自己の確立とムードの追求――KIKUMARU『711』

KIKUMARU   2018/07/18掲載
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 KANDYTOWNのラッパー、KIKUMARUはサード・アルバム『711』でムードを追求する。夜、ロマンス、ネオン、光と影。かつてその名もムード歌謡という日本独自の大衆音楽のジャンルがあった。“ムード・ラップ”というジャンルはもちろんないが、しかし、『711』はブラック・ミュージックそして近年のUSラップ / アーバン・ミュージックからムードを抽出して結晶化したような作品でもある。KIKUMARUの盟友であり、メロディセンスに長けたRyohuがエグゼクティヴ・プロデュースを務めたことも大きいだろう。多種多様なラッパーやビートメイカーが脇を固め、KIKUMARUの醸し出すムードは保たれる。
――とにかくムードのあるラップ作品というのが印象的でした。
 「1曲目の〈Misty〉に“測る光と影の加減”ってリリックがあるんですけど、たしかにそういう光と影というのは全体として意識しましたね」
――客演もそれなりに多く参加しているんですけど、全13曲、ムードは保たれていく感じですね。
 「〈March〉のFEBBのビートでBESさんにやってもらおうというのと、唾奇に客演を依頼するのは決めていたんですけど、基本はソロ曲をメインでやろうとしていたんです。でも結果的に客演もたくさん入りましたね。他のラッパーには自分のヴァースを聴いてもらって、それから録音してもらいました。データのやり取りはL-VOKALさんと唾奇ぐらいで、他のラッパーとはいっしょに録音しましたね」
――「Make My Day」では最近また動き出しているQNが参加していますね。
 「QNもいろいろあっていまは落ち着いたっぽいんで。QNが今年のはじめにアルバム(『春の嵐の中で』)をリリースしたタイミングで自分のパーティに呼んだんですよ。そういう流れもあって一緒に曲を作ろうかって。でも、昔からそんな感じですね。同い年なのもあって昔から遊ぶし、QNの家に行ってその場でネタを決めてあいつがビートを組んで曲を作ったり。1時間半ぐらいでできた曲もあります。QNの作品に俺との曲が入ったりしてますしね(QNのEARTH NO MAD名義の作品『MUD DAY』収録〈WALK THIS WAY〉などで共作)。〈Make My Day〉は、QNとならば面白い曲ができるかなって。QNのワードのチョイスは面白いですよね。“けっこうぶっ飛んだYESTERDAY”とか“I LOVE BITCHES”とか(笑)。俺だったら絶対に言わない。でもQNだからアリっていうリリックがあるんですよね。しかもラップがやけにキレキレだった」
――MASS-HOLEGRADIS NICESCRATCH NICEの共作などいろんなビートがあるんですけど、KIKUMARUくんのビート選びから、本当にブラック・ミュージックが好きなんだなって伝わってきます。とにかく、ムードを追求しているというか。
 「黒いですよね。MASS-HOLEさんもGRADIS NICEさんもSCRATCH NICEさんも大好きなビートメイカーで、3人ともセカンドの『On The Korner』でもビートをもらいましたし。〈Interlude〉は、MASS-HOLEさんが“KIKUMARUに合いそうだから”ってくれたビートなんですよね。で、ワン・ヴァースだけ書いたんです。カッコいいビートをチョイスして、それに俺がどう色付けて味を付けられるかなんですよね」
――あと、WONKのPxrxdigmが「Mrs.Candy」という曲のビートを作ってますね。WONKにしてもそうですし、近年、ブラック・ミュージックを独自に消化してオリジナリティを発揮する日本のバンドも活躍しているじゃないですか。そういう動向はどう見てますか?
