“復活”以降マイペースに活動を続け、2017年にはデビュー20周年を迎えたラッパー / ビートメイカーの
LIBRO 。目まぐるしい流行やモードの変化に惑わされることなく、自分の音を追求し続けているその軌跡は、ふくよかなビート、サンプリングを基調とした丁寧な構成と音作り、実直なリリックとなって、作品に反映されている。
昨年末に発表した約2年ぶりのアルバム『
SOUND SPIRIT 』にはどこか、ゴスペルを聴くときに感じる包容力に近い“救い”の感覚があるように思う。LIBRO節は健在だが、ラップとトラックの表現方法には、確かな変化もみることができる。
――『SOUND SPIRIT』を通して聴いた最初の率直な感想は、“救いの音楽”だな、と。そこまで深い意味はないんですけど、“癒し”というよりも、例えば、ゴスペル音楽とかの中にある包容力に近い“救い”を感じて。「とめない歩み」のあたりで特にそう思いました。
「それは嬉しいですね。うん、でも、自分にとっては“禊”って感じですかね。この音楽、アルバムを作ることで清々しくなればいいな、とは思っていたので。祓えたらいいなって、そういう気分はありました」
――「とめない歩み」の“家に着くころにはそろそろ腹を決めたい”“家に着くころにはすべてひっくり返したい”“眠りにつくころには何も考えない”っていうリリックはどんなときに思いついたんですか?
「いやあ、考え込むと眠れないっていうのがあるから、絶対に眠る前は考えちゃいけないな、と。過去を振り返り過ぎたり、先を見過ぎると寝られなくなるから、いまに集中するためにどうしたらいいかなと考えて。日々をそこから逆算して考えて行動していったら、この1年間、いい感じで過ごせた(笑)。そういう生活の中から出てきた歌詞ですね。歌詞に関しては、強い決意でやっていけばいいっていう自分の気持ちを、あまり強い言葉で書かないようにするのは意識しましたね。表現方法は変えても、歌っている内容が変わらなければ、自分の芯がより出るかなと思って。それで自分の音楽が染み渡っていく範囲が広がっていけばいいな、と。だから今回、歌詞の面で表現方法をはっきり変えたのは、自分としてはチャレンジでしたね」
――サウンド面では、ピアノがテーマや軸になっている楽曲がけっこうありますよね。例えば、「Adjust」「可惜夜 -atarayo-」「Again And Again」「ファインダーゼロ」、あと「とめない歩み」もそうですね。サンプリングと生演奏を組み合わせて作っているように聴けたんですが、実際はどうですか?
「基本的にまずサンプリングで楽曲を作りはじめて、そのまま完成まで進んだ曲と、ちょっと崩した方がいいかな、という2つのパターンがあるんです。後者の場合は、自分で弾き直すというよりも、打ち込んでいる感じですね。なので、誰かにピアノを弾いてもらったとかではないんです。全部自分で作っていますね」
――あ、そうなんですね。生演奏と思わせるようなプロダクションにしていませんか?
「うん、だから“あれ?”って思ってくれたらいいかなって。基本はサンプリング・ネタをループして作っているんですけど、“これは生演奏なのかな? いや、サンプリングだけなのかな?”ってそういう風に思ってもらえたら。まあ、そこはあまり深く考えないで気持ち良く楽しんで欲しい感じです(笑)」
――なるほど(笑)。「可惜夜 -atarayo-」は後半どっしりとしたブレイクビーツになりますね。タイトルもちょっとユニークで。
「ライヴに行くときに新幹線とか乗るじゃないですか。あの移動の時間がけっこう好きなんですよ。ちょっと考え事をできたりするし。“可惜夜”って明けるのが惜しい夜っていう意味らしいんですけど、これから行く場所でみんなとそう思える夜にできたらいいなと考えたり、帰りの新幹線で明けるのが惜しい夜になったなと思い出したりするって曲ですね。静かな曲にしたかったから、ピアノのループで歌詞を書けるところまで書いて、その後にいろいろ肉付けしていきました。ドラムはブラシの音ですしね」
――「ファインダーゼロ」では、民謡のようなヴォーカルにオートチューンかそれに近いエフェクトをかけていませんか。これもまた独特の曲です。
「あれは、渡し船の船頭さんが歌うような民謡なんです。俺はどちらかと言うと、車で走っているよりも、歩いていたり、カヌーで河を下っていくような、速過ぎず遅過ぎずのスピード感が好きで。昔、『
night canoe 』なんてインスト・アルバムも作りましたけど。この曲はそういうスピード感を出していますね。ここでは民謡を使っていますけど、和の感じのサンプル・ネタを使ったトラックを他にもけっこう作ってはいたんです。でも、そういうのばかりだと一辺倒過ぎるなと思って入れなかった曲も多いです」
――この曲はどことなくブラジルの音楽に通じるようなサウダーヂ感がありますよね。ありがちな“和テイスト”の曲にはなっていないですね。
