キノコホテル 全従業員退職の試練を乗り越え営業再開、“人間”マリアンヌ東雲が語る新作と現在地

キノコホテル   2023/07/26掲載
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 創業(結成)15周年を襲った全従業員(メンバー)退職(脱退)の試練から1年。総支配人マリアンヌ東雲ひとりになったキノコホテルが、パートタイム従業員(セッション・ミュージシャン)を雇用(起用)し、6月14日に9枚目のアルバム『マリアンヌの教典』をリリースした。
 前体制でのラスト作『マリアンヌの密会』(2021年)とはまた異なる手触りで、この3年間のドン底の苦しみと、そこからふたたび雄々しく立ち上がる稀代の負けん気の軌跡を、タイトルどおり告解と懺悔を経て浄化へと至る過程のように刻印した一大力作である。
 6月24日に東京キネマ倶楽部で創業16周年記念単独実演会(ライヴ)を開催し、高らかに“営業再開”を宣言したキノコホテルの現在地を、東雲総支配人にたっぷり語ってもらった。
――何度も聞かれていることだとは思いますが、やっぱり全員退職は創業以来最大の試練でしたよね。
「胞子(ファン)の方たちはびっくりされたと思いますけど、ワタクシ的には寝耳に水っていうより、来るべきときが来たというか、まったく覚悟がなかったわけではないんです。従業員のみなさんは、いつかはいなくなってしまう存在だと思っていたから。ネガティヴな意味ではなくね。だからそもそも“この子たちとずっとやっていくんだ”みたいな気持ちはあんまりなかったんです。以前から人員の入れ替わりが激しかったし、コロナ禍に入ってからも体を壊してやめていく子もいたりしたので、イチからキノコホテルの運営を見直すタイミングがそろそろ来るのではないか、っていう予感はしていました」
――予想外ではなかったわけですね。
「“そうか、このタイミングで来るのね……”というのはありましたけどね。昨年、創業(結成)15周年にちなんで15本ツアーを回って、その終着地の神田明神ホールで全員退職とはね。でもワタクシとしては、いつかこうなるだろうという気はしていました」
――我々はついバンドというものにロマンティックな幻想を抱いてしまいがちですが、そもそもキノコホテルはちょっと違うんですね。
「胞子の方はそうであってほしいと願ってると思うんです。メジャー・デビューしていちばん長く続いた編成のときは、それぞれの従業員に胞子のみなさんは思い入れがあって、この4人でキノコホテルはずっと続いていくものだと思っていたんじゃないかしら。でもコロナ直前ぐらいから編成が変わり出して、もっと柔軟にいろいろ考えていく必要があるなとは思っていました。メンバーがこの4人であることにこだわり続けていくと、バンドそのものを犠牲にしなくてはいけなくなる気がして。
一人でも辞めたら解散、っていうグループもいますし、それはそれで美しいと思うんですよ。でもべつにすべてのバンドがそうじゃなくてもいいだろうって自分は思っていて、そこはけっこう現実的というか、バンドを残していくことを最優先に考えてます。誰がプレイヤーであっても変わらないものとして見せていきたいっていうのは、わりとエゴイスティックな欲求だと思いますけど、そもそもキノコホテルはワタクシのエゴの結晶だと思ってずっとやってきたので。それを許してくれる方だけがついてきてくれればもういいじゃないか、15年以上がんばってきたし……っていう境地ではありました」
――直接のきっかけは、コロナ禍によって活動がうまくいかなくなったことですか?
