大声でポジティブなことを歌ったら、暑苦しくてしょうがない――噂のSSW、モッチェ永井のデビュー・アルバムが完成

モッチェ永井   2015/07/15掲載
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 東京のスカ・シーンから飛び出した、噂のシンガー・ソングライター=モッチェ永井。世代を問わず馴染みやすい明快な日本語詞で綴っていく歌を、ソウル/ブルースに根差したメロディと、レゲエ/スカを通過したシンプルかつグルーヴィなサウンドにのって朗々と歌い上げるその様は、サム・クックデルロイ・ウィルソン岡 晴夫細川たかしがいっぺんに乗り移ったような、痛快で豪快で規格外な魅力に満ちあふれている。デビュー・アルバム『モッチェ永井』をリリースしたばかりの彼に、じっくり話を訊いた。
――モッチェさんの存在は、オーセティック・スカ・バンド〈The eskargot miles〉や〈今野英明&Walking Rhythm〉のベーシストとして知ったんですが、それ以前はどんな音楽の変遷があったんですか?
 「小さい頃は、竹内まりやさんとか中島みゆきさん、チャゲ&飛鳥サザンユーミンといったポップスが、母が好きでよく流れてましたね。あとはビートルズか。竹内まりやさんの影響は、大いに入ってると思います。高校に入ってから、ブルーハーツからはじまって、メロコアとかスカコアのコピー・バンドをやってて。そこからOi-Skall Mates東京スカパラダイスオーケストラロッキングタイムにハマって、大学に入ってからオーセンティックなスタイルの日本語のスカ・バンドをはじめたんです。最初はベースだけだったんですけど、途中からヴォーカルも担当するようになって」
――じゃあ、ヴォーカリストとしてはモッチェ永井での活動が初めてではなかったんですね。
 「そうなんです。もともと歌うことは嫌いじゃなくて、小学生の頃なんかは合唱団もやってました。その頃からやたらと声はデカかったですね(笑)。太ってて勉強もできなかったんだけど、声の大きさには定評があって。応援団にも駆り出されました」
――モッチェさんの声って、居酒屋でも、オーダー通りやすそうですもんね(笑)。
 「いや、ホント。通らないことはないですね。一発で通りますよ(笑)」
――The eskargot milesや今野英明&Walking Rhythmでも、ウッドベースだから立ち位置的には後ろなんだけど、張りのある大きな声でコーラスを取ってて、異様にデカい存在感を示してたのを覚えてます(笑)。
 「The eskargot milesには2007年に入って、7年ぐらいやってました。2012年に『with LOVE』ってアルバムを久しぶりにリリースしたんですが、その中に収録されてた〈Minnie The Moocher〉のカヴァーでコール&レスポンスがあってそれがすごく楽しかったんですよね。それにバンドもだんだん方向性が変わってきて、コーラスや歌の比重も増えてきたことで、自分の中でも歌への興味が増してきた。あと、今野さんのバンドに参加させてもらって、結果としてアルバムも一枚作ったんですが、今野さんの背中を見ながら活動していくうちに、自分でやりたいイメージも見えてきて」
 「あと、ソロで活動してみたいと思ったきっかけのひとつには、震災があったことも大きかったんです。それまで、たまに年1回ぐらい、内輪の集まりみたいなところで一人で歌ってたりはしてたんです。なので、いつかソロができればと思ってたんですけど、震災があって、俺は明日死ぬかもしれないって思うと、自分の音楽観が大きく変わったというか。やりたいことをすぐにやらなかったら、できないままに終わってしまう可能性もあるなって。いろんなことがあって、そういうことをすごく思って。1年ぐらいかけて悩んで、結局脱サラしました」
――ソロ活動をはじめて、一番最初に作ったのはどんな曲だったんですか?
