ジャンルを横断する多彩な音楽性で、ジャズの領域を果敢に拡げているヴォーカリスト、ホセ・ジェイムズ。さまざまなゲストを迎えて作られた新作『ノー・ビギニング・ノー・エンド2』は、持ち味である柔軟なクリエイティヴィティがいかんなく発揮された、開放感たっぷりの一枚だ。2019年はそれまで所属していたブルーノート・レコードを離れ、みずからのレーベル“レインボー・ブロンド”を設立。ヒップホップ世代の皮膚感覚を大胆に採り入れて、再解釈してみせた2013年の代表作『ノー・ビギニング・ノー・エンド』の方法論は受け継ぎつつ、楽曲の幅はより広がり、全編からミュージシャンとして未知のステージに踏み出した喜びと昂揚感が伝わってくる。新たな旅の始まりを予感させる作品について、ライヴのため来日したホセに話を聞いた。
――ビルボードライブ東京でのライヴ、素晴らしかったです。前半は新作からソウルフルでファンキーな新曲を立て続けに披露し、後半は「トラブル」「リヴ・ユア・ファンタジー」などファンが聴きたかったヒット・チューンの連打。ステージは終始開放的な雰囲気で、ホセさん主催のバレンタイン・パーティに招待された気分でした。
「ありがとう(笑)。そう感じてもらえたのなら嬉しいよ。本当に、日本のリスナーには感謝の気持ちしかないんだ。来日すればいつも、たくさんの人がライヴに来てくれるし。会場にいる誰もが、僕の音楽に何らかの意味を感じてくれているのが伝わってくる。自分にとっても節目となったこのアルバムを、いち早くシェアできてよかった」
――何よりも印象的だったのは、ホセさんが放っているポジティヴで、愛情に満ちあふれたオーラでした。それは新作のトーンとも繋がっている気がしたのですが。
「まさにそのとおりだと思う。去年(2019年)はいくつか身辺に大きな変化があったからね。まずビジネス面では、“レインボー・ブロンド”という自分のレーベルを立ち上げたし。私生活では結婚し、ターリという最高の伴侶を得た。それもあって今、僕は自分の人生にとても前向きだし。その気分というかモードは『ノー・ビギニング・ノー・エンド2』という作品の力強いトーンに、確実に反映されているはずだよ」
――なるほど。
「もちろんアメリカ社会の現状を見ると、いろんな分断や緊張を抱えているのは事実なんだけどね。少なくともアルバムを作りながら、僕自身は世界に対して希望を感じていたし。その気分が、何らかの形でリスナーにいい影響を与えてくれれば嬉しいなと」
Photo by Janette Beckman
――2013年リリースの『ノー・ビギニング・ノー・エンド』は、ジャズの名門レーベルであるブルーノート・レコードへの移籍第1弾でした。今回、自身のレーベルで制作する最初のオリジナル・アルバムとして、なぜそのパート2を作ろうと思ったのですか?
「自分の中で、どこか円環が一回りした感覚があったんだよね。『ノー・ビギニング・ノー・エンド』以降、多くのプロジェクトを重ねてきた結果、いい意味で同じ場所に戻ってきたというのかな。トレンドとか前後の文脈は意識せず、とにかく作りたいものを自由に作ろうと思ったんだ。『ノー・ビギニング・ノー・エンド』の1作目のときも、アルバム自体はブルーノートと契約する前に完成していたし。今回も同じ。自主レーベルを作ったことで、制作に関して完全な独立性を手に入れることができた。もちろん、それはそれで大変なことも多いんだけれどね。ともかく『ノー・ビギニング・ノー・エンド』と同じように自分が敬愛するミュージシャン、一緒に演奏したいミュージシャンをゲストに招き、1曲ごとにコラボしようと決めたんだ。ごく自然な発想としてね」
――とびきりファンキーなダンス・チューン、パワフルなロックンロール、正統派のジャズ曲からしっとりしたバラードまで。ゲストの多彩さを反映してか、曲調もバラエティに富んでいます。
「うん。『ノー・ビギニング・ノー・エンド』というプロジェクトの根幹にも関わることなんだけど、そこには始まりも終わりもなく、ジャンルの区分けもない。ジャズでもR&Bでも、ロックでもポップスでも、シンガー・ソングライターふうの楽曲でもなく、同時にそのすべての要素を含んでいるような……こう言うと何だか、禅の公案みたいだけど(笑)」
――そうですね(笑)。
「実際はそんなに難しい話じゃなくて。僕というミュージシャンを形成してきた多様な音楽が混じり合い、自然に共存してることが大切なんだ。互いを相殺しない、いわばピースフルなやり方でね。僕の知るかぎり、それが本当にうまくいっているアルバムは『ノー・ビギニング・ノー・エンド』以前にはなかったはずだし。今回のパート2も根本の方向性は変わっていないよ。ただ、ひとつ付け加えるなら、僕自身このプロジェクトの持つ意味をファンから教わった部分は大きかったかな」
――どういうことでしょう?