「実演会ができなくなって、暇な時間が増えて、だけどそれぞれの生活もあって。ちょうどコロナ元年の秋にマネージャーから離れて自主運営になったんですよ。プレイングマネージャーとして、それまでは無頓着でいられたお金のことなんかも気にしないといけなくなりました。それでもやっていくという選択をしたわけだから、どうなるかわからないけど臨機応変にやるしかないな、とその時点で腹はくくった気がします。
2021年に入ると退職する従業員が出てきて、しばらく臨時従業員(サポート・メンバー)で回したりとか、状況がとにかく目まぐるしく変わっていくわけですけれど、振り回されるのではなくて、うまく適応していくにはどうしたらいいかっていうことをすごく考えました。使ったことない脳をたくさん使ってるんですよ。“面倒くさいことがイヤだからミュージシャンになったのに、なんなわけ?”と思いながらも、キノコホテルの正真正銘の代表者、ちっちゃい会社の経営者みたいに名実ともになってしまったので、誰にも頼れないならやるしかないと開き直って、そこからけっこう人として成長していったんじゃないかと……自分で言うなって(笑)」
――いやいや、きっと成長されていると思います。やってみていかがですか。“意外とワタクシ事務作業向いてるな”とか?
「案外器用にこなせる仕事もあれば、どう考えても人に任せるべきだって思うことも多いです。けっこう面倒くさいですよ、グッズの発注とか。忘れっぽいんで(笑)。デザインなんかは好きなんですけど。一個“あ、これやらなきゃ”ってなるとね、ほかの何かを置き忘れてきてしまうので、なかなか大変なの。いつもリストを書いて消しながら」
――かわいい(笑)。
「ギャップ萌えですよ(笑)。“こんなはずじゃなかった”と思うときもありましたけど、誰かに任せたところで、結局ワタクシがチェックしなきゃいけなくなるから、二度手間なんですよね。効率を考えると自分でやってしまったほうがいいんです」
キノコホテル
――『マリアンヌの教典』は、勝手にソロ・アルバムみたいな音像を想像していたんですが、聴くと意外とバンド・サウンドですね。
「キノコホテルという名義で出す以上は、そこはマストですから。作詞・作曲・編曲はいつもどおりワタクシで、全曲同じ3人に演奏してもらっています。キノコホテルの世界に理解を示してくれそうな方たちを選びました。
まずどんな方にお願いするか、というところがスタート地点でしたね。レーベルと話して、発売日がいつ、ということは完パケはいつですね、みたいな話になるじゃないですか。そこから逆算してスケジュールを決めてくんですけど、いつも曲ができるのがギリギリなの。だから、デモができたらどんどんプレイヤーに投げて練習してもらって、すぐ録る。そのやり方も従来のキノコホテルと同じです」
――もともと短期集中が向いているタイプですか?
「たぶんそうですね。追い詰められてお尻に火がついて、そこから一所懸命片づけるタイプ。子どものころの夏休みの宿題も、最後の1〜2日で親にも手伝ってもらって適当なものをでっち上げてた記憶しかない。さすがに音楽に関しては適当にとは思いませんけど(笑)」
――追い詰められるというと、コロナ禍で活動が思うようにいかなくなったり、従業員がいなくなったりすることは、その最たるものかもしれません。このアルバムに僕はすごくエネルギーを感じましたが、追い詰められてパワーが出た部分もあるのかなと。
「そうかもしれないですね。今回はとにかく“キノコホテル健在”を作品として提示しなくてはいけなかったから。いくら口先で“終わりじゃないわよ”って言ったところで、何か提示できるものがないと説得力がないから、まずはアルバムを、と。それがいちばんの原動力というか、“マリアンヌさん、ひとりになったらダメだったね”とか言われるぐらいなら死んだほうがましだもの(笑)」
――録音に関わったパートタイム従業員はキネマ倶楽部の実演会と同じ方たちですか?
「全然違います。べつにぜったい分けなきゃいけなかったわけでもないんですけど、アルバムのほうがスケジュール的に早かったから、まずそこに間に合わせるために、レコーディングに参加してくれる方を人づてに探して」
――どういうお三方ですか?
