早稲田大学卒業後、米マンハッタン音楽院にて修士課程修了。2005年にセロニアス・モンク・コンペティション作曲部門で優勝。2008年のモンタレー・ジャズ・フェスティヴァル出演や、フランス・ツアー、ロシア公演などワールドワイドな活動を行なうほか、執筆活動やジャズの教育、普及活動などにも尽力する日本の代表的ピアニスト / 作編曲家、
守屋純子。多方面に活躍する彼女の活動の基盤となっている守屋純子オーケストラの2018年定期公演が2月9日(金)、東京・渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールにて開催される。定期公演に対する抱負や、7月に発表が予定されている新作アルバム、そしてビッグバンド・ジャズの魅力について話を聞いた。
――守屋純子オーケストラの定期公演が2月9日に予定されています。毎年テーマを設けていらっしゃいますが、今回のテーマは“The 100th Anniversary of Jazz: Legends of Yesterday and Today”となっています。これはどのようなものになるのでしょうか。
「今回の定期公演は、タイトルの冒頭にあるように、ジャズの100周年を祝うものです。2017年は、商業用ジャズ・レコードが録音されてから100周年に当たります。その100年の間、ビッグバンドに関して言えば、1930〜40年代のスウィング時代を象徴する
グレン・ミラーのような音楽から、モダン・ビッグバンドの基礎を築きあげた
カウント・ベイシー楽団と
デューク・エリントン楽団、それから現在のヴァンガード・ジャズ・オーケストラの母体となっている
サド・ジョーンズ・メル・ルイス・オーケストラ(以下サド・メル)、さらには
マリア・シュナイダー・オーケストラのような現代的なバンドまでさまざまなバンドが現れてジャズを形作っていきました。今回のコンサートのコンセプトのひとつとしては、そのような先達にトリビュートしたいという気持ちがあります」
――ベイシーやエリントンには名曲がたくさんありますね。どのような曲を演奏なさるのですか。
「たしかに
ベイシーや
エリントンは素晴らしい曲がたくさんあります。ですが、彼らの曲をそのまま演奏するということは考えていません。彼らから受けた影響をもとにして、私のイメージするベイシーやエリントンを描いた新曲を中心に演奏する予定です。たとえばベイシー楽団には、
サミー・ネスティコという素晴らしいアレンジャーがいたのですが、そのスタイルを取り入れた音楽を披露しようと思っていますし、またエリントンについても、エリントンの雰囲気を私が解釈したらどのようなサウンドになるのかを聴いていただきたいと考えています」
――ベイシーとエリントンについて触れられましたが、彼らの音楽の特徴というと?
「
ベイシーと
エリントン、そして
サド・メルを加えた3つのバンドが日本ではとくに人気がありますし、モダン・ビッグバンドのスタイルを築き上げた主要なバンドだと言ってよいと思います。ベイシーの特徴は、とにかくスウィングしていて楽しいところ。音楽的にとても複雑なことをやっているわけではないのですが、爽快感にあふれていて、誰が聴いてもハッピーな気分になれます。エリントンについては作編曲家としての魅力も大きいですね。文学、絵画、歴史などをテーマにした総合芸術作品を書き上げています。私は前回のアルバム『
プレイ・フォー・ピース』で〈徳川家康公ジャズ組曲〉という作品を書いていますが、そうしたジャズ組曲のパイオニアとなったのがエリントンです。現在もヴァンガード・オーケストラに継承されて新しい音楽を生み出し続けているサド・メルの特徴は、サックスのソリやブラス・セクションのアレンジが複雑でカッコよく、たくさんのソロイストがフィーチャーされること。コンボ的な魅力とビッグバンド的魅力が合わさっている点がとても新鮮です」
――ところで先ほど、偉大な先達へのトリビュートが今回のコンサートのコンセプトのひとつだと話されていましたが、その他にも何かご用意なさっているのですか。
「新しいアルバムの曲を何曲か披露しようと思っています。4月に録音して7月に発表する予定になっています」
――それはビッグ・ニュースです。どのようなアルバムになるのですか。
「まだ制作途中なのですが、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した絵師、長谷川等伯に捧げた組曲を中心にしたものにしようと思っています」
――等伯と言うと、守屋さんは2013年に「長谷川等伯組曲」を“モントレー・ジャズフェスティバル・イン能登”で演奏して話題になりました。いよいよアルバムになるのですね。
「そうです。ながらくお待たせしました(笑)。初演した2013年は等伯の生誕400年にあたる年。彼の生誕地である七尾市からお声を掛けていただき、等伯の組曲を書き上げることができました。その後、日本各地はもちろんのこと、海外でも演奏する機会に恵まれ好評をいただくことができました。その時は3曲だけの構成だったのですが、今回あらたに2曲を書き加えたコンプリートな〈長谷川等伯組曲〉を収録します。2015年には〈徳川家康公ジャズ組曲〉で歴史ファンに向けてアピールしましたが、今回は〈長谷川等伯組曲〉で絵画ファンにも強くアピールしようと思います(笑)。楽しみにしていてください」
――海外での反響はいかがでしたか。
「海外で〈長谷川等伯〜〉や〈徳川家康〜〉を演奏するとものすごく受けます。日本の歴史に憧れている人が多いからでしょうね。たとえばアメリカやオーストラリアなどでは、“400年前の侍の曲です”と言うと、それだけで大きな喝采が上がります。400年前にはアメリカもオーストラリアも独立した国家ではありませんでした。そんな時代に日本には、皆から慕われる大将軍がいたとか、天才的な画家がいたと言うとすごく驚かれるのです。家康の話でも盛り上がってくれるのですが、〈長谷川等伯〜〉は、視覚的にわかりやすいぶん、さらに盛り上がります。私が曲の由来である等伯について説明を始めると、お客さんたちがその場でタブレットやスマートフォンで等伯の絵を検索して、それを見て歓声を上げながら聴いてくれるんです」
