリー・コーセイのあの曲が入るとカッコいいだろうな”って脳内再生されるんです(笑)。それに替わるものを作らなきゃいけないっていうのは、ちょっとハードルが高かったですね」
――山下毅雄さん、大野雄二さんの世界観を踏襲しつつの現代版ってイメージはありますね。
 「はい。特に1stルパンの山下さんの世界は相当意識しました」
――ベーシックな質問ですが、映画音楽を作るとき、どういった順番で作るとかありますか。
 「いろんな人がいるみたいですが、僕は毎回頭から作っていきます。例えば、10分目に流れる曲を作るにしても、頭から映像を観て流れを考えます。映画のテンポ感で気分が変わるように、音楽も同じように作っていくんです。ただ、劇中歌〈Forever And A Day〉とエンディングテーマ〈Revolver Fires〉は、曲がないと作画ができないということで先行して作ったんです。それ以外は、絵ができるのを待って音を作りました。どういう曲をつけてくれって発注はなかったので、1回全体的に曲を作って、そこから抜いていった感じですね。とはいえ、あまり楽曲が主張してもしょうがないし、あくまで音でストーリーを演出するという感覚です」
――サントラではありますが、映画と切り離してアルバムとしても成立する作品となっていますね。
 「そこはいつも目指してます。メロディ感は求めたいなと。今ってハリウッド映画でもトーンだけの音楽が多くて、昔の『スター・ウォーズ』みたいなメロディのある音楽ってないんですよね。『ハリー・ポッター』にしても、ジョン・ウィリアムズがやるものはメロディがしっかりしてるけど、『パイレーツ・オブ・カリビアン』とか、ハンス・ジマーはあまりメロディで攻めるタイプじゃないし。そうなると、音楽が空気を埋める代わりになっていてサウンドトラックがなかなか愛されない。特に日本映画は、相変わらずハンス・ジマーが『ラストサムライ』でやってた頃の呪縛から逃れられなくて。チープな絵に重厚な音楽は合わないから、ベクトル変えようよって思うんですけどね。『PARTY7』のときも、『トレインスポッティング』みたいな選曲でできてた映画は別ですけど、当時は海外でもテクノとかハウスで実写につけるのはなかったと思うので。こういうのもいいんじゃないですかって、提案でもあったんです。で、今回は逆にさかのぼって、シンプルな雰囲気にしたんです。あと、サウンドの質感にはこだわりましたね。そこにこだわらないとただの古い音楽で終わっちゃうんで」
――やっぱり、音の質感って大事ですね。
 「ほんとそうですよ。ウチのスタジオの機材も、古い真空管のアンプを使ってたりするし。今回のアルバムは、最後はアナログの6mmのテープで納品してるんです」
――そこまで音にこだわっているんですね。
 「マスタリング・エンジニアが、“6mmですね!”ってビックリしてました。昔からやってる人は、テープのヒスノイズが分かるんです。若い人だと、ただノイズが入ってるなって思うかもしれないけど(笑)。でも、僕はいい時代に仕事ができているなと思います。アナログからの知識を全部踏襲して使えるから。デジタルを単に便利なものとしてだけじゃなく、いろんな使い方をして工夫できるので」
――では、『LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標』のサントラを作って、どんな感想がありますか。
 「ちゃんと映像に合った、カッコいいものが作れたかなとは思います。今回は、エンディングと挿入歌以外は歌も必要ないし、全体のトーンとして、次元バンドって感じで仕上げた感じですね。決して浮き立つことなく、いい馴染み方をしてくれたんじゃないかな。劇場で観た人が、“サントラが欲しい”ってツイッターで盛りあがってくれたのは嬉しかったですね」
――ちなみに、次にどんなものを作りたいとかありますか。
 「ないです(笑)。僕は昔から、特に“こういうものを作りたい”ってモチベーションがないんですよ。音楽を作ることは嫌いじゃないんですけど、来た依頼に対してゼロから考えて、何がいいかなって作っていくタイプの作家なんです。『HARBOR TALE』(2011年公開)は、チェコの歴史のある〈ZLIN FILM FESTIVAL〉のアニメーション部門で最優秀賞と観客賞をいただいた作品なんですけど、クレイアニメに対して生の室内楽で作ったんです。絶対に僕が作ってると思わないくらい、いつもの作品とはテイストが違います。つまりケース・バイ・ケースでなんでもやるってことなんですけどね。何がその作品にとって一番幸せなのかということを考えて音楽は作ります。スタイリッシュなものはそうなるし、CMではバカなノリの楽曲も多いし(笑)。でも音楽の根本は一緒なので。みなさん表面的なスタイルを見るけど、その音楽に込められている“意味”はなんなのかってことなんですよね」
――意味というのは、伝えたいものってことですよね。
 「そうそう。別にロックだろうとジャズだろうと現代音楽だろうと、スタイルは違うけど、意味は同じものっていうことが実はあるんです。これは何を意味するものなのかっていうことを考えながらやっていくと、どんなスタイルでも作れるんです。繰り返しになりますけど、どういうキャンバスがこの作品にとって一番幸せなのか。そこを大事にして音楽を作ってますね」
取材・文 / 土屋恵介(2014年11月)
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