「クレジットでググっても何も出てこないです(笑)。そこはあえて明言しなくていいと思っていて。プレイヤーが誰なのかいっさいわからないアルバムって、キノコでは初めてじゃないですか。そもそもバンドものの作品ではめずらしい。いままでは正規の従業員がいて、その人たちが演奏してたから、胞子の方たちも“この子のベースはやっぱりすばらしい”とか言いながら聴くわけですよね。そこが謎って、すごくふざけてて面白いじゃない、って思って」
――匿名性によって生まれる効果もありますしね。
「本来提供されるはずの情報をあえて抜きにして、純粋にキノコホテルの音楽とか世界を楽しんでいただきたい気持ちがあります。それは従業員固定制だったときはできなかったことなので。これまでとは決定的に違う何かがほしかったんですよ。さっきお話ししたとおり、アルバムを通してキノコホテルの印象が変わることはないけれども、プレイヤーが誰なのかは結局わからずじまい。そんな作品が1枚ぐらいあってもいいんじゃないかって思ったんですよね」
――面白い。たしかに僕らみたいな物書きは、プレイヤーが誰かみたいなことで2行ぐらい書けちゃったりするので(笑)。
「ワタクシ以外のプレイヤーへの興味、関心、思い入れをいっさい捨てさせるっていう、あえて。わがままなんですよ。“従業員が全員やめちゃった”からの次の一手なので、わざとふざけてやろうっていう算段です。次回以降どうするかはまだ決めていないですけど」
キノコホテル
――アルバム前半で“キノコホテル健在!”をドンと誇示して、後半で“でも実はね”と打ち明け話が聴けるような流れを感じました。
「後半のほうがやや内省的だったり、センチメンタルだったりしますね。こないだ思いつきで言ったら意外としっくりきたんですけど、このアルバムは、マリアンヌ東雲が一曲ごとに格言めいたものをくれるとかそういうコンセプトではなくて、怒りや憎しみ、悲しみ、迷い、そういったものを抱えたひとりの人間が自分をさらけ出し、懺悔を経ての浄化というか、暗いトンネルを抜け出して自分を受け入れ、他者を愛することができるようになる、という過程を自分なりに描けたような気がしています。なにひとつ狙ってはいないんですけど、たまたま」
――これまでは少なからずキャラクターとして君臨していたと思いますが、前作ぐらいからすごく人間臭くなった気がします。
「自覚はまあまあありますね。自分がしてきた経験だったりとか、音楽をやっていなかったら味わえなかったであろう感情だったりとか、そういうものを無意識に作品に落とし込むことに、だんだんと恥じらいがなくなってきたんでしょうね。初期のキノコホテルは、フィクション感がより強かったと思うんです。オリジナルにこだわりつつも、確信犯的に歌謡曲をパロディした“絵空事”感をみずから楽しんでいた時期があって、生活の匂いとかプライベートな雰囲気を出さないことを徹底して、従業員たちにも強いていました。ただ、それだけだったら途中で飽きちゃってた気もするんです。せっかく表現を生業にしているんだから、もう少し欲を出したくなったんだと思いますね。恐れがなくなってきたというか」
――ヴォーカルも以前よりかわいらしく聞こえるような。
「なぜか年々キーが高くなっているみたいで。女性は加齢とともにホルモンのバランスが変わって声が低くなる傾向があるんですけど、ワタクシの場合、デビューしたころは出なかったキーが出たりするようになってて。でも、声が変わったというよりは、自分本来の歌唱にどんどん近づいていってる気がするんです。虚構にこだわって、歌い方も意識的に歌謡曲に寄せていたところから、何枚目かで脱却して、完全に自分オリジナルになってきたというか。曲の難易度も上がって、一本調子で歌える曲ばかりじゃなくなってきたのもありますね」
――人間性とキャラクター性が統一できてきた、みたいな?