 「前作(自主制作盤『まちのあかりをけして』)に入ってる〈もどかしいね〉という曲ですね。ソロをやるにあたってオリジナルがないってことで、半年ぐらいかけてやっと出来た曲で。2ビートのカントリーブルースみたいな曲調で、ただ“もどかしいね”って歌ってるだけの歌なんですけど(笑)。前作はほぼ一発録りで、3時間ぐらいで全部録ったんです。でも、今回はある程度期間をとって、前からやりたいと思っていたことを、予算や時間の都合の許す範囲でやれた思います」
――今回のアルバムを聴けば、ソウル/リズム&ブルースへの愛情を受け取れるんですが、それがただ直訳的なものにはなってなくて。モッチェさん自身が、パンクやロックを経由してスカやレゲエにハマって、スカやレゲエからルーツ・ミュージックに触れていったという経緯を持ってるように、サウンドにもスカやレゲエを通過しているからこその音の質感や美意識が、しっかり刻まれてると思うんです。
 「そういう意味では、自分が得をしているなと感じるのは、スカ・バンドでずっとベースをやってたことかもしれない。ジャマイカン・ミュージックでウッドベースを弾いてきて身につけたというか、通過して育ってきたことは感謝しています。やっぱりベース・ミュージックというか、腰が入ってる音楽がやっぱり好きなので。自分の音楽においても、そこは気にしますね」
――モッチェさんの歌からダイレクトに連想するのは、サム・クックの影響なんです。やっぱりもともとルーツにはサム・クックがあった?
 「今となっては、すごく好きで聴くんですけど、昔から聴いてたわけではないですね。サム・クックに限らず、ブルースやソウルといったルーツ・ミュージック全般についてそうなんですけど、スカやレゲエにハマっていろいろ聴いていく中で、ルーツに触れていった感じなんですね。たとえばジャッキー・オペルが歌ってた〈You Send Me〉って、元々はサム・クックの歌なんだ? みたいな感じで広がっていって。パンクをやってた時は、ブルースなんてノロっちい音楽だなって思ってたけど、どっぷりスカを好きになった後に、そこから見たルーツ・ミュージックは本当にカッコ良かった。ここ10年ぐらいで、ルーツ・ミュージックはどんどん好きになっていってます。サム・クックに関しては、いわゆるベスト盤はずっと持ってたんですけど、ソウル・スターラーズの時代の音源がとくに好きになって。音もシンプルで、ミックスも9割ぐらい歌よりで。声の圧倒的な感じが、とにかくかっこよくて。あとは、ライヴ盤『ハーレム・スクエア・クラブ1963』のすごさにもビックリしました」
――アルバムを聴き進めていくと、楽曲やアレンジの端々に先達の残した名曲やリフが引用されていて、そういう仕掛けにニヤリとさせられるのも今作の楽しさですね。
 「ジャマイカ音楽って何度も使い回されるリディムがあったり、曲の中のリフが何かの引用だったり、そういう感覚が好きなこともあって、自分の音楽でも影響を受けています。普通に歌ってたものに、思いつきですごく違うリディムを合わせると、すごく違う景色になるんですよね。〈さみしい夜は〉って曲なんかは、もともとフォーキーな曲だったんですが、ふとデルロイ・ウィルソンの〈Show Me The Way〉のリディムに乗せてみたら、すっごく斬新な響きだったんです。これはセンセーショナルでした(笑)。元々いい曲のリフだから、自分のメロディにちょっぴり説得力が増すような気もして、そういうズルい感じもあったりします(笑)」
――バックを支える演奏自体も、出過ぎないアレンジというか、弾きすぎない按配の良さがあって。要所要所でツボが押さえられていながら、グルーヴはしっかりと伝わる。実質的なデビュー盤にして、こんなに落ち着き払った内容になっているのは素晴らしいと思いました。
 「ありがとうございます。歌を真ん中に、歌を聴かせるアルバムというのは、たしかに意識した部分です。今回、いろんなミュージシャンに参加してもらってるんですが、それも自分にとっての意味のある編成にしたいと思っていて。たとえばバリトンサックスの浦 朋恵さんは自分を押し上げてくれた一人。去年1年間一緒にライヴしたり、浦さんのバンド・メンバーとしてフジロックに連れていってくれたり。音楽的にもプレイヤー的にも、バンド運営としても背中で教えてくれた人ですね。それに浦さんって、すごく曲をたくさん作るんです。浦さんのあの曲歌わせてもらいたいなって思って、〈涙でズルボロだ〉を収録しました」
