クラシックとポップスの垣根を越え、“ヴァイオリン・サウンド”を愉しむことの素敵さを伝え続けてきた宮本笑里が、前作から11年ぶりという2枚目のベスト・アルバム『emiri best2』をリリースする。新規録音曲「愛の讃歌」をはじめ、クラシックの名曲からオリジナル・ナンバーまで、“愛”をテーマに幅広い楽曲をセレクトした耳にうれしいこの一枚を仕上げるにあたって、あらためて向き合った自身の表現とは? 感謝と愛を込めたアルバムについての熱い気持ちを語ってもらった。
――2枚目のベスト・アルバム。選曲作業はいかがでしたか?
「基本的には前作(2013年発表の『emiri best』)以降の楽曲から選んだのですが、不思議なもので音色を聴くと勝手に自分の中で年齢がちゃんと位置づけられるというか、“自分はこの頃こういう音を出していたんだな”っていうのがわかるんです。それを1枚のアルバムとして繋げていくとより変遷を振り返ることができたので……私の音楽を聴いてくださっているみなさんもそうだと思いますし、初めて手にする方にもきっと、そのちょっとした音の違いを感じ取っていただけるのではないかなと」
――テーマは“ヴァイオリンで愛を奏でる”。
「そうですね。私は言葉で表現するよりも楽器を通して、音楽で思いを伝えたいところがすごく強いと思います。そのいちばんの根底にあるのは、やっぱり“愛”だなと。愛や温かみ、優しさって音楽と密接な感情ですし、そういうものがなければ、きっと今の自分もいないんじゃないかなと感じるところがあります。オリジナル楽曲もそういった“思い”の部分が根強くないと生まれてこなかったりする……私の音楽のテーマが“愛”なんですよね」
――全体を通して聴いたとき、宮本さんの放つ人間力というか力強さというか、音楽によってもたらされる開放感みたいなものをすごく感じました。“愛”で言えば、すごくパワフルな“愛”。
「そうですか? とてもうれしいお言葉をありがとうございます。アルバムの1曲目はあらためて、思い入れの強い楽曲のひとつでもあるオリジナル曲の〈birth〉を選びました。今回唯一の新録となった〈愛の讃歌〉は昨年からコンサートで弾く機会が増えたのですが、この曲を演奏するとお客様からの反応がダイレクトに伝わってくるんですね。言葉を交わすのではなく、会場に瞬間的に生まれる空気感もすごくて。私が伝えたい愛の叫びのような感情も共感してもらえていたり、伝わったんだな、というのを強く感じられる瞬間が毎回あって。この曲はとくに表現するのが難しいのですが、きっと十数年前の自分だったら表現できなかったところも、今は多くの時間と経験を経て自分の歌い方がどんどん定まってきたところもあり、今回かならず収めたかった1曲なんです」
――コラボレーション作品も豊富です。
「クラシックの第一線で活躍されている新倉瞳さんをはじめ、DAITAさん、ナオト・インティライミさん、春畑(道哉)さんと、クラシックとは違う世界観の方々ともコミュニケーションだったり音のコラボをすることによって、自分自身もたくさん成長させてもらっているなと実感しますね。エッセンスをもらえるというか、そのまま真似することはできないけれど、みなさんの感覚を肌で感じて、それをどうやったら自分のスタイルに反映できるのかなっていう研究もできるようになってきましたし、とにかくみなさん本当に楽器が大好きな方々なんです! 春畑さんがご自身でヴァイオリンも弾かれるとうかがってびっくりしたんですけど、ナオトさんもヴァイオリンを買ったよって見せてくださったり、世界を旅して手に入れたパーカッションとか、いろんな不思議な楽器を持っていたり」
――面白いですね!
