2台のピアノで音を紡いでいるようでいて、少しずつ世界が変容している――向井山朋子、ゲラルド・バウハウスとの「カント・オスティナート」をリリース

向井山朋子   2015/04/01掲載
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 お茶を飲んだり話したりしながらピアノを弾く“リビングルーム”など、従来の演奏形式にとらわれない新しい形のステージを積極的に展開してきた向井山朋子ネザーランド・ダンス・シアターの振り付けで知られるイリ・キリアンとのコラボレーションのほか、舞台芸術やインスタレーションなど美術の領域にも進出する彼女はみずからを“ピアニスト / 美術家”と呼び、ジャンルを横断する作品を発表して国際的な注目を集めている。
――現在、オランダのアムステルダム在住ですね。そもそもなぜオランダに?
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 「同じ質問をこれまでに200回くらい受けているのですが、なかなかうまい答えが自分でも見つからなくて……。インタビュー用にもっともらしい回答を作成しようかとも思ったぐらい(笑)。とにかく、今から思えば私が訪れた1990年代の初めはとても良い時代で、政府が芸術や文化に対していちばん助成を行なっていた時で、組織や発表の場にも恵まれていました。とくにメインストリームではない実験的なものに対して手厚かったので、新しいものに挑戦したい若い世代にはうってつけの場所でした。それに、“女性だから”とか“日本人だから”などととやかく言われることもなく、やりたいことができた。現在は、欧州全体に言えることですが、移民やイスラム教徒との摩擦もあって、外国人に対して垣根ができつつあるのは残念なことですね。世界のバランスをとる役割を果たす国だと思うので、オランダには頑張ってもらいたいものです」
――従来の形式にとらわれない芸術活動で注目を集めています。
 「昔から、“音楽を視(み)せる”ということにこだわってきました。みんなで音楽を取り囲んで、お互いに指を差しあえるような空間を共有できないかなって。それを意識しているうちに出てきたのが、ダンスとのコラボだったり、インスタレーションだったり、音楽を奏でる身体に不可欠なものとしてのファッションと絡めたり……いずれの場合もピアノの周りからは離れずに。5歳で始めたピアノはすでに自分の一部ですから、それをどこまで広げることができるか、これからも冒険を続けていきたいと思います」
――3月にはオランダ人の現代音楽作曲家シメオン・テン・ホルト(1923〜2012)の代表作である「カント・オスティナート」を、ゲラルド・バウハウスさんと2台のピアノでレコーディングしたアルバムが日本でもリリースされました。
 「シメオンはもともと前衛的なセリー音楽からキャリアをスタートさせた、オランダでは誰もが知る作曲家。かつて地元である北の町ベルゲンで開催していた音楽シリーズに、私もよく参加させてもらっていました。本人いわく“それまでの音楽にセクシーさを見出せなくなった時に、リビドーのおもむくままに書き出した”という1979年初演の〈カント・オスティナート〉は、現在でも週に1回はどこかの演奏会でとりあげられているという人気作品です。ハープやマリンバで演奏されることも多く、この前はチェロ5台というとてもスリリングな演奏会もありました」
――いわゆるミニマル・ミュージックということで、使用する楽器や曲の進行が自由で演奏時間にも決まりがないとか。3月には、東京・北海道・大阪の3ヵ所で向井山さんとバウハウスさんを含めた4台のピアノによる演奏会もあり、話題を呼びました。
 「とくに演奏者が4人もいるとそれぞれの意向もあるし、いろんな要素が積み重なって予測不能。その場の雰囲気がすべてを決定します。でも、誰かがリーダーを務めるわけではないし、全員に同等な発言権が与えられているという意味ではとても民主主義的なところがこの作品の魅力です。同じピアノ4台でも、演奏者の年齢や性別、国籍、見た目の違いなどが多様な組み合わせほど面白いかもしれません。演奏会によっては一晩続いたものもあって、聴く方は寝袋持参だったとか。もちろん、演奏する側も途中で誰かが休んだり、食事したりと、非常におおらかなのですが」
――アルバムの収録時間は78分34秒。心地いいので聴きながらちょっとウトウトして目が覚めたとしても、同じようなことやっていて安心できます。そんなふうに“よそみ”できるのが素敵だと思います。
 「レコーディングではイタリアのFAZIOLI(ファツィオーリ)という素晴らしいピアノを使用したので、再生装置にこだわって聴いていただくと、これ本当にピアノの音? と思うような瞬間があるかもしれません。ひたすらゲラルドと2台のピアノで音を紡いでいるようでいて、少しずつ世界が変容していることに気付いてもらえたり、自由にいろんなイマジネーションをふくらませながら聴いていただけたら嬉しいです」
――今後の活動について教えてください。
 「2016年の発表を目指して、ファッションを軸にしたパフォーミング・アート作品を企画しています。現在はその準備段階で、いろんな方と会って話をしているのですが、その様子も記録中で、最終的には映像作品として公開する予定です。そうやって“準備”と“結果”という異なる位相から、“ファッション・ショーって何? そもそも人はなぜ服装にこだわるの?”みたいな疑問にも迫るようなものを構想しています。ご期待下さい!」
取材・文 / 東端哲也(2015年3月)
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