今年生誕200年を迎える
ショパンのコンセプト・アルバムが次々と発表されているなか、“ショパンならではの旋律の美しさ”を見事に表現した作品
『夜ノショパン』がリリースされた。ピアニストは、書き下ろしの著書『ショパンはポップスだ』(世界文化社刊)も大好評の
清塚信也。
5歳よりクラシックの英才教育を受け、第1回ショパン国際ピアノコンクール in ASIA 第1位、日本ショパン協会主催ショパンピアノコンクール第1位を受賞した経歴も持つ彼に、今回の新譜、そしてショパンに対する思いを語ってもらった。
――9月に入っても暑苦しい夜が続いていますが、清塚さんの『夜ノショパン』を聴きながらベッドに入ったら、涼やかなピアノの音が、まるで氷のかけらのようにキラキラしている印象で、すーっと気持ちよく眠りに入ることができました。
清塚信也(以下、同)「どうもありがとうございます。ショパンの音って、たしかにキラキラしていますよね。よく、“星が瞬くような”と表現されたりもします。それに加えて、全体的には“漂う感じ”もありますね。右手の高い音が流れ星、漂う空気は湖上の霧がかった風景のイメージというか……」
――本当にほっと安心する音なので、“やっと見つけた!”と、宝物を発見したような気分になりました。多くのリスナーの気持ちをほぐしてくれそうなアルバムですね。一日の締めくくりにゆっくりと聴きたくなる感じ。リラックスには最適だなぁ、と思います。
「今は社会のシステムが騒がしい世の中なので、リラックスをすること自体が難しいと思うんですよね。心からリラックスをするには、“準備”が必要ですし。僕自身のピアノの話で言えば、リラックスをするためには心配ごとをなくすよう、しっかり練習をして準備をしなくてはならないし、ただダラっと過ごすことはできません。音楽以外だと、くつろげるカフェや、お香などをリラックス・タイムに役立てています」
――私たちリスナーにとっては、清塚さんの演奏するピアノの音から癒しを受け取ることができますね。ところで、なぜショパンの曲にリラックス効果があると思われますか?
「ショパンの楽曲は、詩的に漂う感じなんですね。まるで歌を歌っているような。メロディ・ラインが美しいので、頭で考える必要がないまま、心に自然に入ってくるんです。一方、たとえばベートーヴェンは力学的な強さをアナリーゼ(楽曲分析)している、対極の作曲家ですね」
――今回はボーナストラックに“ショパンへの3つのオマージュ”として、清塚さんの作曲した楽曲が3曲入っていますが。
「作曲家であり、優れたピアニストでもあったショパンは、自分が演奏することを想定して作曲をしていたそうですが、僕自身もそれは同じ。ショパンがやっていたことを受け継いでいると思いたいですね」
――9月に行なわれるドラマ・リーディング『ジョルジュ』の公演で、清塚さんはピアノを弾かれるそうですね。ショパンと女流作家ジョルジュ・サンドとの恋愛は、相当ドラマティックだったそうですが……。
「ショパンはポーランドの田舎の出身で、当時パリに住んでいたジョルジュと恋に落ちるのですが、ジョルジュは貴族との付き合いもあったうえ、ショパンのスポンサーであり、いろいろな物事を彼に教えたアドバイザーでもあったんです。そんな彼女との恋愛中、ショパンは精神的に落ち込むと持病の結核が悪化して、なんと、死にそうになったりしていたそうなんですよね。それこそ、生きるか死ぬか……というような状況の中、命がけの恋をしていたわけです。結局、39歳という若さで亡くなってしまうのですが、音楽活動も恋愛も、まさに壮絶。短命でありながらも、生きている“濃度”が、長生きをしたほかの作曲家に負けていません。彼は、“休憩のない人生”を駆け抜けたのですね。でも、僕も休みはとらない方かも……」
――休憩はしっかりとって、短命は受け継がないでください。
「そうですね(笑)。『夜ノショパン』には、ショパンの楽曲のなかでも“掘り出し物”と言える「エチュード」(第6番・第14番)や、コンサートで皆さんが聴きたがる「英雄ポロネーズ」も入っています。このアルバムの音は本当に心地いいので、“清塚が弾いているピアノ曲”という僕にまつわる括りを忘れて、純粋に楽曲を聴いてほしいと思っています。ぜひお楽しみくださいね」
取材・文/栗尾モカ(2010年9月)