日本のジャズ新時代を告げる重要作をリリースした宮川 純に柳樂光隆(JTNC)が迫る

宮川純   2015/07/31掲載
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 “聴いたほうがいい”と各所で言われて、ずっと僕の頭の片隅に刻まれていた鍵盤奏者、宮川 純が3枚目となるリーダー作『THE WAY』を発表した。USブルーノート・アーティストの黒田卓也、そして今や誰もが認める国内最高峰のドラマーに成長した石若 駿らを配したこのアルバムのオープニング・トラック「Introduction」を聴いた瞬間、僕はぶっ飛んだ。ロバート・グラスパーホセ・ジェイムズらに呼応する日本の若手によるサウンドをようやく聴くことができたから。それは個々の演奏だけでなく、(国内の)ジャズでは聴いたことがないようなリズムを強調したミックスなど、あらゆるところに同時代の音楽を鳴らそうとする試みが施されていた。“日本のジャズ・シーンでも始まっているんだな”と改めて思い知らされる鮮烈な一枚だ。こんなアルバムを作ったミュージシャンに話を聞かないわけにはいかない。たっぷり語ってくれた内容を前・後編の2週に分けてお届けしよう。
 前編  後編 
――高校生の頃からセッションとかやっていたそうですが、いつ頃からそういう活動を始めたんですか?
 「父が趣味でバンドをやっていて、小中学生の頃から父のバンド仲間のおっちゃんたちとセッションしてもらってました。あとは中学生の時、テレビで人気だった“ハモネプ”の流れでア・カペラ・グループを結成したり。アレンジを書かされて、英語の授業中にやってたら見つかってめちゃめちゃ怒られて(笑)。でもそれを文化祭で発表したら、その先生、すごく喜んでくれました」
――ハモネプは意外ですね!
 「高校に入ってからは、父の人脈で繋がったおっちゃんたちとブルース・バンドをやってました」
――子供のころからずっとお父さんくらいの世代の人たちとやってたんですね。
 「そう、40〜50歳が多かったです。夜な夜なセッション行ったりとか。同い年でギターの弾き語りをやってた友だちがいて、そいつがロバート・ジョンソンとかが好きで。そいつの家の近くに毎週ブルース・セッションをやってる店があって、そこにふたりで制服で遊びに行って、かわいがってもらってました。そういえば、そいつと〈ティーンズ・ミュージック・フェスティバル〉っていうバンド・コンテストに出て、東海地区のセミ・ファイナルまで行ったんですよ」
――へぇー。
 「その当時、ソニーの育成アーティストとしてちょっと目を掛けてもらえてたんで、ちゃんとしたスタジオでデモを録らせてもらったりしました。あと、高校時代には椎名林檎さんのコピー・バンドとか、青春パンク・バンドみたいなのもやってました」
――世代的にはGOING STEADYとかですよね。
 「まさに。175RHi-STANDARDKEMURIとか」
――でも、パンク・バンドには鍵盤がいないじゃないですか。
 「そうなんですよ。で、高校生の頃、僕のアイドルだったのが、東京事変とベン・フォールズだったんです」
――なるほど。
 「“ギターがなくてもロックが出来る!”と。だいたいロック・バンドの鍵盤なんてステージの後ろでおとなしくピコピコ弾いてるだけでしょ? みたいなのを、ヒイズミマサユ機さんとベン・フォールズによって覆されたわけですよ」
――ヒイズミマサユ機ってPE'Zですよね。PE'Zは偉大なんですね。
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 「PE'Zももちろん知ってて聴いたりしてたんですけど、やっぱ東京事変のヒイズミさんが抜群にかっこ良くて好きだった。あとは類家(心平)さんがやってたurbのファンでした」
――ジャズよりそのあたりが先なんですね。
 「もともと父親が70年代のハードロックやプログレが青春で、家にいる時はずっとELPのレーザーディスクなんかを流してました。あとはシカゴやタワー・オブ・パワーアース・ウィンド&ファイアーとかのブラス・ファンク・ロックは相当聴かされましたね。父が30歳越えてから“ジャズでも聴くか”みたいな感じで、ジャズ・メッセンジャーズマイルス(・デイヴィス)とか。ハービー・ハンコックとかチック・コリアなんかも好きで聴いてました。それが小中学校くらいです」
――早熟ですね。
 「ずっとエレクトーンをやってたんで、どっちかというと歌ものよりインストのほうが自分でコピーできるから楽しいみたいな感じがあって好きでしたね。子供ながらに“〈ブルース・マーチ〉ってカッコいいな”とか、ホレス・シルヴァーの〈オパス・デ・ファンク〉とか大好きで聴いてしました」
――それをなんとなくコピーしたり?
