オーディエンスを招き、プロセスを公開するという画期的なステージ・レコーディングによって誕生した新作
『moment』は、
KOKIAの才能が多岐にわたり、また、それぞれが際立っていることを明らかにする。音楽が生まれる瞬間=momentをオーディエンスと共有することによって、音楽そのものに命を吹き込むというプロデューサーとしての発想力。音の“かぶり”が避けられないため、差し替えが利かぬ状況のなか、完璧に歌い切るシンガーとしての実力。アルバムの全体像を見定め、一つの世界観の中で多彩な楽曲を書き下ろしたソングライターとしての能力。それらの冴えが渾然一体となり、しかし、音楽は包容力に満ちているのがいい。
――レコーディング(2011年3月8日、9日)を見る前にデモ音源を聴く機会があり、しっかりとつくりこんでいる印象を受けました。ステージ・レコーディングという特殊なやり方で上回る質にするのはチャレンジなのではないかと感じていましたが、できあがった作品を聴いてみると次元が違いますね。
KOKIA(以下同)「私にとっても、スタッフ、ミュージシャンにとっても初めての経験だったので、完成像は誰も見えていなかったんですね。想像以上に良いものができたと感じています」
――デモとは声自体の聞こえ方が違います。声に力があり、同じ歌詞を歌っても説得力が違う。歌っていて手応えがあったのではないですか?
「正直、歌っている最中は、自分がやるべきことをやり遂げるのにいっぱいいっぱいで、冷静な耳を持とうと努力はするものの、そこまで気をまわすのは難しかったです。そんな私にレコーディングの間、浦(清英/ピアノ・編曲)さんが何度も“いまのはいいと思いますよお”と言ってくれました。ここ3年くらいお仕事をさせてもらっているんですけど、絶大なる尊敬と信頼を置いている方です。以前の私は、自分の中での理想や完璧を求めて何度もチャレンジしがちでしたが、浦さんに言われると、これでいいのかっていう部分がつくれます。浦さんの言葉があったおかげで今回のように時間に限りのある特殊なレコーディングも前へ前へと作業を進められることができたかなと思っています」
――レコーディングを見ていると、ほとんどの曲が2〜3テイクでOKテイクになりましたね。それでこの完成度は凄い。
「集中力との戦いでした。今回、私はフィギュア・スケートの選手のような気持ちで臨んでいたんです。ショート・プログラムは、決められた2日間でレコーディングを終えるという意味において、確実に点数を押さえていかなければいけない。フリーのプログラムでは芸術点といえる自分らしさや表現力をどこまで出せるかということがありました。ノリとか勢いだけに身を任せたらライヴの歌い方と同じで、ステージ・レコーディングではなくなってしまうから難しかったですね。お客さんがいて、ミュージシャンがいて、スタッフがいて、あの環境が思った以上に私に力をくれたと思います」
――音楽ができる瞬間を共有することによって、新しいものが生まれるという発想が正しかったことを実感しているのではないですか?
「面白いなと思ったのは、普通はアルバムをつくるとき、制作期間というように“線”で捉えるわけですが、今回は、もちろん準備期間はあるのですが、誰もが2日間という“点”で見ていたということです。普通のアルバムづくりでは“スタジオ・ミュージシャンの方がスタジオに来て、自分のパートを弾いたら帰って”という進め方ですから、最終的なアルバムの全体像を見ているのはアレンジャーさんや自分自身以外いないような気がするんですね。でも、今回はスタッフもミュージシャンも、全員がアルバムの全体像を見ながら進んでいきました。1曲1曲というのではなく、アルバム全体がいいなあって思えるのは、それが理由じゃないかと思っています」
――準備段階ではどんな点に苦労しましたか?
「楽曲づくりが大変でした。今回の方式に合わせて、全曲、生の演奏で録れる曲、バンドの編成に向く曲という前提がありましたから、悩みましたね。私は、最終的にアルバムができあがったときの全体像を考えて、曲をつくります。メロディや声色の違いを通して、いろんな場面を見てもらいたいんです。いい曲ができたと思っても、他の曲とかぶったらはずします。今回もけっこう曲をたくさん書いて、しぼり込みました」
――KOKIAさんの考えがストレートに伝わる、印象的な歌詞の曲が多いですね。
「いつになく自分自身と向き合ったアルバムであることは事実です。昨年のアルバム『REAL WORLD』は、サハラ砂漠に行ったら自分に何が起こるんだろうと思い、実際に行って感じたことを曲にしています。だからあの作品は外からのエネルギーを受けてつくったアルバムなんですね。けれど今回のアルバムは、外からの影響があったというわけではなく、moment――今、私に歌える歌、今、私が想うことを歌詞を書くうえで心がけました」
取材・文/浅羽 晃(2011年4月)
撮影/高木あつ子
文/KOKIA ※レコーディング当日、会場で配布されたパンフレットより。 |
『moment』に寄せて こんにちはKOKIAです。私の新しいアルバム『moment』を創るにあたって、今回ステージレコーディングという新たな形式でこのCDを創り上げることにご協力頂いている皆様に、まずこの場を借りて感謝の気持ちを述べさせて頂きたいと思います。新たなことへの挑戦は何が生まれるのか?という期待感と共に、それ以上の大変さがあることを知りつつも、どうしてもこのスタイルで今回アルバム創りをしてみたい!という私の我がままに、ミュージシャンの方々をはじめ、スタッフ、お客様を含め、多くの方の力をお借りして、このステージレコーディングアルバム『moment』を創ることに、心からの感謝の気持ちでいっぱいです。
長きにわたって様々なコンセプトで曲を書き、アルバムを作ってきましたが、ここ数年、自分にとってミュージシャンの活動を続けてゆく中で最も大事な場は私にとってはステージだということを強く意識するようになりました。ミュージシャンにとってCDという作品もステージという瞬間芸もどちらも大切だけれど、今の私は決して留めることはできない「瞬間」というものに惹かれています。そしてそうした瞬間的なものこそが、人の心に強く感動を与えるものなのではないかと思っているのです。今回、新たな挑戦として「ステージレコーディング」という方式でニューアルバムを創ることにしたのも、そうしたことが理由です。オーディエンスを同じ空間で感じることにより発揮される、ミュージシャンの底力みたいなものを、1枚のCDに瞬間冷凍できたらどんなものになるんだろう?っと聴いてみたくなりました。コンサートを収録するライブ盤ではなく、1枚のCDを作り上げる様々な行程の中で、恐らく1番のハイライトである、レコーディングという場に、オーディエンスを招き、音に命が吹き込まれる瞬間を見守ってほしい。そう思ったのです。そんな風に料理される素材はどんなものが良いのか? 今回のアルバム『moment』は、曲作りの段階で今までになく悩みながら曲を創ってゆきました。私が今、伝えたいこと。私が今、想うこと。私が今だから歌える歌。過去を振り返り、未来へと気持ちをつないでくれる歌を11曲。今の自分と向き合って産み出しました。
アルバムの為に書いた11曲を書き終えた日、まるで「空のようなアルバム」が出来たなぁっと思いました。空は私達の心を映し出す鏡のような場所。寂し気に映る日も、清々しく映る日もあるはず。私達の歩みと共に映り変わる「空のようなアルバム」でみんなとつながっていたい。そう想っています。