ライブでは緩やかなダンスを思わせる動きによって独特のグルーヴを創造し、パーカッショニストとして意欲的な活動を続けている
加藤訓子。近年は
スティーヴ・ライヒや
アルヴォ・ペルト、
ヤニス・クセナキスらの名作を次々に録音し、すべてのパートを一人で演奏するという斬新なアプローチで作品の可能性を広げた。10月には東京・HakujuHallでの連続ライヴも予定されており、ジャンルを超越した音楽ファンから注目を集めているアーティストだ。
photo Michiyuki Ohba
――ライヒの作品はいわゆる現代音楽シーンを超えて多くのリスナーがおり、彼自身が演奏に加わった来日公演の際にも、客席には多彩なミュージシャンやクラブ系ミュージックのリスナーが散見されました。そうした胎動は感じていらっしゃいますか?
「かつてベルギーで
ICTUSというアンサンブルのメンバーとして活動していた頃、
ローザスというダンス・カンパニーとライヒの作品を演奏したのですが“こんな人たちが観に来てくれるのか”という驚きとともに、音楽の可能性や広い視野について気づくことがたくさんありました。私もダンサーと共演することは多いのですが、ICTUSも私もどちらかといえばノリノリ、イケイケな演奏をしますので、クラブで踊っている人たちにも共感してもらえるのではないかと感じています。ライヒ自身がパッションにあふれている方ですし、ひとつの仕事に対して情熱的に取り組みますので、そういった人柄も演奏に反映させたいという気持ちがあるのです。ライヒもペルトも“クラシック / 現代音楽”というジャンルで語られますが、ジャンルという既存の枠を取り除くことで、多くの聴き手を獲得できるパワーや面白さがあるでしょうね。ゆったりと時間が過ぎるようなペルトの作品もアンビエント・ミュージックとして受け入れられる要素がありますので、新しい聴き手に出会いたいと思っています」
――それにしても複数のパートがあるライヒやクセナキスの作品を、一人ですべて演奏するというのは前代未聞のアイディアですし、ライヴにおいてもあらかじめ録音された自分の演奏と共演することになりますから、不思議な音空間になるという印象を受けます。
「ライヒ、ペルト作品では、自分でプリレコードした各パートを再生するスピーカー群とともに演奏しますが、生で演奏するパートも含めてひとつのアンサンブルを作りあげるのは、かなり高い精度が要求されます。ライヴでは生で演奏する自分が、録音されたパートをつねに支配し、リードするようなイメージでパフォーマンスをしますけれど、その結果次第で、毎回生まれてくる音楽が違ってきます。生で刻むビートのちょっとしたタイミングやズレで録音された自分の演奏を引き入れることもできますし、ライヴならではのグルーヴを作り出せる面白さも感じています。単に録音したカラオケと演奏したりコンピュータで再現するのとはまったく別の次元で、新しい世界を創造できるという可能性が、ライヒの音楽の中にはあったのでしょうね。ライヒもペルトもそこに期待して、私にいろいろなアドヴァイスをしてくれているのだと思います。難曲中の難曲であるクセナキスの〈プレイアデス〉も、優れた奏者が集まってこそ到達できる世界とも言えますが、現実には、クセナキスの作品意図を正確に反映した音楽になっているかというと、そこには疑問が残ります。そこであえて自分一人だけでそれを作り上げる、一切の妥協をしないことから生まれる別の作品像もあるのではと感じています」
『IX - IANNIS XENAKIS』
『CANTUS』
『kuniko plays reich』
――発売されている各CD(東京エムプラスから発売されている日本語解説付きのもの)には加藤さんご自身が執筆されたライナーノートがあり、そうした演奏に対する姿勢なども拝見できます。一方で打楽器の録音はオーディオ・チェックの素材として活用されることも多く、LINNレーベルは高音質録音で知られていますので、そちらの注目度も高いようです。
「ハイレゾでの配信も好評のようですし、スタジオマスター(192kHz / 24bit)という最高級のクオリティでも配信されています。そうした要望にも応えられるよう、クセナキスの録音ではすべてノイマン社のデジタルマイクを使用し、かなり豊富なデータを収録することができました。打楽器は種類によって音の性質もまったく違い、その情報量も半端なく多く、録音が難しいとされています。さまざまなアタックや減衰によって音の表情を作るのですが、従来の機材では減衰して最後に空気と同化してゆく音が、微細な電気的ノイズなどによってかき消されていることも多かったのです。今回はそうした大切なところまでをクリアに収録できましたし、一切コンプレッションを掛けずに仕上げたことも打楽器のダイナミクスを表現する上で非常に大きい要素だったと思います。また演奏者としては録音に対する期待度が飛躍的にアップしました。CDはもちろんですが、ライヴにおいてもこういったシステムを駆使しながらひとつの“生演奏”を実現したいと思っていますので、技術の革新が音楽に与える影響は大きいと実感しています」
――10月のHakujuホールにおけるコンサートでは、1日目にライヒを、2日目にペルトを演奏されます。
「何度も演奏しているホールですが、アコースティックは素晴らしく、内装がややメタリックな雰囲気ですので、コンテンポラリーな世界を味わっていただける空間だと思います。ライヒは1936年生まれ、ペルトは1935年生まれですので、日本から傘寿(80歳)を祝うささやかな気持ちで、皆さんと素晴らしい音楽を共有できればうれしいですね」