クラシックって、興味はあるけど何から聴いていいかわからない。そんな方にオススメのアルバムが登場しました! クラブ・ジャズのトップDJ、
小林径によるヒネリの効いた絶妙な選曲による
『Routine Classics the 1st』は、ベートーヴェンやモーツァルトが並ぶ“教科書的な”クラシック・コンピレーションとはまったく異質の一枚です。Routineシリーズで広がる新たなクラシックの世界、体験してみてはいかがでしょう?
●小林径 インタビュー
「コンピを作ることは俳句を作るようなものだと思っています」
日本のクラブ・ジャズ黎明期より活動を続けてきたDJ小林径が、自身のブランドRoutine Jazzのコンセプトを元にクラシックをコンパイルする、そんな大胆な試みが成されたのが『Routine Classics the 1st』だ。ここ数年、Routine Jazz Quintetのプロデュースなどで、選曲のみならず独自の世界観を拡充させてきた彼は、今回のアルバムのモチーフとなったNAXOSというクラシック・レーベルの魅力についてこのように分析する。
「クラシックのレーベルってヘンな“絞り”が入っているところが多いと思うんですけれど、NAXOSは広範囲でありとあらゆる曲をいろんなかたちでリリースしている。カタログ数が多くて選択肢が多いほうが、ツッコミとボケじゃないけれど、微妙なラインの楽曲を収録することができる。必ずしも完成度が高い曲ばかりだからといって、いいコンピにはならないんです」
ファンの多いRoutineシリーズに親しんできたリスナーが、すんなり聴けるものにすることを心がけた作業は、彼にとっても発見が少なくなかったという。打ってない(ビートがない)クラシックの曲だからこそ、Routine的な異なるテンションの抑揚を組み合わせていくことで生み出される柔軟なセレクトが光彩を放っている、というべきだろうか。
「
バッハはジャズでいえば
マイルス・デイヴィスみたいな存在だけれど、それだけじゃなくてここではテレマンを取り上げたり、なるべくB級なところはあったほうがいい、ということは心がけました。メインストリームを外しているつもりなんですが、一般的なリスナーを無視しているわけではない。でもバッハの〈ゴルトベルク変奏曲〉では、みんなが入れるようなところは使わない。ショパンも挙げているけれど、ぜんぜんロマン派でもなんでもない(笑)。たとえば
レスピーギはいわゆる新古典主義のカテゴリーのあたりにいるんだけれど、そこまで行けていない、どこか前の時代の匂いがしたり、その曖昧なバランス感覚がすごくいいんですよ。このような曲が入っていることで、アルバムがうまく繋がっていきました」
洗練さとアヴァンギャルドな感覚を同居させながらフロアをコントロールしていく彼の手さばきは、クラシックという一見とっつきにくさのある音楽に新たな躍動感を与え、間口を広げることに成功している。ジャンルの辺境を縫い、卓越した音質設計をもってストーリーが組み立てられていくことの愉悦。それこそRoutine、そして小林径のクリエイティヴィティの醍醐味にほかならないが、彼の出自でもある現代音楽を制作の出発点とした『Routine Classics the 1st』は、結果的にこれからクラシックに親しみたいと思っているリスナーへのメルクマールとしても充実した内容となっている。
「コンピを作ることは俳句を作るようなものだと思っていて、句会に出すときのように(笑)、自分でその一日に聴く音楽をセレクトしたりするときの、見本のようなものとして存在できればおもしろいのかなって。だからいまNAXOSにもダウンロードサイトがあったり、安価でたくさん聴けるサイトがあるので、まずは片っ端から聴くっていうことから、クラシックを楽しんでほしいですね」
■小林径オフィシャル・サイト
http://www.routinerecords.co.jp/■NAXOS JAPAN サイト
http://www.naxos.co.jp/取材・文/駒井憲嗣(2009年5月)
●リスニング・ガイド
都会の夜を徘徊しながらiPodで流し続けるハイパー・チューンズ
01. フィリップ・グラス:弦楽のための「カンパニー」〜第1楽章
02. ペロタン:ベアタ・ヴィスチェラ(トーヌス・ペレグリヌス)
03. クロード・ドビュッシー:アルバムのページ〜負傷者の服のための小品
04. イーゴリ・ストラヴィンスキー:ピアノのための「タンゴ」
05. オットリーノ・レスピーギ:優しいワルツop.44-1
06. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV.988〜第25変奏(グレン・グールド/1955年録音)
07. ジョージ・ガーシュウィン:ポピーランド
08. フレデリック・ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35〜第4楽章(ヴラディーミル・ホロヴィッツ/1950年録音)
09. ゲオルク・テレマン:食卓の音楽TWV42:e2〜アレグロ
10. アストル・ピアソラ:天使のミロンガ
11. モーリス・ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ〜第2楽章 ブルース
12. マリオ・コスタ:汝我の命となり死す(エンリコ・カルーソー/ヴィンチェンツォ・ベレッツァ/1918年録音)
13. ジョン・アダムズ:フリジアン・ゲート
「ありえない!」
クラシック音楽ファンなら、このラインナップを見てそう叫ぶことだろう。並んでいる曲は時代も音楽のスタイルもバラバラで、さらにはモーツァルトもベートーヴェンもない。それどころかクラシックのコンピレーションではあまり歓迎されない現代の音楽(グラス、アダムズ)が大きな位置を占め、さらには中世の神秘的な作曲家ペロタンの曲や、パリの作曲家(そして名曲「ボレロ」の作曲家)ラヴェルが初期のジャズに憧れて書いたソナタなどが違和感なくつながる、不思議なフィット感。この一枚は(実際に僕はやってみたのだが)“都会の夜を徘徊しながらiPodで流し続けるハイパー・チューンズ”のようなものであり、素材が“たまたま”クラシックだったということに気づかされるのだ。
およそ100年前に活躍したドビュッシー、ストラヴィンスキー、そしてラヴェルは、ジャズと相互に影響を与え合った作曲家たち。しかしここに選ばれた曲は決して彼らの代表作ではなく、それどころかクラシック音楽的に見てもじつにマニアックな作品だ。ガーシュウィンも、イタリアの作曲家レスピーギもまた然り。「ポピーランド」「優しいワルツ」なんていう曲、知っている人が何人いるというのだろう。バッハとショパンの曲はそれぞれ有名な作品であり、わざわざグールドとホロヴィッツという20世紀を代表するピアニストが演奏した古い録音をチョイス。彼らはクラシック音楽シーンにおけるレジェンド級の存在であり、それゆえ演奏もかなり個性的でカリスマとしての魅力を備えている。
ガーシュウィンはジャズ、ピアソラはタンゴのクロスオーヴァー的な作曲家であり、イタリア人作曲家コスタのポピュラー・ソングも純粋なクラシックではない。サティはもはやノンジャンル・ミュージックとして有名であり(ひょっとすると、クラシックだとは思っていない人が多いんじゃないか)、もともとは、パリのカフェから生まれたシャンソンなのである。バッハと同時代を生きたテレマンは貴族のためのBGMとでも言うべき音楽。都会の夜のBGMとして絶妙な感触を訴えるアダムズは、サンフランシスコのヒッピー・ムーヴメントから生まれた作曲家だ。クラシック界のアップル・コンピュータみたいなものかもしれない。グラスはニューヨーク発のミニマル・ミュージック一派だ。
クラシックは決して古くさい音楽ではない。コンパイルのセンス次第で、カウンター・カルチャーにもなる。
文/山尾敦史