【ハーバート Herbert】目指したハッピーと現実の悲しみに揺れるエレクトロ・シーンの鬼才

マシュー・ハーバート   2015/10/21掲載
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 エレクトロ・シーンの鬼才、マシュー・ハーバートが“ハーバート”名義で4年ぶりの新作『ザ・シェイクス』を発表。今回は全曲にヴォーカルをフィーチャーしてホーン・セクションを加えるなど、ポップさが際立つ一方でアンビエントで内省的な面も持っているのが特徴だ。アルバムごとにユニークなコンセプトでリスナーを挑発するハーバートが、新作に込めたメッセージとは何か。アルバム制作の経緯から子育ての悩みまでを語ってくれた。
――今回のアルバムにテーマやコンセプトのようなものはありましたか?
 「最近シリアスな作品が続いていたから、昔みたいに純粋に、音楽的アイディアを思いつくままに音楽を作りたいと思って5週間で60曲を書いたんだ。そこから12曲を選んで今回の作品ができた」
――制限を設けずに自由に作ったんですね。
 「そうだね。これまで自分に課して来たルール、たとえば既存の音に頼らず自分で全部作るというようなことを今回はあえて破って、前に使用したサウンドを使ったり、キーボードやドラムマシンも使っている。それで何をしたかというと、いわゆる“浄化”というやつさ。下剤で体のものを全部出すデトックスみたいなこと。今まで貯め込んでいたもの、我慢してやってなかったことを、とにかく出し尽くしたんだ」
――歌詞についてはどうですか? 全体に通じるテーマのようなものはありました? それとも歌詞も自由に書いたのでしょうか。
 「残念ながらテーマはあった(笑)。テーマを設けるのはつまらないから避けたかったんだけどね。狂った世の中に対する個人の苦悩というか、そういうものだ。イギリスでは、まあ、日本も同じだと思うんだけど、今の政府が成立するにあたって投票率がすごく低くて、今の政府を支持しているのは国民のたった20%だ。それぐらい国民の多くが政治に興味を失ってしまっている。この世の中に対して、すごく絶望や孤独を感じている個人がいっぱいるんだ」

――個人的といえば、あなたのお子さんのことも歌詞に登場しますが、自分の身の回りで起こったことも反映されていますか?
 「そうなのかもしれない。子供を持つとさらに苦悩が増えるんだ。たとえば食べ物についてだけど、安いソーセージなんかは豚をすごく残酷な環境で育てて作ったもので、そういったものは子供には食べてほしくない。でも、子供には子供の付き合いっていうものがあって、月に1回か2回は必ず誕生会なんかに呼ばれて行く。で、そういったところに行くと必ず安いソーセージとかチキンナゲットとか、そういったものが出て来るんだ。そういうものを食べるなとは言いにくいだろ? “あそこの親は変わってる”って言われて子供がいじめられるのも嫌だし。そんなふうに自分が理想としているものと子供に対して自分ができることとの間にギャップがある。食べ物にかぎらず、いろんなところでそれを感じるね。そういったことも歌に反映されている」
――たしかにそれは悩ましいですね。あなたはいつもサンプリング・ソースにメッセージを込めていますが、今回もそうですか?
 「これまでの多くの作品はそうだけど、今回は歌詞で自分の伝えたいメッセージを伝えているぶん、ほかの作品に比べてサンプリングが物語を伝える必要性は少なかったのかな。今回は“日常を切り取る”ということで、ゴミ箱に捨ててあったゴミとか、子供部屋に転がっているおもちゃとか、トイレットペーパーの芯とか、そういう、なくてもいいけど身の回りにあるものを音源に使ったんだ」

――アルバムの前半はポップですが、後半からムードが変わってアンビエントな音作りになっているように感じました。アルバム全体の構成や流れについて意識したことはありますか?
 「今回はすごく前向きでハッピーな作品を作りたいと思って挑んだんだけど、作っていくなかでだんだんそう楽観的になっていられないなと思い始めて(苦笑)。子供について曲を書いていた時、ちょうどイスラエルがガザ地区を攻撃して多くの子供たちが死んだという話を聞くと、やはり自分にはこの子が生きていてくれるということがすごくありがたいことだと思ったりして。だから楽観的なところと、リアルで悲しいところがあるけれど、最終的には希望を感じられる作品にしたいと思ったんだ」
――だから最後に「ピーク」のようにドラマティックな曲が用意されているんですね。
 「そう。この曲は飛行機のなかで書いたんだ。ギリシャのサントリーニへ、古い友人の結婚式で行った帰りの飛行機だった。結婚式の感動が残ったまま飛行機に乗っていて、ちょうど夕暮れ時で、火山も見えて景色は美しいけど飛行機はすごく揺れて怖かった。そんなふうにいろいろ感情が交差している感じを曲にしたかったんだ。ほとんど使うことのないドラムマシーン、“TR-909”を使ったんだけど。“TR-909”のプログミングをするならLFOマーク・ベルに頼みたいと思っていたら彼が亡くなってしまってね。この曲は彼に捧げる曲にもなったんだ」
――最後にアートワークについて教えてください。見方によっては飛び降りる寸前のようにも見えますが……。
 「ふむ、それはひとつの解釈にしかすぎないよ。ひょっとしたら君を見守ってくれている天使かもしれないだろ? 生きている感覚って、このアートワークのシチュエーションに近いんじゃないかと思っているんだ。すごく怖いけど、そのスリルで生きていることを実感するというか。そういう感覚がこのアートワークに込められてるんだ」
取材・文 / 村尾泰郎(2015年8月)
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