「『ノー・ビギニング・ノー・エンド』との出会いが、いかに自分の音楽の聴き方に影響を与えたか。それによって世界の見え方が変わったか。そんな話をしてくれるリスナーが、ありがたいことに多いんだ。この7年間、僕自身は“先へ、先へ”みたいな感じで新しいアルバムを作り続けてきたけれど、ファンとのやりとりを通じて『ノー・ビギニング・ノー・エンド』というプロジェクトの価値を再認識できたと思う」
――ニューオーリンズ出身の女性R&Bシンガー、レデシーとデュエットしたオープニング曲「アイ・ニード・ユア・ラヴ」は、ストレートな愛の讃歌ですね。ゆったりとしたリズム、メロウな旋律に絡むホセさんのファルセット唱法が何とも艶っぽい。
「ありがとう。原型となるアイディアは、ある晩のショウが終わった後、ホテルに帰って一人でギターを爪弾いているとき降りてきたんだ。最初はちょっとシンプルすぎるかなと感じたんだけど、妻のターリが〈でもこの曲、『ノー・ビギニング・ノー・エンド』の1作目からのブリッジにぴったりじゃないかしら?〉と言ってくれて。たしかに1作目の最後に収めた〈トゥモロー〉はスロー・テンポのしっとりしたバラードだから、2つのアルバムを続けて聴くとすごくはまりがよかった。それこそ、2枚1組で美しい円環を描く感覚があるんだよね。それでアルバムの冒頭に置こうと決めた」
――曲を柔らかく彩るトランペットの音色も印象的でした。同じくニューオーリンズ出身の新鋭、クリスチャン・スコットが吹いています。
「これも僕の中では意味があって。1作目では当時のバンド仲間だったタクヤ(黒田卓也)のトランペットが重要な役割を果たしていたので、そことの連続性というか、一対になっている感じを提示したかった。皆さん、やっぱり奥さんのアドバイスはちゃんと聞いた方がいい。これは僕からのアドバイス(笑)」
――誰をゲストに迎えるかは、曲を作った時点で思い浮かんでいるんですか?
「それはケース・バイ・ケースかな。アイディアが降りてきた時点で、曲の全体像はある程度見えてるんだ。ただ僕には、それを完璧なデモ音源に仕上げる技術がないから。断片的なアイディアの記憶をもとに、後から細かく練り上げていくことになる。その過程で“この曲はあの人とコラボすると面白いんじゃないかな”と思い付くことも多いよ。ちなみに今回ゲスト参加してくれたミュージシャンはほぼ全員、僕と同じく自主レーベルを立ち上げていたり、何らかの形でインディペンデントな動きに関わっている人ばかりなんだ」
――へええ、それは興味深い一致ですね。
「たとえば〈ターン・ミー・アップ〉をデュエットしたアロー・ブラックもそうだし、最後の〈オラクル(高尾山)〉に参加してくれたインディ・ザーラもそう。意識したわけじゃなく、ただ共演したい人を挙げた結果なんだけどね。今の時代、表現というものに対して誠実に向き合おうとすると、必然的にそうなるんじゃないかな。『ノー・ビギニング・ノー・エンド2』も間違いなく、そういう流れの中にあるアルバムだよね」
――2018年、前作『リーン・オン・ミー』を携えた来日ライヴからバンドのメンバーが一新されました。マーカス・マカド(g)、ブレット・ウィリアムス(p)、ジャスティン・ブラウン(ds)。みなさん今回のアルバムのレコーディングに参加した面々ですね。
「うん。バンド・メンバーに関してはラッキーだったと思う。心から信頼できて、一緒に演奏したいと思えるミュージシャンって、やっぱりかぎられてくるからね。そういう人は大抵、自前のバンドで忙しいか、さもなければサンダーキャットのバンドにいるわけで(笑)。でも今回はたまたま、僕がオファーした人は全員レコーディングに参加してくれた。本当に幸運だったよ」
――それぞれ抜群のテクニックを持ちながらけっして歌を邪魔せず、しかもバンドとしてのグルーヴもあって。文句の付けようがない演奏でした。ホセさん自身は、新しいバンドのサウンドをどう捉えていますか?
