――実は僕、せいこうさん加入後初の□□□のライヴ(※2008年7月12日に所沢航空記念公園で行なわれたフリー・イベント〈UBC-Summer-jam'09〉)を拝見してるんですよ。
いとうせいこう(以下、いとう) 「あ、あれ観てくれたんだ。おかしなライヴだったでしょ(笑)。ドラムをバックにメンバー3人がフロントにいて、俺はiPhoneを操作しながら、チョコラBBの瓶を鳴らしたりしてるっていう(笑)」
――せいこうさんがステージ上ですごく楽しそうにされていたのが印象的でした。
いとう 「いやいや最初から最後まで手探りでしたよ(笑)。でも、苦痛を伴う手探りではなかった。“いろんなことができるけど、どれをチョイスしようか”みたいな」
三浦康嗣(以下、三浦) 「つまり手探りから生まれてくるものを活かすところまで“込み”での手探りですね(笑)」
いとう 「お客さんとの掛け合いだとかミュージシャン同士の掛け合いから、いろんなアイディアが産まれてくることが、この歳になってようやく分かったというか(笑)。僕は楽器ができるわけでもないし、これまでずっと“非音楽家”として活動してきたわけ。だからラップをしてても常に孤独を感じていたんだよね」
――どこかでミュージシャンにコンプレックスを感じていたわけですか?
いとう 「うん。“所詮は言葉に過ぎない”みたいなことをいつも感じていて。でも、□□□に入ってからは、しきりに“演奏”ということを考えるようになった。僕はiPhoneをジャーンって鳴らしてるだけなんだけど、今はそれを立派な演奏だと思えるようになったんだよね。きっと0コンマ何秒、タイミングがズレただけでも違った演奏になってしまうんだろうなって。メンバーの音をよく聴いて、誠実に音で答える。それに対して康嗣とシゲ(村田シゲ)も誠実に返してくれる。音楽はリアクションなんだってことが□□□に入ってよく分かった。僕はコードも分からなければ楽譜も読めないんだけど、そうした僕の音楽的無知を二人は、調味料として上手く使ってくれているように思う」
三浦 「体系的に音楽を知りすぎると“普通はここでシャッフルしないよな”とか思って、はなから“シャッフル”っていう選択肢がなくなってしまうんです。たとえば牛乳と寿司は食い合わせが悪いだろうけど、もしかして、カリフォルニア・ロールみたいなものだったら牛乳と合うかもしれないじゃないですか。でも、実際に試してみなかったら合うかどうかも分からない。せいこうさんとは、そういう可能性をルールに縛られず一緒に追求できる感じなんですよね」
――フィールド・レコーディングした素材をもとにしてアルバムを作るという今作のアイディアも、まさに、そういう姿勢から生まれたわけですか。
三浦 「そうですね。フィールド・レコーディングという大きなルールはあるんだけど、それ以外は、なんの決まりにも縛られずにアルバムを作ってみようって」
いとう 「アイディアが決まってからは早かったよね。3人ですぐに音素材を集め始めて。しかも蓋を開けたら、なぜか3人とも同じレコーダーの色違いを買っていたっていう(笑)。でも康嗣は大変だったと思う。莫大なサンプル・ソースをチョイスして、まとめていったわけだから」
三浦 「雲を掴むような作業でした(笑)。ある意味、トンチみたいなもんですよ」
いとう 「芸術家が粘土でオブジェを作っていくような作業にも近いのかな」
三浦 「そうですね。馬を作ろうと思ったらウサギになっちゃって、でも、そのウサギがめちゃくちゃいいから、むしろウサギでよかったみたいな(笑)。そこも、やっぱり手探りで」
いとう 「作ってる本人たちも、どうなるかわからない。それが今回のレコーディングの面白さではあったよね」
――最初にアルバムのアイディアを聴いたときは、前衛的な作品を想像したんですけど、出来上がってきたものを聴いたら、すごくポップで。昔、せいこうさんが、“ポップスというものは時代性を感じさせるもので、ポップというものは普遍性を感じさせるものだ”と何かの雑誌でおっしゃっていましたが、今回のアルバムからは、時代を超えた普遍性みたいなものをすごく感じたんです。
いとう 「うん。今回のアルバムは間違いなく“ポップ”だよね。すごく過激な実験性も内包しているんだけど頭でっかちになっていない。歌っている内容も難しい物理学の話とかじゃなくて、卒業だとか、誰もが一度は経験したことがあるようなことばかりだから。いつ誰が聴いてもよく分かる。そこが大事なポイントなんです」
――たしかに聴き手を選ばない、すごく間口の広いアルバムだと思います。
いとう 「発明的という意味では“ヒップホップ”なのかもしれないけど、もはやジャンルがよく分からないよね(笑)。だから、このアルバムは、あまり音楽を知らない人にも……いや、むしろ深く音楽を知らない人のほうが楽しめるかもしれない。ヘッドフォンをして街を歩きながら聴くと、さらに面白さが伝わると思う。それは、どういうことかっていうと、自分の周りの環境音が全部、このアルバムにミックスされていくから。理論としては
ジョン・ケージの〈4分33秒〉と一緒なんだよね。そこで鳴っている、すべての音を“音楽”として捉えるっていう」
――つまり僕らが暮らす、ふとした日常にも、さまざまな“音楽”が鳴っているという。
いとう 「そうそう。だからこその『everyday is a symphony』なんですよ。そういう気持ちで過ごせば、毎日がちょっと楽しくなると思うし、このアルバムが、そこに気付くためのキッカケを提示できているのなら、すごくいいなと思う」
取材・文/望月 哲(2009年11月)
〈everyday is a symphony 御披露目会〉
●日時:12月5日(土)
●会場:東京・代官山UNIT
●開場:18時00分 / 開演:19時00分
●料金:前売 税込3,150円(全席自由・ドリンク代別途)
●出演:□□□(三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこう)
●ゲスト:オータコージ(曽我部恵一BAND)、中村有志
●演出:伊藤ガビン
●問い合わせ:ホットスタッフ・プロモーション