チック・コリアとのアルバム
『ファイヴ・ピース・バンド・ライヴ』で最新のグラミーを受賞。普通なら大いに勢いづくところ、そんなことどこ吹く風でいるのは、さすが“ギターの神人”の
ジョン・マクラフリン。音楽と一身一体の創作は、次へ次へ、上へ上へととめどなく、そして、深みを増していく一方だ。最新ユニット4th Dimensionを率いて制作された“唯一無二の世界へ”とも訳せる最新作
『トゥ・ザ・ワン』には、自分史の真に迫ろうとする切実な思いも込められている。
――今作を作るにあたってのインスピレーションのひとつに、ジョン・コルトレーンの傑作『至上の愛』(65年)があるとライナーノーツに書かれていますが、今再びコルトレーンとは驚きでした。 ジョン・マクラフリン(以下同)「『至上の愛』が今回の録音の直接のきっかけになったわけではないけれど、彼の音楽が私の人生を永遠に変えた事実に変わりはない。初めて聴いた時は、正直なところ当惑したよ(笑)。私自身の精神的なアイデンティティを探している最中でなければ、理解できなかったかもしれない。手掛かりは、『至上の愛』のジャケットに添えられた〈A Love Supreme〉という詩(※註1)だった。そのおかげで、音楽的なことはもちろん、精神的にもつねに励まされてきた」
――どちらも深いところで通い合っているというわけですね。
「ただし、『トゥ・ザ・ワン』には、私の過去45年間の取り組みを、個人的に要約した側面がある。結果として、このCDの音楽には、年代記的な流れがあり、私自身の進化を反映しているんだ。その制作にあたっての精神的なバネになったのが、コルトレーンだったと解釈してほしい」
――では、4th Dimensionバンドですが、活動を始めてすでに4、5年は経つのに、これが初めてのスタジオ録音作品ですよね。機が熟すのを待っていたわけですか?
「私はいつでも音楽を待たなければならない。音楽が湧いてくるまで何もできないんだ(笑)。その意味ではたしかに機が熟したという解釈で正しいかもしれない。あとは、ほかの3人のメンバーが、簡単に揃わなかったせいもあるけどね」
――すると、収録された7曲はすべて、このバンドのための新曲ですか?
「そうなんだ。レコーディングの前に演奏したことのある曲はひとつもない。オープニングの〈ディスカヴァリー〉は、ファイヴ・ピース・バンドのツアー中に浮かんできた曲で、間接的に引用したことはあっても、フルでやったことは一度もなかった」
――それが音楽の鮮度を引き寄せたわけですね。とても自然発生的でもあります。
「それは3人のミュージシャンが素晴らしいからだよ。ドラムスとキーボードの
ゲイリー(・ハズバンド)、ベースのエティエンヌ(・ムバペ)、ドラムスのマーク(・モンデシール)の3人が皆、いかに優れたミュージシャンかをはっきり分かってもらえるはずだ」
――バンドが音楽的にもサウンド的にも、非常にエネルギッシュなのも特徴的です。
「音楽だけでなく、サウンドも良いことに気づいてくれて嬉しいよ。キミの言う通り、ベースとドラムスの音質には特別な配慮をしていて、私がプレイする時にいちばん聴きたいサウンドにしてもらった。そこは、録音エンジニアのマーカス・ウィッパースベルグにも大いに感謝しなければならない。彼がドラマーでもあることも功を奏したと思うよ」
――結果、コルトレーンを知らない新たな音楽ファンにも聴きごたえのあるアルバムになっています。
「うーん、私たちは、ただ音楽を書き、演奏し、そして手放す、それだけなんだ。新しいファンとか昔からのファンとか、そういうのは問題ではない。願うのは、私の音楽を聴いた人が、そこで何らかの感動を見出してくれることだけだね。この録音では、私の確信する意図を示せたらと思ってはいるが、言葉としてのメッセージがあるわけではなく、この音楽自体がメッセージなのさ」
――ところで、もうひとつのバンド“シャクティ”(註2※)の方は休眠中といったところですか? 「シャクティの活動が終わるとしたらそれは私がこの世から姿を消す時だよ。ついこの前もニューヨークの国連平和維持軍に対する特別なコンサートに出演したばかりで、2012年にも演奏する可能性が出てきそうだ。楽しみにしていてくれ」
取材・文/成田 正(2010年3月)
註1)〈A Love Supreme〉という詩……ジャケットの内側に記されたコルトレーン作の詩。神への愛や謝意をうたっている。
註2)シャクティ……70年代にインド人音楽家と結成したグループ。インド音楽をジャズでアレンジして演奏する。