NegiccoのKaede、9ヵ月ぶりの新作は、佐藤優介プロデュースによる、架空の映画『Youth』のサウンドトラックというコンセプト・アルバム。ムーンライダーズの鈴木慶一作詞による「生きる爆弾」などKaede歌唱曲のほか、インストや台詞、朗読曲もあるというユニークな作品の秘密に迫ります。
New Single
Megu
太陽と星の狭間で
(T-Palette Records・TPRC-0272)
――KaedeさんはNegiccoのメンバーのなかでもっとも活動が旺盛で。音源のリリースはハイペースですし、ライヴもオンラインを軸に積極的にやってますよね。
「歌うことが好きで、2019年にソロを始めたんですけど、それから1年も経たないうちに世の中がいまのような状況になってしまって。なので、自分がやりたい形でのライヴの開催が去年は難しかったんですけど、この前の3月、ひさしぶりに有観客で“霞の楓”というライヴをやったんです」
――今回のアルバム『Youth - Original Soundtrack』の初回盤にはその映像も収録されますよね。いかがでしたか。
「この感じだなという気持ちを思い出して、つい堪えられず(※1曲目終了後のMCで涙を流した)。やっぱり人に直接届けるのが好きなんだなと。嬉しかったですね」
――やはり有観客は違いましたか。
「みなさんマスクしてるから完全にわかるわけじゃないですけど、ライヴを観てくれているんだなというのが、やっぱり目の前に見えるのがカメラと人じゃ全然違うので。ライヴに行った人にしかわからないものというのがあると思うんです」
――同じ時間に同じ場所でなにかが起きているのを共有するというのは特別なことですよね。
「そう思います。自分もお客さんとしてそういう場に行けてないので、行きたいなと思うんですよ。東京まで行ってライヴを見るとか、おいしいものを食べて帰ってくるとか、いまはできていないので。だからなおさらそういうことを感じました。配信ライヴは最初、iPhone一台から始めて、ちょっとずつ環境がよくなっていったんですけど、それでもやっぱり生というのはまったく違うなと感じられました」
――有観客ライヴとしては丸1年、間が空きましたもんね。
「最初の頃はなんなのかよくわからなかったですよね。こわいなという気持ちがあって、あの状況で積極的にやる気持ちにはなれなくて。ソロのツアーをやっていた途中だったんですけど、いまはお客さんを入れないほうがいいんじゃないですかと私から相談して。じゃあちょっと考えましょうとなって、お客さんを入れない形になっていきました」
――オンラインでのライヴを始めた当初のモチベーションはどうでしたか?
「難しかったです。最初の頃はテレビの生放送で歌うような感じでした。テレビの生放送って、毎回出るたびにすごく緊張するんですよ。応援してくれている人だけではなくいろんな人に届くじゃないですか。だから意見が見えるのもこわくて。配信はその感覚にちょっと近いなと思いながらやってました。Negiccoのときもそうなんですけど、今日はカメラが入りますという日のライヴはすごく緊張するんです。カメラを見つけるだけで急に緊張しちゃうくらいで。そういう意味では、オンラインライヴの数をこなしてきたことでプラスになったことはあるのかなと。次にテレビで歌うことになっても、当時ほどは緊張しないかなって思います(笑)」
――数をこなすことで慣れていった。
「そうですね、なんとなくですけど、どんな感じやればいいのかなというのは掴めていきました。最初は1曲歌い終わっても反応がないのでどうしようと思ったけど、それはそういうものだし、終わったあとにTwitterで実況してるのを追っかけて見たりするとみんな楽しんでくれたことがわかったので。そういう反応はありがたかったですね。あとは、佐藤優介さんとのライヴの回数を重ねるほど、優介さんが喋ってくれるようになったんです。最初は必死になってこっちで喋ってたんですけど、話に乗って喋ってくれるようになって。いい仲間ができた感じです(笑)」
――佐藤優介さんをサポートに迎えたライヴを続けていくなかで、新しいアルバムを作ってみましょうという話になっていったんですか?
