昨年、13年ぶりとなるアルバム
『SOUND BURGER PLANET』を発表し、復活を遂げた、
かせきさいだぁ。13年という“溜め”のなせる業か、とめどもなく溢れ出る創作意欲のまま、自らのバンド、ハグトーンズとともに作り上げたのが今作
『ミスターシティポップ』。端的なアルバム・タイトルが物語るように、テーマはずばり“シティポップ”。さらに言えば、“ヒップホップホップのアティテュードで、いかにして2012年型のブランニューなシティポップを生み出すことができるのか”──新たな表現方法を手に入れた感のある、かせきさいだぁに話を訊いた。
――前のアルバムが完成した時点で、「早く次のアルバムが作りたい」とおっしゃってましたよね。実際、すぐに取り掛かった感じですか。
「そういう気持ちはありつつ、しばらくライヴが多かったので、なかなか新曲が作れなかったんです。具体的に曲を作りはじめたのは今年になってからですね。地方のライヴにみんなで車で行く機会が増えて、車で高速とか走ってると曲のイメージが浮かぶようになったんですよ。そこで作曲して、歌詞も考えてみたいなことができるようになって」
――そういうときってメロディや歌詞のフレーズが割と鮮明に浮かぶ感じですか。
「だいたいメロディがぱっと浮かんで、メロディをさらに考えていくと、歌詞も浮かんでという感じで。それを練習のときハグトーンズに聞かせて、演奏しながら曲の構成を固めていく感じですね。だから移動中に車で聴いてる音楽は、ほぼ曲作りのためです。iPodにプレイリストを作って、それをみんなに聞かせて“こんな感じでできないかな?”つって、みんなで“うーん”って考えるっていう。最近はそんなふうにして曲を作ってます」
――つまり今回のアルバムは、バンドワゴンの賜物的なところもあるわけですね。
「そうですね。一緒にいる時間がとにかく長いんで。10時間とかずっと一緒に車で移動しているわけですから。本当にそれぐらいしか、やることがないんですよ(笑)」
――“シティポップ”というコンセプトは最初から決まっていたんですか。
「はい。前のアルバムでちょっとシティポップっぽいアプローチを試したとき、次はこの路線で1枚作りたいなと思ったんです」
――昨今、ここまで内容が端的に伝わる作品タイトルって、なかったと思いますが(笑)。
「本当ですよね(笑)。分かりやすく、分かりやすくいったほうがいいんじゃないかと思って。まあ『ミスターシティポップ』といっても別に“俺がシティポップだ!”って言ってるわけじゃないんですけど(笑)。なんかこう架空のキャラを設定する感じというか。最近プロデューサー的な視点が出てきて、どんどん自分を俯瞰で見れるようになってきたんです。だからこんな思い切ったタイトルをつけられるようになって」
――かせきさんにとって、シティポップ原体験を挙げるとすると、どんなものになるんですか?
「『オレたちひょうきん族』のエンディング・テーマですかね。
山下達郎さんの〈土曜日の恋人〉とか
EPOさんが歌う〈DOWNTOWN〉とか、毎回、使われる曲が洒落ていて。それが小6とか中1ぐらいだったんですけど、大人になってから、その周辺を探っていって、
シュガー・ベイブとか
ティン・パン・アレーに辿り着いた感じです」
――ビジュアル的にはどんなイメージですか?
「シティポップと聞いて、真っ先に思い浮かぶのはティン・パン・アレーのメンバーが演奏してる風景とか。観葉植物が置いてある部屋で、ブラインド越しに夜明けの街を見下ろす、とか、そういうイメージではないですね(笑)。やっぱりビジュアルよりも音なんです。僕の中にあるシティポップのイメージって、80年代というよりも、どちらかといえば70年代のティン・パン・アレーとかシュガー・ベイブの感じなんですよね。あとは初期の達郎さんとか。今回のアルバムでも自分たちなりのやり方で、ああいう感じを出したいなと思ったんです」
――あくまでも、かせきさいだぁのフィルターを通して。
「そうです。だからサウンドのアプローチもいろいろ考えて。〈ソーダフロートシャドー〉のコーラスとか、ヒップホップの合いの手みたいな感覚で入れているんですね。出来あがったものはポップスでもいいんですけど、アティテュードはヒップホップで。やっぱり僕がやるとしたら、そういうものがいいのかなって」
――シティポップ的なサウンドって、ある程度、演奏能力が高くないと実現できないものだと思うんですけど、ここ最近のライヴを観てると、ハグトーンズが確実に上手くなってますよね。
「週1で絶対に練習してるし、ライヴの数を重ねたのも大きいかもしれませんね。上手くなってくるとやれることも増えてきて。前のアルバムはレコーディングにすごく時間がかかったんですけど、この1年でバンドも成長して、いろんな作業がスムーズにできるようになりました」
――今回はバンドで初の合宿レコーディングにも臨んで。
「山中湖で合宿して、3泊4日で8曲録りました。メンバーはハグトーンズ以外のバンドもやってたりするんで、何日か集中して作業したほうがいいんじゃないかということになって。僕は仮歌しか録らないから、それほどやることはなかったんですけど。でも、あの合宿で一気に作業が進みましたね。そこから、ちょっとかかっちゃったんですけど(笑)」
――詰めの作業で。
「はい。それでリリースも1ヵ月ズレちゃったんですけど。でも、1ヵ月の猶予ができたから、せっかくだったら、さらに細かいところにこだわろうって。それで高樹(
堀込高樹/
キリンジ)に参加してもらって」
――かせきさんの作品だと、高樹さんとは「午後のパノラマ」以来ですよね。今回、高樹さんに声をかけたのは?