 「ほかにも浦さんのつながりで、一緒に何度か演奏する機会をもらったエマーソン北村さんにも数曲で弾いてもらって。これは大阪でとてもお世話になっている仙人のような方に教えていただいたことなんですけど、いい演奏家って、自分の歌だけでは言い足りないことを代わりに伝えてくれると思うんですよね。たとえば、僕が“愛してる”って歌ったら、オブリガードで“だけどね”って相づちを打ってくれるような。僕の音楽だし、僕を引き立たせてくれる……そういう目線で選んでいったし、浦さんやエマーソンさんは、まさにそういう演奏家ですね」
――ほかにも、モッチェさんと同じく東京を拠点に活動している、Cubetoneジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドFULL SWINGなど同年代のミュージシャンたちも参加しています。
 「たとえばドラムは北野原光生くんっていうThe eskargot milesのドラマーなんですけど、彼がスカだけでプレイしてるのはもったいないなって思っていて、だけどあまり社交的じゃないところもあるから、僕が引っ張り出さないとなって。あまりドカドカ叩くタイプじゃないし、繊細なプレイを聴かせてくれるタイプで。面白がっていろんなリズムを出してくれる。〈二人の愛の暮らしには〉という曲なんかは、ドン・コヴェイのようなコード進行の曲がやりたいなって思ってやってたんですけど、光生くんが和太鼓みたいな叩き方をして。それがドドンパみたいになって。そういう面白さも、今回のレコーディングではありました」
――モッチェさんの歌声は、ボリュームがあって張りがあって、スコーンと抜けたほがらかさがあるんですが、意外とリリックに関してはメランコリックだったりするのがまた面白いんですよね。
 「歌詞についてはすごく悩むんですけど……僕は取り立てて何か音楽で言いたいっていうわけでもないんです。それに、底抜けに明るい歌も歌いたいともあまり思ってなくて。そういうのはほかの人がやればいい。僕の曲も歌詞だけ見ると、ネガティブな感覚や諦念が出ているものもあるんです。僕、中島みゆきさんや浅川マキさんも好きで、歌詞だけ見ると切なすぎて読めなくなったりするけど、それが音楽になると自然と心地良く入ってくる。歌だと弱音吐いてもいいんだ。それって素敵だな、って気付いたんですよね。たとえばブルースにも、ただただ愚痴ってる歌もあるじゃないですか? だけど音楽って、それ自体がそもそもポジティブなものだから、メロディやリズムにすでに前向きな部分が入ってると思うんです。それに僕の場合は、大きな声でさらにポジティブなことを歌ったら、暑苦しくてしょうがないじゃないですか(笑)」
――(笑)たしかに、日常の鬱憤を歌い飛ばすっていうのは、それこそブルースの根本にある感覚ですよね。
 「そう。それで聴いてる方が勝手に共感してくれたら、それはそれで嬉しいですし。今回の収録曲に〈あたしだって幸せになりたい〉っていうのがあるんですけど、このモチーフになったのは、高校の卒業文集。同じクラスで、あんまり仲良くもしてなかった女の子がいて、その子が書いた文章の最後に、一言“あたしだって幸せになりたい”って書いてあったんです」
――ものすごくいろんな想いが詰まってそうなフレーズですね(笑)。
 「それを卒業してから見つけて、すごいパンチラインだなってずっと心に残ってて。いつか曲にしたいなって思ってたのを、今回急に思い出して。ちょうどレイ・チャールズとかダニー・ハサウェイのゴスペルの曲に乗せちゃえって思って、ゴスペル進行で書いてみたのがこの曲なんです。なんていうか、日常の中に潜むちょっとした非日常みたいなものが、すごく好きなんですよね。自分がリスナーとして聴く時も、音楽によって非現実に連れていってもらいたい部分もあるし。だから、ちょっとだけ視点を日常からズラしたいのかもしれない」
――それは、気恥ずかしさとか照れ隠しみたいな感じもあるんですかね?
 「気恥ずかしさもあるし、ちょっと天の邪鬼なところも出てるのかも。自分は人がやってたことはそのまんまやりたくないタイプだから、ちょっとだけ変えたい。でも、変わりすぎてても面白くないし、ちょうどいいバランスをいきたいっていうのはあるのかもしれないですよね。カヴァーするにしても、そのまんまやるんじゃなく、ちょっと面白さを入れたくて……昔の人が作ったこんなにいい曲があるんだぞ!っていうのを、タイムライン上でリツイートするような気持ちというか(笑)。そこは非公式RTで、ちょっと自分の意見も挟んで、みたいな(笑)」
取材・文 / 宮内 健(2015年6月)
取材協力 / 渋谷・MeWe(Twitter
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