「そうです。ファンの人にも優介さんがどんな感じなのかというのが浸透し始めていって。セットみたいな感じでずっとライヴをやってきているので、今回は優介さんに頼んでみようと」
――冒頭にも言いましたが、リリースがハイペースなのも驚きです。
「でも、ペースに関しては私が決めているわけではないんです。Negiccoでやれるのがいちばん楽しいんですけどね。なかなか活動ができない状況なので。だからと言ってじゃあ全員で休むかというわけにはいかないし、私も(ソロ活動を)やりたいと思うのでやっている感じです。このペースでやらせてもらえてることはありがたいなと思います。Negiccoと並行してやっているときは頭の切り替えがうまくいかないなということもあったので、いまはいまで楽しくやれてますね」
――前作もユニークな作品でしたが、今回もまたひじょうにコンセプチュアルなアルバムで。
「架空の映画のサウンドトラック。でも、私、映画のサウンドトラックを一枚も買ったことがないんです(笑)。だからイメージが湧かなくて。雪田さん(Negiccoのディレクター雪田容史)からこんな感じというのが2作品くらい送られてきて、なるほどなと。雪田さん的には前からやりたかったコンセプトらしいです」
――ちなみにそのリファレンスとなるサントラはなんだったんですか?
「『ジョゼと虎と魚たち』」
――くるりの手掛けた。
「はい。あとは『藍色夏恋』。歌が入っていたり、映画の一部分が入っていたりするようなもので。こういうことをやるなら優介さんが適任なんじゃないかということになったみたいです」
――架空の映画『Youth』は夏の青春映画だと思うのですが、どんな物語であるかという説明を受けてたのでしょうか。
「いや、まったく(笑)。雪田さんから優介さんにこんな感じというふわっとしたものはあったみたいです。私はお任せしてました。歌に関しても、この曲はこんな感じだよと話してレコーディングに臨むというよりは、自由な解釈で歌っていいよというもので」
――コンセプチュアルな作品ではあるけれど、ヴォーカルの解釈は委ねられていたんですね。アルバム全体の印象としてはどうでしょう。
「すごく不思議なアルバムだなと。歌ってる声は自分でもある程度こんな感じとわかっているんですけど、自分の語りが入ってくると急に恥ずかしくなって、そこだけ飛ばしたくなります」
――そんな(笑)。これもきっと映画の一部ということなんですよね。不思議なアルバムという話が出ましたけど、Kaedeソロはいつも変わってますよね。
「面白いですよね。ただ、今回に関しては名義は佐藤優介なんじゃないかってずっと思ってます(笑)」
――佐藤優介名義の作品のなかで演じている人みたいな。
「そうです。お邪魔します、みたいな感じで。こんなに作曲・編曲 佐藤優介がずらっと並んでる作品でKaedeって書いてあるのもなんだかなって思うんですけど、優介さん的にはKaedeでいく、ということで。いいのかなという気持ちもややあり」
――いや、主役がいるからこそ作られたアルバムなわけで。前作『秋の惑星、ハートはナイトブルー。』はプロデュースを手掛けたLampの染谷大陽さんが、Lampのニュー・アルバムと捉えてもらってもいいくらいと言ってましたよね。プロデュースする側にとって、Kaedeさんはきっといろいろ試してみたくなる存在なんだろうなと。
「そうなんですかね? そういえば、優介さんが何曲か歌ものをボツにしたと聞きました」
――へー! となると、歌ものが4曲というこのアルバムのバランスはかなり意図したものなんですね。先にリリース資料を読んで、このコンセプトのだと歌ものの曲はどういうものになるんだろうと身構えていたんですけど、蓋を開けてみればすごくポップで聴きやすくて、逆に驚いたところもあります。
「〈夏の十字路〉は爽やかな学生感があって、ちょっと懐かしい感じですよね。歌っている4曲はそれぞれ歌詞の力が強くて、とくに鈴木慶一さんの詞の〈生きる爆弾〉がインパクトあるなと思いました」
――鈴木慶一さんが作詞を手掛けたのはどういう経緯だったんですか?
「もともと優介さんと慶一さんは交流があって、歌ものを4曲作るとなったときに、1曲作詞で誰かに入ってもらおうという話になって、優介さんのほうから慶一さんがいいんじゃないかなということになりました。この曲、歌詞がすごくないですか?“朝露すくって 日差しを混ぜる”とか。もらったときはびっくりしました。歌詞を作るにあたって、どういうテーマにするかで、ふたりに共通する好きな映画があったみたいで。その映画をテーマに、という感じで作ったらしいです。その映画のタイトルが……」
雪田「『気狂いピエロ』」
――なるほど! だから歌詞に爆弾が出てくるんだ。サントラだから映画をモチーフした曲を作ろうとなったのでしょうか。
「……おそらく」
――本当に内容についての話はしていないんですね(笑)。普段、佐藤優介さんと会話のやりとりは結構あるんですか?
