オルタナティヴR&B、ネオソウルなどの潮流と独創的なサウンドメイクを共存させた音楽性、スウィート&ビターな歌声によって注目を集めるkiki vivi lilyが2ndフル・アルバム『Tasty』を完成させた。サウンド・プロデューサーに荒田洸(WONK)、MELRAWを迎え、Shin Sakiura、Sweet Williamといった気鋭のクリエイターが参加した本作は、カラフルな音像と味わい豊かなヴォーカルを堪能できる作品に仕上がっている。
――前作EP『Good Luck Charm』(2020年12月)と同様、今回もコロナ禍での制作。この状況でのレコーディングにも慣れてきたのでは?
「そうですね。私はもともと少人数で制作していたので、そこまで影響は受けてなくて。ミュージシャンのみんなもライヴが少なくなったことで、スケジュールが合わせやすかったというところもあって。もちろんライヴができないのは困るんですけど、いつ、どんな状況で作るかによって、出てくる楽曲も違ってくるなと思いました。そういう意味では、『Tasty』はこの時期だからこそできたアルバムとも言えると思います」
――『Tasty』というタイトルのとおり、多彩な風味やテイストが込められています。この題名はどのタイミングで決めたんですか?
「制作の序盤、1〜2曲できたときに決めました。最初のほうに録ったのは〈Lazy〉や〈Whiskey〉なんですけど、生活のなかで味わうさまざまな味覚を、いろんな感情をちりばめた作品にしたいなと思って。サウンド的にもかなり振り幅があると思いますし、前作よりも生音を増やして、深みが出た気がします」
――たしかに。アルバムは“生活の始まり”を表現したという「Intro:wip」、そして、生楽器の響きを活かした「Lazy」からスタートします。
「この曲は2016年から温めていた曲なんです。その頃はコード進行に凝った曲を作ることが多かったんですけど、純粋に音を奏でる喜びを感じられる曲を作ってみようと思いました」
――美しく、力強いメロディと不安定な恋愛模様を描いた歌詞のコントラストも印象的でした。レコーディングはバンド編成で録ったそうですね。
「バンドのレコ―ディングは、実はこの曲が初めてだったんです。今までは基本、宅録で、たとえばギターの方に来てもらって弾いてもらったりすることがほとんどで。でも、作品を作るたびにミュージシャンのみんなとの信頼関係もできて、“一緒のグルーヴを感じながら録るのもいいよね”ということになって。そういうやり方も、今だからできたんだと思います。以前は(生で録るという)選択肢がなかったので」
――なるほど。プロデューサーの荒田洸さん、MELRAWさんも優れたミュージシャンですからね。
「そうですよね。アレンジもみんなと一緒にリハーサルスタジオに入って、話しながら決めていったんです。デモ音源もきっちり作っていたのですが、それをいい意味で崩してくれて、意外な変化も起きて。サポートミュージシャンのみんなもこだわりが強いから、私が気づかない音の鳴りとか、“ここはこうしたほうがいい”という意見をくれるんです。とにかく上手すぎるので、逆にテクニカルになりすぎるのを抑えるのがちょっと大変でした(笑)」
――「手を触れたら」も自由なアイディアが詰め込まれてますね。
「〈手を触れたら〉は、前作の『Good Luck Charm』の制作のときから手を付けていて、荒田くん、MELRAWくんと作り込んできて。最初はもっとオーガニックな感じというか、アルバム『vivid』に近い雰囲気だったんですけど、作ってるうちに飽きてきて、いろんな音を入れていったんです。同じことをやってもしょうがないし、“このままだと進化がないよね”って。新しいことをやるなら振り切ろうと思ったし、完成したときは達成感がありました」
――エッジの効いたサウンドですが、歌詞はかなり甘くて。「この心があの日から君に触れたいと願ってること」なんて、めちゃくちゃスイートじゃないですか?
「1曲、そういう味がほしいなと思って(笑)。全体的にお別れの曲が多かったから、バランスを取ったところもあります」
――そして「Yum Yum (feat.Shin Sakiura & Itto)」はヒップホップ・テイストの楽曲。Shin Sakiuraさんも気鋭のクリエイターですが、以前から交流はあったんですか?
