クラシック・ヴァイオリンを手に、演奏と作曲を軸に幅広い分野で精力的に活動を展開し、音楽界はもとよりさまざまなジャンルの世界的アーティストとも共演を重ねてきた
川井郁子。オリジナルとしては7年ぶりとなる最新盤
『LUNA』は、“赤”“真白”“群青”など月の持つ多面的なイメージに託して、オリエンタルな熱い世界観を表現したアルバム。艶やかにかつダイナミックに、妖しくも美しい空の彼方へと心を誘う意欲作だ。
――空に浮かぶ月は、古来より人々のインスピレーションを掻き立てるミステリアスな存在ですね。“LUNA=月”をコンセプトにしたきっかけは?
「以前、音楽舞台に出演した際、ステージ上の私を見て“(相手のジャンルに対応して音楽の世界を自在に変化させる)究極の受容体”と評してくださったかたがいて、その時自分でも、太陽の光を受けて輝く月のようなイメージを思い浮かべていました。月は満ち欠けによって形を変え、色や表情も日によって違って見えるけれど、世界中で眺められている。そうやって太古から月と対峙してきた人々の想いや営みを、ヴァイオリンの響きで描いてみたくて、このコンセプトに向けて膨らませていきました」
――和楽器とのコラボはデビュー2作目以降、ほとんどのアルバムでとりあげられていますが、今回は日本的な響きだけでなく、ユーラシア大陸の奥まで繋がる、汎アジア的で壮大な音の世界に全体が包まれているかんじです。
「今回のアルバムでは、太鼓や篠笛を初めとする数々の楽器演奏で参加してくれただけでなく、和楽器のアプローチや全体のアドバイザーとしての役割も引き受けてくださった、鼓童出身の吉井盛悟さんの力が大きかったですね。私の漠然としたオリエンタルな音の世界を見事かたちにしてくれた。しかもそのどれもが想像していたよりもずっと素晴らしいものでした」
――川井さんの代表曲ともいえる「恋のアランフェス〜レッド・ヴァイオリン」の新ヴァージョン(アメノウズメ編)を先日、Billboard Live東京で行なわれたアルバム発売記念ライヴで聴いた時、まるで自分がアジアのどこかにある“高天原”に居るような不思議な感覚に酔いしれました!
「この曲は吉井さんに加えて、コーラスのtea(ティー)さん(※インドのマハラシュトラ州プネ出身のシンガー・ソングライター)の参加なくしては生まれなかった。あの神秘的な発声によってサウンドの雰囲気が劇的に変わったのがわかりました。彼女自身もふだんはもっとポップス的でジャズのスタンダード・ナンバーなどを歌っていて、あのような民族的歌唱を披露する機会があまりないらしくて、とても喜んでくれた。来年の1月から始まるコンサートツアーも、もちろん一緒にまわることが決まっています。お楽しみに!」
――そのteaさんも大活躍する、
チャイコフスキーのバレエ曲『白鳥の湖』を編曲した「ホワイト・レジェンド〈復活〉」のクライマックスもドラマティックで素敵です。「レッド・ヴァイオリン」(ロドリーゴのアランフェス協奏曲)を始め、川井さんのアレンジがフィギュアスケートの世界で絶大な人気を集めるのも頷けますね。
「クラシックの名曲アレンジはデビュー当時からずっと取り組んできた大きな柱のひとつ。世の中に聴きやすいアレンジものは多いけれど、私は曲の世界観をガラリと変えるようなアレンジを目指したい。その必然性が感じられるような強いメロディをずっと求めてきました。この〈ホワイト・レジェンド〉もそのひとつ。今回、羽生結弦選手から“3.11後の私のスケートの原点であり、本当に特別な曲です”と直々にメッセージをいただいて、すごく嬉しかった」
――これもまた
ムソルグスキーの名曲を編曲した〈展覧会の絵〜日本の情景〜〉も聴きどころです。途中で和のリズムが村祭りのお囃子から大漁を祝う掛け声のようになり、海繋がりで沖縄のカチャーシーになったかと思えば、そのうち読経まで聞こえてきて……。
「日本を旅するイメージで吉井さんに相談したら、あらゆる和のリズムを目の前に提示してくれて、選ぶのに困ったほど。あの読経もじつは彼の声なんです……。私も始まりと終わりに子守歌を入れるアイディアを出して、うちの娘にちょっぴり声で参加してもらいました(笑)。残念ながら9分に入りきらなかった“日本の情景”もたくさんあります。できればライヴではロングヴァージョンでお届けできたらいいですね」
――アルバムの後半には今年の夏、国立新美術館で開催され14万人もの観客を動員した〈ジャコメッティ展〉のテーマ曲として会場でも生演奏された「流星」も収録されていますが、2018年1月27日全国公開の日本映画『ミッドナイト・バス』のテーマ曲「ミッドナイト・ロード」も注目作ですね。
「映画音楽を手掛けるのは2012年公開の『北のカナリアたち』(※第36回日本アカデミー賞 最優秀音楽賞を受賞)以来だったのですが、今回はひとつのテーマ曲をいろんなシーンに使いたいという要望をいただきました。作品に描かれている新潟の風景や日本人の不器用な優しさのようなものを、俯瞰したメロディの中に盛り込みつつ、主人公を演じる原田泰造さんがトラックを運転しながら月を見上げているような場面を想像して作曲しました」
――2016年から一人芝居の舞台『源氏物語〜音がたり〜』の上演も重ねられていますが、収録曲の「夕顔〜源氏物語より〜〈平安編〉」はそれよりも以前に、音楽舞台で夕顔役を演じられた時に作られたのとか。
「儚くも美しく、哀しい“夕顔”というキャラクターに昔から惹かれます。最初の旋律は光源氏の“舞う”姿をイメージして書いたものです。一人芝居のほうは六条御息所となって語りながら演奏するという、なかなかチャレンジングな試みですが、今後も続けていけたらと思っています」
――テレビ東京系の番組『100年の音楽』もすでに300回を超えて好評放送中ですね。クラシックだけでなく、あらゆるジャンルの名曲が大胆なアレンジで生まれ変わるのを楽しみにしています。
「毎回発見があって、いろんな意味で演奏活動のヒントをくれる大切な番組です。2018年も新しい表現とたくさん出会える年にしたい。これまでにないコラボからどんな化学反応が生まれるのか、ご期待ください!」
取材・文 / 東端哲也(2017年11月)
写真:白鳥真太郎
川井郁子コンサートツアー 2018
LUNA 〜千年の恋がたり〜
2018年1月13日(土)14:00〜 愛知 名古屋 扶桑文化会館
2018年1月27日(土)14:00〜 和歌山 田辺 紀南文化会館
2018年1月28日(日)15:00〜 福岡 北九州 黒崎ひびしんホール
2018年2月12日(月・祝)15:00〜 大阪 ザ・シンフォニーホール
2018年2月18日(日)13:30〜 北海道 札幌 札幌コンサートホールKitara 大ホール
2018年2月23日(金)19:00〜 東京 渋谷 Bunkamuraオーチャードホール
Info:
http://www.ikukokawai.com/tour_2018luna/