(想像以上に)挙動不審!? 廣瀬真理子が総勢22人の“ドリアンな奴ら”を率いてアルバムをリリース

廣瀬真理子とPURPLE HAZE   2017/10/05掲載
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 廣瀬真理子とPurple Hazeから、通算2枚目となるニュー・アルバム『Dorian Fellows』が届けられた。ドラムス、ベース、ピアノ、ヴァイオリン、ヴォーカルに2本のギター、14人のホーン・セクションから成る22人編成のバンドは、在日ファンクGENTLE FOREST JAZZ BANDものんくるたをやめオルケスタNao Kawamuraなどに参加するメンバーも含めた実力派揃い。さらに、スカートの新作『20/20』『Call』を手掛けた久野遥子がジャケットを担当しているほか、同じくスカートトクマルシューゴD.A.N.などに携わってきた葛西敏彦がレコーディング・エンジニアとして参加しており、ジャズ・シーンを越えて注目を集めそうなアルバムとなっている。
 プログレッシヴで迫力に満ちたサウンドから、“モスラジャズ”の愛称で知られるPurple Haze。そのリーダーである廣瀬は、どのような経緯でビッグバンド・ジャズという表現に出会ったのか。(想像以上に)シャイで挙動不審な、愛すべき新鋭コンポーザーの歩みに迫った。
――作曲というのは理系チックな営みだと思いますけど、廣瀬さんの佇まいや世界観は文系っぽさもある気がして。ご自分ではどう思います?
 「もう昔から理系ですね。家族もみんな理系で、母が植物の遺伝子組み換えの研究員、父も化学系、姉妹も発電の仕事をしていて。私も高校まではずっと生物を専攻していました」
――“モスラジャズ”を掲げているのも、蛾が好きだからだと聞きました。
 「そうなんです。蛾って変化がすごいじゃないですか。幼虫から成虫に羽化して、素敵な姿に変わっていくところが大好きですね」
――そこまで蛾の虜になったのはいつ頃から?
 「かなり小さい頃からですね。母の友人の研究者が、オオムラサキという国蝶を段ボールで実家に送ってくれたこともありましたけど、そんな感じで実験材料の昆虫が歩いているような家だったんですよ。スリッパのなかに幼虫がいたり、家中の至るところが虫だらけ(笑)」
――育ってきた環境が大きかったんですね。そんな廣瀬さんの蛾に対する偏愛ぶりは、どうやって周囲に知れ渡ったんですか?
 「大学時代の恩師である香取良彦先生も、虫取りがお好きなんですよ。それであるとき、私が手掛けた曲を“オオミズアオみたいに美しいね”と褒めてくださって。そのコメントを、最初のアルバム『Differentiation』(2014年)の帯に掲載したら、もうひとりの恩師である布川俊樹先生が“モスラジャズ”と名付けてくれて。虫に理解のある恩師に恵まれました」
――『モスラ』自体は好きなんですか?
 「いや、戦いの映画はあんまり……。ザ・ピーナッツの曲は好きですけど」
――えぇ!? 音楽と蛾以外で好きなものってあります?
 「バードウォッチングとか(笑)。とにかく動物と植物が好きなんです」
――どういう経緯で音楽を始めたんですか?
 「父がレコード蒐集家で、いつもリビングではジャズが流れていて。あとは小学生の頃からヴァイオリンを習っていました。ただ、幼い頃はそこまで音楽に入れ込んでいたわけでもなくて。熱心になりだしたのは高校生になってギターを始めてからですね」
――なぜギターを弾こうと思ったのでしょう?
 「ヴァイオリンの弦が4本だったので、2本増えたらもっと楽しいんじゃないかと思って……(笑)」
――ご家族も楽器をやられていたんですか?
 「母は趣味のビッグバンドでトランペットを吹いていたんです。それで、布川先生のことを学生の頃から知っていたようで、母に紹介してもらいました」
――ギターを教わった布川先生のブログで、廣瀬さんを紹介している2012年の記事が最高だったのでプリントアウトしてきました。(紙を読み上げる)“いたって真面目な学生だった。それでいつも弱気で自信なさげ。おまけに胃腸虚弱”。
 「そうなんです、今でもライヴの前になるとお腹が痛くなってきて……」
――ハハハ(笑)。これによると廣瀬さんは高校3年生の時点で、まだギタリストとして初心者の域を出ていなかったのに、布川先生の後押しもあって、なんとか洗足学園音楽大学に入学できたみたいですね。
 「当時は譜面を読むことすらできないレベルだったので、もう力業ですね(笑)。入試でブルースの課題曲をギターで弾くんですけど、何が来ても大丈夫なように、布川先生が戦略を考えてくれたんです」
――それで洗足学園のジャズ科に入ったわけですけど、最初はギターを学ぼうというのが大きかった?