「ちょっと人間臭いぐらいのほうが魅力的なんじゃないかって最近思うようになってきて。若いころはつっぱって他者を寄せ付けずにピリピリしながら生きるのもまあ絵になるけど、個人的な見解としては、年齢を重ねるとちょっと痛々しくなるっていうか(笑)。ワタクシ自身、いま見せたいのはそういう自分ではないんだと思います。とくに意識してやっているわけではないんですけれども、そういうことがおのずと自分の作品にも反映されてるんじゃないですかね」
――「諦観ダンス」「キネマ・パラノイア」「五次元Surfin’」あたり、序盤の曲には“なめんなよ”スピリットを感じました。“これくらいはいつでもできんだからな”みたいな。
「“どんな作品になるのよ”ってみなさんが思ってるなかで、前半はやはり攻めたい気持ちはありました。アルバムの流れでいうと、自分のなかのドロドロした怒りとか、憎しみとか、マイナス感情と向き合って戦う時間なんですよ。それだけだと聴いてるほうも疲れてくるだろうし単調になってしまうから、後半に浄化と解脱の時間が訪れるわけですけども」
――そうですね。さっき打ち明け話と言ったのは、後半の流れにすごくマリアンヌ様の人間性に迫った感触があるからです。
「やっぱりコロナ禍以降のバンドを取り巻く環境の変化によるところが大きいと思いますね。でも、あの経験があったからこそたどり着けた境地でもあります。あのまま何の変化もなく平穏に続いていたら、このアルバムにはぜったいならなかったと思うので」
――「私の讃美歌」の“貴方は負けない/嵐の中で咲き誇る/薔薇はそう/一輪で良いの”はかっこいいなと思いました。
「女性受けのいい曲です。“この曲すごい好き”“刺さる”って言ってくれる女の子が多いですね。これは他者に向けたメッセージでもあるけど、何より自分のための楽曲なので」
――ひとりになったキノコホテルを誇るようなアンセム感があるけども、裏にせつなさがべったり貼りついているというか。
「せつなさとか悲しみとか虚しさとかをくぐり抜けた先じゃないと、見えてこないものってあると思うんですよ。その雰囲気を歌にしたい気持ちは前からありましたけど、いざ書こうとすると恥ずかしくて無理なんですよね。そもそも応援歌やエールみたいな歌が死ぬほど嫌いなので、ぜったいそういう歌はうたわない、書かないって思ってたの。ところが今回は自分自身がこれだけの経験をして、自分を励ましてあげたい気持ちがすごくあったんです。“いや、支配人ひとりいれば十分でしょ”ってワタクシの周りの友人や関係者がみんな言ってくれたんで、そういう人たちへ向けたメッセージでもあると思います。マリアンヌ東雲の人間としての成長の軌跡ですよ、これは(笑)。こういう感情は以前はなかったと思う」
――勝手に思っただけですが、本当はあったんじゃないですか? 蓋をして見せない、見ないようにしていたけれど。
「……どうなのかしら(笑)。自分に掟をたくさん課してがんじがらめにしていたので、気づかないふりをしていたのかもしれないですね」
――“ワイン傾けて/セラピスト気取り/誰か助けた つもりの私/目元潤ませて 聞いてくれるけど/救われたいのは 私です”とか、グッとくる方が多いと思います。
「自分から出てきたフレーズとは思えない(笑)。なんでか知らないけれども、お友だちから相談を受けることが多いんですよね。お酒を飲みながら、ひとのことだから余裕ぶっこいてご意見番みたいなことを言うんですけど、家に帰って“いや〜、つってもワタクシのほうがいましんどいんだけど”みたいな(笑)。自分もいろいろ抱え込んで、ある意味どん底にいるのに、そ知らぬ顔でひとの悩みを聞いて感謝されてる。それが面白いなと思って」
――すごくわかります。怒られるかもしれませんが、ちょっと不器用な……。
「不器用ですよ。器用だったらやってない、16年も(笑)」
キノコホテル
――でも、きっとそういうところをみんな愛してくれてるんだと思いますよ。マリアンヌ様とキノコホテルがかっこよくいてくれることが、みんなの希望みたいな。
「そうだといいんですけど。かっこよくいられてるのかしらねぇ」
――いやいや。最後、「暦日フィナーレ」の“羽目外して 何処までも飛び回れ/終わりじゃない/愉しいのはこれから”という最後のリリックなんて、すごいカタルシスでしたよ。
「アルバムの最後にふさわしいですよね」
――そう思います。しんどいこともあったけど、これからもかっこいいマリアンヌ様とキノコホテルでいてくれる、と思わせてくれる。
「それを宣言するためのアルバムですから。ただでは転ばないことをプレゼンテーションするっていうのが、目的としてはかなり大きかったので」
――無理はしてないですよね?
