ローレン・デスバーグを知ったのは、デビュー・アルバム『
サイドウェイズ』だった。日本盤でリリースされた2014年頃だったと思う。この作品は、新世代ジャズ・シンガーとして一目置かれていた
グレッチェン・パーラトがプロデュースしているということで気にかかり、それがきっかけでローレンの曲はどんどんお気に入りのプレイリストに仲間入りしていった。そして、たくさんの場面で反響があったことから、ローレンの音楽は流行や場所にとらわれず、普遍的に好まれる魅力を持っているのではないかと思うようになった。なぜここまで彼女の音楽は耳に残るのだろう?
今回リリースされた『
アウト・フォー・デリバリー』は、じつに4年ぶりのニュー・アルバム。バック・ミュージシャンやプロデューサーも一新し、自身も作曲のほとんどに携わったということで、いよいよローレンの本領発揮といえる作品になっている。そんな絶好のタイミングで、彼女に話を訊く機会を得た。
――オールドスクールなジャズを若い人たちにも届くように、ポップかつファッショナブルな音楽に仕上げるのはあなたの魅力だと感じるのですが、あなたらしさを表現するために意識していることはありますか?
「私は“グレート・アメリカン・ソングブック”に含まれるような古いジャズ・スタンダードが好きなんだけど、
スパイス・ガールズも大好きなの。だから、この両方に対する私の愛情が同時に出せていれば、やりたいことができたのだと思う」
――ジャズはいつ頃からお好きなんですか? ジャズ・アンサンブルやストリングス・オーケストラで歌っていたそうですね。
「アート系のハイスクールにシンガーとして通っていたので、選択肢はクラシックかジャズだったの。そこでジャズを選んだので、すべてのスタートはそこからね。私はジャズというジャンルを真剣に追求し始めて、出来る限り多くのジャズ・ソングを歌えるようになりたいって思ったの。大学はバークリーに進んだんだけど、学外のビッグバンドでも歌っていたわ。今もニューヨークでは時々ビッグバンドで歌ってる。でも、自分のグループで歌うのがほとんどだけどね」
――あなたにインスピレーションを与えたアーティストはどんな人たちですか?
――グレッチェンとは、どんなきっかけで出会ったんですか?
「グレッチェンは何年も前だけど私と同じ高校に通っていたの。彼女を指導していたジャズ・ヴォーカルの先生が私の先生だったんだけど、グレッチェンを呼んで、プロのミュージシャンが講師を務めるマスタークラスを開いた。グレッチェンはリオーネル・ルエケと来たんだけど、開いた口がふさがらなくなるほど圧倒されたわ! それまで彼女のことは知らなかったけど、信じられないぐらい素晴らしかった。驚異的な声のトーン、節回し、音の選択、ピッチなどあらゆる面で彼女は最高よ。グレッチェンのようなサウンドをいつか自分も出せるようになりたくて、彼女のアルバムは何度も何度も聴いてきたの」
――グレッチェンがプロデュースしたあなたのデビュー・アルバム『サイドウェイズ』についても知りたいです。
「あのアルバムは大学2年のときに録音して、卒業したときにリリースしたの。グレッチェンには16歳のときから途切れながらもずっと指導してもらっていて、大学の1〜2年のときには2週間に1回ぐらいの頻度でボストンからニューヨークに出向いて彼女に会っていた。サックス奏者のウォルター・スミス3世も、高校のときに指導してもらっていた先生だったんだけど、ある日彼に“レコーディングしたほうがいい、グレッチェンにプロデュースしてもらったら?”って勧められたの。それで彼女に相談しにいったら喜んでくれて、プロデュースを引き受けてもらえることになった。彼女は
テイラー・アイグスティと
デイナ・スティーヴンスにも口をきいてくれて、1曲は私と一緒に歌ってくれたのよ」
――新作『アウト・フォー・デリバリー』は、これまでと比べてどんなアルバムだといえますか?
「今回は自分だけでやってみたの。2017年に制作を開始したわ。このアルバムのいちばん新しいところは全12曲中の10曲がオリジナルだってことね。エグゼクティヴ・プロデューサーのウィル・ウェルズと共作してるんだけど、彼はバークリーで知り合ったいちばん仲の良い友人のひとり。でもウィルに関わってもらう前から、すでにバンドとのレコーディングはスタートしてたかな。最初は詞がまるで出来てなかったけど、メロディやコード、曲のトピックのアイディアは頭の中にあったしね。プロデューサーのドリュー・オブザ・ドリューには、ひととおりレコーディングし終わってから協力してもらったの」
――曲作りで意識していることはありますか?
