『リングの女神達〜女子プロスーパースター列伝〜』発売記念 掟ポルシェ×今井良晴(元・全日本女子プロレス リングアナウンサー)

掟ポルシェ   2013/07/01掲載
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『リングの女神達〜女子プロスーパースター列伝〜』発売記念
掟ポルシェ×今井良晴(元・全日本女子プロレス リングアナウンサー)
 ビューティ・ペア「かけめぐる青春」、クラッシュギャルズ「炎の聖書」といった大ヒット曲から、マキ上田「インベーダーWALK」、ダンプ松本「MAJI」(作曲は坂本龍一!)といったカルト・チューンまで、昭和を彩った女子プロレスラーたちの楽曲を集めたコンピレーション『リングの女神達〜女子プロスーパースター列伝〜』。その発売を記念して、音楽界きっての女子プロ・マニアである掟ポルシェさんと、元・全日本女子プロレス・リングアナウンサー今井良晴さんの対談が実現! ダンプ松本率いる“極悪バンド”の元メンバーでもあり、全女の栄枯盛衰を至近距離で目撃してきた今井さんに、音楽周りを中心に当時の貴重なエピソードをたっぷり語ってもらいました。
「ビューティ・ペアの〈かけめぐる青春〉なんて、セールスでいうと100万、ミリオンセラーですから」(今井)
掟ポルシェ(以下、掟)「今井さんは1991年にリングアナとして、全日本女子プロレス(以下、全女)に入社されるわけですけど、もともと中学時代の親友が松永会長(注1)の甥御さんだったことで、入社前からなんらかの形で女子プロレスに関わっていたんですよね」
注1:松永高司。1968年、松永4兄弟で全日本女子プロレスを創業し、社長・会長を務めた。「 女子プロレスの父」の異名を持つ。波乱万丈な生き様で数々の伝説を残した。
今井良晴(以下、今井)「ええ、14歳の頃から。ジャンボ宮本、赤城マリ子全盛期ですね。僕らが出入りしだした頃にマッハ文朱が入門するんです。掃除とかしていたの、練習生として」
「マッハさんというと全女に入る前に『スター誕生!』に出てたことで有名ですけど」
今井「最初に来たときは何の事情も知らなかったです。“なに、でっけーこの女!”とか言ったら、“うるさいわね! 何よ、あんた!”とか言い返されて」
「身長180センチの新人、確かにデカイです(笑)」
今井「で、事務所いったら会長が、“見たか、あれ、すごいだろ。スター誕生出てたんだよ”なんて言っててね」
「スター誕生決戦大会で、山口百恵さんと同じ回に出場して、結局スカウトの札が一枚も上がらず落選したものの、やはり逸材だったと」
今井「それで、身体もデカいからと自分で決めて全女に入ってきて。そうしたらフジテレビが面白いって、彼女をバラエティの枠に入れて、中継も入れて、というのが全女中継の始まりなんです」
「全女のTV中継はマッハ文朱ありきで始まった!」
今井「Yさんという有名な、山本リンダさんなどを手がけたプロデューサーがマッハに目をつけて、それで一番人気のあった土曜のバラエティに突っ込んだんですね。そこに試合中継も差し込んでいったら、人気が爆発したんです」
「当初はバラエティ番組の一部で」
今井「ところが、それが途中からメインコーナーになっちゃって、1時間番組の中で中継を30〜40分やるような枠に。マッハが、それで〈花を咲かそう〉を歌ったの。で、全女の中継が別番組で始まったんです」
「ディスコ歌謡の名曲ですよね。で、いきなりヒットして」
今井「あれも会場売りまで含めると相当売れているんですよね。で、結局、女子プロレスには歌が付き物になってきて」
「そういう経緯で全女の興行にはいつの時代も歌のコーナーがあったんですね。でも、マッハさんって女子プロレスは意外と長くやってなくて、2年半でやめちゃっているんですよね」
今井「そうなんですよ。マッハがいろいろあって喧嘩して辞めちゃうんです。で、どうしようかな、まいっちゃったな、といったときに、ビューティ・ペアが出てきて。あれもまた地味な二人だったんですよ」
「地味なのに無理矢理スターにさせて(笑)」
今井「マッハの人気で、若い子が来るようになったんです。それまでは、女子プロレスってワケありのおばさんみたいな人ばかりで」
「旗揚げからしばらくは松永会長の親戚がレスラーをやっていたり」
今井「ええ、そんな感じと、あとはワケありで入ってきた、バツイチだったりとか。それこそ、電信柱に職人求むみたいなことで入ってくるんです」
