【雲井雅人サックス四重奏団】深く、広大な精神世界を描く マスランカへの委嘱作を世界初録音

雲井雅人   2013/10/10掲載
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雲井雅人サックス四重奏団
“マスランカ:
ソングス・フォー・ザ・カミング・デイ
来たるべき日への歌”
 どんな瞬間でもぴたりと決まるハーモニー、不協和音でさえも濁りのまったくない演奏は、それだけでも聴く価値がある。信じられないほどに高い集中力と、驚異的なアンサンブル能力によって生み出される次元を知ってしまうと、もう後戻りはできなくなる。雲井雅人が弟子たちと結成したサックス四重奏団は、あらゆるアンサンブル団体の中でも世界トップクラスだ。もちろん演奏能力の高さだけでなく、聴く者の眼前に豊かな世界が広がっていくその音楽性の高さにおいても、同様である。
 このたびアメリカの現代作曲家、デイヴィッド・マスランカ(1943年〜)の『ソングス・フォー・ザ・カミング・デイ〜来たるべき日への歌』を録音。昨年の定期演奏会で世界初演した作品で、録音も世界初。彼らの真骨頂が聴けるアルバムとなった。インタビューにはソプラノ・サックスの雲井をはじめ、アルトの佐藤 渉、テナーの林田和之、バリトンの西尾貴浩のメンバー全員が集ってくれた。
――マスランカは今年70歳になるアメリカの作曲家。前衛とは一線を画し、静謐と情念の間を行き来するような独自の作風で、日本でも人気を集めはじめていますね。
雲井 「彼の作品に出会ったのは1980年代でした。アメリカのノースウェスタン大学シンフォニック・ウィンド・アンサンブルのメンバーだった時に、彼の吹奏楽作品『子どもの夢の庭』の世界初演に携わったのです。すぐにその音楽に魅了され、以後はサックスの作品を発表するたびに演奏して録音し、彼のもとに送っていました」
――それをマスランカがおおいに気に入り、委嘱を受けてくれるようになったのですね。今回の『ソングス・フォー・ザ・カミング・デイ』は、『レシテーション・ブック』に続く2つめの委嘱作。彼は、昨年の定期演奏会の折に来日したそうですね。
雲井 「本人は感情表現の大きなアメリカ人とは思えないほど静かで、深さを感じさせる人ですよ」
西尾 「僕は彼と小旅行をしたことがあるんですが、車の窓を過ぎていく風景を眺めながら、日本語で言う“一期一会”のような感慨にふける。一事が万事、そんな感じの人です」
佐藤 「リハーサルを聴いてもらった時にも、自分の意見をぼそぼそと話す。でもそれらは決して演奏に対して妥協を許さない厳しい言葉ばかり」
雲井 「高い要求をするのは、演奏者を信頼している証なのだと、彼の言葉を聞いて思いました」
西尾 「昨年の定期演奏会での初演では、涙を流してくれました。ものすごい集中力で演奏を聴いていたそうです」
――今回収録した『ソングス・フォー・ザ・カミング・デイ』の魅力、聴きどころをアピールしていただけますか。
林田 「委嘱する時にこちらから何かを注文することはないんですが、できあがった作品は、僕らの持ち味を生かすように書いてくれています」
雲井 「深く広大な精神世界を、削ぎ落とした音数で描いています。静けさだけでなく、感情の爆発も時に起こる。人間心理の内側に迫ってくるのです」
西尾 「その人間的なもろもろが、その音楽に触れる者の心に突き刺さってくるんです」
佐藤 「演奏会の後、客席ではらはらと涙を流しているご婦人がいたんですが、まさにそんな感動をもたらしてくれる作品です」
――演奏するのは、さぞや大変なことではないかと思います。
雲井 「もっとも気を使うのは発音。雑音のないピュアな音で、作品自体がメッセージを語れるように。サックスは音が簡単に出るぶん、美しい音を作るのは難しいんですよ」
林田 「音数が少なく、ある意味シンプルに書かれているところでは、作品に深く踏み込んでいかないと音楽にならない」
雲井 「楽譜が出ているのですが、工夫なしに演奏したら、僕らのようには響かない。それは自慢できます」
――ところで、メンバーの3人は皆、雲井さんの弟子。師匠とアンサンブルを組むのは、失礼ながら(笑)、息苦しいところもあるのではないですか?
林田 「先生と僕らとはもう17年になるので、認めてくださっているのだと思います。何よりも“共に学ぶ”という姿勢があって、上から目線じゃないんです」
佐藤 「思うような活動ができなくて、先生がくさっていた時期に習った3人なんですよ(笑)。悩んでいた先生の思いをしっかりと受けとめたわけです」
西尾 「サックスのオリジナル曲は技巧的な華やかさがメインで、人間の内面に迫るような作品が少ない、ということも先生の悩みのひとつでしたね」
雲井 「そこで出会ったのがマスランカ。そして音楽的欲求に迫られてこの3人に声をかけた、というわけです」
――アルバムの最後には、アンコールでもよく演奏している村松崇継『彼方の光』の第2弾として『生命の奇跡』を入れましたね。イギリスのボーイソプラノ・コーラス、リベラのために書かれた作品ですが、マスランカ作品と響き合い、魂が浄化されていくかのようです。
雲井 「村松さんの作品は、ピュアなものに触れた時の感動を与えてくれます。演奏するたびに心に響く。心の中を歌にできる人なんですね。いつかオリジナルを書いていただけたら、などと思っています」
――さて、今後もますますマスランカと関係が密になりそうですね。
雲井 「モンタナの山の中にあるという、彼の家にも行ってみたいですね。俗世を離れて、普段どんな生活をしているのか。それはともかく、マスランカのアレンジによる、バッハの『ゴルドベルク変奏曲』があるので、これは録音したいと思っています」
取材・文 / 堀江昭朗(2013年8月)
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