ストリートピアノの先駆け的な存在であり、“ピアノYouTuber”として登録者数25万人以上を誇るみやけんが、人気シリーズの最新作となる『俺のヒットパレード!vol.4』をリリースした。国内外の有名曲を彼の超絶テクニックによるパワフルなピアノ・プレイで聴かせる、というこのシリーズ不変のスタイルはそのままに、疾走感あふれるオリジナル曲の「RIDE ON!」、おなじみのジブリ・メドレー、さらに今回は初のクラシック曲も取り上げているなど、新機軸も示してみせた充実作だ。ピアノだけではなく、最近増えているというトロンボーン奏者としての活動も含め、現在ツアー中の彼に話を聞いた。
――この『俺のヒットパレード!』シリーズも今回で4枚目なんですが、最初に出たのが2021年9月ですから、約2年半で4枚出したわけで、なかなかのハイペースですよね。
「たしかにそうですね。もともとはトロンボーン奏者で、クラシックでトロンボーンを吹いていましたが、その傍らストリートピアノに行って、J-POPや歌謡曲を耳コピで弾くのが好きで、というところから始まったんです。自分はトロンボーンのCDを1枚も出したことがないのに、ピアノのソロで4枚目というのはすごく不思議な感じがします。でもレパートリーはまだまだあるので、全然出せます(笑)」
――このシリーズは、作品ごとにそれぞれ異なる方向性のようなものがあると思うんですが、今回はどうでしたか。
「今回はわりと元気になれる曲が多いかなというイメージで作りました。あとは昔の歌謡曲や歌番組のイメージがあったのと、昭和、平成、令和の全年代に刺さってほしいので時代はバラバラですし、アニソンや海外曲もまんべんなく入れています。どれか1曲でも刺さって、手に取ってもらえたらいいなと思って」
――選曲はいつも通り幅広いんですが、今回はUNISON SQUARE GADEN、Vaundy、backnumberといった、今のバンドによる初登場の曲が多いですね。
「結果的にそうなった感じなんですけど、たしかにバンドものが多いかもしれない。そうか、だから今回のツアーは疲れるんだ(笑)。僕は“原曲再現廚”なんですよ。だからどうしてもいろんな音――パーカッション的要素、ドラム的要素、ギター的要素、ベース的要素を全部ピアノの中に盛り込もうとしすぎて、それが今回多かったんです。レコーディングで手が痛かった気がします(笑)」
――以前に“ピアノだけでバンドのような音を出したい”と言っていましたけど、今回はとくにそういう感じだったんですか。
「そうですね。世の中のピアノ・アレンジって、どうしても音が少なくて寂しいという気持ちがあって。それに自分がオーケストラや吹奏楽、バンドでトロンボーンを吹いているので、ピアノだけだとダイナミクス的にも音量的にも物足りないなというのが生まれてしまうんです。ピアノよりもオーケストラのほうが、弱奏の音楽でもより幅が広いと思うんです。それをピアノでできたらいいなという。常にそういう脳になっています」
――今回にかぎらず、ピアノ・ソロでも音数が多くて音が詰まっているような音像だと思うんですが、そこは意識しているんですか。
「そこが一番意識しているところかもしれません。トロンボーンのオーケストラだと、メロディよりハーモニーの中低音を担当することが多いので、そこの豊かさがないとどうしても物足りないと感じてしまうんです。だからピアノだと(低音部の)左手に寄せた感じで、その中でメロディをどう浮き立たせるかとか、全部が同じような音量じゃない、っていうバランスを考えながらレコーディングしています」
――バンドもの以外だと、佐野元春の「SOMEDAY」がクライマックスのような感じがあって、プレイもすごくパワフルですね。これをセレクトしたのは?
「単純に好きな曲しか集めていないので、いつもそうなんですけど、ストリートピアノでの思い出がある曲ばっかりなんです。〈SOMEDAY〉も、東京駅にストリートピアノが置かれていた時に、朝に弾いたんです。ツアーとかで忙しくて朝しか行けなかったんです。平日の朝で仕事に向かうサラリーマンが多くて、みなさんが元気になれる曲ってなにかなと思って、これを弾きました。みんなが知ってそうというか、当時佐野さんを聴いていた人たちが、大袈裟に言うと今の日本を作っているんだと思うと、その曲を弾くのが一番いいかなと思いました。そうしたら観衆が集まってくれて、みんながワッと拍手になって。そういう思い出があったから、これは入れたいと思ったんです」
――毎回入っているオリジナル曲は「RIDE ON!」で、疾走感あふれる曲でありつつ、展開がすごく激しく変わる曲でもありますね。
「展開は自分でもちょっと作りすぎたと思いました(笑)。イメージは自転車です。自転車って競技用でもないかぎり、ずっと同じ速度じゃないと思うんです。まず“チリリン”って鳴らしながら乗りましたというところから始まって、東京の街で乗っているイメージなんですが、東京だと自転車で行けないところもあったりして、途中で降りたりとかもしているんです。坂があったり、下り坂があったり、あえてちょっと展開を多めにしてみました」
――ジャケットも自転車に乗っていますけど、そこからきているんですか。
