2023年の夏にアルバム『STEPS OF THE BLUE』でメジャー・デビューし、一躍脚光を浴びた1999年生まれのトランぺッター、松井秀太郎が早くも新作『DANSE MACABRE』を完成させた。ニューヨークのスタジオ「Power Station」でトップ・ミュージシャンたちと録音した2ndアルバムは10月23日に発売。8月21日から先行配信されているタイトル・チューンは日々再生回数を更新している。2025年2月15日からは全国ホール・ツアーも決定している若きスター・アーティストは、これまで何を想い、今、どんなことを考えているのか直撃インタビュー!
――松井さんがご出演されたドキュメンタリー・テレビ番組『情熱大陸』が8月にオンエアされ、大きな反響を呼んでいます。
「ふだん、あまりジャズをお聴きにならない方やトランペットになじみのない人にも自分を知っていただけるよいチャンスになりました。プライベートな時間も含め、約半年間にわたって密着取材してくださったのですが、実際にどの映像を使うのかまったくわからなかったので、番組を見るまではかなりドキドキしていました(笑)」
――番組ナレーションの一節に松井さんは“留学を断念した”というフレーズがあったような?
「通っていた国立音楽大学を卒業したらアメリカに留学するのもいいかもしれないと思い調べたりしていたのですが、大学3年になるタイミングでコロナ禍に突入。海外が遠くなり、留学を選択肢から外しました。大学時代の後半は授業がすべてリモートになってしまいましたが、自分にとってネガティヴな期間だったわけではありません。どこにいても授業を受けることができたので、サポート・ミュージシャンとして参加していた(L'Arc〜en〜Cielのヴォーカル)HYDEさんのツアーもキャンセルせずにすみ、学業との両立ができたのです」
――大学在学中からプロの音楽活動を精力的に行なっていた松井さんがトランペットを始めたのは9歳でしたよね。高校ではクラシックを専攻、大学はジャズ専修を首席で卒業されています。ポップスもお好きだったのですか?
「自分はもともと、椎名林檎さんが大好きで、そこでトランペットを吹いている西村浩二さんに憧れ、アーティストをサポートするミュージシャンを目指そうと思いました。国立音大のジャズ専修に入ったのは、管楽器奏者の先生方がポップスのフィールドでも大活躍されていたからです。つまり、ジャズよりも先にポップスを演奏したいという想いがありました。ところが大学でジャズと出合ってしまったわけです(笑)」
――出合ってくれて本当に良かったです(笑)。さて、ニューヨーク録音のセカンド・アルバム『DANSE MACABRE』についてうかがいます。参加ミュージシャンは、ウォルター・ブランディング(sax)、ガイ・モスコヴィッチ(p)、ベン・ウルフ(b)、そしてジョナサン・ブレイク(ds)と強力なミュージシャンが勢揃い! 収録曲はアルバム・タイトル・チューン以外、すべて松井さんのオリジナル曲でプロデューサーは小曽根真さん。
レコーディング・メンバーとニューヨークのスタジオ「Power Station」にて。左からベン・ウルフ(b)、ジョナサン・ブレイク(ds)、松井秀太郎、ガイ・モスコヴィッチ(p)、ウォルター・ブランディング(sax)
念願だったウォルター・ブランディングとのレコーディング
「デビュー・アルバム『STEPS OF THE BLUE』同様、小曽根さんにプロデュースをお願いしました。ニューヨークで録音することが決まり、だったら、ウォルター・ブランディングに参加してもらいたいと思ったんです。敬愛するトランぺッター、ウィントン・マルサリスと長年一緒に演奏しているサックス奏者とレコーディングしたい、その一心で小曽根さんを通し、オファーしたところ快諾してくださって。ほかのミュージシャンは小曽根さんと相談しました」
――彼らとのレコーディングでとくに印象に残っていることは?