 「そう、ギターの腕を磨いてプロになれたら……と思っていたんですけど、とにかく周りに巧い人が多くて。私の学年でギターを専攻していたのが10人いたなかで、スーパー・テクニカルな人が5人くらいいましたね。彼らと自分を比べたら確実に無理だなって。心が折れるというか、勝ち目がないと思いました」
――“私よりヘタな学生はいない、みんなにバカにされる”と布川先生に相談したり、悩みは深刻だったみたいですね。そのギターに対するコンプレックスが、作曲家/アレンジャーへの道を切り拓いたみたいですが、どういうプロセスがあったのでしょう?
 「もともと、みんなで即興演奏するよりも、家で曲を作ったり音を重ねたりするほうが好きだったんです。それで大学の必修科目のひとつに、アレンジングの授業があって。『Differentiation』にも収録した〈A Timeless Place〉を5管のアレンジで持っていったら、みんな驚いたみたいで。自分でアレンジを手掛けたのはそれが初めてだったし、私はそんなに自信満々ってわけではなかったけど……授業の担当だった谷口英治先生が褒めてくださって、あの谷口先生にそう言ってもらえるなら、もっとがんばろうと」
――そういう周囲のリアクションはどう感じました?
 「嬉しかったです(笑)。そのあと、また布川先生のレコーディング・アンサンブルという授業に〈A Timeless Place〉をコンボのアレンジに手直しして持って行き、参加メンバーをびっくりさせました」
――そこから自身のビッグバンドを立ち上げることになったいきさつは?
 「大学の卒業研究で、オリジナル曲をレコーディングすることになって。あと、アレンジングの授業で、最後にビッグバンドの編曲を教わったんです。その流れで、〈Differentiation〉という曲を作ってビッグバンドで録音したら、その時のメンバーからも続けたいという声があがって、私も楽しかったので、じゃあやってみようかなって」
――バンド名の“Purple Haze”については?
 「ジミヘンのファンだと思われがちなんですけど、じつはそんなに……。嫌いじゃないんですけど」
――そうなんですか(笑)。
 「むしろ、ギル・エヴァンス『プレイズ・ジミ・ヘンドリックス』が好きで、それでジミヘンの曲を演奏したかったんです。あとは、バンド・メンバーの沼尾木綿香さん(as)と相談していたとき、レッド・ホット・チリ・ペッパーズTHE YELLOW MONKEYみたいに色が付くバンド名が結構多いと言われて。それでPurple Hazeにしようと」
――ギル・エヴァンスといえばビッグバンド界の第一人者ですよね。
 「父がもともと好きだったのと、母が参加していたJJW(Jazz Junk Workshop)という東大のビッグバンド・サークルは、ギル・エヴァンスの招聘に携わっていたらしいです。(22人編成を率いる)私と違って、ギルの曲は音数が少ないのに、イントロから個性豊かなギル節がありますよね。理解すればするほど意味がわからなくなる、不思議な音楽だと思います」
――ほかにもビッグバンドをやるにあたって、影響を受けた作曲家はいますか?
 「普通のビッグバンドはそこまで好きじゃなくて。自分のなかで大きいのはジャンゴ・ベイツですね」
――今回の新作にもコメントを寄せていますよね。
 「前作をご本人にお送りしたら、たまたま引っ越し中だったみたいで2年後くらいにメールが届いたんですよ。そこから繋がって、新作も聴いていただいた感じです。ジャンゴ・ベイツもやっぱり個性的ですよね。最近、『サージェント・ペパーズ』を丸ごと一枚アレンジしたアルバムを発表したばかりで、歌やサウンドはビートルズの原曲に寄せているけど、節々のフレーズがジャンゴ節で。そういう独特の世界観に魅力を感じます」
――“ギル節”や“ジャンゴ節”のように、“廣瀬節”とは何か?と訊かれたらどう答えますか。
 「うーん……、混沌としている感じ(笑)? あとはビッグバンドというよりも、ツイン・ギターのロック・バンドに管弦楽器が乗っかっているイメージが強いですね。もともと自分がギターをやっていたのもあって、リフを考えたりするのが好きなので」
――サウンドそのものよりも、廣瀬さんの内側で渦巻くエネルギーが混沌としている感じがしますね。過剰にエモーショナルというか。
 「そう、エモくて展開の激しい感じが好きですね」
――その話も踏まえつつ、今回の『Dorian Fellows』に収録された曲をいくつか解説してもらいましょう。まず1曲目の「g blues」ですけど、“G”というのは……。
「ゴキブリのGです(笑)」
――いきなり攻めますね! たしかにイントロの不吉な感じは……。
 「ゴキブリが迫ってくる感じがしますよね。キーもGです。音もなく突如出てきて、人の心をかき乱す、そんなサウンドをビックバンドで表現してみようと。あとはジャズのアルバムなので、やっぱり1曲目はブルースかなって。コード進行はぜんぜんブルースじゃないけど」
――2曲目は「hpoi mode」。また見慣れない単語が出てきましたが。
 「これは造語で、ハービー・ハンコックのHです。〈Three Bags Full〉という曲が昔から好きで、ああいう重苦しいベースのカッコイイ曲を自分でも作れたらと思って。あとはDm11がずっと続いているモードなので、“ハンコックっぽいモード……ヒッポイ・モード!”みたいな(笑)」
――3曲目の「寒い国のうた」は、ヴォーカルの大塚望さんが作曲した厳かでキャッチーなナンバーですね。
 「大塚さんは大学時代の同期で、数少ない友達のひとりですけど……」
――もしや、お友達がそんなにいない?
