ケイト・ナッシュや
アデルのサポートも務めるイギリスの若手レゲエ・シンガー、
NATTY(ナッティ)。デビュー・アルバムとなる
『MAN LIKE I』は、
ボブ・マーリィ直系のアーシーなレゲエをルーツに持ちつつも、70年代ロックからヒップホップまで幅広い音楽的嗜好を持つ、彼の持ち味がさりげなく発揮された作品に仕上がっている。多様な人種や文化が混在するノース・ロンドンで生まれ育った彼が、自らのサウンドに乗せて伝えようとしているメッセージとは──?
ここ最近、アコースティックな風合いを持つレゲエ作品が続々と日本に届けられている。スイスのリー・エヴァートンやレユニオン島の
トグナなどがそれで、
ジャック・ジョンソンと
ダミアン“Jrゴング”マーリィの間に立つようなそのサウンドは、いずれもレイドバックした優しいムードを称えたもの。ロンドン北部出身のナッティもまた、そうした潮流のなかに置いてみたくなるようなアコースティック・サウンドを携えてデビューを飾ったシンガー・ソングライターである。
ただし、彼のデビュー・アルバム『MAN LIKE I』のサウンドは非常に幅広い。どこか
ボブ・ディランを想起させるトーキング・スタイルの歌唱があれば、全体に西アフリカ調のフィーリングが振りかけられてもいて、一言で“レゲエ”といえないユニークな雰囲気があるのだ。
「生まれ育った生活環境が大きいかもね。僕が生まれ育ったロンドンはすべての文化が混在してる、とてもコスモポリタンな場所なんだ。一歩家を出たらアフリカ人やイスラム、クリスチャン、インド人、日本人がいたり、すべての文化に接することができたんだよ」
現在24歳のナッティにとって、音楽の原体験は両親が聴いていた数々の名盤だった。ニール・ヤング、ボブ・ディラン、ドノヴァン、そしてアフリカ系の母親が聴いていたソウルやレゲエ、アフリカ音楽。なかでも印象深いのがポール・サイモンの『グレイスランド』だそうで、南アフリカの音楽家たちも参加したこのアフロ・ポップ作品にナッティの世界を紐解く鍵が隠されているのかもしれない。
そうした恵まれた音楽的環境のもと、ジミ・ヘンドリックスとの出会いをきっかけにギターを手に取った彼は、同時にヒップホップやダンスホール・レゲエ、UKガラージなどにも傾倒。高校卒業後、「音楽を作ること自体に興味があったんだよ。ドラムのセッティングやミックス〜マスタリングの作業なんかも見たかったし、音楽制作のすべてを学びたかったんだ」
という理由からスタジオ・エンジニアとして活動をスタートさせる。 スタジオ・エンジニアとしての仕事と同時に、ナッティはソングライティングやライヴ活動、トラック制作にも精を出す。そんななか、現在の所属レーベルであるUKアトランティックのスタッフの目にとまったことをきっかけにして、この名門レーベルとの契約に漕ぎ着ける。「本当に光栄に思うよ。歴史があるレーベルと契約できたわけだからね。
アレサ・フランクリン、
レイ・チャールズ……偉大なアーティストを多数輩出した名門レーベルだからね、そりゃ嬉しいよ!」
と笑う表情も、どこまでも屈託がないのである。
そんな彼のデビュー・アルバム『MAN LIKE I』は、エンジニアとしての経験が活きているのか、実にソウルフルで滑らかな肌触りに包み込まれている。一聴しただけだとラフでシンプルな作りに思えるが、聴くうちに温もり溢れるサウンドがじんわりと染みてきて、丁寧に作り上げられたことがしっかりと伝わる内容だ。 「ライヴ感を出すことは意識したかな。最近の音楽はコンピュータに頼り過ぎだと思うし、正確さを求め過ぎだとも思う。そこにはソウルが込められていないんだよ。そういう作りにはしたくなかったんだ」
ソングライターとしてのインスピレーションの源について訊ねると「リアル・ライフだね」と言い切るナッティ。そこには人種間の軋轢や経済格差といった社会問題も反映されているのでは?と訊くと、身を乗り出して熱く語り出した。
「今のイギリスのプレスはレッテルを張るのが好きなんだ。特定の世代に名前を付けたがったり、フードのパーカーを着ているだけで犯罪者と決めつけたりね。本当にものすごい怒りを感じるよ。それと、見せかけのもの、フェイクなものにみんなしがみつく状況にも憤りを感じる。要するに、本当の人間関係に必要ないものに頼りすぎているんだ。TVや電話を通しての関係性にね。そういった日常的な問題と同時に、人種間の関係も僕を苛立たせる。だって、人種間の関係なんて僕には関係ないからね。同じ惑星の上に住んでいる同じ人間なんだからさ。それと、金持ちと貧乏人の対立、違うジェネレーション間の対立……本当に対立が多過ぎるよ。そう思わない?」
ナッティという名前は、
ボブ・マーリィ&ザ・ウェイラーズのアルバム
『Natty Dread』から付けられたという。“One Love”を歌い、同時に“世界中戦争だらけだ”と嘆いては、世界中に連帯と共闘を訴えたボブ・マーリィ。まだどこか幼さの残るナッティの姿が突然そのボブとカブった気がして、彼の未来に大いに期待したくなった次第である。
取材・文/大石 始(2008年12月)