「うん、たぶん……大丈夫だと思う(大笑い)。ちょうどいい落としどころなんじゃないですかね。なんだかんだで、メランコリックな要素も多分にあるし。いや、じつはいまね、それ聞かれるんじゃないかと思ったの。無理はしてないと思う。いっちばん無理したのは去年のツアー中で、これからは無理をしないのがモットーなんで。身の丈に合ってるんじゃないかしら。だから大丈夫」
――オラオラな曲ばっかりでラストが「暦日フィナーレ」だったらちょっと不安になったかもしれませんが、その前の弱みを見せるパートがあるから自然に自分の気持ちを重ねられるというか。
「コアな胞子の方には、マリアンヌ東雲がけっして強いばかりの人間じゃないって、けっこうバレちゃってますからね。ファンクラブの配信で、飲みながら余計なこと言っちゃったりして、ボロ出しまくってるんで(笑)。だから作品では、“マリアンヌさんドジっ子だし脆い部分もあるけど、全部ひっくるめて素敵!”っていう方向に無理やり持ってくしかないの。ひたすら攻め続けるだけの作品を作ったところで、まず自分がついていけない(笑)。だから……等身大、ってことですかね。等身大って大っ嫌いな言葉だったんですけど。うん、等身大ですよ。ハッハッハ」
――僕も若いときは等身大とか応援歌なんか“ケッ”と思ってましたけど、いまはなんだかんだで大事だよなって思います。
「そうなんですよ。応援してほしくなるじゃないですか、もう若くなくなると。自分で自分を必死に奮い立たせないと生きていけないから(笑)」
――少し前のツイートに“密会⇄教典プレイしながら、激動の3年を振り返り中。コロナ禍入って仕事も減り、ミステリー小説の如く人員が辞めて行く中で、創作にしか救いが無かった。辛くしんどい時期を焼き付け昇華したこの2作品がワタクシは大好きである。そしてそこに向かう底力を付けてくれたのは奥儀だと思って居る”と……。
「音読されると恥ずかしい(笑)」
――ありましたが、こういう感じの位置づけなんですね。
「近年の3作は、マリアンヌ東雲の人間的な部分が表に出てきた作品ですね。とくに『マリアンヌの密会』はコロナ禍に入ってからの作品で、けっこう頼りにしていた従業員がやめるタイミングだったので、センチメンタルな気持ちで作ったんです。いくばくかの喪失感のなかで『密会』を完成させて、ここから事態は好転していくはずだって思ったんですけど、まさかの逆方向にどんどん突き進んでいったわけです。コロナ禍も続くし、従業員は全員やめちゃうし。それでもめげずに作ったのが『マリアンヌの教典』です。
だから『密会』と『教典』の2作品にはすごく思い入れが強いというか、いままでのアルバム制作って何だったんだろう? って思うぐらい魂を削りました。過去の作品を否定するつもりはないですけど、“もしかして、いままではわりと小手先で作ってたんじゃないか?”なんて思ってしまうくらい」
――その前の『マリアンヌの奥義』(2019年)が底力をつけてくれたというのは?
「プロデューサーの島崎貴光さんとの共同制作っていうのもあって、けっこう意見を戦わせましたし、島崎さんはワタクシの人間性をよく知ってくださってる方なんで、おかげで気持ちを外に向けながら作ることができたんですね。それまでは、バンドでありながら一人ぼっちで孤独に作ってる感がありました。『奥義』を出したことでひと皮むけたじゃないけど、殻に閉じこもらなくても“キノコホテル”を作れるんだっていう安心感を得たっていうか。それまでは絵空事だったキノコホテルが、人間的な部分に深く入り込んでいくように変わり始めたのは、あれを作れたことが大きかったと思います」
――『奥義』はキノコホテルがいちばんポップというか、リスナー・フレンドリーになったアルバムだと思います。そこに一回振れた後でセルフ・プロデュースに戻ってきたのは、結果オーライなのかもしれませんが、すごくよかったんじゃないですかね。
「そうなんですよ。当時は“すごくよくできているけど、キノコホテルは路線変更してしまうのか?”って思う人もいたと思うんだけど、自分のなかではあくまでもこの1作だけと決めていました。そこからまたセルフに戻ったときに、あきらかにいい意味で変わっていたんです。本当に得るものが多くて、より幅のあるものを作れるようになりました」
――とっても素敵なことですね!
