特集 クラブ・ジャズのトップDJによる異色のクラシック・コンピレーション

小林径   2009/06/03掲載
はてなブックマークに追加
 クラシックって、興味はあるけど何から聴いていいかわからない。そんな方にオススメのアルバムが登場しました! クラブ・ジャズのトップDJ、小林径によるヒネリの効いた絶妙な選曲による『Routine Classics the 1st』は、ベートーヴェンやモーツァルトが並ぶ“教科書的な”クラシック・コンピレーションとはまったく異質の一枚です。Routineシリーズで広がる新たなクラシックの世界、体験してみてはいかがでしょう?



●小林径 インタビュー
「コンピを作ることは俳句を作るようなものだと思っています」


 日本のクラブ・ジャズ黎明期より活動を続けてきたDJ小林径が、自身のブランドRoutine Jazzのコンセプトを元にクラシックをコンパイルする、そんな大胆な試みが成されたのが『Routine Classics the 1st』だ。ここ数年、Routine Jazz Quintetのプロデュースなどで、選曲のみならず独自の世界観を拡充させてきた彼は、今回のアルバムのモチーフとなったNAXOSというクラシック・レーベルの魅力についてこのように分析する。
 「クラシックのレーベルってヘンな“絞り”が入っているところが多いと思うんですけれど、NAXOSは広範囲でありとあらゆる曲をいろんなかたちでリリースしている。カタログ数が多くて選択肢が多いほうが、ツッコミとボケじゃないけれど、微妙なラインの楽曲を収録することができる。必ずしも完成度が高い曲ばかりだからといって、いいコンピにはならないんです」


 ファンの多いRoutineシリーズに親しんできたリスナーが、すんなり聴けるものにすることを心がけた作業は、彼にとっても発見が少なくなかったという。打ってない(ビートがない)クラシックの曲だからこそ、Routine的な異なるテンションの抑揚を組み合わせていくことで生み出される柔軟なセレクトが光彩を放っている、というべきだろうか。
 「バッハはジャズでいえばマイルス・デイヴィスみたいな存在だけれど、それだけじゃなくてここではテレマンを取り上げたり、なるべくB級なところはあったほうがいい、ということは心がけました。メインストリームを外しているつもりなんですが、一般的なリスナーを無視しているわけではない。でもバッハの〈ゴルトベルク変奏曲〉では、みんなが入れるようなところは使わない。ショパンも挙げているけれど、ぜんぜんロマン派でもなんでもない(笑)。たとえばレスピーギはいわゆる新古典主義のカテゴリーのあたりにいるんだけれど、そこまで行けていない、どこか前の時代の匂いがしたり、その曖昧なバランス感覚がすごくいいんですよ。このような曲が入っていることで、アルバムがうまく繋がっていきました」


 洗練さとアヴァンギャルドな感覚を同居させながらフロアをコントロールしていく彼の手さばきは、クラシックという一見とっつきにくさのある音楽に新たな躍動感を与え、間口を広げることに成功している。ジャンルの辺境を縫い、卓越した音質設計をもってストーリーが組み立てられていくことの愉悦。それこそRoutine、そして小林径のクリエイティヴィティの醍醐味にほかならないが、彼の出自でもある現代音楽を制作の出発点とした『Routine Classics the 1st』は、結果的にこれからクラシックに親しみたいと思っているリスナーへのメルクマールとしても充実した内容となっている。
 「コンピを作ることは俳句を作るようなものだと思っていて、句会に出すときのように(笑)、自分でその一日に聴く音楽をセレクトしたりするときの、見本のようなものとして存在できればおもしろいのかなって。だからいまNAXOSにもダウンロードサイトがあったり、安価でたくさん聴けるサイトがあるので、まずは片っ端から聴くっていうことから、クラシックを楽しんでほしいですね」


■小林径オフィシャル・サイト
http://www.routinerecords.co.jp/

■NAXOS JAPAN サイト
http://www.naxos.co.jp/


取材・文/駒井憲嗣(2009年5月)




●リスニング・ガイド
都会の夜を徘徊しながらiPodで流し続けるハイパー・チューンズ





01. フィリップ・グラス:弦楽のための「カンパニー」〜第1楽章

02. ペロタン:ベアタ・ヴィスチェラ(トーヌス・ペレグリヌス)

03. クロード・ドビュッシー:アルバムのページ〜負傷者の服のための小品

04. イーゴリ・ストラヴィンスキー:ピアノのための「タンゴ」

05. オットリーノ・レスピーギ:優しいワルツop.44-1

06. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV.988〜第25変奏(グレン・グールド/1955年録音)

07. ジョージ・ガーシュウィン:ポピーランド

08. フレデリック・ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35〜第4楽章(ヴラディーミル・ホロヴィッツ/1950年録音)

