シンガー・ソングライターのナミヒラアユコが、セカンド・フル・アルバム『薄明光線』をリリースする。ジャズやソウルを消化したサウンドとともに、のびやかな声でパワフルに歌うヴォーカルを聴かせる人で、ジャンルを横断した独自のポップスを確立している。今回のアルバムはJiLL-Decoy associationのChihiro-Decoy(vo)やCRCK/LCKSの井上銘(g)などの強力メンツが参加し、ライヴ感あふれるグルーヴィな音作りと彼女のいっそう力強さを増したヴォーカルとが溶け合い、そこにコロナ禍における真摯な願いを込めた傑作だ。彼女に、本作に至る経緯も含めて話を聞いた。
――ちょっとさかのぼったことから聞きたいんですけど、ナミヒラさんが曲作りをするようになったのは専門学校の頃ですよね。それはどういうきっかけがあったんですか?
「ずっと歌うことが好きだったので、音楽の専門学校に入ったんですけど、3年目の時に友達が“曲作ってみなよ”って言ってくれて、2コードだけで曲を作って、その曲が映画で使ってもらえたんです(映画『青いソラ白い雲』の主題歌〈ai〉)。そこで、自分は作ってもいい人間なのかもしれないな、って自覚した感じですね。それまでは全然作ろうと思っていなかったので。遅いスタートだったんです」
――そこから歌うことだけではなく、ソングライティングも含めて表現したい、って思うようになったわけですか?
「映画に使ってもらったのが大きかったですかね。わかりやすく評価してもらって、自分も楽しくて、やりたいことってなったので、そこからちゃんと書いていこう、って決めた感じです。最初に書いた〈ai〉の歌詞の世界観が、今に至るまで意外とブレていないんですよね。歌が好きでたくさん歌ってうまくなりたい、って気持ちがずっとあって歌ってきたんですけど、私だったらこうやって言うなとか、ここにこういう言葉があったらいいなとか、うっすら考えていた部分があって、それを全部表現している感じです。景色が見えるような、たとえば絵だったら音が聴こえてきそうな感覚とか、感受性をちゃんと揺らすようなことをするものが音楽や絵だと思っているので。自分の音楽もそういう、景色を見せるものになりたいと思っています」
――これまで出してきた作品は、ファースト・アルバムの『SCENE-瞳に映す色-』はジャズ色が濃くて、2枚目のミニ・アルバム『Plain』はシンプルなアコースティック・サウンドで、サウンド的には作品ごとに変化しています。ジャズなりソウルなりの要素がありつつ、ひとつのジャンルに偏っていないように思えるんですけど、それはどうしてだと思いますか?
「曲やヴォーカルはずっと変わっていないつもりでいるんですけど、サウンドが変わってきているのは、自分としてはどんどんポップなほうに行こうとしているんですよ。1枚目は、自分はとても好きなアプローチだったんですけど、“この曲はジャンルで言うと何?ポップスなのにジャズ?”みたいな感想がすごく多くて。そこからもっとポップに寄せたらみんな喜んでくれるかなって思って、(『Plain』の)アコースティックの時は、ポップでスカスカした音をやってみたかったので、あえてドラムとギターとヴォーカルだけという編成でやってみました。今回はフル・バンドで好きなようにやっていいっていう、自分の中では一番贅沢な編成だったので、あまりジャンルのことを考えないで、とにかく好きなことをやらせてもらったという感覚です」
――これまではサウンド的にすごくシンプルだったのが、今回は今までで一番音が盛られていますし、ゲスト・ミュージシャンも多いですし、かなり違いますよね。
「“ナミヒラアユコ”っていう名前を、まだ届いていない人に広く知ってもらうためには、自己紹介的な気持ちで作ろうというのがありました。それで、自分がやってみたかったのがフル・バンドで、いつも自分の中で鳴っている音だったので、それが実現できるチャンスだと思ったんですよね」
――楽曲の制作時期としては、コロナ禍以降に作った曲なんですか?
