2016年に歌手としての活動をスタートした女優、小西真奈美。2018年に発表したメジャー・デビュー・アルバム『Here We Go』は、KREVAがプロデュースを手掛けてラップも披露した。2年ぶりの新作『Cure』は、亀田誠治、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、堀込高樹(KIRINJI)、Kan Sanoの4人をプロデューサーに迎えて、それぞれのアプローチで小西の歌声の魅力を引き出していく。オリジナル曲に加え、今回初めてカヴァー曲や英語詞に挑戦するなど、本作でシンガーとして新境地を開いた小西に話を訊いた。
――今回のアルバムは4人のプロデューサーを招いて、それぞれが新曲1曲、カヴァー1曲を手掛けるというユニークな構成になっています。こういうスタイルにされたのはどうしてですか?
「スタッフさんから“複数のプロデューサーで1枚のアルバムを作りませんか?”という提案をいただき、これまでそのようなことはやったことがなかったので、新しいチャレンジだと思ってやることにしました。何を歌うかに関しては、自分が選んだものと勧められたものの両方がありますが、初めて洋楽を歌ったり、新しいチャレンジがいろいろあって面白かったです」
――プロデューサーを誰にお願いするかは、小西さんからのリクエストだったのでしょうか?
「亀田(誠治)さんと後藤(正文)さんは私からのリクエストで、堀込さんとKan(Sano)さんはスタッフさんからの推薦です」
――亀田さんとは以前にも一度、やられていますね。
「インディーズ時代に2曲、一緒にやらせてもらったのですが、人間的に素敵な方だし音楽的にも素晴らしくて。その時、亀田さんから“また、曲を作ってください”って言っていただいたことに勇気をもらったりもして、“絶対またご一緒したい!”と思っていました。それで〈君とはもう逢えなくても〉ができた時に、“これは亀田さんにプロデュースしてほしい!”と思ったんです」
――この曲のどんなところが亀田さんに向いていると思われたのでしょうか?
「これは失恋を振り返っている曲なんですけど、だからと言って重くはなくて疾走感がある。どこか風を感じるというか。私は曲がひらめいた時に映像が見えるのですが、この曲は走っている女性の姿が頭に浮かんで、そのイメージを大切にしたいと思っていました。失恋を題材にしながら前向きであろうとしている感じ、亀田さんなら絶対わかってくれるはずだと」
――亀田さんとのカヴァー曲に、「ギブス」(椎名林檎)を選んだのは小西さん?
「そうです。リアルタイムでこの曲が好きになってCDを買いました。そのクレジットで初めて亀田さんの名前を拝見しました。そのことは亀田さんにも話していて、それで今回、“〈ギブス〉を歌いたいのですが”と亀田さんに相談したんです。そしたら、“じつはこれまで〈ギブス〉をカヴァーしたいっていうオファーが何度かあったんだけど、真奈美ちゃんならいいかな”って引き受けてくださいました。嬉しいやらプレッシャーやら、いろんな気持ちがウワーッとなって、レコーディング前日は、私が下手すぎて亀田さんが困る、という悪夢を見てしまいました(笑)」
©シンドウ ミツオ
――歌う前から大変ですね(笑)。
「自分なりにいろいろやってみたのですが、そばに亀田さんがいてくれたので安心でした。歌い方さえ見つければ、後は愛とリスペクトを持って歌えばいいと思って。曲が完成した時、亀田さんに“真奈美ちゃんの〈ギブス〉になったね”と言われた時は、すごく嬉しかったです」
――小西さんのヴォーカル・スタイルは独特ですが、この曲では特にそれが顕著ですよね。ウィスパー・ヴォイスでありながら情熱的というか。
「声量がないから自然とこんな風になってしまうんですよね。初めて亀田さんにお会いした時、“こういう風にしか歌えないんです”って説明したら、“それが真奈美ちゃんの色だから大事にしたほうがいいよ”って言ってくださいました。だからこそ、〈ギブス〉にも挑戦できたんだと思います」
――亀田さんに太鼓判を押してもらえたら心強いですね。後藤さんにプロデュースをお願いしようと思われたのは、どうしてですか?