「最近になってやっといっぱい喋るようになりました。最初はなに喋っていいのかわからなくて、お互いにどうしよう、みたいな感じで。でも、話を振ると意外と喋ってくれることがわかったんです。最近は出番ギリギリまで裏で喋ってますね」
――そのときも曲について話すことはない。
「ないですね」
――ですか(笑)。話が少し逸れますけど、基本的には人見知りだし、物静かじゃないですか。だからRYUTistの(宇野)友恵さんと一緒にテレビ番組の企画に出たというのも驚きで。
「グループの寡黙な者同士でロケをするという(笑)。でも、それがいいんだってスタッフさんも言ってくださって。ほのぼのした絵になるというか」
――なるのは間違いないですけど、それにしてもすごいチャレンジ精神だなと(笑)。
「ふふ(笑)。身近にRYUTistさんがいると、いいなって思うこともあります。こないだも配信を観てたら、ワンマンの発表のドッキリをかけられてたじゃないですか。こういうのNegiccoもやってもらったことあるなって(笑)」
――姉のような目線(笑)。RYUTistも今年10周年で張り切ってますけど、当然悩むこともあると思うんですよ。それこそNegiccoが切り拓いてきた道を辿っていく可能性も大いにあると思うので、もし相談事があったら聞いてあげてください。
「聞きたいですね。そうかぁ。私は25歳直前で辞めるか辞めないかいちばん悩みましたからね。求人サイトをめちゃくちゃ見まくってて、“女の転職”みたいなメルマガに登録したり(笑)。でも結局、ほかにやりたいことがなかったんです」
――あれこれ悩んだ結果、これだけがやりたいことだったという。
「はい。やっぱり歌うのが好きだなって。ただ、こういうインタビューのときに、私が作ってはいないのでどうしようという悩みも毎回あるんですよね」
――という悩みが出たところで恐縮ですが、話をアルバムに戻しますね(笑)。ラストの「Youth」ですが、またすごい曲で。青春時代を振り返る中国語の朗読があって、そのあとにエンディング・テーマのように曲が始まるという。
「長い曲ですよね(笑)。私の知り合いのかたに中国語の台詞のところを読んでもらったんです。まず日本語で内容を送って、翻訳してもらって、中国語で読んでもらった音声を送ってもらいました。これもモデルとなった映画の曲があったので、それも共有して」
雪田「『芳華-Youth-』という映画が今回のアイディアのもとになったというか、全体のイメージに近いもので」
――まさに『Youth』なんですね。こういう台詞が入ってるのもサントラらしいなと感じました。しかも、これがリード曲というのも驚きで。
「ラジオで推薦曲に選ばれたら最初の台詞の部分削られそうですよね(笑)。もしくは台詞だけで終わっちゃったりとか(笑)。これが頭の部分にくっつくことを知らなかったので、初めて聴いたときは驚きました。すごく綺麗な曲になりましたね」
――10曲入りですけど、30分弱であっさりと終わるのも特徴的だなと。
「優介さんが、聴き終わったあとになんだったんだろう? という感じがする作品と言っていて。私も、何回聴いてもなんだったんだろうと思うんですよね。優介さんの言葉を借りると、丸くない、歪で不思議な作品だと思います」
――これが出たあとの反応も気になりますよね。ちなみにファンの方はこれまでの作品をどう受け取ってきたのでしょうか。
「作品によってはこれは違うかも、という人もいますよ。なんでもいいと言うよりは向き合ってくれていると思うので、それもありがたいです」
――今回もかなりチャレンジングですよね。
「そう思います。今回はとくにわかれるかもしれない。なんだこれは? 勢が結構現れる気がします(笑)。でも、私はこのチャレンジ感はいいなと思ってやってます」
――個人的にはガンガンに攻めていってほしいなと思ってます。今後もソロは精力的に動いていくのでしょうか。
「はい。7月4日に市民プラザで有観客のライヴが決まっていて。様子を見ながらになりますけど、もっとライヴの数を増やしていけたらなと思っています。身体に気をつけつつやっていきたいと思います」
取材・文/南波一海
撮影/竹之内祐幸