順次全国公開中の映画「爪先の宇宙」で、ヒロイン・亜紀役で初主演。しかも自身が歌う主題歌「
言葉にしたくてできない言葉を」は、これが初顔合わせとなった気鋭の音楽クリエイター、
ryo (
supercell) とがっぷり四つに組んでのコラボ作と、デビュー3年目にして、
桐嶋ノドカ、大きな転機を迎えた感がある。「言葉に〜」を1曲目に置いた4曲入りシングルも、映画と並行する格好でリリース……という以上に、これら2つの作品、彼女にとって“連動感”ある試みだったようだ。
「演技したのは、まったく初めて。しかも撮影と並行して主題歌の制作をしていたので、難しかったと同時に、迷っているヒマもなかったんです。撮影が終わってから初号試写を観るまでの数ヶ月間で、だんだん心配になっていった感じです」
――試写を観て、どうでしたか。
「最初は“ひゃ〜”って感じです(笑)。恥ずかしいなって思いましたけど、観終わった頃には、なんとか乗り越えたかなと。あまり自信なくて、こういう感想しか言えないんですけど」
――ただ、元来自作曲を歌われてきたのに、今回、他の方の作品を歌うことになったわけですよね。見ようによっては、歌という“脚本”を渡されて“演技”している、とも言える。その意味でも、映画との同時進行だったこと自体、得がたい体験だったのじゃないかと。
「かもしれないです。今回、映画にしても主題歌にしても、私自身はプレイヤーとしての参加。でも、それって私にしてみれば、一番適した役割でもあるんですよね。たしかにシンガー・ソングライターとしてデビューしてはいますが、それまでは聖歌隊や合唱部で歌っていた。人がつくった曲を歌うところから、始まっているんです。その曲をどう読み込んでどう歌うか、そこに自分のクリエイティヴィティを見出していたので、今回ryoさんが書いてくれて自分は書かないということであっても、“自分の歌”にすることができたと思います。むしろ、自分で書いていないがゆえに、自分なりの解釈ができた側面があったんです。いろんな歌い方でチャレンジもできたし。演技にも似たところがあって、ことさら“演技しよう”って感じでもなかったんです。私が演じた“亜紀ちゃん”という女の子、彼女の人生を想像して、生まれてから今までの彼女を、自分の中に浸透させていくという感じだった。そういう風にして大丈夫ですよと監督もおっしゃってくれたので、曲にしても演技にしても、自分の歌だし自分の人生だと思ってやっていたんです。何かにならなきゃいけないっていう“括り”は感じませんでした。かえって自由度が高い表現になったかなと」
――ファースト・ミニ・アルバム『round voice』(2015年)に比べると、発声も相当変わっていますね。 「そうなんです。まったく変わってきていて、というのも、それまでの私の歌い方って、合唱に始まった歌人生のまんま。クラシック的に“きちんと”発声するクセが抜けきってなかったんですよね。もっと普通のしゃべり方に近い、さらに言うならガリガリした感じに憧れていたんですが……」
――今回のシングルを聴くと、相当自由に言葉を変形させて歌われてますもんね。符割を思いきりまたがる形で、言葉を発音していたり。
「デビュー以来、そうしたいとずっと思ってきたのですが、私、いざ歌うとなると、合唱をやっていた名残で、ついちゃんとしちゃうと言うか(笑)、背筋が伸びちゃうというか(笑)。なかなか自由になれなかったんです。でも今回ryoさんから“ちゃんと歌わなくて大丈夫。てか、ちゃんとしないで”って言われて(笑)。相当試行錯誤しましたね」
――ryoさんとは、どんな感じでコラボされていったんでしょう。
「ryoさんのデモ・テープ自体、ギターで弾き語りしているシンプルな音源。歌はロックぽいというか、かなり“熱い”感じの……」
――そもそも男性だし。
「そうなんです(笑)。それを私が歌うと、なんかのんびりしちゃうというか(笑)。で、そんな私の歌を、今度はryoさんが“ここはこうできる、ああできる”という風に、一言一句、ひと文字の母音と子音の発音の仕方、息の吸い方まで、これでもかと言うくらい突っついてくれて。私の一番いいところが出るように、客観的なアドバイスをし続けてくれたんです。“気づき”がとにかく多かった」
――お互い、ピンポンしていた感じですか。
「ですね。私の歌に応じて、メロディも変わっていったし」
――歌詞はどうでしたか。
「変わっていきました。一応書いてくれてはいるのですが、私が発音しやすい言葉に変わっていったり、歌詞カードを見ながら歌っても絶対間違えてしまう箇所とかは、私の歌を優先してくれたり」
――間違いが正しいことになるんですね(笑)。
「〈言葉にしたくてできない言葉を〉だったら、“考えて迷って嫌になって けど”の“けど”。私が“でも”と歌っちゃったら“でも”にするとか」
――“けど”と“でも”だと、音感が違いますもんね。
「きっとそういうのがあって、それはそれでいいよと、変更してくれたり。私の声のおいしいところが出るように、言葉を選んでくれていた感じでした」
――シングル3曲目、「How do you feel about me ?」の“君はどうだろう だけど知りたい水曜日”という一節で、最後の“水曜日”が駆け込み乗車みたいな感じで(笑)歌われてる。あれは、どういったなりゆきで。
「“水曜日”に関しては、私が勝手にやってるだけですね」
――インプロヴァイズしている。
「です。もっと言葉の揺れの中で遊びたいっていうか。きちんと歌うだけではつまらないので、リズムがある中で、遊んで揺らしていきたいんです」
――それって、フォーク的な“字余り”の感覚と、ヒップホップ的なビートの揺れ、どっちなんでしょう。