「直接的な交流はなくて、人を介して、間接的に知ってたんです。Sakiuraさんが作る音は削ぎ落されていて、すごく洗練されていて、音の解像度が高くて、潔い感じがすごく好きだったんです。制作中によく電話で話していたんですけど、“こうしたいんだけど”“私もそう思ってました”みたいな感じで、コミュニケーションもスムーズ。自分の名前で出す音楽に対して責任感を持っているし、その姿勢も似てると思いました」
――さらにラッパーのIttoさんも参加。ジャンクフードが登場する歌詞と、リラックスしたフロウが気持ちいいですね。
「無条件で楽しい、ご機嫌になれる曲にしたかったんです。あと、ジャンクな味がする歌にしたくて。私もタコス大好きだし。そういう食べ物もときどきは必要ですよね。私は週末をチートデイにしていて(笑)。月曜から金曜までは体にいいものを食べて、土日は好きなものを楽しんでます(笑)」
――5曲目の「Whiskey」はビターな雰囲気の楽曲です。
「まさに“苦み”ですね。ウイスキーをテーマにした曲はずっと前から書きたかったんです。友達とちょっといいバーに行って、マスターのおすすめのウイスキーを飲むたびに“この感じを歌にしたいな”と思っていて。そいう思い出とともにちょっとずつ頭のなかで育てて、ようやく形になりました。WONKの(井上)幹さんのベースもそうですけど、いろんな人が関わってくれて、より深みのあるアレンジになりました」
――歌詞もかなり推敲を重ねたとか。
「もともと今の完成形の3倍くらいの量があって、書いては消して、書いては消して、ちょっとずつ削ぎ落して。いろんな方向性があったのですごく悩みましたけど、最終的にはなるべく余白を残してシンプルに仕上げました」
――曲のなかにロバート・グラスパーが登場しますが、固有名詞があることで、情景がリアルに浮かんできました。
「そこも迷ったんですよ。歌詞に出てくる名前として、ちょっと新しすぎない?という議論もありました(笑)。“ウイスキーを聴いてるとき、どんな音楽を聴きたい?”ってリサーチもして。でも結局入れることにしました。もちろん私もグラスパー好きですし」
――これまで以上に歌詞に拘った?
「みんな思った以上に歌詞に注目してるんだなって、作品を出すたびに痛感したんです。どんなにサウンドを作りこんでも、歌詞がよくないと響かないんですよ。もともとkiki vivi lilyというプロジェクトをはじめたときも、J-POPの棚にCDが並んでいるところを思い描いていました」
――なるほど。ちなみにJ-POPのルーツはどんなアーティストなんですか?
「バンドが多いです。くるり、フジファブリック、andymori。くるり(岸田繁)の歌詞はすごく好きです」
――6曲目の「Interlude:Tasty」は、場面展開の役割を担うインタールード。この曲も歌詞がありますね。
「ホテルに滞在しているときに、ふっと思いついて作った曲です。MacBookのマイクで録ったものをそのまま使ってます」
――それも味ですね。その後の「You Were Mine」はハワイアン・レゲエ的なアプローチ。こういうジャンルも好きなんですか?
「大好きです。ずっと聴いてたし、こういうテイストの曲も書いてたんですけど、あまりこういう部分を見せてなかったので、新鮮に感じる人もいるかもしれません。今まではサウンドを緻密に作り上げることが多かったから、こういうシンプルな曲はなかなか入れづらかったんですが、今回はフルアルバムだし、収録していいかなと思って入れました」
――HSUさん(Suchmos)のベースも素晴らしいですね。
「そうなんですよ。ドラム以外は全部、生(楽器)なのかな?荒田くんと“ドラムは生じゃないほうがいいよね”という話になって。そのあたりのバランスは感覚で決めてるんですけど、kiki vivi lily流のレゲエになったと思います」
――歌詞もシンプルですよね。“You were the one/You were my baby/You were mine”というラインがすごく心地よくて。
「レゲエのリズムにはこういう歌詞が合いますよね」
――8曲目の「New Day(feat. Sweet William)」は、ビートメイクの緻密さに驚かされました。
「ありがとうございます。Sweet Williamと“ループものをやりたいね”というところから組み立てていきました。まず彼にビートを組んでもらって、打ち込んだピアノを宮川純さんに弾き直してもらって、その素材をさらに崩して再構築したんです。だいぶ複雑なプロセスだったんですけど、ビートと生っぽさのバランスがすごくいいなと思ってます」
――そのやり方、どうやって思いついたんですか?