 「KANDYのDIANがWONKのアルバム『Sphere』に参加してる縁もあってPxrxdigmからビートをもらったんです。WONKも同世代でカッコイイ音楽をやっていますよね。WONK、KANDY、yahyelが並ぶイベントもあったりしましたし。WONKのメンバーと撮影で一緒になるタイミングがあったんです。そのときに“みんなジャズ好きでしょ? 俺はマイルス・デイヴィスとか好きなんだけど、どんなの聴くの?”みたいな話をしてて、タモリとマイルス・デイヴィスの対談の映像を観たりしましたね(笑)。タモリ超緊張してるじゃん!って。そんなことがありました。でもたしかに、KANDYはバンドじゃないしモロにヒップホップだけど、俺たちが好きなグルーヴ、俺たちに近いグルーヴで音楽やっている近い世代の人が増えたなっていう印象はありますね」
――ラスト曲の「Diary」と「Through」という2曲を手掛けるMUDDY THUMBはどんな方なんですか?
 「DONY JOINTのつながりで知り合った、ビートを作ってる3人組ですね。本当に音楽が大好きな人たちで、SoundCloudにもビートがけっこうアップされてますね。トラックのストックが超あるんですよ。1時間ぶっ通しで一緒にビートを聴かせてもらったんですけど、まだまだありますって感じで。しかも自分たちのビートを流してめっちゃ首振ってるんですよ。最高なんですよね」
――この作品は全編を通してメロディがとても強調されていますよね。例えば、KEIJUとの「Express deal」とか。Jazadocumentのトラックも大きいと思うんですけど、2人のやり取りはどんな感じでしたか?
 「最初このビートも一人でやるつもりだったんですけど、一緒に聴いていたKEIJUが“俺もやりたい”って言ってくれて。じゃあ、俺が前ノリでラップするから、KEIJUは後ろノリでやってフックで合わせようって打ち合わせはしましたね。言葉を入れる前に、“ふんふんふんふん”って鼻歌みたいな感じでお互いのノリをたしかめ合って。KEIJUは、最初は使っていなかったオートチューンを使ったりして曲をさらに良くしてくれた。自分ができないこと、やらないことをKEIJUがやってくれる感じですね。あいつはメロディや言葉のハメ方はKANDYの中でも独特だから」
――メロディや歌唱法に関してはエグゼクティヴ・プロデューサーのRyohuが果たした役割も大きそうですね。
 「Ryohuにお願いしたのは、Ryohuが俺を良く理解していて、しかもKANDYでいちばん音楽を知っていると思ったからです。作る前から俺のアルバムを見てほしいって頼んでましたね。俺はラップしかできないんですけど、Ryohuはメロディセンスもあって、どうすれば音楽として良くなるかを知ってるんです。そういうRyohuのグルーヴを入れた一枚にしたかった。例えば、ガヤだったり、2本目、3本目に重ねる声の高さや低さを指示してくれましたね。これまでは重ねる声の音程の高低をそこまで意識せずに、とりあえず自分の出せる声を出していたんです。そういう部分を修正してくれて全体のクオリティを上げてくれましたね。〈Moment's so high〉のビートはRyohuが作って、KIKUMARUっぽいって俺に渡してくれたんです。ジュエルズ・サンタナに俺も好きな曲があって、この曲はそのラップを参考にして作ってみてってRyohuに言われましたね。もちろんその曲とは違うノリになってますけど、2000年代のノリを出した感じです」
――なるほど。ちなみに『711』っていうタイトルはどこから?
 「自分の誕生日なんですよね。2月ぐらいから夏には出そうって考えていたんですけど、アルバム名がなかなか決まらなくて。『On The Korner』はタイトルが決まってから作り出したぐらいだったんですけど。今回はちょうど誕生日に発売できることになったから、これでいこう!って。あと、俺、ラルフ・ローレンが大好きなんですけど、NYにあるラルフ・ローレンは5番街にあって住所が711で、その数字の看板もあるし、711ってキャップも売ってるんですよ。よし、これだって(笑)」
――KIKUMARUくんはかつて孔雀というグループをやっていたじゃないですか。そのころはいまより直球の“日本語ラップ”のスタイルでしたけど、そこから変化してきていますよね。
