2019年の1stフル・アルバム『vivid』で音楽ファン、音楽メディアからの高い評価を獲得。オルタナR&B、ネオソウル、J-POPを自在に行き来するサウンド、軽やかさと凛とした強さを共存させたヴォーカルで注目を集めるkiki vivi lilyがデジタル・ミニ・アルバム『Good Luck Charm』をリリースする。WONKの荒田洸をサウンド・プロデュースに迎え、Kan Sanoのトラック提供曲、nobodyknows+「ココロオドル」のカヴァーなどを収めた本作について聞いた。
Digital Mini Album 『Good Luck Charm』
――前作『vivid』が大きな話題を集めました。今振り返ってみると、kiki vivi lilyさんにとってはどんなアルバムですか?
「初めてのフル・アルバムだったし、すごく達成感がありました。それまでは弾き語りが中心だったんですけど、初期のユーミンさんや山下達郎さんのような構造のサウンドの表現に近づけた感覚があって。歌と曲だけではなくて、楽器も歌っているというか、サウンドも絡み合っているような音楽をやりたかったんですよ。いろんな方の協力を得て、それを形にできたのは嬉しかったし、“このアルバムをみなさんに届けたい”と思ってましたね」
――70年代後半、80年代前半あたりのユーミン、達郎のサウンドは、やはりルーツになってるんですか?
「そうですね。何気なく聴いてたときも好きだったし、音楽として意識するようになってから、すごく勉強になってます。大学の卒業論文、ユーミン論だったんですよ。教育学部だから、ぜんぜん関係ないんですけど」
――新作『Good Luck Charm』のサウンドは、前作とはまったく違うアプローチですね。
「ビートを強化したかったんですよね。『vivid』はオーガニックな質感で、すごく好きなんですけど、今回はよりパワーアップしたくて。ビートで遊んでみたという感じかな。やりたいことは一貫していて、いいものを作ろうって思ってるだけなんですけど」
――質のいいポップスを作りたい、と?
「そうですね。『Good Luck Charm』の6曲は、アレンジを変えれば『vivid』に入っていてもおかしくないというか。基本的にはメロディと歌詞とコードから作っているし――6曲目の〈See you in Montauk〉だけはトラック先行なんですけど――曲の構成自体はJ-POPだと思っていて。あとは、それをどうアレンジするか?なんですよね」
――なるほど。今回のサウンド・メイクは、音数を抑えて、キック、ベースの音がすごく豊かで。現在のグローバル・ポップの潮流に近いですよね。
「その影響は少なからずあると思います。今言ったように曲自体はそれほど変わってないんですけど、“それをどう調理するか”“いつやるか”が大事。私の場合、そのときに聴いている音楽をすぐに反映させたいんですよ。サウンド・プロデュースで入ってくれたWONKの荒田くんといろいろな音楽を聴きながら、どういうトラックにするか話し合って。K-POPも聴いきました。“ここまで低音を出してるんだな”ということだったり、音の作り方を含めて、研究して。今の日本のリスナーもそういう音に馴れてると思うし、だったら、私たちも進化していかないとって。私はうまく言語化できないから、“もうちょっとこんな感じで”みたいな抽象的なことしか言えないんですけど、制作チームのみんなが汲み取ってくれて。とにかく、自分が今、聴きたいものを作ることは心がけてました。アレンジやコーラスを作ってるときがいちばん楽しいです」
――歌詞を書くのはどうなんですか?
「書いている最中にはあまり楽しいって感覚はないですね(笑)。曲は基本的にピアノで作ることが多くて、そのときに浮かんできたフレーズをもとに広げたり、メロディと歌詞が同時に出てきたり、作り方はいろいろなんですけど」
――1曲目の「Radio(Intro)」、2曲目の「ひめごと」は、聴いているとすごく情景が浮かんでくるし、その背景にストーリーを感じましたが、意図していたわけではない?
「〈Radio(Intro)〉を書いたのはかなり前なので、あまり覚えてないんですけど……たぶん、そのときの心情をもとに作っていったのかな。ミニ・アルバムに入れることになってから、“物語の最初”という設定にしたんです。だから”Intro”って付けたんですけど、それも後からですね。それを決めた上で、少し歌詞を付け加えたりはしました。〈ひめごと〉は、しっかり場面を決めてから書きました。まず情景や2人の関係を決めて」
――その設定はフィクションなんですか?
