NHK BSプレミアムで放送されている『世界ふれあい街歩き』。旅人の目線で世界の街を歩き、何気ない日常風景や人々の暮らし伝えてくれるユニークな旅番組です。その映像と音楽を生演奏で楽しめる贅沢なコンサート『NHK「世界ふれあい街歩きコンサート」』が、10月6日(水)に東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で開催されます。パリやロンドンなどの美しい街並みと、耳になじんだ優しいメロディ。15年以上にわたり番組の音楽を手がけてきた作曲家・ピアニストの村井秀清さんは、「ホッとくつろぎつつ、リアルな旅への想いを掻き立てるライブにしたい」と抱負を語ってくれました。
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――根強いファンが多い長寿番組ですが、こういう形のコンサートは初めてですね。
「はい。じつはこれまでも仲間内ではよく話してたんです。“街歩きの映像と生演奏を組み合わせたライブができたら、きっと楽しいよね”と。でも、現実的にはいろんなハードルがあって、実現には至らなかった。ですから今回、主催者の方からお話をいただいた際にはけっこう意外でした。もちろん嬉しかったんですけど、それ以上に“え、本当ですか?”という気持ちが強かった(笑)。ただ、その後スタッフの方々と内容を相談するうちに、自分の中でしっかりイメージができていきました」
――具体的にはどんな内容になりそうですか?
「これはもうシンプルで。『世界ふれあい街歩き』のアーカイヴ映像を流しながら、番組のために書いた楽曲を演奏するというスタイルです。パリ、ロンドン、スペインに加えて、プラハ、ウィーン、ベルギーのブルージュなど、トータルで7〜8都市かな。コロナ禍でまだ海外渡航は難しい状況ですが、だからこそ会場にいながらにして、ヨーロッパ旅行の気分を味わえるコンサートにしたい。『世界ふれあい街歩き』という番組のエッセンスを生かしつつ、個人的には、放送とはひと味違う面白さも出せればいいなと」
――といいますと?
「視聴者の方はよくご存じかと思うんですが、『世界ふれあい街歩き』って、映像と音楽のシンクロ具合がすごいんですね。カメラが風景を切り取るリズムと音楽の呼吸が、繊細に構築されている。あれはひとえにスタッフの愛情の賜物で。一見そうは見えないけれど、じつはすごく手間暇かけて作り込まれています」
――視聴者にそう感じさせないところが、プロの仕事なんですね。
「まさに! 逆に言うと、あれを生演奏で再現するのはそうとう難易度が高い。事前に尺を細かく計算したり、いろいろ準備も必要で。かなり緊張感あふれるムードになっちゃうと思うんですね。それよりむしろ、いつものバンド仲間とふだんどおりの演奏をして。リラックスした臨場感を楽しんでいただくほうがいいのかなと感じていて」
――そのほうが、かえってこの番組の持ち味が伝わるとか?
「そうなんですよ。番組の音楽を書いている人間が、こんな言い方をすると怒られちゃうかもしれないけれど。少なくとも僕の中でこの番組って、テレビの前できっちり正座して見るイメージが薄くて。どちらかというと夜、家に帰って何気なくテレビをつけたときにやっていると、得した気分になるというか」
――その感じ、わかる気がします(笑)。
「もちろん、録画してしっかりご覧になっているファンの方も、たくさんいらっしゃると思うんですよ(笑)。でも、ある種の“肩肘はらずに楽しめる感じ”も、この番組の大きな魅力だと思うので。今回、映像とのマッチングについてはプロの制作スタッフにお任せして。自分たちはひたすら、いい演奏をお届けすることに集中しようと思っています」
村井秀清
――村井さんはこれまで、番組に何曲ぐらい提供されたんですか?
「ちゃんと数えてないんですが、たぶん50曲ちょっとかな。2005年の番組スタート時に、14〜15曲まとめて作って。その後も“こういう曲調がほしい”というご依頼に応じて、少しずつ書かせていただきました。放送初期はヨーロッパの都市がほとんどだったので、曲調もそのイメージに合わせて、わりあい大編成のストリングスを使ったものをたくさん書いています。その後、ロケ地が世界中に広がっていくにつれて、曲のバリエーションも広がって。もう少し軽めのバンドっぽいアレンジも増えていきました」
――有名なテーマ曲は、開始当初からずっと変わらないですね。
「あれは最初の段階で候補をいくつかご提案して。スタッフの方に選んでいただきました。ちなみに、僕が本命だと思っていたのは別の曲だったんですよ」
――へええ! あまりにも耳になじんでいるので、別の曲は想像できません。
「みなさん、そうおっしゃいます。僕も、最初は“ふーん、こっちを選ぶのか”って思ったりしましたが、今となればこれが正解だったと思う。実際、ライブでリクエストをいただくこともすごく多いですし。第三者の視点ってやっぱり大事だなと(笑)」
――なるほど。今回のライブは村井さんご自身のユニット「Merged Images」に「篠崎正嗣ストリングス」を加えたスペシャル編成ですね。総勢は?