 「エレクトーンっていう楽器の特徴かもしれないですけど、ピアノのソロよりトランペットとかサックスのソロをよくコピーしていたんです。それがすごく良かったんだと思います。アーティキュレーションとかおいしい節回しとか、僕は人がやってるフレーズを“かっこいいな”と思ったら似たようなフレーズを使ったりするんですけど、ピアノじゃなくて、ギターやテナー・サックスのイメージで弾いていることがよくある。テナーの最低音ぐらいから、ぶりぶりぶりって上がってくる感じとか、ギターならではのカッティングっていうか、コードずらしながら5つ割みたいなフレーズで遊ぶとか。カート・ローゼンウィンケル以降のギタリストがよくやるアプローチだったりするんですけど、そういうのを自分なりにイメージしてピアノでやっているんです。他の楽器をコピーしてかっこよく弾きたいって思うと、ベースや管楽器のニュアンスが必要で、そこを聴くクセがついたのはエレクトーンをやってて良かったことかな」
――エレクトーンとピアノだと何が違ってくるんですか?
 「一番違うのはリズムに合わせるってことですね。エレクトーンって打ち込みのリズムに合わせて弾く機会が圧倒的に多いんです。作曲のコンクールなんかもあったんで、よく曲を作ってたんですけど、そのリズムは自分で打ち込んでました。だから、いろんなドラムのフィルをコピーしました。エレクトーンはつねに一人でバンドやってるようなものなので、たとえば鍵盤弾きとしてバンドに入っても、ほかのパートや楽器ごとの役割が理解しやすいと思います。だからアレンジャーや作曲家はエレクトーンを通った人が多いんじゃないかな。僕の知り合いでポップスのアレンジをやっている人はほとんどエレクトーン出身者なんです。自分がバンド・リーダーになった時、たとえば管のメロディやドラムのパターンとかわりと具体的に指示が出せる。まぁ、ドラムに関しては自分で叩くのも好きなんですけど。昔からとにかくドラムが好きで、鍵盤やってなかったらドラマーになりたかったぐらいなんです」
――宮川さんはドラムも叩けるっていうのを横山和明さんから聞いたことあります。
 「ドラムをやりたいと思ったきっかけは、リズムを自分で打ち込むのに自然なフィルの手順っていうのを実際に叩いて知りたかったんです。子供ながらに絶対、生のドラムで叩けないようなフレーズは入れないっていう信念で。誰かのフィールだったりフィルのコピーをずっとしていました」
――ドラムへの理解がかなりあるってことですね。
 「僕はドラムの方に呼んでもらう事が多いピアニストだと思うんです。大坂昌彦さんとか奥平真吾さん。最近だと大槻“KALTA”英宣さん、海野俊輔さん、藤井 学さんとか、たくさんのドラムの方のリーダー・バンドでやらせてもらえるのは、ある程度、フィルで次のどこの位置にアクセントがくるかとか、フィルの終着点が次の小節の頭なのか頭の一拍目の前の4裏なのかとか、そういうのが読めるからだと思うんです。僕もそれをわかったうえで、一緒にフックを作っていくバッキングが好きなので、そういうところを見てもらえているのかなと。エレクトーンでドラムの研究をした成果だと思いますね」
――ヒップホップのプロデューサーで楽器を演奏するようになるって人って結構いるんです。打ち込みやって、生演奏でやって、また打ち込みに戻ったりすると、音楽性が面白くなっている人がわりと多い。でも、サンプラーとかラップトップしかイメージしてなかったから、エレクトーンもそれと同じっていうのは個人的には驚きですね。
 「エレクトーンって究極のオールインワン・シンセで、国内最高峰のシンセだと思うんです。実際、中身はMOTIF(ヤマハのシンセサイザーのフラグシップ・モデル。サンプラーやMIDIも内蔵している)と一緒って言いますけど、図体がデカい分、メモリもデカいし、MOTIFで削られてる周波数も入ってるから音質はいいんですよね。普通にポップスの人が使っても良さそうなのにって思うけど、やっぱりイメージがね」
――どうしても習い事のイメージがありますよね。でもそこに可能性があるって話はすごく面白い。
 「エレクトーンは無限に音色を足せるんですよ。ただ3小節のためだけにトランペットを呼ぶことだってできる。でも、僕はジャズをイメージして作った曲だと、クインテットでテナー、トランペット、ピアノ、ウッド・ベースと打ち込みのドラムしか音は使わないとか決めてやってましたね。当時からバンドの編成っていうのをすごくイメージしてました」
――人がリアルに演奏できる音しか打ちこまないっていうのは興味深いですね。人間ができないリズムでも打ちこめばやれるのに、あえて制約を設けちゃう。
 「昔から生のバンドがやりたかったってことなんでしょうね」
――その後、甲陽音楽学院に進学してからジャズを勉強したんですか?
 「そうです。それまで譜面の書き方も全然知らなかったので。そういう基本的なスキルとビ・バップの基礎ですね。名古屋の素晴らしいピアニスト、水野修平さんについたのがよかった。生粋のバッパーで、大坂さんと原 朋直さんが若い頃にやってたクインテットの初代ピアニストなんです。水野さんのレッスンで最初に言われたのが“別に何やってもいいけど、とりあえずポピュラー・ミュージックやるならビ・バップの知識が根底にないとダメだ”ってこと。“ビ・バップじゃないとダメだ”ではなくて、“何やってもいいけど、ビ・バップのメソッド、ロジックが頭に入っているべき”って。それは今でもその通りだと思うし、それがなかったらサイドマンとしてのスキルは多分なかったでしょうね」
――そういえば、宮川さんってよくオルガンを弾いてるじゃないですか。 それは根っこにエレクトーンがあるから?