「フォーク……かなあ。どちらかと言うと、しゃべるとか、語りかけるような感覚から来ている揺れではあるので。〈How do you feel about me ?〉という曲自体、全体に音程がない、台詞的な部分も少なくないですから」
――一方、音程がない箇所から、メロディに戻ったりもしますよね。
「そうなんです」
――そこが、ヒップホップ好きなのかも、と思わせるところでもあって。
「ヒップホップも好きですよ。スヌープ・ドッグとか」
――めっちゃヒップホップじゃないですか(笑)。
「ゆる〜い感じが好きなんです。〈How do you feel about me ?〉で言うなら、“私がいなくなったら”は、ぎりぎりまで遅れる感じでだらだら〜っと」
――で、“水曜日”でいきなり駆け込むわけね(笑)。
「そう(笑)。がつがつ行くより、ちょっとゆるい、けだるい感じが好きなのかもしれない」
――“語り”的にアプローチすると、演劇的な表現になりがちなところが、グルーヴというか、リズムと一体化した歌になっている。そこがおもしろかったです。
「ありがとうございます。本当にそうで、日本語でやると意味がわかる分、芝居がかって聞こえがちになる。そうではなく、音楽的に聞かせたいとは私も思っていて、ryoさんの“台詞的にやってみて”というリクエストをふまえつつ、その中にリズム感がある。しゃべりにしても音程を感じさせるよう、意識して歌は入れています」
――もうひとつ、ファースト・ミニ・アルバム収録の自作曲って、言葉の情報量がものすごく多かったですよね。言いたいことが多くてこうなっているのか、それとも本当は言葉にならない“思いのたけ”のようなものを、言葉を方便として奔流のように乗せていたのか、どちらだったのか、興味があるんですが。
「自分で歌詞を書くと、ある意味説明しがちというか。言葉にならない“思い”を歌にしたいんだけど、どうすればそれが伝わるか、考えれば考えるほど(言葉数が)増えていくという、ジレンマがあったんです」
――そうか〜(笑)。
「その意味でも、今回ryoさんが書いてくれた歌詞って革命的でした。私の内面、“言葉にならない。わかんない。どうしよう。わかんない”みたいな感じを、そのまま言葉にしてくれている。それ以上説明しなくても伝わるんだなと、あらためて勉強になりましたね」
――特にデビュー当初って、よけい“きちんとしたもの”を自らに課しがちですよね。“わからないということを、ちゃんと説明しなければ”って(笑)。
「そうですね。結局歌詞なんて、“選手宣誓”じゃないんだし、“何をどう頑張ります”みたいな説明はしなくてもいいはずなのに、自分ひとりで書いていくと、どんどん説明したくなっていく」
――今回は、混沌は混沌のまま提出している半面、音楽的にはブラッシュアップされている印象があります。
「たぶん私自身、言葉にできなかった思い、人に伝えづらいとか言えなかった気持ちを歌に託す、利用しているところがあるんですよね。そうやって生きてきたんだなあって、あらためて思ったんです。だったら歌詞で説明し続けるより、歌声で本当の気持ちを伝えられれば一番いい。ようやく今回、そういう自分の役割を果たせた気がしています」
――「How do you feel about me ?」の中盤、演奏が意図的に“壊れていく”箇所がありますが、あれもノドカさんの歌に反応して出てきたのでしょうか。
「そうです。ryoさんがアコギを叩いて、それでリズム・トラックをつくりました。そこに私がアカペラで歌を入れていったんです」
――まず、歌ありきだった。
「一体どういうアレンジになるんだろうと帰って、次にスタジオに行ったら、完成形に近い鋭いサウンドになっていました。その演奏に合わせて私が歌をつくって歌ったら、さらにアレンジが変わっていって。声にエフェクトがかかったり、演奏がブレイクしたり。本当に私の歌とryoさんのアレンジとが、影響し合っていった感じでした」
――逆に4曲目、「言葉にしたくてできない言葉を」のスタジオ・セッション・ヴァージョンは、ノドカさんのデビュー以来のスーパーヴァイザーでもある小林武史さんのピアノとの共演。これは一発録りで? 「一発録りです」
――小林さんのピアノが、後半、どんどんエモーショナルになっていって。
「あんなに弾きまくっている姿を見ること自体、めったにないかもしれないです。レコーディング当日は、ほとんどぶっつけ本番。小林さんがイントロで何小節弾くかも、わかっていなかった(笑)。でも、小林さんは私の歌を、すごく注意深く受け取ってくださって、私も小林さんの音を聴いて、目を見て歌って。“どうする?”というやりとりが1曲の中でおこなわれていて、ねじれたりもしながら(笑)ちゃんと終わりまでたどり着いていった。小林さんと一緒にやる以上、そういうスリリングさ、演奏が高まっていって、違う次元を見られるようになりたい。勝手にそう思っているので、すごく大切にしている曲です」
――歌詞の主人公が、誰かを助けようとしているのか、それとも助かりたいと願っているのか、どちらとも取れる曲でもあります。
「たしかにそうですね。なんだろう……この曲に出てくる“君”って、実は人ですらなかったりする。むしろ、自分にとって大切なもの。つかんで離したくないものを、象徴しているのかもしれない。私はそういう風に受け取っているんです。恋愛の歌として読んで読めないこともないけれど、私にとっては、もっと観念的な存在かな。自分にとっての大事な存在が、たまたま“君”という言葉になっているだけであって。“自分自身”なのかもしれないんですよね、ひょっとして。そういう意味で深い歌詞だし、歌っていておもしろい曲だな、と思うんです」
取材・文 / 真保みゆき(2017年11月)