「三行広告以下の求人形態! 昭和の女子プロレスというと、片親だったりとか家庭環境が複雑な人が入ってくるイメージでしたね」
今井「孤児だったりとか。ただ単に腕っぷしがあったから入ってきちゃったみたいな人たち。それが15歳のマッハがプロレス始めたことで全然見方が変わって、ジャッキー佐藤とかが憧れて入ってきた。マキ上田は鳥取でどうしようもないから、親父が売り飛ばしてきたんです」
「人身売買(笑)」
今井「頼むから預かってくれみたいな。暴れてどうしようもないから」
「厚生施設の一環みたいな感じで(笑)」
今井「あの二人で、しょうがないからやろうと。歌わせたらこれがまたヒドくて頭抱えましたよ(笑)。歌と試合のセットっていうのが番組のコンセプトだったので、あんなんでもしょうがないって」
「あんなんでもって(笑)」
今井「マッハと比べたらもう雲泥の差ですよね。会場に来たオジさん客たちには、“なんだよこれ! やめさせろ!”なんて言われていたの。でも、ジャッキーとマキをテレビで観た女の子たちが、だんだんカッコイイと言いだすようになったんです」
「いわゆる宝塚的な人気が出てきたと」
今井「そうです。彼女たちはプロレスなんか観ていないですよ。歌だけ。それがだんだんちょっとずつ増えてくる。沖縄の離島の興業を1ヵ月くらいやってる間にもTVはやっていたんですね。そうしたら、その間に東京でビューティ・ペアの人気が爆発しちゃっていたんです。帰ってきて横浜文化体育館に行ったら、そこにティーンの女の子が5000人くらい来ちゃった。松永兄弟の頭の中にないことが起きているわけ。会長が、会場の前の階段に座り込んでへなへなになっていたんですよ。“なんだこれ……”って呆然として」
「当時女性2人だしということで、ピンクレディと並べて語られることが多かったんですけど、客層が完全に違いましたね」
ビューティ・ペア
“かけめぐる青春”
今井「同時期だっただけですね。ビューティ・ペアの〈かけめぐる青春〉なんて、セールスでいうと100万、ミリオンセラーですから。オリコンでは何十万というカウントだったんですけど、会場売りが別にあったんで、ピンクレディより売れたタイトルが何枚かあると聞いたことがあります」
「レコードの売り上げはちゃんと会社に入ったんですか?」
今井「ビューティ時代はみんな分からないです。松永兄弟も。間に入った頭のいい人たちが、もう全部、コレなんです」
「スッと懐に入れる仕草(笑)」
今井「興業収入だけでも莫大なので、それで会長は満足しちゃったんだけど。印税の解釈はほとんど分かっていなかったので、歌の収益は会場で売った何パーセントとか、お情けみたいにもらっているだけで。当時で数億はもっていかれているんです。“会長、俺が全部やっておくから!”って」
「会長は興行の収益がありますけど、それだと本人たちにはあまりお金が入ってなさそうですよね」
マキ上田
“インベーダーWALK”
今井「だから逆恨み的にビューティの二人は全女を恨んでやめていっていますよね。他の選手よりは全然いい給料だったんですけど。松永家に全部抜かれたと思っていますが、実はそうじゃないんです。生前、松永会長から当時の話を聞くと、“みんなに抜かれたな”と散々言ってましたね(笑)」
「ビューティ・ペアはレコード売上の割に実入りが悪かったということで、マキ上田さんは引退後にソロで〈インベーダーWALK〉を出してますが……」
今井「流行りに乗っかった、絵にかいたような企画ものですよね(笑)」
「ゲーム機のスペースインベーダーがブームの頃にこれでもかと当て込んだ曲で(笑)。後年テクノ歌謡の名盤といわれて再評価もありましたけど」
「急遽『極悪バンドショー』っていう企画をやって(笑)。30分俺らが演奏してダンプが歌うっていう、ヒドい番組を作って」(今井)
ナンシー久美
“アマゾネス女王”

デビル雅美
“燃えつきるまで”

ミミ萩原
“SEXY PANTHER”

ジャガー横田
“愛のジャガー”
「全女ではこれ以降も選手に歌を歌わせ続けますが、ナンシー久美さんやデビル雅美さんの曲は、ビューティのように社会現象にまではならなかったですよね」
今井「看板にしたい選手に歌わせる。歌うと爆発するんじゃないかと思うんだけど、ビューティ以降は、それほどいかないという」
「デビルさんの場合、演歌っぽい曲調だったり。上手いけど売れ線の曲ではなかったですし」