 「オルガンを弾くきっかけになったのは甲陽音楽学院時代、ベースの生徒が少なくて、アップライト・ベースでジャズを弾ける人が同期にいなかったからなんです。先生と2人で練習する時に、一段鍵盤のコンボ・オルガンで片方はオルガンでベース・ラインを弾いたりして遊んでたんですよ。で、アンサンブルにベースが足りないから、“お前、このハモンドでベース弾けるだろ”みたいな感じでやらされたっていうのがきっかけなんです。オルガンに関しては基本的に独学ですね」
――ローズとかウーリッツァーとかはみんな使うけど、オルガンもよく使いますっていう人はめずらしいよね。
 「アメリカだったらチャーチ(教会音楽)を通ってる人は当たり前のように弾くし、サイラス・チェスナットが自分のアルバムでオルガン弾いてる曲もあるし。ラリー・ゴールディングスサム・ヤヘルとかオルガンとピアノ両方でサイドマンの活動もちゃんとしてる人っていくらでもいるんですよね。最初どっちもやってた時は“中途半端になるからやめとけ”みたいな事も少なからず言われたこともあったけど、“サムとかラリーは普通にやってんじゃん”と思ってましたね。タッチの克服さえできれば、キーボードの中で音色変えて弾くのと何が違うんだっていう。僕はエレクトーンをやってきたっていうバックボーンがあったし、なにかひとつ自分の特徴になるんじゃないかなと思って」
――最近ジャズ・ミュージシャンがいろんなジャンルの音楽をやる際に、シンセ・ベースを使う人が多いじゃないですか。鍵盤でベース・ラインを弾くっていう需要は上がってますよね。
 「僕もたまにシンセ・ベースで呼ばれることもあるし。今度、(石若)駿と2人でやろうかなと思っていて。メリアナじゃないけど(笑)。ポップスの現場でもベーシストでシンセ・ベース置いてる人は多い。ヤセイ・コレクティヴもそうですよね」
――ホセ・ジェイムズのバンドのソロモン・ドーシーもそうだよね。
 「そうですね。ソロモンは(黒田)卓也さんのアルバムでもシンセ・ベースを弾いてるし。楽器も音楽もマルチである必要性はかなり増えてきていると思いますね。今の音楽をやるならば必要なスキルなのかなと思います」
――そうだよね。
 「実際、生のピアノをコントロールするのがやっぱり一番難しい。シンセしかやってこなかった人がピアノを弾くっていうのはすごく大変な事だと思うんです。でも逆にピアノを軸に置いている人だったら、音楽的なセンスがあれば絶対かっこ良く扱えるはず。そこはみんなもっといろんな事をやればいいのにって思いますね」
――ところで、キャリアにnobodyknows+のレコーディングへ参加ってありますね。
 「DJ MITSUさんって人がやってたんですけど。よくMITSUさんのスタジオ行って、ドラムとベースのトラックだけあって、“なんか5分くらい好きに弾いて”って(笑)。 “コードっぽく弾いて”とか“じゃあ次はちょっとソロっぽく”とか言われて、こんなのどうなるんだろ?って思ってたら、出来上がったものを聴くと、弾いた本人がどこをどうやってくっつけたのかわからないくらい、すごく面白いところを切り取って貼っつけてるんですよ。それってDJのセンスだなっていうか、ヒップホップも血の通った人間の音楽なんだなって思いました。地元のヒップホップの人によくトラック提供していたので、nobodyknows+だけじゃなくて結構いろんな人のトラックで弾いたんだと思います。ちょっと僕も自分が弾いたやつの行き先が完全には把握できてないです(笑)」
――ヒップホップの仕事もいろいろやったんですね。
 「最近ではDJ YUZEさんが参加するコンピレーションがあるんですけど、ストーンズ・スロウ・レーベルのダドリー・パーキンスを呼んでレコーディングしたんです。YUZEさんが生音でトラック作りたいって言って。で、駿と僕で録ったんですけど、いつ出るんですかね? わかんないんですけど(笑)」
――そこまでヒップホップに関与しているのを知ってる人は少ないでしょうね。
 「ジャズっていうイメージが強いですよね。でもDJの人に教えてもらうことはすごく多い。YUZEさんからもたくさん教わったし。最終的には切り貼りするものだけど、いいDJの人ってかならず生演奏に対するリスペクトがある。Guruがジャズ・レジェンドを使って『Jazzmataz』をやってたのって、ずっと変わらないリスペクトがあるから。音楽をクリエイトするところから一緒になって演奏して、僕らの感覚でちゃんと話ができて、お互いにリスペクトし合える人が少なからずいるので、そういう人たちとやりたいですね。僕らはもっとそういうトラック作りに生のパーツとしていい素材をいっぱい提供したいなと思っています」
[後編に続く]
取材・文 / 柳樂光隆(2015年7月)
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