さまざまなジャンルの名曲を独自のアレンジで華麗に披露する凄腕ピアニスト、ジェイコブ・コーラー。2009年から日本でジャズ・シーンを中心に数多のミュージシャンたちと共演し、全国各地でソロ・ライヴを開催。YouTube動画も好評でチャンネル登録者数も32万人を超え、自身のレーベルJIMS Recordsからリリースした最新アルバム『Jazz Piano Japan vol.3』も大きな反響を呼んでいる。一方、九州で知名度をあげて、現在は横浜〜都内で活躍中のkiki ピアノも、現在ピアノYouTuberとして人気上昇中の若き逸材。今年1月にはジェイコブの薫陶を受けて同レーベルから『kiki ラウンジ』でCDデビューを果たし、さらに注目を集めている。そんな師弟コンビに揃ってお話を伺った。
――お二人が知り合ったきっかけは?
kiki ピアノ 「3年くらい前、ホテルのラウンジなどでBGM演奏をしながら、当時九州ではまだめずらしかったストリート・ピアニストとして活動していた頃、福岡駅のストリート・ピアノで演奏するジェイコブさんを聴きに行ったんです。憧れの存在だったので本物を目の前にして泣きそうになりました!」
ジェイコブ・コーラー 「初めて会った時にいきなり“連弾やりませんか”って声をかけられて、一緒に〈情熱大陸〉を弾いたんだけど、すごく楽しくて自分の思った通りの演奏ができて、その印象が強烈でした。その後1年以上会えなくて、横浜みなとみらいでやった僕のライヴで再会して、その時も連弾したら、やっぱりリズムがしっかりしていてジャズのフィーリングを持っているのを感じました。それで“僕のレーベルでCD出しませんか”と誘いました」
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――デビュー盤『kiki ラウンジ』でも「FLY ME TO THE MOON」や「MISTY」といったジャズの王道スタンダード・ナンバーをとりあげていましたね。
kiki 「子どもの頃にピアノを習っていただけで、BGM演奏の仕事を始めるまで人前でほとんど演奏したことなかったんです。オスカー・ピーターソンやミシェル・ペトルチアーニ、現代だとロバート・グラスパーが好きで、今は偉大な巨匠たちの演奏を聴き込んで耳コピーしたりして、日々学んでいるところです。若い世代をもっと“ジャズの沼”に引きずり込みたい(笑)」
――このアルバムはオリジナル曲の「kikiラウンジのテーマ」に始まり、ラストの「kiki LOUNGE」まで、心地よいカフェ・ラウンジ風のジャズ・アレンジで全体がまとめあげられていて、ゆったりとくつろげる雰囲気がいいですね。
kiki 「府中市のコミュニティFM局〈ラジオフチューズ〉に出演した際、パーソナリティの方に“kikiちゃんのアレンジには、明るい日差しに包まれるようなナンバーと、お洒落にお酒が飲みたくなるようなナンバーの2つのタイプがあるよね”って感想を言われたことが心に残っていて、昼間からスタートして夕暮れのカクテル・タイムまで通しで聴いているイメージのアルバムにしたいなと思いました。前半をアップテンポでちょっぴりインパクトのある楽曲中心にして、後半はしっとりと夜の調べをお届けするような流れで組んでみました」
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――スティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」や「Billy Joelメドレー」など、ポップス曲カヴァーも渋い選曲です。
kiki 「BGM演奏でも、ポップスが好きな方だけでなくジャズ・ファンにも好評で手応えを感じたので選びました」
ジェイコブ 「自分の最新アルバムではとりあげなかったけれど、僕も2〜3年くらい前からビリー・ジョエルにはまっています。〈ピアノ・マン〉とかストリート・ピアノでのパフォーマンスにぴったりな名曲だし、ほかにも有名なナンバーが揃っていて、しかもジャジーなアレンジがしっくりとくる。歌詞も素晴らしいので、ピアノだけで聴き手の頭の中に世界が広がるのも素敵です」
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――ジェイコブさんによる名曲アレンジの“妙技”は最新作『Jazz Piano Japan vol.3』でたっぷりと堪能させていただきました! とくに今回は3拍子ジャズワルツによる〈ルパン三世のテーマ〉や4拍子スイングの〈人生のメリーゴーランド〉といった、これまで何度も演奏されてきたお馴染みのナンバーを斬新に生まれ変わらせているのが印象的でした」