「じつはたまたまです(笑)。〈Lazy〉を録ったスタジオにアップライトピアノがあって、“あのビートのフレーズ、弾いてもらったらどう?”と提案してもらって。Sweet Williamのビートと生のピアノの組み合わせは以前からやりたかったので、実現できてうれしかったです」
――空港を舞台にした歌詞もいいですね。まさにJ-POP的なシチュエーションなのかなと。
「そう思います。ちょっと〈ぼくらが旅に出る理由〉(小沢健二)を意識したところもあるんですけど、爽やかな別れを描いた曲にしたくて。私の周りには“国際遠距離”のカップルがいて、(コロナ禍になって)ぜんぜん会えなくなって。そういう人たちの背中を押す……というとおこがましいんですが、ちょっとでも前向きになってくれたらなと思って書きました。“Grapefruits”という歌詞があるんですけど、“ちょっと苦くて、爽やかな味”というのもテーマでしたね。あと、空港が好きなんですよ。とくに朝の空港のスッとした空気だったり、スーツ姿の人たちのなかで、一人だけ私服っていう異空間っぽさが好きで」
――旅行に行けない時期が続いているからこそ、余計にグッときちゃいますね。そして最後の「Onion Soup」は、既婚の友達から夫婦喧嘩の話を聞いたことがきっかけだったそうですね。
「はい。いろいろ愚痴も聞いたんですけど、最後は“ごはん作らなきゃ。家族だからね”“いろいろあるけど、がんばるわ”って。その愛の深さ、すごいなって思ったんです。私はまだそんな領域に達していないし、彼女にエールを送りたいなと思って、この曲を書きました」
――シンガー・ソングライター的というか、かなりプライベートな出来事が出発点なんですね。
「そういう書き方はひさしぶりだったかも。しかもこの曲、ピアノの弾き語りなんですけど、くるりの〈ピアノガール〉(アルバム『図鑑』収録)という曲があって、岸田さんがピアノの弾き語りで歌ってるんです。その感じを私もやってみたくて」
――自分でアイディアを出した?
「最初はMELRAWが言ってくれたのかな?デモ音源が弾き語りだったんです。私はもっと作り込もうと思ってたんだけど、“このままでいいんじゃない?”って。“lilyが自分で弾いて歌うことに意味がある曲だと思う”と言ってくれて、たしかにと思って。レコーディングはめちゃくちゃ緊張しました。前日に“弾き語りで録る”と決めたんですけど、キーを変えたせいで、めちゃくちゃ難しくて!ぜんぜんダメでした(笑)。でも、それも味かなと」
――エピソード満載のアルバムになりましたね(笑)。kiki vivi lilyのポップスを表現できた、という手ごたえもあるのでは?
「そうですね。1作目(『LOVIN’YOU』/2016年)に比べると、ほとんど日本語の歌詞になりました。自然にそうなってきたんですけど、そのぶん聴いてくれる人のほうに目が向いてきたんだと思います」
――“2021年のシーンのなかで、どういう曲が聴かれているのか?”ということも意識してるんですか?
「それはあまり気にしてないです。ずっと愛される音楽を作りたいし、“今”の流行りよりも、スタンダードを目指したいです」
――12月から2022年1月にかけて、福岡、大阪、東京でワンマン・ツアーを開催。アルバム『Tasty』の楽曲がどう表現されるか、すごく楽しみです。
「ワンマン・ライヴは『vivid』のリリース・ライヴ1回だけで、ツアーは初めてなんです。前作『Good Luck Charm』のときはまったくライヴができなくて。ひさしぶりのライヴなので、私も本当に楽しみです」
取材・文/森 朋之
ワンマンツアー〈kiki vivi lily Winter Tour 2021-2022〉2021年12月10日(金)福岡 福岡BEAT STATION 開場 17:00 / 開演 18:00
2021年12月17日(金)大阪 大阪Live House ANIMA 開場 17:00 / 開演 18:00
2022年1月14日(金)東京 東京 Shibuya WWW X 開場 17:00 / 開演 18:00
チケット価格:4,500円(税込)
チケット先行・二次先行受付URL:
https://eplus.jp/kikivivilily/チケット先行受付期間:10月1日(金)18:00〜10月11日(月・祝) 23:59
チケット二次先行受付期間:10月15日(金)18:00〜11月3日(水・祝)23:59
チケット一般発売:11月13日(土)10:00〜