「もともとアジカンが大好きで、初めて自分でチケットを買ってライヴに行ったのもアジカンでした。私はロックが大好きで、レッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)とかオアシスとかいろいろ聴いていたのですが、アジカンの歌はエネルギーとか言葉とか、いろんなものが刺さるんですよ。私が前作を出した時、後藤さんとラジオの仕事でご一緒することがあって、“いつか一緒にお仕事できたら嬉しいです”っていう話をさせていただいたんです。それで今回、ダメもとでオファーさせていただいたら引き受けてくださって」
――「Endless Summer」は後藤さんとの共作です。ほかの新曲は小西さんが作詞・作曲を手掛けていますが、なぜこの曲だけ共作になったのでしょうか。
「後藤さんが“曲ができました”って、この曲を持ってきてくださったんです。すごくいい曲で、歌詞を共作にしようということになったのですが、じつはその時点で全編後藤さんの歌詞が出来上がっていたので、その世界観を壊さずに歌詞の一部を変えるのは大変でした。後藤さんが書いた歌詞が男性目線だったので、同じシチュエーションを女性の目線で見たらどうなるか、というのを盛り込んでみました」
――面白い試みですね。歌ってみていかがでした?
「こういう機会じゃないとロックを歌うことがなかったので、自分にとってはチャレンジでしたね。どんな風に歌ったらいいのか、すごく悩みました。そんな時、後藤さんがバンドでこの曲のプリプロをされると聞いて、そこに参加させてもらって、後藤さんといろんなやり方を探ったんです。バンドと初めてやったことも大きな材料になりましたね。歌入れの時は、プリプロでバンドと一緒に歌った時の躍動感を思い出しながら歌いました」
――カヴァー曲の「Ain't Nobody Know」は星野 源とトム・ミッシュのコラボ曲ですが、「Endless Summer」とは対照的にスウィートなR&Bナンバーですね。
「この曲は後藤さんからいただいた候補曲のなかから選んだのですが、〈Endless Summer〉とは対照的な曲にしようと思いました。プリプロの時にこの曲も歌った時、後藤さんに“何かアイディアやリクエストはありますか?”と聞かれたので、、試しにBPMを遅めにしてもらったんです。そうしたら、バンドの皆さんがうまいから、ずっと聴いていたいほどかっこよくて。〈このBPMでお願いします!〉ということになりました」
――小西さんの力を抜いた歌声も、ずっと聴きたくなります。
「ありがとうございます。この年齢で、この曲に出会えて良かったと思いました。無理なく歌えたんですよね。たとえば5年くらい若かったら、もっと頑張って歌っていたかもしれない。あとはバンドの力ですね。バンドの演奏が引き出してくれたところも大きいと思います」
――2曲ともバンドからの影響が大きかったんですね。掘込さんが担当した2曲は、後藤さんのバンド・サウンドから趣を変えて音数を絞ったサウンドですね。
「これまで掘込さんが手掛けられた曲をいろいろ聴かせていただいて、そのなかで自分が好きなテイストにあう曲をお願いしました。堀込さんは楽器だけでなく、ご自分で打ち込みもされるじゃないですか。だから〈Lost Stars〉に関してはギター1本と私とか、ピアノと私みたいな音数が少ない世界観でお願いして、〈アンリーシュ〉に関しては打ち込みメインで、ビートが結構ある感じでお願いしました」
――では、オリジナル曲の「アンリーシュ」は打ち込みをイメージして書かれた曲なんですね。
「そうです。音楽をそんなに聴いていない人が耳にした時に親しみやすい曲がいいな、と思って作りました。その頃、コロナやSNSの影響で世の中がメンタル的に不安定になっていて、それが分断や歪みを生んでいると思っていました。だから、“いろんな人がいてOK”みたいな気持ちになれば、みんなもっと気持ちがヘルシーになれるんじゃないかなって。そういうことを押し付けがましくなく、歌を通じて言えないかな、と思いました。掘込さんのサウンドは柔らかさがありつつ、はっきりしたビートもあるので、“人っていろんな面があるよね”っていうことを伝えられる曲になるんじゃないかと思ってお願いしました」
©シンドウ ミツオ
――アルバム最後の2曲はKan Sanoさんのプロデュースですが、ジャケット・ジャクソンのカヴァー「Again」は、小西さんからのリクエストだとか。
「そうです。中学2年生くらいの時に聴いたのですが、すごく良い声だなと思って。この曲をきっかけに、いろいろ洋楽を聴くようになったんです」
――「ギブス」と同じように思い入れがある曲なんですね。歌われてみていかがでした?