「15人くらいですね。Merged Imagesはずっと一緒に活動している仲間で、気心が知れている。僕のピアノにギター、ベース、ドラムス、サックスという編成です。この5人でもかなりフレキシブルな演奏ができるんですが、そこにストリングスが加わるとアレンジの幅も広がるし、何より気分が上がるでしょう。篠崎さんには、最初のレコーディングからずっとお世話になっているので。今回ぜひご一緒したかったんです」
――コンサートのセットリストはどのように選んだのでしょう?
「まず今回のバンド編成で演奏しやすい楽曲をざっと選びまして。そこから制作担当の方と“この曲にはこの映像が合いそうですね”“じゃあ演奏の尺を少し伸ばしましょうか”というようなやりとりを重ねつつ決めていきました。基本こちらの希望というかワガママをずいぶん聞いていただきましたが、要所ではしっかりアドバイスもいただいて。たとえば、曲順などもそう。僕らはどうしても楽曲のトーンで全体の構成をイメージするんだけど、実際に映像を出してもらうと、意外にうまくいかないケースもあるんですね」
――楽曲はスムーズにつながっても、映像のリズムが途切れてしまう。
「そうなんです。そんなとき、映像スタッフさんの提案で曲順を並べ替えてみるとバシッと決まったりする。その意味では『世界ふれあい街歩き』の画が持っているポテンシャルをあらためて痛感しましたし。それによって音楽のバリュー自体がさらに高まっている。音楽がいちばん映える映像を探してきてくれるスタッフさんには、本当に助けられました」
――コンサートの準備のため、古い譜面も引っ張り出されたとか。
「ええ。当時はまだ、紙にこつこつ音符を書き込んでいたので。パソコンと違って、見ると当時の感覚が蘇るんですね。今の自分から見ると、技術的には未熟で笑っちゃうけれど、“でも一生懸命に書いていたなあ”と思ったり(笑)。あとは、その時期に影響を受けていた音楽がもろに透けて見えたりもしてね。微笑ましいやら、恥ずかしいやら」
――たとえばテーマ曲については、どんな思い出がありますか?
「『世界ふれあい街歩き』のお仕事をいただく少し前、たまたまレコーディングでチェコのプラハに行ったんですね。その経験が、僕にはとにかく大きくて。街並みはきれいだし、そこに住む人々の生活と音楽が文字どおり密着していて。街中にオペラハウスがたくさんあって、正装した客引きのおじさんが“今、モーツァルトやってますよ”って道行く人を呼び込んだりするんです。そのカジュアルさが羨ましくてね。テーマ曲にかぎらず初期の楽曲には、プラハで感じた空気感みたいなものが影響している気がします」
――コンサートには、語り役として俳優の浦井健治さんも出演されますね。今回が初タッグとなりますが、印象はいかがですか?
浦井健治(左)と朝夏まなと
「穏やかで素敵な方ですね。優しい顔が、人柄をすべて表している。最初の打ち合わせで、僕が“村井と浦井でライライコンビですね”みたいな軽口を言っても、笑顔で受け容れてくださった(笑)。声も柔らかいし、ご一緒するのが今から楽しみです。特別ゲストは、元宝塚トップスターの朝夏まなとさん。朝夏さんはもちろん浦井さんにも、トークだけでなく何曲か歌ってもらおうかなと思っています」
――ますます楽しみですね。最後に一言、コンサートへの意気込みをお願いします。
「繰り返しになりますが、来ていただいたお客さまに、とにかくホッとくつろいでいただきたいですね。少しずつ収まってきたとはいえ、やっぱりコロナ禍で世の中全体が緊張気味じゃないですか。もちろんしっかり感染対策はしつつ、コンサート会場の中だけでもそういうピリピリ感を忘れてもらって。それこそ『世界ふれあい街歩き』という番組そのままに、楽しい旅の時間を疑似体験していただきたい。それで“コロナ禍が明けたらまたリアルな旅に出かけよう”と気分を高めていただけたら、演奏者としては何より嬉しいです」
取材・文/大谷隆之