日本のジャズ新時代を告げる重要作をリリースした宮川 純に柳樂光隆(JTNC)が迫る

宮川純   2015/08/07掲載
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 3rdアルバム『THE WAY』をリリースした鍵盤奏者、宮川 純。“日本のジャズでも始まっている”と鮮明に印象づけたこのアルバムは、いったいどうやって生まれたのか。CDジャーナルWEBでは柳樂光隆(JTNC)よるロング・インタビューを2週連続で掲載。後編はいよいよアルバムについて迫ります。
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――では、そろそろ新作『THE WAY』の話へ移りましょう。このアルバムって、宮川さんがピアニストっぽくない演奏をしている印象があるんです。
 「そうですよね。だって僕のアルバムなのにいきなり(黒田)卓也さんのトランペットで始まって(笑)。“ジャズ・ピアニストのアルバムの1曲目はピアノが目立つべき”っていうのは固定観念かもしれないと思って、あえてそこを取っ払ってみようと。そういう意味では、ミックスに関しても最初から“ジャズの良い音”にする気はなかったんです。ジャズのミックスにするんだったら、ピアノはコンプを減らして、ドラムの音を柔らかくしてとか、多分いろいろあると思うんですけど、そうするつもりはなかったです。だから“ピアノっぽくない”っていうのは、僕としてはすごく嬉しい言葉ですね」
――そう! ミックスがすごく変わってますよね。異常にドラムの抜けがいいっていうか、ジャズの録り方じゃないですよね。
 「今回ミックスをやってくれたのは、卓也さんのインディーズ時代にずっと録音とミックスを担当してた高橋ユキさんなんです」
――彼女とはどういうコミュニケーションを取りながら進めたんですか?
 「まずはユキさんがひな形になるものを彼女のイメージで作ってくれて。彼女のクライアントはいまでも半分以上がニューヨーク時代からの海外の方なので、ヒップホップやネオ・ソウルがほとんどなんだそうです。だから上がってきたラフ・ミックスを最初に聴いた時、“あ、こう来たか!”と。自分の想像より、はるかにジャズじゃない方に寄っていたけど、ジャズ・ピアノのアルバムでこんなミックスは聴いたことないし、これは面白いなと思って、彼女の世界観に預けてみました。もちろん細かいピアノの音色であったり、ドラムやシンバルのバランスなんかは、直接スタジオで綿密にやりとりしながらでしたけど」
――たしかにエンジニアがまったくジャズに寄せてない感じですよね。
 「彼女自身、すごくたくさんアイディアを出してくれるんですよ。エンジニアって、こちらが言ったことしかやらないのが当たり前だと思ってたんです。ジャズの世界だと、エンジニアが勝手にエフェクトかけてくるなんてありえないじゃないですか。でもユキさんから上がってきたものを聴いたら、僕が“ここに(エフェクト)かけたいな”と思っていたところに、彼女のセンスで細かいエディットとかもやってくれていて、それがすごく良かったんです。なんかエンジニア側からも音楽のアイディアを貰えるっていうか。ドラムをリプレイスしてる曲とかもあるし」
――すごいですね。
 「生の音に合わせてシンセ・ドラムを足してる曲もあったり。それって自分には絶対ない発想じゃないですか。そういうアイディアがエンジニアの方から出てくるっていうのは初めての経験でした」
――ヒップホップやネオ・ソウルをずっとやってる人の感覚だよね。
 「向こう(ニューヨーク)では、プロデューサー=エンジニアっていう現場がたくさんあるみたいなんです。だからエンジニアはミュージシャンに音楽的なディレクションができて当たり前、むしろそこまで演奏のことがわかっているから録れる、エディットできるって部分もある。そういう意味では、僕らは同世代で歳も近いし、見ている方向が一緒だったというか、センスや好きなものが近かったから任せっぱなしにして、ユキさんから出てきたアイディアを素直に受け入れることができた。逆に僕から“このピアノの音、もうちょっとラジオっぽくしませんか? ジャミロクワイの〈ヴァーチャル・インサニティ〉のイントロみたいに”とか提案して、ちょっと変なエフェクトをピアノに掛けた曲もあります。そういうのも面白がってくれて、こっちが言ったイメージもすごくキャッチが早かった。やっぱり同世代ならではの感覚っていうか」
――曲によって全然感じ違うもんね。「The Gold Bug」がすごいよね。
 「それがまさにラジオっぽくした曲なんですよ。一番変なミックスをしました(笑)」
――「Introduction」と「The Gold Bug」の落差が面白いよね。他のジャンルだとこういうのも当たり前だったりするけど、ジャズだとわりと平均化しちゃうよね。