「とても難しかったです。あらためてジャネットって歌がうまい!って思いました。当たり前のことですけど(笑)。単調なメロディの繰り返しなので簡単そうに思えるのですが、その繰り返しのなかで、どんな風に歌い方を変化させていくのかが難しくて。そういう表現力がジャネットはすごい。歌詞にはドラマがあるし、ダブルミーニングもあって深いんですよ。だから、歌詞を口にした時、映像がパッと目の前に広がるくらいに自分の中で曲を消化しないとダメだなって思いました」
――しかも、初めての英語詞なんですよね。
「そうなんです。英語って喋るとスピードがあるのでうまく聞こえたりしますが、メロディをつけて伸ばしたりするとカタカナ英語みたいに聞こえてしまう。そのバランスがすごく難しかったです。カヴァーはあの手この手でいろいろ試してみて、その結果、残ったものから自分なりの解釈が見えてくる。とにかくいろいろやってみることが大事なんだな、というのがわかりました」
――“想っているから 感じていて ひとりじゃないと”と謳われるラスト・ナンバー「Don't be afraid」は、「アンリーシュ」のように今の社会に向けて歌っているようにも聞こえます。
「この曲の土台は1〜2年前からありました。その時は世界に向けて、というより、小さな子供、あるいは、幼い頃の自分に向けて語りかけるようなイメージでした。それが気がついたら、こういう時代になってしまって」
――聞こえ方が変わってしまった。
「そうですね。Kanさんには、音数多めの打ち込みメインでトラックを作ってもらいました。もし、ストリングスとかを入れていたら、世の中に対して歌っているように聞こえて畏れ多い。私はもっと小さな声で、ふわっと投げかけるように歌いたかったんです」
――この時代、偉い人が「怖がらないで」と言ってくれるより、身近な人が手を握ってくれるほうが安心できる気がします。
「それなら、良かったです(笑)。この曲を歌うのは今だと思いました。今って、人に気軽に会えないのが当たり前になってしまったじゃないですか。だから、これまでは“離れて想う”ことを歌うと恋愛の歌と思われていたのが、最近だともっと広がりが生まれているんじゃないかと。想う相手が、家族だったり、友達だったりして、いろんな愛になるんじゃないかって」
――『Cure』というアルバム・タイトルも、今の時代だといろいろイメージが広がりますね。病気を治すとか、心を癒すとか。
「これも、図らずも世の中とマッチしてしまいました。タイトルをつける時、“自分にとって音楽ってなんだろう”って考えたんです。私は子供の頃から本当に音楽に助けられてきて、背中も押してもらったし、生きるヒントももらいました。音楽を聴かなかった日なんてあるかな?って思うくらい、常に音楽が側にあったんです。そういうことも踏まえて、音楽は自分にとって治療薬みたいなものだと思って、このタイトルにしました」
――小西さんの歌声には治療効果があって、「Don't be afraid」を聴いていると気持ちが少し楽になります。
「良かったです(笑)。このアルバムを聴いてくださった方の気持ちに、少しでもキュアな効果があったら良いなと思います」
取材・文/村尾泰郎