 「KANDYをやりながら、孔雀も同時にやっている時期がありましたね。孔雀は“日本語のラップ”ってことを求めていたんです。俺は高一ぐらいの頃は、“韻踏合組合が漢字のグループのなかでいちばんカッコイイ名前なんじゃないか”って考えるぐらい日本語の表現にこだわりがあったんです。孔雀は高校の友達とはじめて、その後に何人かが加入しました。MPCプレーヤーもいたし、ジュラシック5じゃないですけど、そういうライヴ感のあるマイク・リレーが映えるヒップホップをやろうとしていましたね。KANDYとは違って、メンバーのバックグラウンドもそれぞれだからいろんな羽の色があるってことで孔雀というグループ名にもなったんです。KANDYはラフに曲を作ったはいいけど、その頃にリリースするって意識は無かったから、俺は俺で動こうとしていたんです」
――KANDYで出てない曲はたくさんある?
 「マジでたくさんありますね。自分もそうですけど、過去の曲をみんな嫌うんですよ。当然、自分としてはファーストのころより、いまの自分が良くなってると思ってますし、声の出し方から全部違う。孔雀をやったり、KANDYをやったり、ソロをやったり、すべてヒップホップですけど、ぜんぜん違うことをやってた。そこには多少迷いもあったんでしょうね。だから、いちど仲間からも離れてNYに行って自分を見つめ直そうとした時期があります。その後に完成させたのが、前作のセカンド『On The Korner』なんです。あの作品でわりと自分を確立できたなって。それから『Focus』ってEPを出したりして、今回の作品ができた」
――だから、いろんなヒップホップをやってきたわけですよね。ディップセットとジュラシック5と、例えばカレンシーとかは同じヒップホップと言ってもまったく別のジャンルぐらい違いますからね。
 「そうっすね。わかりやすくいろんなヒップホップをやってきてますね。若いころは、KANDYのDJのMinnesotahにレコードの2枚使いしてもらってライヴしてましたし。“これがヒップホップだろ!”って。良く変わったって言われたりもしますけど、人間、変わんない方がおかしいし、周りのことを気にしなくなりましたね。やりたいようにやるようになりました。KANDYのYUSHIが亡くなったときもNYで一人だったんで、いろいろ考えさせられましたね。そういうのがあっていまに至ってますね」
――KANDYTOWNは、世間的には、2014年末に発表したミックステープ『KOLD TAPE』以降注目度が高まり活動が活発になったじゃないですか。あれからまだ4年も経ってないんですよね。
 「YUSHIが亡くなったあとに、IOファースト・アルバムを出したんですけど、IOのそのやる気がみんなに与えたものは大きいですね。その流れがいまも続いていますね」
取材・文 / 二木 信(2018年6月)
KIKUMARU Live Schedule
p-vine.jp/artists/kikumaru
2018年7月21日(土)
BLUE Vol.2
高知 CARAVAN SARY
開場 18:30 / 開演 19:00
前売 3,000円 / 当日 4,000円(税込 / 別途ドリンク代)

[出演]
LIVE: ザ50回転ズ / KIKUMARU from KANDYTOWN / ニホンハツ / QN / SIMOIKY / 2GG / MASA(8BALL TATTOO) / DJ GOAT / DJ JAMMIE
BOOTH: Barbershop(barber) / IMAJO HEAD STORE(hair salon) / MAREMO(JEWELRY BRAND) / K'rookly(Fashion BRAND) / Akihito Okuno(SEPTEMVA,INC.)




2018年7月22日(日)
BLUE vol.2
愛媛 新居浜 ジャンドール
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 2,500円 / 当日 3,000円(税込 / 別途ドリンク代)

[出演]
LIVE: KIKUMARU from KANDYTOWN / QN / M2 / DJ GOAT / DJ JAMMIE
BOOTH: MARERO(JEWELRY BRAND) / K'rooklyn(Fashion BRAND) / akihito okuno(SEPTEMVA,inc.)


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