――タブレットで実際に等伯の絵を見ながらライヴを楽しむというのは大らかですね。
「そういうのもコンサートの新しい楽しみ方として、ありだと思います。そんなことを踏まえて、2月のコンサートでは等伯の絵をプロジェクターでステージに映し出しながら演奏したいと思っています」
――スケールの大きな楽しいコンサートになりそうですね。
「ありがとうございます。じつは、〈長谷川等伯組曲〉にはもうひとつ面白いエピソードがあるんです」
――どんなエピソードでしょうか。ぜひお聞かせください。
「今でこそ、各地で等伯の絵画展が開催されたり、阿部龍太郎さんの書いた伝記が直木賞を受賞したりということで、等伯は大人気ですが、江戸時代まではあまり高い評価をされていませんでした。狩野派を盛り上げるために長谷川派の評価が意図的に落とされていたようです。等伯が正当な評価をされるようになったのは明治時代。そこから今の人気に繋がってゆくのですが、そのきっかけを作ったひとりが、奈良博物館学芸員であったという学者。彼が行なった研究によって等伯再評価の機運が高まったのです。〈長谷川等伯組曲〉を作るためにそんなことをいろいろ調べていたら、それを脇で見ていた私の母が“この片野四郎っていう人は私のお祖父ちゃんよ”と。もう吃驚しましたね(笑)。つまり私の曽祖父というわけです。彼は若い頃に亡くなっているので、私とは接点がなかったんです。曽祖父が再評価に結び付けた等伯をモチーフにして、その曾孫である私が音楽を作るということには何か運命的な結びつきを感じます」
――守屋さんはそうした演奏活動と並行して、昭和音楽大学や尚美学園大学でも教鞭を執るほか、山野ビッグバンドコンテスト、浅草ジャズコンテストなどの審査員を務めるなど、ジャズ教育や普及活動にも力を入れていらっしゃいます。どのような手応えを感じていらっしゃいますか。
「日本では今、ビッグバンドが盛んです。とくにアマチュアはとても盛り上がっていて、大学生はもちろん、中高生や小学生にも浸透しつつあります。教育の中でジャズを教えることはとても有意義だと思います。ジャズは、自分で考えなければできない音楽。協調性も自主性も全部必要ですから、自発的に考える教育に繋がります。実際、ビッグバンド・ジャズを教える中学校、高校が増えてきましたし、ここ10年くらいの間では、大学でも専門的に教えるようになり、ジャズをめぐる教育環境は格段によくなりました。私たちが学生だった頃は、ジャズ科を持つ音楽大学はありませんでしたから。それからもうひとつ日本で特徴的なのは、学生だけでなく社会人の間でもビッグバンドが盛んだということです」
――たしかに各地で行なわれているジャズ・フェスティヴァルに行くと、数多くの社会人ビッグバンドを目にしますね。
「学生時代にビッグバンドをやった人は、社会人になってもやめないんです。ビッグバンド・ジャズは考えながらやらないとできない音楽。学生の頃にやっていると、どうしたらうまくなるかがしっかり身に着きますので、卒業した後でもどんどん上達します。おまけに楽しいですから。ビッグバンドって良い趣味だと思いますね。ビッグバンドをやっている人たちはみんなから羨ましがられているという話をよく聞きます。会社が終わって、みんなと集まって好きな音楽を演奏し、その後その人たちと音楽を語りながらお酒を飲む。それで1年に1回リサイタルを開いて会社の人たちを呼んでカッコいい姿を見せる」
――それは楽しい趣味ですね。
「アマチュア・ビッグバンドの良いところは、楽器の技術がすべてではないところです。誰かが多少失敗しても、他の誰かがちゃんとフォローしますから。コンボやクラシックではそんなわけには行きませんが、ビッグバンドは、多少の欠点があっても、大勢で一斉にスウィングする迫力と一体感そのものが楽しめます。だからビッグバンドは一生続けることができます。私のコンサートにもそういう熱心な社会人バンドの方々が大勢聴きに来てくださいます。しかも嬉しいのは、そうした方々がよく私の曲を演奏してくださること。関西のあるバンドは、私がコンサートで新曲をお披露目すると、すぐさまその曲の譜面を入手して、CD化される前に演奏してくれます。しかもその後、その演奏をネット上にアップ。そしてそれを見た他のバンドもレパートリーに入れてくれるという嬉しい連鎖があります。そんなふうに演奏してもらえるのは本当にありがたいことですね。私たちのバンドはメンバー全員が忙しいスケジュールを抱えていますので、演奏できる機会は限られていますから。今回のコンサートではそうした方たちにお会いできるのも楽しみのひとつです」
取材・文/早田和音(2017年12月)
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守屋純子オーケストラ 2018年定期公演
The 100th Anniversary of JAZZ: Legends of Yesterday and Today
2018年2月9日(金) 開場18:00 / 開演19:00
東京・渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
http://www.shibu-cul.jp[チケット] 一般 4,500円 / 学生 3,000円(ともに税込)
[メンバー]
守屋純子(p,アレンジ)
納 浩一(b)、広瀬潤次(ds)
近藤和彦(as,ss,fl)、緑川英徳(as)、岡崎正典(ts)、吉本章紘(ts)、岩持芳宏 (bs)
エリック・ミヤシロ(tp)、木幡光邦(tp)、奥村晶(tp)、岡崎好朗(tp)
佐野 聡(tb)、佐藤春樹(tb)、東條あづさ(tb)、山城純子(b-tb)
お問い合わせ:サンライズプロモーション東京
[TEL] 0570-00-3337(10:00〜18:00)