「ジャズというのはリーダーが誰であっても、その音楽の前では対等であることが重要だと思っています。実際、彼らがそうでした。そのお陰で“バンドとしての音楽”をアルバムに残すことができたのです。一流のミュージシャンというのは、“自分が”ではなくて“その音楽を”というところを大切にしていると再認識できましたし、彼らのようなミュージシャンでありたいと心から思えたレコーディングでした。そんなメンバーたちから“曲や演奏を通して何を伝えたいのかよくわかる”と言ってもらえたときは本当に嬉しかったです」
――アルバム全体のテーマやコンセプトを教えてください。
「今年1月から3月にかけて全国各地を訪れる〈Concert Hall Live Tour〉を行ないました。トランペットの響きで自分が何を表現したいのか明確になったタイミングでセカンド・アルバムのレコーディングが正式に決まり、“今、やりたいことを全部やる”“トランペットで歌を歌おう”と心に決めたんです。いずれもつねに思っていることではありますが、セカンド・アルバムでもその部分をとくに重要視したいと思いました」
――松井さんが感じている“トランペットで歌う”ことの魅力を教えてください。
「歌詞がないからこそ、聴き手は自由に音楽を受け止められます。言葉にできないモノも伝えられますしね。それがトランペットで歌うことの最大の魅力だと感じています。“歌う”という意味においては大好きな越路吹雪さんの影響を受けている気がしています」
Photo by Tadayuki Minamoto
――越路さんのお名前が出てくるとは驚きました。ところで、アルバム・タイトル曲〈DANSE MACABRE〉はフランスの作曲家、サン=サーンスが書いた交響詩ですよね」
「クラシックを演奏していた中学・高校の頃から好きな曲でした。楽曲から受けたものすごいエネルギーを自分でも表現したくて“パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌(PMF)”という音楽祭で一度、演奏しています。そのときは、前作に収録したチャイコフスキー作曲の〈Neapolitan Dance〉もラインナップに入れていました。〈DANSE MACABRE〉は譜面の分量が多いうえに難曲、とくにピアニストにとっては手強い楽曲なので正直、録音を迷う気持ちもありました。でも、このメンバーなら躊躇する必要はない。なんせ、ピアニストはクラシックをルーツにしている名手です。彼らとの演奏で自分の描いたことがどんな形になるのか知りたくなったんですよ。アレンジした譜面も気に入ってもらえましたし、イメージしていた音楽をみんなで作ることができたのでチャレンジして本当によかったです」
――ほかの7曲はすべて松井さんのオリジナル曲で、それぞれカラーやアプローチが違い、多様な世界を堪能することができました。
「〈Concert Hall Live Tour〉中に書いた曲がほとんどです。たとえば〈Tiger March〉は作曲している時からテナーサックスとトランペットがメロディを吹いているイメージが浮かんでいました。自分にとってサックス奏者=ウォルター・ブランディングだったりもするので(笑)、彼と演奏するために書いたと言っても過言ではありません。〈If〉はカップ・ミュートを付けてプレイしています。トランペットはさまざまな表現ができる楽器ですが、その魅力を存分に出せる曲を書きました。〈Fragments〉はちょっと変わったメロディの難しいフレーズが出てくる曲で、譜面に書いてあるとおりに演奏すれば形にはなります。けれども、メンバーはフレーズひとつひとつに、どんな意味を持っているのかということをとても気にしていました。彼らは譜面を読むのではなく、曲の本質を読み取ることを大切にしていたのです。これが“音楽”なのだと実感したレコーディングでした」
――ラストの「Prelude」はピュアな祈り、哀しみを乗り越えた後の力強さを感じました。
「〈Concert Hall Live Tour〉の金沢公演(石川県立音楽堂)で初披露した曲です。じつはツアー中、各会場に向けて書いた新曲を初演していて、2月10日の金沢公演用に書いたのが〈Prelude〉でした。1月1日の能登半島地震直後ということもあり、こういう雰囲気の作品なりました。非常にシンプルな曲なので、メンバーにもっと装飾されるのではないかと思っていたのですが、逆に削ぎ落した美しさを強調する演奏を残すことができました。自分はフリューゲルホーンを吹いています」
Photo by Sakiko Nomura
――さて、来年2月から松井秀太郎カルテットによる〈Concert Hall Live Tour 2025〉がスタートしますね。メンバーは壷阪健登(p)さん、小川晋平(b)さん、きたいくにと(ds)さん。
「ホールの響きがあるからこそトランペットの生音で表現できることがいろいろとあります。お客さまにとっては集中して音楽をお聴きになっていただける環境ですし、自分にとってはよい響きの中で豪快な曲や繊細な曲を演奏できるのですからこんなにも幸せなことはありません。今からとても楽しみにしています」
――ところで、松井さんは、小曽根真さん率いるビッグバンド「No Name Horses」(以下NNH)の新メンバーに抜擢され、8月にはブルーノート東京でお披露目ライヴがありました。
「NNHは初めて聴いたビッグバンドであり、初めてライヴを観たビッグバンドでもあります。そのNNHの一員になれて夢のようです。どっちを向いても師匠ばかりですしね(笑)。たとえば、エリック・ミヤシロさんのリード・トランペットの和音になれることに音楽を演奏する者としての喜びがあります。自分がひとつの要素になり、大きな音楽を作る幸せを噛み締めています」
――コンボで演奏するときとは別の充実感があるのですね。
「自分のコンボで演奏するというのは、自分自身を表現することがすべてになります。だからといって、聴き手にこういうことを感じてほしいと思っているわけではなく、その人が自分の音楽によって心が動いたり、少しでもプラスになることがあればいいなと思って演奏しているのです。うまく楽器を演奏する以上に、自分が歌いたい歌や世界、音楽をどう届けられるかということにつきるんですよね」
取材・文/菅野 聖
〈Concert Hall Live Tour 2025〉2025年2月15日(土)石川・金沢 石川県立音楽堂 交流ホール
2月21日(金)長崎・アルカスSASEBO中ホール
2月23日(日)福岡・FFGホール
3月1日(土)北海道・札幌コンサートホールKitara 小ホール
3月14日(金)東京・サントリーホール ブルーローズ
3月23日(日)神奈川・横須賀 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
3月28日(金)愛知・名古屋 電気文化会館 ザ・コンサートホール
3月30日(日)大阪・住友生命いずみホール
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