09. ゲオルク・テレマン:食卓の音楽TWV42:e2〜アレグロ

10. アストル・ピアソラ:天使のミロンガ

11. モーリス・ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ〜第2楽章 ブルース

12. マリオ・コスタ:汝我の命となり死す(エンリコ・カルーソー/ヴィンチェンツォ・ベレッツァ/1918年録音)

13. ジョン・アダムズ:フリジアン・ゲート



「ありえない!」
 クラシック音楽ファンなら、このラインナップを見てそう叫ぶことだろう。並んでいる曲は時代も音楽のスタイルもバラバラで、さらにはモーツァルトもベートーヴェンもない。それどころかクラシックのコンピレーションではあまり歓迎されない現代の音楽(グラス、アダムズ)が大きな位置を占め、さらには中世の神秘的な作曲家ペロタンの曲や、パリの作曲家(そして名曲「ボレロ」の作曲家)ラヴェルが初期のジャズに憧れて書いたソナタなどが違和感なくつながる、不思議なフィット感。この一枚は(実際に僕はやってみたのだが)“都会の夜を徘徊しながらiPodで流し続けるハイパー・チューンズ”のようなものであり、素材が“たまたま”クラシックだったということに気づかされるのだ。

 およそ100年前に活躍したドビュッシー、ストラヴィンスキー、そしてラヴェルは、ジャズと相互に影響を与え合った作曲家たち。しかしここに選ばれた曲は決して彼らの代表作ではなく、それどころかクラシック音楽的に見てもじつにマニアックな作品だ。ガーシュウィンも、イタリアの作曲家レスピーギもまた然り。「ポピーランド」「優しいワルツ」なんていう曲、知っている人が何人いるというのだろう。バッハとショパンの曲はそれぞれ有名な作品であり、わざわざグールドとホロヴィッツという20世紀を代表するピアニストが演奏した古い録音をチョイス。彼らはクラシック音楽シーンにおけるレジェンド級の存在であり、それゆえ演奏もかなり個性的でカリスマとしての魅力を備えている。

 ガーシュウィンはジャズ、ピアソラはタンゴのクロスオーヴァー的な作曲家であり、イタリア人作曲家コスタのポピュラー・ソングも純粋なクラシックではない。サティはもはやノンジャンル・ミュージックとして有名であり(ひょっとすると、クラシックだとは思っていない人が多いんじゃないか)、もともとは、パリのカフェから生まれたシャンソンなのである。バッハと同時代を生きたテレマンは貴族のためのBGMとでも言うべき音楽。都会の夜のBGMとして絶妙な感触を訴えるアダムズは、サンフランシスコのヒッピー・ムーヴメントから生まれた作曲家だ。クラシック界のアップル・コンピュータみたいなものかもしれない。グラスはニューヨーク発のミニマル・ミュージック一派だ。

 クラシックは決して古くさい音楽ではない。コンパイルのセンス次第で、カウンター・カルチャーにもなる。



文/山尾敦史
最新 CDJ PUSH
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] 人気ピアノYouTuberふたりによる ピアノ女子対談! 朝香智子×kiki ピアノ[インタビュー] ジャック・アントノフ   テイラー・スウィフト、サブリナ・カーペンターらを手がける人気プロデューサーに訊く
[インタビュー] 松井秀太郎  トランペットで歌うニューヨーク録音のアルバムが完成! 2025年にはホール・ツアーも[インタビュー] 90年代愛がとまらない! 平成リバイバルアーティストTnaka×短冊CD専門DJディスク百合おん
[インタビュー] ろう者の両親と、コーダの一人息子— 呉美保監督×吉沢亮のタッグによる “普遍的な家族の物語”[インタビュー] 田中彩子  デビュー10周年を迎え「これまでの私のベスト」な選曲のリサイタルを開催
[インタビュー] 宮本笑里  “ヴァイオリンで愛を奏でる”11年ぶりのベスト・アルバムを発表[インタビュー] YOYOKA    世界が注目する14歳のドラマーが語る、アメリカでの音楽活動と「Layfic Tone®」のヘッドフォン
[インタビュー] 松尾清憲 ソロ・デビュー40周年 めくるめくポップ・ワールド全開の新作[インタビュー] AATA  過去と現在の自分を全肯定してあげたい 10年間の集大成となる自信の一枚が完成
[インタビュー] ソウル&ファンク・ユニットMen Spyder 初のEPを発表[インタビュー] KMC 全曲O.N.Oによるビート THA BLUE HERBプロデュースの新作
https://www.cdjournal.com/main/cdjpush/tamagawa-daifuku/2000000812
https://www.cdjournal.com/main/special/showa_shonen/798/f
e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活
Kaede 深夜のつぶやき
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015