「私のメロディには、やっぱりグレート・アメリカン・ソングブックを思わせるところがある。
ロジャース・アンド・
ハマースタインの影響がすごく大きいの。私にとっていちばん大事なのはメロディが美しいことね。メロディはすごく自然に思いつくわ」
――新作の中でオリジナル以外の2曲は、まさにそのグレート・アメリカン・ソングブックで、1曲はロジャース・アンド・ハマースタインの曲ですね。詞についてはどうですか?
「詞はそこまで楽じゃないかな。韻を踏むのがあまり得意じゃないの。さいわい、ウィル・ウェルズが“歩くシソーラス(類語辞典)”みたいな人なので助かってる。彼はすごくたくさんのボキャブラリーを持っていて、どう言葉を使うかにもすごく長けているのよ」
――新作では、劇を観ているようなさまざまなエフェクト音や、インタールードも多数取り入れていますね。どんな制作環境だったんでしょうか? レコーディングはこれまでのニューヨークではなくロサンゼルスですよね。
「まじめな話、ロサンゼルスでのレコーディングは費用が半額ですんだのよ(笑)。クリス・バワーズ(p)とベンジャミン・J.シェパード(el‐b)は、ロサンゼルスに住んでいるしね。最初のレコーディング・セッションは、私とリズム・セクションを録音したの。ニューヨークからジョナサン・バーバー(ds)に来てもらってね。それで録った音を、ニューヨークのドリューのアパートで作業した。ブラクストン・クック(sax)とアンドリュー・ レンフロー(g)にはドリューのアパートに来てもらってオーバーダビングしたの」
――先行公開されている「サムシング・ロング・ウィズ・ミー」は、現代の私たちが抱える感情の内面について描かれた歌のように思います。今回のアルバムの中で伝えたいメッセージや、あなたが歌を通して伝えたいことを教えてください。
「現代の世界では、誰もが人から好かれたいと思っているけれど、見た目はなんだかよそよそしいと思うのよ。“これをアップロードしたらどれだけ〈いいね!〉がつくかな”とか“これって売れるかな”とかね。私は自分自身もみんなもユニークであってもらいたいって思う。音楽についてもこのことを考えることが多いわ。なんでトップ40のアーティストは皆同じに聞こえるんだろうか? この全部のアーティストが心の底から表現している音楽が同じに聞こえるなんてありえないって思わない? 私は自分の歌で人々を救うことができればって思っている。よく自己啓発なんかで取り上げられてるテーマにも触れているような気がするわ」
――あなたの活動やコラボレーションで、印象的なものを教えてください。
「ギタリストのアンドリュー・レンフォーと演奏するのは最高ね。以前、1年半ぐらいニューヨークで毎週月曜日にレストランで演奏していたことがあるんだけど、彼とは音楽的に非常に相性がいいの。和音の出せる楽器の奏者としては、おそらくこれまで一緒に演奏してきたなかでいちばんしっくりくる人ね。それから最近、ほかのシンガーに楽曲提供するために曲を書いているんだけど、これも私にとってすごく大事な活動。歌とは別のやり方で自分のサウンドを表現できる点でね」
――あなたは音楽以外でも、フォトグラファーとして、またミュージック・ビデオやヴィジュアル制作にも携わっていますよね。
「ほとんど知られていないけど、じつは私、フォトグラファーでもあるの。私のモットーは“写真でお金を稼ぎ、音楽でお金を使う”。写真はもう9年も続けてるわ! ブルックリンには自分の写真スタジオも持っているし、写真を撮るために海外のあちこちに行くこともある。ビデオについても、私はヴィジュアル重視の人間なので、自分を表現する部分にはすべて関わりたいと思ってるわ」
――近況の活動について知りたいです。
「最近はギターを練習することが前より格段に増えた。自分ひとりのショーがやりたくて、というか、観客との距離が近いセッティングで演奏するためのオプションを持ちたくて。自分の曲のストーリーを自分で語ることができるようにね。最近、ダニエル・ブルックス(ネットフリックスの〈オレンジ・イズ・ニュー・ブラック〉の主要登場事物のひとり)のために曲を提供したんだけど、こういうのはすっごくエキサイティングね! 今年中に日本で演奏する計画もあるし。早く日本にまた行きたい!
取材・文/大塚広子(2019年3月)