 「さっき話に出た沼尾さんと、大塚さんくらいですね……(苦笑)。大塚さんとは学生時代に、一緒に演奏していたわけでもないけど、彼女の作る曲は魅力的で、ライヴにもよく通っていたんです。その当時から〈寒い国のうた〉は好きな曲で。癖の強い曲が多いアルバムなので、こういう綺麗でやさしい曲を入れたかったのもあります。あと、この曲の途中でグロッケンを弓で弾いていて。香取先生がライヴでやっていたのを観てから、あのヒューンって冷たい音をいつか使ってみたかったんですよね」
――4曲目の「uu」は、11分超の長くて切ない曲です。
 「私、『砂の器』が大好きなんですよ。松本清張の原作で何度もTVドラマ化されていて、そっちもよく観ているんですけど、最初に観たのは(1974年公開の)映画版。息子とお父さんが海沿いで砂を固めて、器を2つ置くシーンがあるんですけど、その器をアルファベットで表したのが〈uu〉ですね。あとは中居正広が主演のときに(2004年のTVドラマ版)使われた、千住明作曲のピアノ協奏曲〈宿命〉も、感動を誘う音楽でいいんですよ。私もあんなふうに、クラシカルでドラマティックな作曲に挑戦してみようと」
――5曲目の「ドリアンな奴」は、ずいぶんおかしなナンバーですね(笑)。
 「“アラビアンナイト・メタリック”みたいな曲調で、ナマステ感も出しつつ(笑)。個人的にイチ押しだったので、本当は1曲目にしたかったんですけど、癖が強すぎるからとみんなに止められました」
――“ドリアン”というのはどこから?
 「これは果物ではなくて、マイルス・デイヴィスの〈So what〉で有名なドリアン・スケールから来ています。大学時代、香取先生がハーモニーの授業で、“俺は小学生のときにドリアン・スケールと出会ってぶっ飛んだよー”と語っていたが印象的で。ドリアンって、マイナー・モードだけど明るい要素が入った、イイ意味で変態的なサウンドなんですよ。実際に香取先生もヘンな人だし(笑)、私のなかでそういう人たちを表す言葉がドリアンなんです」
――アルバム・タイトルの『Dorian Fellows』も〈ドリアンな奴〉を複数形にしたものですよね。
 「私は自分のバンドにいるメンバーをヘンな奴らだと思っているので、“変態の集まりだよ”ってアルバムに名付けました(笑)」
――そんな感じで全曲ユニークな作品ですが、クレジットに葛西敏彦さんが入っていたのも気になりました。
 「私のバンドには、大塚さんも含めてGENTLE FOREST JAZZ BANDのメンバーが何人かいて。彼らに葛西さんを紹介してもらったんです。ちょうど同時期にGENTLE FOREST JAZZ BANDもレコーディングしていたので見学に行って、その場で勧誘しました」
――葛西さんと携わったアーティストに取材すると“葛西伝説”をよく聞くんですよ。職人気質のレコーディング秘話みたいな。
 「〈寒い国のうた〉のイントロに足音が入っているじゃないですか。葛西さんは青森のご出身で、帰省中に雪原を歩いている音を携帯で録っていたそうで。曲について相談したら、“雪を踏む音あるよ、いるー?”って(笑)。あれはびっくりしました」
――久野遥子さんが手掛けたジャケットも素敵ですよね。
 「久野さんは家が隣で、小学校の頃はいつも帰りに遊ぶくらい仲が良かったんです。中高は別だったんですけど、大学に入ってからふと連絡してみて。活躍していたのは知っていたし、いつか共作したいねって話をしていたんです。今回ようやく実現できました」
――ジャケットの方向性はどのように決まったんですか?
 「久野さんの出してくれた案が素晴らしかったんですよ。真夜中に大音量の音楽が突然流れ始める。その音楽から巨大生物が発生する。その生物たちが夜中に動き回っていることに、まだ眠っている人間たちは気付いていない――そんなカッコイイ設定で。そこで大音量で流れているのが、このアルバムの曲という」
――大音量でゴキブリの曲が流れるわけですか。
 「起きろよ!って話ですよね(笑)。可愛いのに不安を煽る、音楽性のギャップを絵でも表現してもらえました」
取材・文/小熊俊哉(2017年9月)
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