今井「その辺から出入りする音楽関係者の毛色が変わってくるんですね。デビルなんか上手かったから演歌路線になったりね。ミミ萩原に関しては本人がすっごい嫌がっていたんです、セクシー路線みたいな歌が。嫌々やっていたのを覚えてますね。しまいに最後ジャガーまで歌わせて。トップだから歌わせるっていうそれだけ。で、結果どうでもいい歌になっちゃう」
「曲自体はよかったですよ、〈ジャガーのテーマ〉」
今井「大田区体育館で〈歌のタイトルマッチ〉というのがあったんです。当時、デビルとミミはジャガーにプロレスの実力では全然叶わなくて。だけど、“私たち歌なら絶対ジャガーに勝てる!”ということで会社に〈歌のタイトルマッチ〉という企画を持ってきたんです。試合の合間に3人で歌を競うっていう。その審査委員長がハナ肇さんだったんですよ。副審査委員長が犬塚ヒロシさん」
クレイジーキャッツが審査員!」
今井「僕らの憧れですよ! “すげー、クレイジーキャッツだよ!”って、完全に自分たちだけ興奮しているんです。それで、まさにこのCDに収録されている曲をデビル、ミミ、ジャガーの3人が歌うんです」
「すごい豪華! で、どうなりましたか?」
今井「優勝は! といったらハナさんがジャガー横田を選んで(笑)」
「最高のオチですね(笑)」
今井「気迫が素晴らしいと。やはり戦う女の歌というのは、ああいうものじゃないといけないって。俺らはミミとかデビルから事前に企画の意図を聞いているから、おっかしくておっかしくて。ジャガーがざまーみやがれって顔してて」
「ハナさん、さすが笑いのツボが分かってます! みんながズッコケる最高の結末ですもんね。犬塚さんはどうだったんですか?」
今井「犬塚さんは何も言わないんですよ」
「いるだけ(笑)」
今井「役柄のまんま。これはもう僕の記憶でしかほとんど生きていない思い出ですけど」
Little Army Rockers
“ポ・ケ・バ・イ・ブ・ギ”
「今井さんにお願いした甲斐がありました! 次に〈ポ・ケ・バ・イ・ブ・ギ〉ですけど、元々全女の興行ではミゼットプロレスもワンセットでしたよね。一時はミゼットだけ『8時だョ!全員集合』にも準レギュラー出演するぐらいの人気で」
今井「すごい人気があったんですよ。昭和40年代の全盛期はセミ・ファイナルだったですから。〈ポ・ケ・バ・イ・ブ・ギ〉は会場売りメインで。というか、これは松永4兄弟のあいつらも歌わせたら面白いんじゃないかという雑談から生まれたパターン。でも本人たちは誇らしげにやっていましたからね。全盛期は10人以上のミゼットレスラーが所属していたんですが、会長は彼らのことが大好きで、銀行の頭取とかとの商談にも70過ぎのミゼットを連れていっちゃってね」
「今井さんも会長も本当にミゼットの人たちのこと好きすぎです!」
今井「銀行頭取みたいな偉い人と名刺交換するわけじゃないですか。その人は、どうしても隣にいる小さいニコニコしたおじいさんが気になるわけですよ。それで一遍に銀行の偉いさんのペースが崩されちゃう。金融業界の堅い世界でのし上がった人たちが、もう、ちょっと待ってくれって。何この人?みたいな。そういうのをしょっちゅう見ていました。俺たち、ゲラゲラ笑っていましたけどね。松永兄弟はどんなときでもふざけているんですよ。このレコードもそんなはずみから出来て」
「もののはずみで出たレコード(笑)。素晴らしい作品を残されましたね」
今井「今聴いても面白いですね、これ。後藤次利さんが編曲で。当時は金にものをいわせて結構な人たちが動いていたんですね」
「ミゼットへの愛情が感じられるいいエピソードです! 今井さんが全女に仕事として関わるのは、ダンプ松本さんのバックバンドだった極悪バンドのメンバーとしてですか?」
今井「そうですね。クラッシュギャルズに火が点きまして、歌のあるイベントとかが増えたんですけど、クラッシュだけじゃもたないので、僕ら前座でコミックバンド的なことをやって盛り上げてたんです。それこそ、クレイジーキャッツに憧れてましたから。当時、阿部四郎(注2)さんをいじった〈帰れ、阿部四郎〉という曲を僕が作って、最後に“♪帰れ”ってコールさせるとお客が大合唱するんです。そこへ、ダンプとか阿部さんが出てきて、俺らのことをひっぱたくという寸劇があったんです。その曲が面白いからといって、レコード化したいって話しがきて。俺たちがレコードを出せるって喜んでたら、バラクーダーに歌わせたいって(笑)」