 「ジャズだとアルバムで揃えることが多いけど、それとはまったく違う音作りにしたかったんです。1曲の中でも細かくエフェクトかけたり音を調整したり、じつは気づかないような細かいところもめっちゃ時間をかけてやっています」
――そういえば、カマシ・ワシントン『The Epic』のエンジニアはDJのダディ・ケヴなんですよ。彼はオースティン・ペラルタの『Endless Planets』でもマスタリングをやっている。Brainfeederはあえてそういう人を選んでいたりします。ロバート・グラスパー『カヴァード』も極端なミックスになっていて、日本でそういうことやってる人っていないよねって話をしてた矢先に、このアルバムが届いてびっくりしたんですよ(笑)。
 「ベースとか“そんなミックスにするんだったらエレベでやれば?”って曲もあったけど、そこをあえてウッドで弾いて。“箱鳴りが”とか“タッチの感じが”とかじゃないんです。弾いてくれた坂崎(拓也)さんは、もちろん技術のある人だし、そういう音にしようと思えばできたけど。ジャズの“良い音”じゃなくてもいいって思ってたから。ERIMAJのベースの音もすごいじゃないですか。“ヴィセンテ・アーチャーがどうしたらこんな音になるんだ!?” みたいな(笑)。たぶん本人も相当面白がってるんだろうなって。もうシンセ・ベースみたいな音してるじゃないですか。“そこまでやっちゃっていいんじゃないかな?”って。というか、僕が言う前にユキさんは何の先入観もなく、そういうミックスで僕にぶつけて来た(笑)」
――演奏だけじゃなくて、音響的な部分でも1曲目の数秒で新しい感じがしましたよ。
 「ユキさんのプライベート・スタジオで面白いミュージシャンを集めて実験的な録音とかしたいねって話をしてます。これからはミュージシャンだけじゃなくて、エンジニアさんとかDJの人とか、録音を含めて一緒になって考えていけるパートナーが絶対必要なので」
――そうですよね。アラバマ・シェイクスもミックスがすごく面白い。そういう音が全米で1位になったりしてるんだよね。それもブレイク・ミルズってプロデューサーと、ショーン・エヴァレットってエンジニアがやっていて、そういう人たちの共同作業で生まれてるみたいです。
 「やっぱり音楽的な価値観を共有していないと無理ですよね。凝ったミックスの作品は、普通のジャズとはかけてる時間が全然違うと思います。相当細かい作業が必要だし、ミュージシャンが見ているものを十分わかっていないと。そんなミュージシャン目線で一緒に音を作ってくれる良いエンジニアさんに出会ったなと思ってます。じつはこのアルバム出した後は立て続けに何かやりたいなと考えていて、ユキさんとローズとドラムだけのラフな作品を録ろうかなと。マイロン・アンド・ザ・ワークスとかハイエイタス・カイヨーテみたいな、いい感じのガレージ感で録ったラフな作品もやりたいんです」
――そういう見せ方みたいなものも大事だよね。アメリカではヒップホップに限らず、ジャズでもフリーのミックス・テープ出してるのと近い感じで。
 「そんな感じで作りたいな。バジェットはあまり掛けられないけど、実験的なものを一緒になって考えて楽しんでくれるエンジニアは絶対必要だから」
――ところで「Introduction」や「Glossy」のリズムは宮川さんが考えたものですか?
 「ある程度は言葉で説明してますけど、(石若)駿は何も言わなくてもああいうふうに叩いてくれたと思います。〈Glossy〉のヒップホップ・ビート、3連とイーブンの8分が同居してるみたいなのは、駿のセンスですね。でも僕の頭の中にもあったことで、言わなくても勝手にそうなるっていうのは、やっぱり世代感なのかな。ウィントン・マルサリス全盛時代の人は、何も言わなくてもジェフ・ワッツみたいに叩いていただろうし、それと同じことが僕らの世代ではこういう形で起こっているってことだと思います」
――石若さんは今の若い世代の音をイメージした時、真っ先に名前が浮かぶ存在ですよね。
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 「駿はイメージを正確に、“それそれ!”っていうのを出してきます。しかもライヴだと1曲のなかで細かくフィールを変えて場面を作るんです。それってよっぽどセンスがないとできない。安定したグルーヴをあえて壊すわけですから。そこはいつも彼のセンスってすごいなって感心するし、びっくりさせられる。でも、それに対してミュージシャンみんながそのフィールを理解していないとついていけない。ドラムのフィールが変わったのに、他の楽器がそのままだったら、それはやっぱりサウンドしないので。リズムに対する理解ってどの楽器にも必要で、しかもかなり細かくいろんな種類を理解しないと。一口に“ファンク”だけじゃないですよね。ヒップホップでもいろんなビートがあって、その細かい違いをドラマーじゃなくても理解していないと。とくにベースと鍵盤が一緒になってグルーヴを作れたら、確実にワークしていくはずなので、そういうドラムの細かいフィールは絶対聴き逃さないようにって意識してますね」