「今回のアルバムで8曲書き下ろしたんですけど、それが2020年の4〜5月のステイホーム期間だったんです。2020年にアルバムを作らせてもらうっていうことにすごく強い意味を感じていて、使命として意味を持たせなきゃダメだなとも思っていました。じゃあ一人の歌い手としてなにを今書くんだって思うと、自分は希望を書こうと思って。こんなに混沌としていて、みんなが未来に対して不安になっている時に、ミュージシャンが最初に希望を歌わないといけないなって考えているんです。混沌や悲しみを直接言うより、その先にある希望のことを歌うということをやりたいと思って。今回のアルバムは全部希望を込めて書いたんです」
――そうですね。ポジティヴな曲ばかりですよね。
「それで、タイトルと歌詞を並べた時に、“光関係”が多かったんですね。光が並んだ時に、じゃあどの光だろうなって考えて、『薄明光線』って、雲の切れ間からサーッって光線みたいに降り注ぐ現象のことを言うんですけど、あの光を見た時に私はすごく希望を感じるというか、まだ行けそうな気がする、みたいな感じになれるんです。だからこのアルバムを聴いて、それを見た時のような気持ちになってくれたらいいな、っていうことで、アルバム・タイトルにしました」
――全体的には、前半に明るくてアッパーな曲が続いて、後半になるとシリアスで祈りを込めたようなバラードが多くて、流れがはっきりした構成になっています。
「そうですね。前半はキラッキラの希望を表現していて、だんだんグラデーションになって、後半では、今年は悲しいことがたくさん起こってしまったので、それに真っ正面から対峙して、最後に〈Twilight〉で、明日をみんなで一緒に生きていきましょう、というメッセージを込めていますね。そういうストーリー、流れがあります」
――とくに冒頭の3曲は、ヴォーカルのパワフルな躍動感がすごいと思います。これはソウル・シンガー的ともいえると思うんですが、こうした唱法になったのはどうしてだと思いますか?
「ほかのアーティストのライヴを見に行ったり、ライヴ音源を聴いても、バーッて大きい声を出している時って、ビビビビッてなるというか、心臓から励ましてもらうみたいな感じで揺さぶられるんですよね。自分がライヴでやっていても、ビリビリさせたいっていうのもあるし、歌い上げるほうが伝わる気がするんです。だから表現のひとつとして、ロングトーンやヴォリューム・コントロールは、すごく大事なところだとは思います」
――後半はバラードが続きます。たとえば「願い事」などはほとんどピアノとのガチンコ勝負みたいな曲で、ちょっと今までにない試みをやっていますね。
「これはピアノの友田ジュンくんと一発録りで録ったんです。ピアノもヴォーカルも“もう戻れない”ってやつ(笑)。すごく緊張するレコーディングだったんです。〈願い事〉と〈陽炎〉に関しては、実際あった悲しみに対して歌っていて、大切なものをなくした人や残された人のことを思って書いた2曲です」
――今回はグルーヴィでソウルっぽい要素が目立っています。そこも含めて、ナミヒラさんの中ではポップスでありたい、という感覚なんですか?
「そうですね。私がやっていることはあくまでもポップスだなと思っています。サウンドの中にジャズやソウルの要素も入れて、最初のインパクトは“なんかいいね”で入ってもらって、よく聴くとサウンドでいろいろおもしろがってもらえたり、そういう意識で作りました。ずっと言っているんですけど、ポップスの中に3%くらいジャズを入れた、みたいな感覚でやっているんです。ストレートアヘッドなジャズの要素を入れているつもりはなくて、サウンドの中にジャズの要素を入れて、“なんかいいね”を作りたいんです。聴き心地がいいものでありたい。でもあまり聴いたことがないなっていう感じ」
――ポップスっていっても普通のポップスでは満足できなくて、なにか引っかかりのあるものでありたい、ということですか?
「なんか違うっていうものを作りたいですね。聴き馴染みはいいんだけど初めて聴いた、みたいな感覚になってほしくて」
――もしかしてこれからも、サウンド的には変化していくと思いますか?
「そうですね。表現していく根本みたいなところは変わってないので、そこは変わらずにありたいんですけど、新しさは追求していきたいと思っています。今の段階だと大きく変わってほしくないですけど、でも変わっていくんだろうなと思います」
――最後に、こういうコロナ禍の状況で、自身のこれからの活動についてどう思っていますか?
「2020年は配信ライヴもやりましたし、有観客のライヴ・ツアーも、3月だったんですけどなんとか走りきって。4〜5月はまったく動けなかったんですけど、6月はいくつか行かせてもらったりして、どうにかライヴ・ミュージックをつなげてきたんです。ライヴ・ミュージックを信じて、守ろうとしている人がいる限りは、残っていくだろうと思ってます。私もそこは一番力を入れたいところなんですよ。2021年4月10日のコットンクラブでのリリース・ライヴは、私の活動の中でも一番のステージ。初めてレコーディング・メンバーとバンドでやるっていうのもありますし、そこでみんなに、“やっぱりライヴはなくなっちゃいけない!”って思ってほしい。そういうライヴにしたいなと思っています」
取材・文/小山 守
新作アルバム『薄明光線』CD発売記念ライヴ2021年4月10日(土) 東京 丸の内コットンクラブ
http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/ 出演:ナミヒラアユコ(vo)、友田ジュン(key)、池田拓真(ag)、マーティ・ホロベック(eb)、 福森康(ds)
ゲスト::chihiRo-Decoy(from JiLL-Decoy association)