ジャズ・ヴォーカリストのケイコ・リーが、4枚目のベスト・アルバム『Voices IV』をリリースする。最初のベスト・アルバム『Voices』(2002年)から20周年という節目であり、この10年の集大成といえるアルバムだ。EXILE ATSUSHI、玉置浩二、渡辺貞夫、ラウル・ミドンらとの濃密なコラボ曲をはじめ、ジャズだけでなくAOR、ポップスなどジャンルレスな曲が並び、とくにバラード曲での凄味あふれるヴォーカルが素晴らしく、充実の内容といえる。
――『Voices IV』は4枚目のベスト・アルバムで、最初の『Voices』から20周年という節目のリリースですね。
「それだけたくさんのCDを出させてもらってきたんだなあと思いますね。今回の選曲は、ファンの方の“この曲が好きなんです”っていう声があって、でもスルーしちゃっていた曲があったりしたんです。たとえば〈Fly Me To The Moon〉とか〈Distance〉とか、コアなファンの方だとホイットニー(・ヒューストン)の〈I Look To You〉とか。そういうのが心に留まっていたんですよ。あと、1995年のデビューからずっと私の担当をしてくださっているエンジニアの方が“ケイコさんの〈All At Once〉がすごく好き”っておっしゃってて。そういういろんな意見を聞いて、選んだのが今回の16曲です。今回はバラードっぽいものが多いですね。スーッと流れていく感じにしたかったんです」
――渡辺貞夫、EXILE ATSUSHI、ラウル・ミドン、玉置浩二といった方たちとのコラボ曲が目立ちます。
「そうですね。彼らと共演できたのは、私の宝物のひとつでもありますし、本当に貴重な機会だったので。EXILE ATSUSHIさんも玉置浩二さんも、英語でジャズを歌う場面というのはほとんどないと思うんですよ。そういう彼らの違う側面にあるすばらしい魅力も、あらためて聴いていただきたいと思いますね」
――全体としては、AOR〜シティ・ポップ的なダンサブルな曲もあるし、ビートルズもバラード曲もあって、ケイコさんの音楽の多様さが感じられる選曲だと思いますが、どうですか。
「自分の中では、ポップスの曲とかジャズの曲とかっていうところでは分けていなくて、なので、そうですね、バラエティに富んでいますね。今気がつきました(笑)」
――そういうジャンルにこだわらないスタンスはずっとですか。
「そうですね、昔から。小さい頃に洋楽を聴き始めて、ジャズ、ソウル、クロスオーバーを聴いたり。どれも同じように聴いていたので、いろんなジャンルの音楽が同じような位置にあるのかな」
――ケイコさんのヴォーカルについてなんですが、しゃがれた低音主体の発声で、いわゆるディープ・ヴォイスというスタイルがデビュー当時からすでにできあがっていたと思うんです。でも今回のベスト・アルバムではいっそう蓄積や重厚さが感じられて、深さが増していると思うんです。そういう歌声の変化についてはどう思いますか。
「歌い始めたのが20代後半で、私は本当に遅かったので、デビューは30歳のとき。デビューした頃はステージに立つのがいっぱいいっぱいでしたね。でも自分の弱い部分、歌い方が軽いなとかリズムがイマイチだなとか、そういうことを少しずつ、自分と向き合って改善していったのがこの27年だと思います。私なりの小さな、たゆまぬ努力をしてきたからこそ、いいのか悪いのかはわからないけど、変化はしたのかなと思います」
――では、今言われた初期と今とでは、歌に対する姿勢が違うと思いますか。
「違いますね。デビューした頃は、たとえば影響を受けたマイルス(・デイビス)の管楽器が好きで、管楽器は歌と一緒だと思っているので、マイルスのフレーズを歌に取り入れて試したり、覚えたことをやったりしていたんですよね。自分の中に詰めて詰めて、詰め込んで、それでライヴに持っていって。とにかくチャレンジしていた。歌詞とメロディと楽器のようなニュアンス、それが三位一体となって体の中で調和してきたのが、ここ何年かかなと思いますね」
――今のヴォーカルには低音の凄味のようなものが強く感じられるんですが、そこはどう思いますか。
「音色にはすごくこだわっていますね。問題意識を持って。曲によって、会場によって、息の量とかボリュームとか。それで、低い成分、低いところは、昔から私が目指していたところで、低い成分を出す鍛錬を20代のときからやっていたんですよ。訓練して喉を鍛えないと、太くならないんです。ただ出したいっていう強い想いがあって、そうすると自分の声をどうやって使ったらいいか、っていうことがわかってくる。そうやって自分に問いながら歌ってきたので、そういう想いと体が、ちょっと近づいてきたんですかね」
――そこまでして太い音を出そうとしたのはどうしてなんですか。
「音は太いほうがいいんです。楽器でもなんでも、すばらしいジャズ・ジャイアンツも含め、バンド・メンバーも、音はぜんぶ太いんですよね。ピアノもベースも。厚みがあるっていうか、“ボーン”ってしている。それがピアニッシモの音であってもそうなんです。そこは、たとえばサラ・ヴォーンのこの声ってどうやったら出るんだろうなって研究していましたね」
――そういう研究や格闘の成果が、4枚のベスト・アルバムには刻まれているわけですか。
「そうですね。『Voices』シリーズは、私の軌跡がよくわかる4枚だと思います」
――ではあらためて、この10年はどういう10年でしたか。
「26〜27歳くらいから歌い始めて、その3〜4年後にCDが出て、最初の頃はいろんなものが空回りしていたと思うんですよ。でも今振り返ると、デビューしてから本当の下積み生活が始まったと思っているんです。ツアーをしたり、いろんなミュージシャンと毎夜毎夜違うトリオだったりとか、いろんな場所でやって、今のバンドが固まったのが15年ちょっと前で、いろいろなプロセスがあり、自然とそういう形になっただけなんです。だから彼らとともに私もすごく成長できた10年だなと思います。でもまだこれからも、もっともっと伸びしろがある4人だと思いますね」
――今後の活動についてはどう思っていますか。最新オリジナル・アルバムの『The Golden Rule』(2019年)ではダンサブルなサウンドに特化していましたが、これからやってみたいことなどありますか。
「ジャズ・ヴォーカルのケイコ・リー、という肩書きでデビューしたので、どっぷりジャズのスタンダード、みたいなのに最近は興味津々なんです。それもスパッと構えてやるわけでなく、普通に歌う。それがもうたまらないなと思って。原点回帰ですね。もう20何年も歌っていないスタンダードがやまのようにあるので、それを今歌うと楽しいと思うんです。そこが、もう一回自分と本当に向き合える地点でもあるのかなって思うので。それと私たちのバンドはポップス、ロック、ジャズ、いろいろできるバンドなので、そちらのほうでもどんどん活動しながら、と思っています」
取材・文/小山 守
Photo by 操上和美