――“人生の大事なところにドラマーが”って話をしてたけど、自分のアルバムでもドラムを大事にしてるんですね。
 「そうですね。最初にユキさんと話した時、“やっぱりまずビートが聴こえてこないと”って、意見が一致して。ユキさんは“最初(音源を送った時)、絶対ドラムがデカいって言われると思ったんですよ、宮川さんはジャズの人だから”って言ってました。でも、ジャズももともとはダンスのための音楽だし、今でこそレガートが大事って言われるけど、昔の音源を聴くと結構ハイハットがデカかったりするミックスや録音もいっぱいある。今でもジャズは身体を揺らして楽しめる音楽だっていうのは、僕の中では大前提としてあるんですよ。それに駿が良いビートを出してくれているから、それは必ず聴こえるようにしたいって意識は最初にありましたね」
――でも、なかなかパッケージでこういうサウンドをやってる人っていないですよね。これって、チャレンジじゃないですか。トータルでは今あるジャズのスタイルが詰まっているんだけど。
 「このクァルテットを結成した当初は、ギタリストのラーゲ・ルンドのクァルテットを意識していたんですけど、やってるうちに自分の好きなグラスパーの世界とかがごっちゃになってきて、こういう形に落ち着きました」
――このアルバムは両方入ってるんですよね。コンテンポラリー・ジャズの感覚と、ヒップホップを通過した感覚と。
 「そう。だからぜひコンテンポラリー・ジャズが好きな人にも聴いてもらいたいし、ビートの効いた音楽が好きな人にもおすすめしたい。最初はコンテンポラリーのセクションとビート的なものを分けるつもりだったんですよ、(グラスパーの)『ダブル・ブックド』みたいに。混ざらないと思っていたから。でもレーベル・プロデューサーの清水さんがこういう曲順を提案してくれて。結果としてうまく通して聴ける感じになったし、同居は可能なんだなって」
――僕もジャズのコンピレーションの選曲をやってますけど、グラスパーとカート・ローゼンウィンケルを混ぜても違和感ないんです。同じ感覚を持った人がちょっと違うことやってるだけって感じだと思います。
 「実際ライヴを考えたら、〈THE WAY〉みたいな曲を演った後にスタンダードをノン・アレンジでやるときもあるので、自然なことなんですよね。オルガンだったら70年代のソウル・クラシックをガンガン演るときももあるし」
――レコーディングと言えば、宮川さんが参加した市原ひかりさんの『親愛なるギャツビー』も面白いことをやってましたね。
 「あれもエンジニアさんには相当、むちゃぶりだったんですよ。昔ながらの大部屋ひとつで、パーテイションで仕切るのも最小限にしてレコーディングしました。すごく昔ながらのやり方で録ったんだけど、ミックスでは面白いことをやりたかった。だんだん僕らの世代が、自分たちの世代ならではの音楽で、ちゃんと意見を言わなきゃいけない機会が増えてくると思う。そこでいかに同世代の仲間とチームとして“物差し”を共有するか。“こいつに任せたら、こういうサウンドになる”っていうのを作っていくべきだと思うんです。せっかくだから、どんどんチャレンジをしていこうと思っています。グラスパーのライヴに行くと、普段、ジャズのライヴでは見ないような若い人がたくさんいて、だから頑張れば僕たちでもそういうシーンを作っていけるはずだと思うので」
取材・文 / 柳樂光隆(2015年7月)
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宮川 純 カルテット
with Special Guest 黒田卓也
New Album『THE WAY』Release Live

www.motionblue.co.jp/artists/miyakawa_jun

[出演]
宮川 純(p, key) / 荻原 亮(g) / 坂崎拓也(b) / 石若 駿(ds)

special guest: 黒田卓也(tp)

2015年11月17日(火)
神奈川 横浜 赤レンガ倉庫 MOTION BLUE YOKOHAMA

開場 18:00 / 開演 19:30
※約100分のステージを予定
※ステージ間に30分程度の休憩を予定
チャージ 4,000円(税込 / 別途飲食代 / 自由席)



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