ジェイコブ 「ライヴのたびに弾いている曲なんだけど、まだまだ皆さんに楽しんでもらいたいのであえてチャレンジしてみました。超絶技巧系の演奏も好きですが、最近はアレンジの魅力でじっくりと聴いていただけるようなものをお届けしたいと思うようになってきました。たとえば〈残酷の天使のテーゼ〉はこれまでリクエストが多かったものの、あまりに人気曲すぎて避けていたのですが、今回スインギーで面白いアレンジのアイディアが浮かんだので初めてとりあげています」
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――Official髭男dism の「ミックスナッツ」やYOASOBIの「アイドル」など、むしろkikiさんのアルバムに収録されていてもおかしくないJ-POPヒッツのカヴァーも見事です。
ジェイコブ 「〈アイドル〉はうちの6歳の子どもも歌詞を覚えて家で歌っています(笑)。プログレっぽいぶっとんだ曲調でメリハリがあるのでピアノでカヴァーするのに最適。実はずっとひとつのグルーヴが続くような今のアメリカのヒット曲よりも、最近のJ-POPの方がアレンジのしがいがあって楽しいですよ」
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――一方で80年代のアイドル・ヒッツ「Sweet Memories」はお二人ともそれぞれのアルバムでとりあげていますね。
kiki 「聖子ちゃんは母が好きでよく聴いていました。今回はジェイコブさんへのリスペクトを込めてアレンジを真似しています」
ジェイコブ 「同じ楽曲だとピアニストの個性というか違いが比較しやすいでしょ。今回の僕のアレンジでは懐かしい雰囲気を醸し出しつつ、根底にヒップホップのビートを導入しています」
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――ジェイコブさんは松田聖子ナンバーをもうひとつとりあげています。なぜ「渚のバルコニー」を?
ジェイコブ 「2年ほど前、山形県鶴岡市立加茂水族館のくらげの水槽〈クラゲドリームシアター〉の前で演奏する仕事があり、海に因んだ楽曲ばかりを集めたプログラムで披露したもののひとつで、ジョビン風のボサノヴァ・アレンジ。あれ以来、弾いていなかったのでこの機会に」
――そして「Sweet Memories」といえばサントリー「CANビール」のCM曲でしたが、小林亜星作曲の「夜がくる」もサントリー「オールド」のCMから生まれた昭和の名曲です。
ジェイコブ 「去年、松山市で開催されたサントリー・ウイスキーのイベントで主催者側からリクエストをいただいたもの。それまで聴いたことなかったけれど、カッコイイ曲だなと思ってカヴァーしました。サントリーのCM曲って気になる曲が多い。機会があれば今度〈ウイスキーが、お好きでしょ〉とかも、やってみたいです」
――あと、kikiさんのアルバムでは、シャンソンの「枯葉」とアニソンの「銀河鉄道999」がジェイコブさんとの連弾で収録されているのも聴きどころです。とくに「銀河鉄道999」はYouTubeで拝見したお二人の連弾より、確実に完成度が高くなっていますね。
kiki 「ありがとうございます!ストリート・ピアノの現場では、とにかくみんなを驚かせたりあっと言わせたいという気持ちが強くなりがちですが、アルバムではプロとしてより完璧な音楽を目指したいと思って頑張りました。連弾ものに限らず、今回はジェイコブさんの力をお借りできていろいろとアドバイスもいただき、自分の枠を超えられたと自負しています」
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――kikiさんの今後の活躍が楽しみです。120万回近く視聴されている、あの「パリの北駅で国民的人気アニソンメドレーを弾く…」みたいな動画もお待ちしています。
kiki 「はい、ご期待ください!ピアニストとして、もっともっとレベルをあげるべく全国のストリートピアノを回って修行いたします」
――それからまた、ジェイコブさんがオーガナイズするピアニストたちがステージで一堂に会するようなイベントをお願いいたします。
ジェイコブ 「ぜひ、企画したいと思います!」
取材・文/東端哲也