「スーパー・ブラックで、スーパー・ファンキー(笑)。そこが気に入っているね。みんなジャズの素養は持っているんだけど、かならずしもそこに止まってるわけではなくて。たとえばマーカス・マカド。彼はジャズ・ギターの名手だけど、同時にジミヘンふうのロックも、ナイル・ロジャースっぽいキレキレのファンクも、ジョン・リー・フッカーばりの重厚なブルースも変幻自在に弾きこなせる。文字どおりブラック・ミュージックの図書館みたいなギタリストなんだ」
――本当にそうですね。先日のライヴでも、曲ごとに大きく変わるフレージングや音色の豊かさに圧倒された観客も多かったと思います。
「ビル・ウィザースに捧げた前作『リーン・オン・ミー』リリース後のライヴから参加してくれてるんだけど、プリンスやタイムなど、往年のミネアポリス・ファンクが大好きなんだって。今の僕のステージに満ちているポジティヴで、パーティっぽい雰囲気は、彼の貢献が大きいと思うな。鍵盤のブレット・ウィリアムスは、以前マーカス・ミラーやマーカス・ストリックランドのバンドに在籍していて、彼自身が優れたソングライターでもある。それもあってライヴではいつも、自分の演奏を前面に押し出すより、むしろ曲がトータルで引き立つ絶妙なサポートをしてくれるタイプだね」
――なるほど。
「〈セイント・ジェイムズ〉で弾いているウーリッツァーとか、どこかクロスビー、スティルス&ナッシュっぽい感覚もあったりして。ジャズやブラック・ミュージックとはまた違ったテイストをアルバムに加えてくれたと思う。ドラムのジャスティン・ブラウンはそれこそサンダーキャットやフライング・ロータスと共演してきた人で、微妙なゆらぎのある変拍子も、オーソドックスなジャズも自在に叩ける。演奏中つねにほかのメンバーとコミュニケートして、どんな変化にも瞬時にレスポンスできるドラマーだよね」
Photo by Janette Beckman
――ベースのアネッサ・アルムサウィールのみ、レコーディングに参加していないニューフェイスですね。どうして彼女を起用しようと?
「彼女はオークランド出身で、ずっと一緒にやってきたベーシストのベン・ウィリアムスが推薦してくれたんだ。もともと僕の中に、少しでも女性ミュージシャンの雇用を増やしたいという気持ちがあったし。ベースの腕が申し分ないだけじゃなく、アネッサは歌も歌えて、ステージでの存在感も素晴らしい。間違いなく未来のスターだと思うよ」
――そういえばアネッサさん、先日のライヴでは演奏の合間にスライ&ザ・ファミリー・ストーンの名曲「イフ・ユー・ウォント・ミー・トゥ・ステイ」の一節をさらっと歌ってみせたりして……。
「あ、そうそう(笑)」
――迫力のあるヴォーカルで客席を沸かせてましたが、ああいう過去のブラック・ミュージックからの引用は、最初からアレンジしているんですか?
「いや、あれは完全にアドリブ。ことライヴに関しては、事前にあまり細かく作り込むのは好きじゃない。その点については、マイルス・デイヴィス方式っていうか(笑)。正しいミュージシャンを正しいポジションで起用しさえすれば、かならず音楽のマジックが生まれると信じてるし。実際、いろいろ悩みすぎたりリハを重ねすぎることで、かえって演奏の可能性を狭めてしまうケースは少なくないからね。だから僕たちは、セットリストもあまり事前に決め込まないし。アレンジもかなり流動的なんだ」
――中盤では人気の高い「ヴァンガード」から初期の「ブラックマジック」を挟みつつ、ジョン・コルトレーン「至上の愛」の有名なフレーズに繋げてみたり。ライヴならではの展開もありました。完璧にスムーズな繋ぎ方でしたが、じゃああれも?
「うん。事前には何も決めてない。演奏中に、自然な流れでああなったんだ。まさに音楽のマジックというか、我ながらスーパー・クールだったよね(笑)。今の時代の曲を演奏しながら、ああやって過去のブラック・ミュージックにも自在にアクセスができる。それもまた『ノー・ビギニング・ノー・エンド』らしいんじゃないかなと」
――9曲目の「アイ・ファウンド・ア・ラヴ」は、奥様でシンガー・ソングライターのターリさんとの共作曲ですね。ライヴでもスペシャル・ゲストとしてステージに呼び込み、デュエットを披露していました。穏やかで満ち足りた雰囲気のナンバーですが、彼女との共同作業を通じて、今までなかったテイストがアルバムに加わったのでは?
「まったくそのとおりだね。〈アイ・ファウンド・ア・ラヴ〉なんて、どっちがどのパートを書いたか思い出せないくらい充実した共同作業の産物だし。今回のアルバムでは、彼女は半分くらいの楽曲に何らかの形で参加してくれているけど、2人の関係性を通じて自分のソングライティングのレベルも上がった気がするんだ。もしかしたらデューク・エリントンとビリー・ストレイホーンもこんな感じだったんじゃないかって(笑)」
――個人的な充実感と音楽的な進化が、うまく噛み合ったアルバムだと。
「だと思うな。音楽を創造する際に大切なのは、やっぱり自分のハートにできるだけ誠実であることだからね。もし仮に僕が、トレンドに気を取られて間違った選択しそうになったときも、ターリは正しい場所に引き戻してくれる。人生の中でいろんなことがうまく噛み合って生まれたのが、『ノー・ビギニング・ノー・エンド2』という作品だと思うんだ」
取材・文/大谷隆之