「あの男はAOR的なセンスを熟知してるので。〈夏の月面歩行〉は、もともとAORっぽい雰囲気が出せている曲だなと思っていたんですけど、高樹がちょっとコーラスとキーボードを入れてくれたことによって、ぐっとAOR色が増して。でも、鶴の恩返しみたいに、スタジオで作業してる姿を見せてくれなかったんですよ(笑)。“恥ずかしいから出てってくれ”って (笑)。作業が終わって、一緒にお酒飲んでるときに “どうやったらああいうふうになるの?”って聞いたら、“時間をかけて、ひたすら丁寧にやる”とだけ言ってました(笑)」
――もともと高樹さんとは、ナムコで働いてるときの同僚だったんですよね。
「そうですね。かれこれ20年くらいの付き合いで。あの男は本物の音楽馬鹿なので、ここ最近、僕が真面目に音楽やってることを喜んでくれているみたいです。やっと本気を出してくれたって(笑)」
――ゲストとしては今回、EPOさんがコーラスで参加しているのも大きなポイントですよね。
「〈ソーダフロートシャドー〉と〈さよならマジックガール〉の2曲に参加してもらいました。ハグトーンズのメンバーの友達がEPOさんのバックバンドで演奏しているっていう繋がりもあって、お願いしたら、すぐにOKのお返事いただけて。〈さよならマジックガール〉は、まさに『オレたちひょうきん族』のエンディング曲みたいなものを作りたいなと思ってたんで、EPOさんにコーラスをお願いできて本当に良かったです」
――トピック的には、
でんぱ組.incに提供した「くちづけキボンヌ」のセルフ・カヴァーも話題を呼んでいますね。
「去年、でんぱ組.incと2回、対バンしたんですけど、2回目に対バンしたとき、〈くちづけキボンヌ〉を僕らが演奏したらおもしろいんじゃないかという話になって。で、練習のときに、ちょっと合わせてみたら、すぐにスカ・アレンジができあがって。リハで演奏してたら、でんぱ組のメンバーが楽屋からばーっと走ってきて、みんなで聴いてくれましたね」
――カヴァーでいうと、前作の「ときめきトゥナイト」に続き、今回もアニメの主題歌をカヴァーされていて。『さすがの猿飛』の主題歌「恋の呪文はスキトキメキトキス」をカヴァーするというのも、実にかせきさんらしい絶妙なセンスだなと。あえて、ここを掘るかっていう(笑)。レア・グルーヴじゃないですけど。
「そういうのがおもしろいんですよね。あまりマニアックすぎてもダメで微妙にみんなが知ってる曲をカヴァーするっていう。“なんで、この曲やるの?”っていう、スリルじゃないですけど(笑)。このアレンジは移動車で
ドゥービー・ブラザーズを聴いてるときに閃いたんですよ」
――そうだったんですか(笑)。
「はい。いかにして面白アレンジをするかが大事なんで(笑)。いつかアニメ・ソングだけでアルバム1枚作りたいんですけどね。でも、
クレモンティーヌがやってるんですよね。強烈な曲ばっかりで」
――『一休さん』とか(笑)。
「ボサ・アレンジで、しかもあの声で“♪イッキュウサ〜ン”とか卑怯ですよね(笑)。現在、クレモンティーヌという大きな壁が立ちふさがってます(笑)」
――意外な強敵が(笑)。
「でも、いつかやってみたいなと思います。僕らがやるんだったら、シティポップっぽいアレンジでカヴァーすることになると思うんですけど」
――楽しみにしています。では、最後に新しいアルバムが完成してみて、いかがですか?
「当初考えていた、“シティポップ感”みたいなものは狙い通りに出せたんじゃないかと思っています。だから到達点としては満足という感じですね。でも、もう次のアルバムが作りたくなっていて」
――早くも(笑)。作品のヴィジョンは浮かんでいるんですか?
「今回アルバムを作るうえで支えになったのは、
ベニー・シングスと
メイヤー・ホーソーンのふたりだったんですよ。ふたりともヒップホップ的なセンスでポップ・ミュージックを作っているんですよね。僕も同じように、ヒップホップのアティテュードでシティポップを作りたいと思っていたんで、すごく励みになって。次のアルバムでも、このやり方をさらに進化させてみたいなと思っています。今は、それをどういう形で構築していくか、いろいろ考えているところで。あと、ベイビー&さいだぁの活動も再開しようと思っていたり。アルバムに入れられるぐらいの曲数は揃ってるんで、あとは歌詞さえ書ければ」
――木暮晋也さんとのトーテム・ロックでも精力的に活動されていて。ここに来て創作モードが全開になってる感じですね。
「自分で作曲ができるようになったのも大きいのかもしれませんね。次々、アイディアが浮かんできて、今は作曲するのが楽しくて仕方ないんですよ」
――今後はコンポーザーとしての、かせきさんにも注目ということで。
「はい。やってみたい曲のアイディアはたくさんありますんで。40歳を過ぎて作曲に対する初期衝動がこんなにある奴って珍しいと思うんですよ(笑)。だいたい同世代のミュージシャンは落ち着いてますから。そこも今の自分の武器だと思いますね」
取材・文/望月哲(2012年9月)
写真/川島小鳥