[特集] 海街diary オリジナルサウンドトラック / 海街イメージコンピレーション

是枝裕和   2015/07/01掲載
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鎌倉の空気を音で担うことは、何気ない日常を尊く思い、
自身も背筋が伸びるような素晴らしい体験でした。
この作品に関わった全ての人に感謝します。
――菅野よう子

打ち合わせを何度かさせていただいたあとに管野よう子さんから届いたデモ曲は、
最終形よりも、アンニュイでジャズっぽい香りがしていた。
それはそれでもちろん素晴らしく、海沿いの街にとても似合っていた。
撮影が進み、ある程度の全体像が見えて、仮編集したものを菅野さんに送ると、
すぐにメールが届いた。
『この作品は楷書ですね。作品も、登場人物の佇まいも。
だとするとジャズよりは、こういう感じの音楽の方が似合うかも知れません』。
添付された音楽を画像に当ててみると、風景に輝きと匂いが一気に加わった。
四姉妹の繊細な感情が凪いだ海の奥に顔を覗かせた。
――是枝裕和


 鎌倉を舞台にある四姉妹の日常をみずみずしく描き、幅広い世代に熱烈なファンを持つ吉田秋生の『海街diary』。この人気コミックに惚れ込んだ是枝裕和監督が映画化を願い出た際、原作者から寄せられた唯一の希望は「季節の移ろいを大事にしてください」というものだったという。海辺の街に降りそそぐ光の変化から、ちょっとしょっぱい潮風の香り、古い日本家屋の庭先に咲いた花まで──。緻密に計算されたカメラワークの下、登場人物たちが暮らす古都の四季がいかに美しく写し取られているかは、ぜひスクリーンで確認していただきたい。そして、穏やかなトーンの中に生きる切なさや家族の葛藤を巧みに織り込んだホームドラマを音楽の面から支えているのが、菅野よう子が手がけたこのサウンドトラックだ。
海街diary オリジナルサウンドトラック
海街diary オリジナルサウンドトラック
海街イメージコンピレーション
海街イメージコンピレーション
 小規模なストリングスに、ピアノ、クラリネット、ハープなどを加えた編成は、アコースティックの温かい響きを生かした小規模なもの。作者の持ち味とも言える壮大なオーケストレーションや派手なギミックはほとんど見られず、むしろ日々のスナップショットを思わせる小品が並ぶ。「エンドロール」を除けば、一番長い映画のメインテーマでもせいぜい2分程度。シンプルな旋律をリフレインさせただけの「いもうと」を始め1分に満たない曲も少なくない。それでいて聴き込むほどに身体に馴染み、奥深さが見えてくるのが本作の魅力だろう。
 例えば寒い冬の朝、ようやく鎌倉の暮らしに慣れてきた腹違いの四女・すず(広瀬すず)が次女佳乃(長澤まさみ)と一緒に駅まで走るシーンで流れる「両足使い」の、浮き立つような躍動感。あるいは春の陽射しの中、すずが同級生の男子と自転車を二人乗りする名場面に重なる「桜トンネル」。鎌倉の夏の風物詩、“しらす漁”を捉えたショットに透明感のあるスキャットが浮かぶ「イルミナ」。どの曲もキャラクターの想いや感情を無理に代弁しようとはせず、むしろ日々の出来事を淡々と綴るダイアリーのように、彼女たちの暮らしに寄り添っている。限られた音数で季節の風合いや匂いまで感じさせ、鎌倉に流れるゆったりした時間まで表現してしまう映像喚起力は見事というほかない。




 実は是枝監督はこれまで、重要なシーンにはあまり音楽を付けてこなかった。おそらくドキュメンタリー出身という背景も大きいのだろう。『誰も知らない』や『歩いても歩いても』ではゴンチチ、『奇跡』ではくるりと、作品ごとに優れたアーティストとコラボを重ねてきたが、どちらかというと芝居と芝居の幕あいにさりげなくサントラを添えてきた印象が強い。演出力不足を音楽に頼りがちな昨今の邦画トレンドとは真逆で、音楽に対して非常にストイックな作家と言っていいだろう。それが今回の『海街diary』では四姉妹の演技に初めて音楽を寄り添わせ、主人公たちの姿勢のいい生き方をそっと強調している。その意味で、菅野よう子との初顔合わせから生まれた本CDは、是枝作品のフィルモグラフィーにおいても特別な意味を持っている。
 一方、アニメーションやドラマの最前線で活躍する菅野よう子にとっても、是枝組との仕事は静かで深い刺激をもたらしたようだ。伝わってくるのは、本作のテーマでもある「人生における光と影、過ぎていく時間」を音楽で描こうという意志。たおやかなハープの音色が印象的なオープニング曲「夏の表紙」から、四姉妹が海辺を散歩する甘酸っぱい「エンドロール」まで、その強い想いはアルバムを通して終始一貫している。映画本編では芝居のサポートに徹してほとんど存在を感じさせなかった作曲家の技倆を、このCDではより純粋に味わうことができるだろう。日本の映画界と音楽界を代表する才能が出会って生まれた、穏やかにして刺激に満ちた1枚だ。
 映画を堪能した方には、本作に共感した4組のアーティスト(Kiroroつじあやの風味堂藤巻亮太)が映画の雰囲気に合った自らの楽曲を持ち寄ったアルバム『海街イメージコンピレーション』が配信限定でリリースされている。こちらもぜひおすすめしたい。
文 / 大谷隆之(2015年7月)
音楽: 菅野よう子
VICL-64388 2,315円 + 税


海街イメージコンピレーション
配信限定 / iTunes 、レコチョクほか各主要サイトにて配信
iTunes itunes.apple.com/jp/album/-/id1004906207
レコチョク recochoku.jp/album/A1002318404/


[収録曲]
01. 藤巻亮太 / 旅立ちの日 / アルバム『旅立ちの日』収録
02. つじあやの / 忘れないで / アルバム『はじまりの時』収録
03. 風味堂 / 泣きたくなる夜に / アルバム『風味堂 5〜ぼくらのイス〜』収録
04. kiroro / 帰る場所 / アルバム『帰る場所』収録


映画『海街diary』オフィシャル・サイト
umimachi.gaga.ne.jp/
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