音楽史上初めて登場した“ミニマル・ネイティヴ”のヴァイオリニスト、マリ・サムエルセンのDG専属契約第1弾ソロ・アルバム『マリ』

マリ・サムエルセン   2019/06/12掲載
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 アリス=紗良・オットとオーラヴル・アルナルズのコラボ・アルバム『ショパン・プロジェクト』、ヴォーチェス8のクリスマス・アルバム『ウィンター〜冬のア・カペラ』、そしてマックス・リヒターの現時点での最新アルバム『3つの世界: ウルフ・ワークス(ヴァージニア・ウルフ作品集)より』……。ここ数年、ポスト・クラシカル関係の野心的なプロジェクトで頻繁に名前を目にするようになった、1984年ノルウェー生まれのヴァイオリン奏者マリ・サムエルセン。名教師ザハール・ブロンに師事した正統派ながら、メンコンやチャイコンには興味がないと言い放ち、バッハ、フィリップ・グラス、マックス・リヒターこそ私の弾くべき音楽と公言する。そう、おそらく彼女は音楽史上初めて登場した“ミニマル・ネイティヴ”のヴァイオリニストなのだ。名門ドイツ・グラモフォン(DG)専属契約第1弾のソロ・アルバム『マリ』が、何よりもそのことを証明している。
――あなたの名前を初めて目にしたのは、故ジェームズ・ホーナーが初めて手がけたクラシック作品「パ・ド・ドゥ」のソリストでした。いったいどのような経緯でホーナーとコラボしたのですか?
 「クラシックであろうが映画音楽であろうが、音楽は音楽。良い音楽はジャンルを問わず演奏するというのが、ヴァイオリニストとしての私のスタンスです。兄のチェロ奏者ホーコン・サムエルセン(注: 現在はチェロ演奏を引退)と8年間スイスに留学していた時、家にテレビがなかったので、毎週ふたりで映画を観に行っていました。そんな時、たまたまホーナーが音楽を手がけた映画を観て、彼に作品を委嘱してみたらどうだろうかと思いついたんです。その後、私たちがロサンゼルスで演奏した時、楽屋でホーナーと初めてお会いすることができました。“もし、将来お時間に余裕があれば、私たちのために二重協奏曲を作曲していただけませんか?”。すると彼は“もちろんだよ、マリ! とても光栄だ。でも、その前に『アメイジング・スパイダーマン』の作曲を仕上げないとね(笑)”。翌日、あらためてホーナーとミーティングして委嘱計画を話し合い、3年後、彼が書き上げた〈パ・ド・ドゥ〉をヴァシリー・ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団で世界初演したのです」
マリ・サムエルセン
© Stefan Hoederath
――今年3月5日には、マックス・リヒター『メモリーハウス』日本初演のソリストとして、待望の日本デビューを果たしましたね。
 「リヒターとの共演は毎回興奮しますが、今回の演奏は今までとまったく違う手応えを感じました。つまり、日本の聴衆の集中力、音楽を心から喜んでいる様子が、ステージ上にひしひしと伝わってくるのです。これは今までにない体験でした」
――その1週間後、チームラボ ボーダレスで開催された“Yellow Lounge Tokyo 2019”への出演はどうでしたか?
 「“Yellow Lounge”にはかれこれ5年以上出演していますが、私にとってとても重要な活動のひとつです。東京は、まず場所が素晴らしかった。建物の名前が“マリ・ビル”ではなく“モリ(森)ビル”でしたけど(爆笑)、生まれて初めてデジタルアート ミュージアムというものを体験しました。日本滞在中にチームラボを訪れたリヒターも“マリ、こんな場所で演奏できるなんてラッキーじゃないか!”と喜んでくれましたし。じつは“Yellow Lounge”終了後、会場内でリヒター〈フラグメント〉のビデオクリップを撮影したんですよ」
――DGデビュー・アルバム『マリ』のためですね?
 「バッハ、ヴァスクス、リヒター、ブライアン・イーノ、ヨハン・ヨハンソン、ピーター・グレッグソンなどなど、私らしさを表現できる曲を選びました。私は伝統的なヴァイオリン協奏曲だけ演奏するようなタイプではありません。バロックとミニマル、あるいはネオ・クラシカル(ポスト・クラシカル)が、いちばん“自分の声”に合っている音楽なんです。だから、アルバム・タイトルもシンプルに『マリ』と名付けました。正直に自分をさらけ出そうと思ったのです」
――それにしてもDGデビューアルバムでバッハの「シャコンヌ」を弾くとは、ずいぶん大胆です。
 「『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』の全曲を録音したほうが、批評家の注目を集めやすいのは、自分でも充分承知しています。〈シャコンヌ〉だけ抜き出して録音するアプローチも、たぶん異論は出てくるでしょう。それに、私は17歳で〈シャコンヌ〉でデビューするというわけでもない(注: ヒラリー・ハーンのこと)。今回〈シャコンヌ〉を録音したのは、これまでこの曲を一度も聴いたことがないリスナーのために、“ヴァイオリン史上のビルボード第1位”というべきこの曲がどれほどすごいか、ぜひとも知っていただきたかったからです。それが、音楽を伝えていく演奏家としての私の役割だと思っています」
――その「シャコンヌ」と、グラスの「浜辺のアインシュタイン」を一緒に録音したのは素晴らしいと思いました。どちらがどちらか、わからなくなるリスナーも出てくるかもしれませんね。
 「〈シャコンヌ〉と〈アインシュタイン〉ありきで、このアルバムを企画したようなものです。とんでもないテクニックを要求する作品、“ハラキリ・ピース”ですよ(笑)。自分自身の血として流れている音楽というか、〈アインシュタイン〉のロックンロール的な音楽が、〈シャコンヌ〉とは違う“もうひとりの自分”をいちばんうまく表せると思いました。それだけでなく、今回のアルバムではさまざまなコントラストを表現しようと心がけたんです」
――たとえば?
 「東京のような大都会の慌ただしい生活と、私の故郷ノルウェーのスローライフ。デジタルアート ミュージアムのようなテクノロジーと、電気も通っていない田舎の静寂に包まれた生活。どちらも、現代を生きる私には必要です。どちらかに偏りすぎてもいけない。都会と自然、明と暗、速さと遅さなど、人間としての自分に欠かせないさまざまなコントラストを旅していく物語。それが、今回の『マリ』というアルバムなんです。じつは収録曲を減らすことも考えたのですが、試行錯誤した結果、やはり無理という結論に達しました。たんに素晴らしい曲を選んで録音したのではなく、全体でひとつの長い物語を表現しているので」
――その長い物語の中から、“Yellow Lounge Tokyo 2019”ではバッハ「シャコンヌ」、リヒター「フラグメント」、ブライアン・イーノ「バイ・ディス・リバー」を聴かせていただきました。次に来日するとしたら、何を演奏しますか?
 「リヒターの〈ヴィヴァルディ・リコンポーズド〉は、日本でぜひ弾いてみたいですね。ノルウェーのロック・フェスや〈モントルー・ジャズ・フェスティヴァル〉など、これまでさまざまな場所で弾いてきた曲なので。それから、グラス。今回のアルバムで録音したヴァイオリン協奏曲第1番も名曲ですが、じつは彼が音楽を手がけた映画『MISHIMA』が大好きなんです。独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のための新しい編曲を作りましたので、それなんかどうですか? あと、私が海外で演奏する時、かならずその国の作曲家をプログラムに含めるようにしています。武満徹さんと細川俊夫さんはすでに演奏したことがあるので、違う作曲家にもチャレンジしてみたいです」
取材・文 / 前島秀国(2019年3月)
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