「いやこれは逆で、先にジャケが決まっていたんです(笑)。これは自分の良くない癖なんですけど、レコーディングが6〜7日くらいあって、その中で1日だけ自分の曲に当てる日を作るんです。それ以外は全部1日に2〜3曲ずつくらいレコーディングするんですけど、最後の日に自作曲を残してしまって、その日に考えるというのが多くて。曲を作るところから始まって、スタジオで譜面を書いて、レコーディングまでやるというのを1日でやっていて。『vol.1』は歌ものの曲、『vol.2』はオーケストラっぽい曲、『vol.3』はバンドっぽい曲を作りました。それで今回は吹奏楽っぽく作ってみて、吹奏楽ってイントロがゆっくりで、途中で速くなって、最後また戻ってくるみたいな展開が多くて。そういうアレンジにしてみました」
――毎回おなじみのジブリのメドレーは『魔女の宅急便』をやっていますね。すごく繊細なところからパワフルなタッチまで起伏に富んだプレイですけど、やってみてどうでしたか。
「毎回のこだわりなんですけど、久石譲さんの曲縛りでジブリのメドレーをするというのをずっとやっているので、『魔女の宅急便』といっても、ユーミンの2曲(〈ルージュの伝言〉と〈やさしさに包まれたなら〉)は入れてないんです。僕は久石譲ファンでもあるので、そのリスペクトから自分のアレンジもきていることが多くて。毎回、ジブリ愛と久石譲愛が強すぎて、ジブリ・メドレーでまとめられないんです(笑)。『魔女の宅急便』はジブリ作品の中でも一番穏やかで一番昼間っぽい感じだなというのがあって、アルバムの感じに合っているかなと思って、入れました」
――ラスト2曲でクラシックをやっていますよね。みやけんさんはもともとクラシック出身ですけど、このシリーズで取り上げるのは初めてですし、それもかなり自分流にやっていますよね。こういう試みをしたのはどうしてですか。
「NHKの〈Classic Fes. 2023〉というフェスに出たんです。クラシックが根底にあって、ストリートピアノで活躍されている方を呼びたいんです、ということでした。それで僕と、ジェイコブ・コラーさんと、菊池亮太さんが呼ばれたんです。3人ともクラシックをやっていたけど、クラシックをクラシックのまま弾かないんです(笑)。だから、その路線でやろうと言って。ほかのみんなも絶対なにかしらやってくれるだろうと思って、自分もそのつもりでショパンの〈ノクターン〉をアレンジしたし、〈エリーゼのために〉も、楽譜通りに弾いてもおもしろくないから、なにかしら自分流のアレンジをと思って。そしたらジェイコブさんはバッハのメヌエットをジャズ・ワルツ風にやってくれたし、菊池さんはクラシックをメドレー風にしちゃうし、自分もその時にショパンの〈ノクターン〉をアレンジで弾いたんですね。だから、引き出しはそっちだけじゃないだぞ、みたいなのを見せるチャンスだなと思って、初めて2曲、クラシックのアレンジものを入れてみました」
――「エリーゼのために」は、ジェイコブさんとヒビキpianoさんとの3人で連弾をやっていますけど、3人で連弾ってどうやるんですか。
「3人でグルグルやるんです。ピアノ1台で、3人並んで立って弾いている感じですね。自分は基本的にずっと左にいて伴奏をやってて、2人はメロディを交互にやってくれて、アドリブになったら、自分もアドリブを弾きたいから右のほうに移動して、その時はジェイコブさんがうまいこと移動してくれて。つなぎ目がわからないくらいですよね。やっぱり、お2人とも耳の感覚がいいから、3人で弾いてもゴチャゴチャしていない。いい意味で、一人で弾いているんじゃないかって感じに聞こえるものになりました。レコーディングは30分くらいで終わりました」
――そういう、クラシックの要素とか選曲も含めて、全体的にすごく新鮮なアルバムだと思うんですよね。このシリーズが新しい段階に入った感じもするんですけど、どう思いますか。
「じつは『vol.3』が出た後に、ちょっと間を空けたいなと思ったんです。一応3部作が出たので、一回休もうかなと思って。でもコロナ禍がすぎて、去年からツアーが全国的に始まって、去年だけで50回くらいやって、今年もツアーが2月から始まって、ツアーやるなら、それに合わせて新作CDがあったほうがいいね、って言われて。それでCDを出したという感じです。でもやっぱり、出して良かったなって思います。このスパンで出せるってことはすごくうれしいし、絶え間なく出しているほうが自分のモチベーションになります」
――それと以前から“トロンボーンが仕事でピアノは趣味”って言われていたのが、今ではピアノがメインになっていると思っていたんですが、でも最近はトロンボーン・カルテットのThrow Lineにも参加していて、幅広くなっていますね。
「今でもトロンボーンでオーケストラの仕事も行きますし、Throw Lineのトロンボーン4人でやっている活動と、あとWind Worksっていう、9人で吹奏楽をやっている活動もあります。トロンボーンはクラシックしか経験したことがなかったんですけど、Throw Lineはアドリブを求められるんですよ。ピアノではアドリブができても、トロンボーンはまた違うんです。新しい刺激があります。Wind Worksはクラシックですし、だからけっこう大変です(笑)」
――今後やりたいことなどありますか。
「去年よりトロンボーンの活動が増えるので、二刀流を今後も貫いていこうかなと思っています。みんなに“よくそんなにピアノのライヴをやってて、トロンボーンが衰えないね”ってよく言われるんですけど、自分はそれぞれがいい気分転換になっているんです。自分には結局音楽しかないから、トロンボーンをやって大変なことはピアノで発散できるし、ピアノで大変だったこともトロンボーンが入ることで発散できるし、いいバランスなんです。このバランスのまま、どんどんファン層を広げていけたらいいな、というのが、今後の展望ですね」
取材・文/小山 守