「DAITAさんも数え切れないほどのギターのコレクションをお持ちですし、そうやって楽器に対する愛、音楽に対するみなさんの深い思いを感じると、いろんな愛があるからこそ世界が成り立っているんだなと思うんです。ただ、クラシックとポップスとが1枚のアルバムの中で混在していると、音圧や音のレベルの差という部分、さらに曲間の秒数など、バランスを取るのは難しかったですね。最終的にマスタリングの作業でいろいろと整えたのですが、この曲順がいちばんスマートで、アルバムを通してきちんとストーリーとして成り立っている、物語として伝えられるなと思い、そこにも強いこだわりがあります」
――全18曲を締めくくるのはオリジナルの「ニライカナイ」。これは小説から生まれた楽曲で、そうした作り方も初めての挑戦でしたね。
「いつもは自分で、今回は明るいテーマなのかちょっと暗めのテーマなのか、というのを最初に漠然と考え、ボイスレコーダーに録音し、楽譜に書き直して……と作っていくことが多いのですが、この時は、小説を読みながらふわっと曲のイメージが浮かびました。初めての経験でした。沖縄の海が大好きだったのも作りやすかった一因だったのかもしれません。レコーディングでは、砂浜で海を眺めながらギターとデュオをしているような感覚で演奏しました」
――さきほど、力強さを感じるベスト盤だとお伝えしましたが、生活の中でふっと寄り添ってくれるような手触りのサウンドでもあり、日常のお供にもなってくれる素敵な一枚だとも思っています。
「うれしいです。私はいつも歌詞があるのは羨ましいなと思ってるんです。やはり歌詞が惹きつけるものって強いじゃないですか。でも、ときには歌詞がない瞬間、歌詞がなくて、楽器の音だけで救われる、支えてもらえる瞬間もあるんじゃないかなとも思っていて。何も考えたくないときとかもそうですし、眠りたいときやドライブするときや……本当にいろんな場面にも対応できるのがヴァイオリンの良さでもあるのかなと。ぜひ、浸って聴いていただきたいと思っています」
――むしろ音のパワーだけで気持ちを持っていかれたい時もありますから。
「はい。だからパワフルっておっしゃってくださったのはすごくうれしかったです(笑)。ただ線が細いだけじゃ説得力がないし……ときには、そういう表現も必要だったりすると思うんですけど、みなさんに元気や、明日への生きる糧というか、そういった瞬間を感じてもらうには、自分が太陽のような存在になることも大事だなと思っていて。それがちゃんと音に込められていて、聴いてくださるみなさんに、なにか少しでも力になれていたらと願っているんです。また、私はコンサート会場でみなさんにお会いすると逆に力をたくさんいただいているので、お返しという意味でも、感謝の気持ちも込めて日々演奏させてもらっています」
――心のコール&レスポンスですね。
「デビューした頃はまだ先のことがなかなか想像できなかったのですが、こうやって2枚目のベスト盤を出すことができているのも、本当に奇跡というか……、今、こんなにもたくさんアルバムを出すのも難しいことだと思うので、そのような中で本当に貴重な経験を長年させていただけているだけで贅沢だと実感しています。私自身、芯の部分ではまったくブレていないというか、ヴァイオリンの良さをみなさんに知ってほしい、広く聴いてほしいという思いはデビューの頃からなにも変わっていなくて。ただ、それを表現する演奏方法はどんどん変わってきていると思います」
――ベスト盤はある意味ひとつの区切り。リリースを経てのこの先の展望は?
「クラシックで私がまだできていないことは、カルテットやクインテットなどの演奏です。今後どこかでできるタイミングがあればうれしいですし、仲間と一緒に演奏する機会をさらに作りたいな、と考えています。あとはリクエスト。“これ弾いてほしい”と、お声がけいただくのはすごくうれしいことなんです! そして、それにはぜひ応えたい。“もう何回も弾いているからみなさん飽きちゃってるかな……”と思う曲に対して、“いや、それは聴きたいです”と言っていただけたり。本当にうれしいです」
――リクエスト、大歓迎!
「はい(笑)。SNSでコメントやメッセージをいただくのもうれしいですし、それでまたがんばれます! お互いにそういう心のやり取りができるのも大切だなとも感じていて、今回のようにベスト盤を出すことができるのも、聴いてくださっている方、応援してくださっているみなさんがいてくれるからこそなんです。感謝と愛の気持ちを込めて作り上げたので、それぞれいろんな思いを浮かべながら聴いていただけたら、それだけで幸せです」
取材・文/横澤由香