「ね。成長してるの、じつは。ハハハハハ」
――自信もますますついてきたのでは?
「だから今回、こういう状況になってもアルバムを作ることができたんだと思います。自信がなければ、1年で戻ってくることはできなかったと思います。やっぱりワタクシ自身が気持ちを強く持ってないと何も始まらないので。休みたいって思ったらまた休めばいいし、マイペースでいいんじゃないかって」
――うんうん。そうだ、これ聞かなきゃと思っていたんです。アルバムには前体制ラスト曲の「パビリオン」(2022年6月19日配信)を入れず、その前の「アケイロ」(同年3月25日配信)を再録音していますね。
「〈パビリオン〉はせつなすぎて、自分のなかでは地中に埋めた気分なんですよ(笑)。あの曲を書いたのは創業15周年ツアーの最中で、うちに入ったばかりでまだいろいろおぼつかない従業員もいるなかで、何か記念碑的な楽曲をと思ったんですけど、すでにバンド内の不協和音にもうすうす気づいていて不穏な気持ちのなかで作ったので、じつは歌詞もけっこう意味深だったりするの。正直、心の傷がまだ癒えなくて、掘り返す気にならないんですよね(笑)。
〈アケイロ〉は単純に好きだし、キノコホテルらしさもある曲で、もっといいポジションにすえてあげられるはずだったのに、なんだかもったいない感じになってしまって曲がかわいそうに感じたんです。だから、これはもっとかっこよくリテイクしてアルバムに入れよう、ってじつは早い段階で決めていました」
――「パビリオン」は曲名も万博感がありますしね(笑)。
「廃墟ですよ、もう。せっかく建てたのに訳ありで結局使われずに廃墟になってしまった施設のような感じ。しばらく立ち入り禁止にして熟成してもらいます」
――“磨き上げた 慧眼だけが/自由へのパスポートだもの”というのはマリアンヌ様らしくてかっこいいと思いましたが……。
「よくできてる曲なんですよ。でも、まだ歌う気にはなれないですね」
キノコホテル
――今日はありがとうございました。お話をうかがって『教典』はあらためていいタイトルだなと納得しました。
「そう。後づけなんですけどね。キノコの作品はいつも後づけなのにちゃんと収まるんですよ」
――いいマインドで作品作りをされているからじゃないですか? 無意識のうちにできたもののほうが、意識して作ったものよりもパワフルになったりしますよね。
「狙ってなかったところに生まれたグルーヴみたいなものを求めがちですね。あらかじめカチッと決まったものをやるのは性に合わないというか、つまんないなって思って」
――マリアンヌ様は他の人の創作物をたくさん見たり聴いたり読んだりしてこられたから、「パビリオン」で“慧眼”と歌っているとおり、審美眼が肥えているんでしょうね。
「あくまで、自分なりに。ですけどね。美しさを感じる基準へのこだわりみたいなものはあります。それがキノコホテルの土台というか、ある意味すべてとも言えるのかも。まだまだ追求中ですけども」
――だから過去の作品も、さっき小手先とおっしゃいましたが、その時点で出せる美意識の最高の発露だったのだと思います。
「もちろん、そのときどきでベストはつくしてきたつもりです。ただ、今回は “アルバム作りってこんなに身を削る作業なんだ”って心底実感できたのが新鮮でしたね。そういう意味では面白い経験ができたかなって」
――いましか作れないアルバムを作りきれた。
「それに尽きますね。しかも毎回更新できてる気はしています」


取材・文/高岡洋詞
撮影/西田周平
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