昨年、日本のクラシック新人のデビュー・アルバムとしてもっとも売れたという
『小林愛実Debut!』に続いて、3月9日にリリースされる新作
『熱情』。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「熱情」「悲愴」、
シューマンの『子供の情景』を、15歳の
小林愛実は迷いない個性で弾ききってみせる。天才少女として世界中の期待と注目が集まるなか、本人はじつに自然体で、音楽することの喜びを全身で表現しているのだ。今年1月には“ショパン国際ピアノコンクール in ASIA”で金賞を受賞(年齢制限なしの部門)。4月3日には
小澤征爾が芸術監督を務めるニューヨークの日本フェスティヴァルで、カーネギーホールでのソロ・リサイタル・デビューも果たす。直観型、というカテゴリーに収まらない、多彩な可能性を感じさせる大物だ。
――最新作『熱情』ができ上がりましたね! 1曲目のベートーヴェンのピアノ・ソナタ「悲愴」の、最初の和音がすごい。これぞ小林愛実、といった迫力を感じました。
小林愛実(以下、同)「最初の音を出すときは、どういう音を出すかを頭で想像して、全身の力を込めますね。あとは気を抜かないで……。〈悲愴〉は最初の1ページ、ずっとああいう感じじゃないですか(笑)。だからずっと緊張を保って、盛り上がるようにしていきます。ほとんど息ができないんですよ。水泳で息継ぎをしないで泳いでいるような感じです」
――もしかしたらベートーヴェンも、そういう呼吸で曲を書いていたんじゃないかな。「悲愴」は有名な緩衝楽章も素晴らしい。ロマンティックで、すごく大人っぽい表現力が出てきました。なにか内面の変化があったのかな?
「ありましたよ!(笑)。前のアルバムを出してからずいぶんたくさんコンサートをやりましたし、その都度、自分の演奏に足りないものはなにかを考えてました。ホールの隅々まで音を響かせるにはどうしたらいいんだろう、とか。ほかにもいろいろ、今までできなかったことを経験できたと思います」
――ベートーヴェンは好きな作曲家ですか?
「大好きです!
ショパンも好きですけど、ベートーヴェンは弾いてる時とにかく楽しいし、弾き終わってもとても気持ちいい! 〈悲愴〉は昔から大好きで弾いていた曲だったんですが、〈熱情〉は去年初めて弾いた曲です」
――愛実さんは赤いドレスで演奏することが多いですけど、ベートーヴェンも“炎の赤”っていうイメージ。どこか性質が似てるのかな。
「ベートーヴェンの曲は力強くて、自分の感情をぶつけられるところが魅力。私と似ているのかな? シューマンも好きなんですが、ベートーヴェンとは逆の強さですね。音楽に激しさを直接ぶつけるんじゃなくて、ずっとずっと奥のほうにある激しさなんです。私にとってシューマンはとても大人っぽい作曲家なので、まだ弾くのは早いかな、とも思ったんですが、どうしても弾いてみたくて『子供の情景』を選びました。ほかのピアニストのCDでは、
アルゲリッチの録音が好きです」
――レコーディングはどんな雰囲気でした?
「3日間で録音したんですが、ドイツ人のエンジニアがとても熱心に意見を言ってくださる方で、最初の2日間はかなり彼のアドバイスを取り入れて弾いていました。“楽譜にはこう書かれているけど、シューマンは本当はこう考えていないよね”とか、指導してくださるんです(笑)。3日目には、それを踏まえつつ、自分らしいピアノが弾けたので、おもに3日目のテイクが収録されています」
――エンジニアさんがプロデュース!?
「最終的には自分の弾きたい方向でいきましたけど、けっこう大変で。途中で私、壊れてたかも!? この録音で大人になりましたね」
――精神的にも成熟したし、内容がすごくいいと思います。そして生命力が強い!
「私、すぐにお腹が減るんですよ。いつも食べてます。昔、ピアノのほかにバレエも習ってたんですけど、バレエを続けてたらスマートだったかも(笑)」
――生命力が強い人は、エネルギーをたくさん出すからすぐにお腹が減るんですよ。そして愛実さんといえば、練習があまり好きでないという噂がありますが……(笑)。
「コツコツやるとタイプではなく、まとめて集中するタイプかもしれません。学校の試験も一夜漬けが得意だし(笑)。あ、でもピアノはもっとちゃんと準備しますよ!」
――ピアノを勉強する人って、自由に弾くために一生懸命練習するんだけど、愛実さんは最初からすごく自由な感じがします。
「私は、自由なのを、練習して抑えているのかもしれない。今回のシューマンがそういう感じでした。抑えて抑えて、飛び跳ねるのを我慢して……だからいちばん難しかったですね」
――なるほど! 今年はNYのカーネギーホールでのソロ・リサイタルも予定されていますが、基本的に緊張はしないタイプ?
「緊張はしますけど、リサイタルは観客の皆さんの反応があたたかいので、コンクールよりは緊張しません。つい2日前も、受験のために試験官の皆さんの前で演奏したんですが……やっぱり、リサイタルのほうが楽しいですね。拍手もしてくださるし(笑)」
取材・文/小田島久恵(2011年2月)