クラシック音楽の定番名曲と、日本の作曲家による名曲をカップリングし、21世紀のスタンダード・ライブラリーを構築する
セッション録音シリーズ『BEYOND THE STANDARD』 (DENONレーベル)。その第2弾に選ばれたのは、
チャイコフスキー の「悲愴」交響曲。そして、
谷川俊太郎 による詩と
武満徹 の印象的な音楽が融合した「系図(Family Tree)」だ。後者は若い世代の人気女優を語り手に迎えることが多く、これまでも遠野なぎこ、蓮佛美沙子、上白石萌歌らがそれぞれの世界を作り上げてきた。今回、その役目を担うのは、NHKの朝ドラ『あまちゃん』で注目を集め、大ヒットしたアニメーション映画『この世界の片隅に』で“声の演技”が高く評価された、女優の
のん 。気鋭のマエストロ、
アンドレア・バッティストーニ と
東京フィルハーモニー交響楽団 が生み出す音楽とともに、またひとつ新しい「系図」が生まれる。
その音楽がコンサートホールに響くと、まるで夢の中へ迷い込んだような気分になってくる。いや、もしかすると誰もが知っているはずの、母親の胎内にいた頃の記憶を蘇らせる音楽なのだろうか。
武満徹 が1995年に発表した「系図(Family Tree)」は、詩人である
谷川俊太郎 作による『はだか』という作品をテキストに使い、晩年となった時期の武満作品に満ちている繊細なロマンの香りにあふれた、非常に印象深い曲である。録音会場となったのは“タケミツ・メモリアル”という名称でも知られる、東京オペラシティのコンサートホール。聴衆のいない空間に足を踏み入れると、頭上へと広がる天井の空間が神殿のようにも感じられ、ホールの静かな息づかいまで聞こえてきそうだ。
録音セッションは、まず「悲愴」から始まり、スタッフも含めて十分な満足が得られると、いよいよ休憩を挟んで「系図」のレコーディングである。家族の様子が、主人公である“わたし”の視点で語られる作品。そこから“生まれたこと、生きること”を読み解いていくような内容なのだが、語り口によって“わたし”や家族の印象も変わってくる。
アンドレア・バッティストーニ
少女性が豊かなのんの声や淡々と言葉を紡いでいくスタイルは、曲の中に宿るドラマ性をことさらクローズアップするのではなく、むしろ聴き手の想像力を喚起するような“余白のある語り”であるような印象を受けた。
バッティストーニ と
東京フィル の演奏も、絹糸のようなメロディラインと星のまたたきを思わせる音などが交錯する武満のスコアへ、丁寧に命を吹き込んでいく。
録音セッションが無事に終了したあと、オーケストラとの本格的な共演は初めてだったというのんに、作品の印象などを聞いた。
――録音を終えてみて、いかがですか。
「武満徹さんのことは初めて知りましたけれど、気持ちのよい音が流れてきたと思ったら不穏な感じの音も混ざっていたりして、複雑な“わたし”の感情や家族のいる情景などが感じられる音楽だなと思いました。オーケストラとご一緒することも自分にとっては新鮮な経験ですし、語り出すタイミングも難しかったので間違えたら空気がピリッとするだろうなと思い、緊張していたのです。でも、バッティストーニさんの素敵な笑顔と東京フィルの皆さんの音楽によって、なんとか録り終えることができました」
――谷川俊太郎さんの詩は、ご存じでしたか?
「この作品ではありませんけれど、兵庫県の芦屋で開催されている映画祭に呼んでいただいたことがあり、そこで谷川さんの詩を朗読したことがあります。今日の詩の“わたし”はちょっと悲しいところもあるし、でもときどき楽しいことも考えていて、最初に読んだときはとても不思議な気分になり、どうやって読んだらいいのだろうと悩みました」
――のんさんは“わたし”のキャラクターを、どう考えましたか。
「家族の中で過ごしているはずなのに、どこか孤独を感じているのかなと思います。おじいちゃんに“こっちをみて”と心の中で願っていたり、おかあさんが家を出て行くところを見ていたり、寂しいと感じているけれど言葉にしようと思ったことはなくて、自分もいつか遠くに行きたいと思っているんじゃないか。そんなことを感じながら読みました。犬のごろーが何日ぶりかで戻ってきたとき、ごろーが過ごした時間を思いながら、自分だったらどうだろうと想像力を働かせるところは、とくに印象深いですね」
――のんさんにとって、「系図」はどのような作品ですか?
「私も音楽活動をしていて作詞・作曲をしますが、ストレートに感情をぶつけるような曲が多いので、今回のような“なんだろう、これは?”と疑問が湧いてくるような詩、ひとつの言葉からいろいろなことが想像できる世界などに憧れます。私にとっては、新しい自分を見つけることができる作品だったかもしれません」
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取材・文 / オヤマダアツシ(2018年5月)