「ちょっとジャズっぽいコード感を意識して作っていくとちょっとこの曲みたいに不思議な感じの曲になるんですよね。実際、この曲で使っているピアノのサンプリング・ソースは南米のあるギタリストの曲で、そっち系のリズムが裏に入っているんです。そういうのが合わさってできている曲ですね」
――ところで、表現方法の変化という点では、ヴォーカルに被せるエフェクト、というか、オートチューンの使い方もありますよね。
「オートチューンはたぶん普通のヒップホップのプロデューサーと違う使い方をしていて。俺はあの音色自体が好きで、ラップにオートチューンを強めにかけるという使い方よりは、ヴォーカルの音程補正として使っているというか」
――オートチューンの本来の使い方をしている(笑)。
「そうそう、若干そうですね(笑)。オートチューンをかけると音の強弱がなくなるところがあって、それが好きなんです。歌うこととも関係があるんですけど、ラップでもこれまでより言葉を詰めないようにするというのはありました。それによって歌詞の書き方は変わって最初は少し手こずりましたね。言葉を詰め込めば説明はできるし、韻を踏んでいけば歌詞の量は書けるんだけど、それだけで歌詞を書かないようにしたんです。言いたいことは大きくは変わらないけれど、もう少しうまく言いたいなというのがあって」
――なるほど。「音霊 言霊 (skit)」ではヒップホップでも定番の曲を大胆に使って新鮮な曲に仕上げていますよね。
「この曲は2000年代前半には作っていたんです。ビートのデモを入れていたMDに入っていたんですよ。MDに入っていたぐらい、デモ音源は古いですね(笑)。そこから音色を変えたり、少し打ち込み直したりはして」
――スティールパンの音が入っていますね。
「これ、シンセの音なんですよね。当時ギターシンセっていう、ギターにMIDIケーブルが付いているものがあったんです。鍵盤で打ち込めるように、ギターの弦で打ち込める。で、その本体の中にスティールパンの音が入ってて使ってみたんです。昔のシンセなんで、スティールパンの音がリアルに再現はされていないんですけど、曲の合いの手には良いなと思って。この曲がデモとして残っていて当時出さなかったっていうことは、その頃は“いてまえ”なかったんでしょうね。この曲を世に出すっていうことを」
――時が経って、何周かしたから出せる感じですか?
「というよりも、いま、サンプリングでビートを作ってグイグイ主張するビートメイカーもそこまで目立っていないですよね。というか、みんな大人になって、まあ、いろいろしっかりビジネスとしてやるようになった、ということですよね(笑)。ただ、俺はいまだに子供心のまま“友達にこんなの作ったよ”っていう部分があって。だから、こういう曲も出したいなって。“くり返す 作り替える”って歌ってますけど、名曲のネタを使って、くり返して作り替えると」
――だから、ビートと歌詞の内容がシンクロしてループしていくという作りになっていますね。
「今回は1曲1曲に集中してチャレンジして作っていたから、トータルでアルバムとしてどういう風な作品に仕上げられるかについては、直前まで悩んでいましたね。前と違うことをやるのは勇気がいりますよね。まあ、それは毎度なんですけどね」
――
EVISBEATS と自身のアルバムで一緒にやるのは初めてですよね。去年出たEVISBEATSのアルバム『
ムスヒ 』収録の「オトニカエル」にはLIBROさんがゲスト参加されていました。
「EVISくんがビートを選んで、サビも入れて俺に送り返してくれて、それから俺がラップを入れる、という作り方だった。ただ俺がラップを何度か録り直して二転三転してしまって、EVISくんもそのたびに毎回最高クオリティで作り直してくれて。仲良い間柄だったとしても“え?! またラップ録り直して曲を変えるの?!”ってなるところを、最後まで文句ひとつ言わずEVIS節をキープしてやってくれたんです。爽やかに」
――いい話だ(笑)。ゲスト・ラッパーということで言うと、「ライムファクター」の
MEGA-G がいます。
「そうですね。数年前に漢とMEGA-Gと一緒に作った〈マイクロフォンコントローラー〉は思い入れが深い曲ですね。あの時に
漢 がMEGA-Gを連れて来て一緒にあの曲を作って、俺もラップしたことがいまにつながっているので。今回MEGA-Gにトラックを渡したら、“〈マイクロフォンコントローラー〉の続編のような曲が書けた”って言われて。MEGA-Gはこの曲でもリリックの内容はハードじゃない感じでやってくれてる」
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――MEGA-GなりのB-BOYイズムをライミングで聴かせることに集中していますね。
「そうですね。そういう意味でもMEGA-Gには居て欲しくて。それでいて、ちょっとまあ年の功じゃないけど、ブルースが入るのが良いなって」
――いきなり“アラフォー”ってリリックが飛び出しますからね。
「そう(笑)」