「〈ひめごと〉はそうですね。歌詞を書くときは、完全に想像で書くこともあれば、映画とかミュージカルが好きなので、そこからインスピレーションを受ける場合もあって。“すべてが自分から出てきた自分の物語”というわけではないですね。自分じゃない誰かになれるのも、歌詞を書く魅力かなって思います」
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――本作には、nobodyknows+の2004年のヒット曲「ココロオドル」のカヴァーも収録されています。選曲が意外すぎて驚きました。
「そう思ってほしかったので、嬉しいです。〈ココロオドル〉は当時から耳にしてたし、曲も好きで。あと、ライヴをサポートしてくれてるギターの小川翔さん、キーボードの宮川純さんが名古屋出身で、当時、nobodyknows+のレコーディングに参加してたんですよ。私が所属しているPitch Odd Mansion というヒップホップ・クルーも名古屋出身で、nobodyknows+のメンバーと面識もあって。そういうつながりのなかで、〈ココロオドル〉をカヴァーしたらおもしろいんじゃない?という話になったんです」
――しかもnobodyknows+のメンバーも客演していて。
「そうなんですよ!メンバーのみなさんのヴァースのアレンジは原曲の雰囲気を残したり、アレンジするのもすごく楽しくて。意外性、遊び心のある作品にしたかったので、このカヴァーを入れられてよかったです」
――4曲目の「The Libertines」は、ロック・バンドのリバティーンズのことですよね……?
「そうです。私、もともとandymoriが大好きだったんですよ。彼らは最初、“和製リバティーンズ”って言れていて、リバティーンズを聴いてみたらすごくカッコよくて。演奏のうまさというより、衝動でやってる感じがすごくいいなと。危うさだったり、人間味が感じられるのが魅力的だったんですよね。“I love The Libertines 衝撃がいつか訪れるわ”という歌詞は、まさにそのことを歌ってるんです。もっと私に刺激を与えてほしいっていう。アレンジ作業のときも、みんなでリバティーンズを聴いて、“あまりうまく弾かないようにしよう”とか“リズムをもうちょっと崩そう”って話しながら進めました。みんな、すごく上手い人たちなのに(笑)」
――(笑)。ちなみにバンドを組んだことはありますか?
「あります。大学の後半あたりからユーミンさんや達郎さんをあらためて聴くようになって、ブラック・ミュージックやソウルも聴きはじめて。いろいろミックスしながら、今に至るという感じです」
――5曲目の「Touring(Prod. by Kan Sano)」はKan Sanoさんが作曲、トラック・メイクを担当。最先端のR&Bを感じさせる楽曲ですが、Kan Sanoさんともつながりがったんですか?
「直接面識がなかったのですが、サポートでドラムを叩いてくれている菅野颯くんが、Kanさんのサポートもしていて。Kanさんのレーベルのorigami PRODUCTIONSはWONKともつながってるし、私自身Kan Sanoさんのサウンドが大好きで、いつか一緒に制作してみたいと思っていたので、今回オファーさせていただきました。頼むんだったら、つながりがあるほうがいいと思うんですよ。その方がストーリーを感じらえるし、お互いに気持ちも入るというか」
――確かに。Kan Sanoさんにはどんなオファーをしたんですか?
「ムーンチャイルドやRaveenaみたいな感じの曲をお願いしたくて。ほかの曲はビートが強いから、もうちょっとメロウなほうがKanさんの良さも活かせるかな、と。送られてきた曲を聴いて、“さすがだな”と思いました。歌詞に関しては、そのときに読んでいた小説をモチーフにして書きました。人から提供いただいた曲には、映画や小説をモチーフにした歌詞を書くことが多いですね。『vivid』に入っている冨田恵一さんに作っていただいた曲〈Copenhagen〉もそうでした」
――サウンドもそうですけど、歌詞も“今”の興味が強く反映されているんですね。『Good Luck Charm』というタイトルについては?
「私のもともとのテーマとして、“人生を肯定できるような音楽を届けたい”ということがあって。コロナ禍ということもあるし、“これを聴けばちょっと前向きになれる”“1日を少しだけ楽しく過ごせる”というお守りみたいな作品になってくれたらな、と」
――なるほど。“人生を肯定したい”というテーマの源にあるのは、どんな気持ちなんですか?
「何だろう……?私は音楽に対して、泥臭さをあまり求めてないんです。それよりも日常とは違うものを見せてくれたり、華やかな気分にさせてくれたり、世界観に浸れたり、ちょっと明日を生きやすくなるような曲が好き。私の音楽が、聴いてくれる人にとってもそういうものであったらいいなと思ってるんです」
――『Good Luck Charm』は確かに、何気なく聴いているだけで気分が良くなります。次の作品の構想はあるんですか?
「じつはもう考えてます。『Good Luck Charm』は通過点というか、“楽しく音楽を作った”という感じの作品で。もちろん良いものになったと思ってるんですが、遊び心満載というより、次はもう少しガシッとしたものを作ってみたいと思ってます」
――サウンドも自然に変わっていきそうですね。
「そうかもしれないですね。私もリスナーとしては、(好きなアーティストに対して)“変わらないで”って思ったりすることもあるけど、作る側になると“同じことばかりは続けられないな”と思うので、変化を楽しんで、ぜひついてきてください」
取材・文/森 朋之