――LIBROさんといっしょにやるハードコアな曲も作れる、というか、悪い感じのラップもできるラッパーがLIBROさんとやるとそうじゃないトピックでラップするっていうのが良いんですよね。
「そう。それは狙っていたつもりじゃないんですけど、そういう傾向があるなってあるときに気づいたんですよね」
――
D.O とも「あの日の1993」という曲をいっしょに作っていますよね。エモい曲です。
「そう。俺もいっしょにやりたいなっていう気持ちはあったけど、まあ自分から積極的にガシガシ行く感じでもなくて。そしたら漢が“やってみれば?”って感じで後押ししてくれたりするのは大きかったですよね。お膳立てをイイ感じにやってくれて。俺もラップをゼロからチャレンジしてできるようになったのも漢のおかげもありますしね」
「ちょうど
サイプレス上野とロベルト吉野 の『
ドリーム銀座 』に入っている曲(「RUN AND GUN pt.2 feat. BASI, HUNGER」)にビートを提供してて、その流れもありましたね。上野くんは、“LIBROくんのあのトラックは意外だった”って言っていたけど、あのトラック以外にもいろんなタイプのデモ・トラックをいくつかいっしょに送ってはいるんですよ(笑)。あの曲でラップしている
韻シスト の
BASI くんとは、
chop the onion のビートで一緒にラップしたりもして(chop the onion『
CONDUCTOR 』収録の〈シールドマシン〉)。そういう縁がつながっていった感がある。ブルージーでも暗い気分にならないラッパーと言うと、その点で上野くんは間違いない。顔を思い出すだけで元気が出てくる」
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――この客演の話の流れで、
ライムスター 『
ダンサブル 』収録の「ゆれろ」という曲にビートを提供した話も訊ければと。あの共作はどういう経緯だったんですか?
「
ポチョムキン といっしょにやっている鶴亀サウンドで
宇多丸 さんの番組(AbemaTVで放送されている『ライムスター宇多丸の水曜The NIGHT』)に呼ばれたんです。それこそ上野くんもいた。上野くんも出演している番組だったので。まあポチョさんと亀の話して終わったんですけど(笑)。そのときに“良かったら聴いてください”って宇多丸さんにトラックを渡していたんですよ。アルバムの制作も佳境だったみたいなんですけど、その最後の最後であのビートを選んでくれて」
――「ゆれろ」ってタイトルは、EVISBEATSと
田我流 の「ゆれる」をもじったわけじゃないですよね。
「ははは。それは違いますね。あのビートはリズムが一定じゃない、というか、少し揺れていて、そこを面白がってくれたんですよね」
――なるほど。そういう経緯だったんですね。インタビューの最初に“救い”や“禊”という話が出ましたけど、そういう視点でLIBROさんがこのアルバムの中で選ぶとすればどの曲になりますか?
「日常とシンクロしているという意味で、〈Again And Again〉や〈ファインダーゼロ〉あたりですかね。音楽を作ることは楽しいし、本来ぜんぜんイヤなことではないんだけど……」
――“生みの苦しみ”というヤツですかね。
「まあ、そうですよね。本当は苦しいとかでもないはずなんですけど、締め切りに追われて何かをやっている人は誰しも経験する心境だとは思いますね。だから、その心境をラップにするしかなくて、その心境を生かしていこうと(笑)。最後はどうせやるんだし、というのは常にあるから。ミュージック・ビデオは〈とめない歩み〉で作ろうと思っていて、映像はLIBEの
森田(貴宏) くんに頼んでいますね」
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――では、LIBROさんが“救い”や“禊”といったときに聴く音楽があるとすれば何ですか?
「うーん、なんだろうなあ、昔は
ブルー・ハーツ でしたね。目的地を決めずに車に乗って湾岸沿いを走らせていましたね。これ、もう、どこまで行っちゃうんだろうなっていうぐらい走ったりして。でもそれが二十歳をこえていたから、ちょっと恥ずかしい話ですけど(笑)」
――(笑)いまはどうですか?
「NPR Tiny Desk Concertなどを観たり、リラックスしたいときは、どんどんビート感のない音楽になっていきますよね。それこそヒドイときは河の音で十分なんですよね。さらにヒドイときは音もつけずに新幹線の車窓から見える景色のYouTubeの映像をずっと観ているとか。新幹線の車窓から夕暮れ時の富士山とか見えたりして。いまいる現状からの移動の感覚がほしいからなんですかね。でもそれはまあヒドイときですよね(笑)」
――ははは。「可惜夜 -atarayo-」も新幹線の移動中にアイディアが生まれた曲でしたしね。
「たしかにそうですね」
取材・文 / 二木 信(2019年1月)