注2:レフェリー。ダンプ松本率いる極悪同盟所属レフェリーとして超高速カウントなどで、クラッシュギャルズをはじめとするベビーフェースを大いに苦しめた。
「ガッカリですね(笑)」
今井「でも、阿部さんって本来はプロモーターなので、全女の中の人じゃないから、会長が阿部四郎の歌は駄目だって。阿部さんがあまり有頂天になるのはよくないと。もう人気が爆発的なのに、その企画はなくなっちゃって。僕は作詞作曲していたから、印税が入るんじゃないかって色めきたってたんですよ。でも没にされちゃって」
「極悪バンドはどういう形でスタートしたんですか?」
今井「当時、1週間に女子プロレスの番組を3回やっていたんです。そのうちの1個の企画がなくなっちゃって、急遽『極悪バンドショー』っていう企画をやって(笑)。30分俺らが演奏してダンプが歌うっていう、ヒドい番組を作ってお茶を濁したという(笑)」
「ダンプさんは、音源を聴いても分かりますけど、そんなに歌唱力がある方じゃないですよね。本人的には歌を歌うことに抵抗はなかったんでしょうか?」
今井「要するにクラッシュに対抗したいだけだったんです。だから、私たちも音楽をやると。それで会長に相談したら、“馬鹿いってんじゃないよ、お前らにそんな金かけられないよ”って言われて。それで、“今井ちゃん、頼みがあるんだけど、私たちバンドやりたいからバックやってくれない?”という話しになったんです」
「ダンプさんの頼みと経費削減の理由から今井さんがやることに」
今井「極悪バンドのメンバーで演奏するというのも考えたんです。ブルちゃんがいいとこのお嬢ちゃんでピアノとかも習っていたので。譜面見ると弾けるんですよ」
「極悪お嬢さん! 邪悪なお兄さん的な! 確かに中野さん、ヌンチャクさばきもキレイでしたし器用な感じはしますね」
今井「とにかくやっつけで、コンドル斎藤とか、コンバット豊田とかみんな振り分けて楽器渡して。なんとかヒドい鼓笛隊みたいなの1曲できるようにして。それを呼び物にした上での極悪同盟コンサートというのをやるので、あとは、バックは僕らがやるという。要するにクラッシュ・コンサートとの抱き合わせですよね。日本青年館とか、ららぽーと劇場といった千人クラスの会場を借りて。クラッシュが2日やると、極悪が1日とか」
「極悪だけの日も埋まったんですか?」
今井「極悪でも8割がた埋まっちゃったりとか。クラッシュは売り切れるんです。最盛期は後楽園遊園地野外ステージに3000人来ましたから。極悪同盟歌謡ショーとゴレンジャーショーで」
「正義の味方が悪の組織を滅ぼした後に、別の悪役のショーが(笑)」
今井「1日3ステージをゴレンジャーと交互にやるんです。客層は一緒なんですよ。子どもたちとご家族が盛りあがる。だんだん極悪が一般大衆に受ける時代になってきたんですね。俺たちも極悪同盟だからサングラスして革ジャン着て。悪そうに見せなきゃいけないっていう」
「ダンプさんは強面なイメージで売っていますけど、好きな音楽は普通に歌謡曲なんですよね」
今井「流行りものやアイドルが好きなだけで。要するにミーハーなんですよ」
「当時は芸能人と一緒にドラマにも出演してましたしね」
今井「売れて躁状態だったんです。それこそ、売れない頃から知っているので良かったと思いますけど。会場でパンフレット売りしているときもあった、試合をはずされてね。それでお前もうダンプ松本になって、徹底的にやらないんだったらクビと言われてがむしゃらにやったんだけど、やたら人気が出てきちゃったじゃないですか。クラッシュの二人より稼げちゃったわけですから。当時、給料日に会長が封筒で現金を全部の選手の分を上から下まで並べて、一番下の給料のヤツから会長室に呼んで見せるんです。で、ダンプとか千種の封筒は立ってる」
「やる気をあおるわけですね、下の選手の」
今井「新人から呼んできて、お前も頑張れば封筒が立つんだぞと。見せしめのように給料を渡すんです」
「さすがにダンプさんの頃になると、芸能収入とかレコードの売り上げも全部、会社に入ってきますよね」
今井「芸能収入の歩合がありました。普通の芸能人より全然歩合の割合は低いですけど。だけど、何しろ本数出てましたから」
「千種とか変なドラ声だし。こんなんじゃなって思ってたら、アイドルみたいにちゃんと歌えるようになって」(今井)
クラッシュギャルズ
“炎の聖書”
「一方、芸能活動が忙しくなりすぎて満足に練習もできないと言って、ライオネス飛鳥さんは途中でクラッシュ・ギャルズを辞めちゃったわけじゃないですか」
今井「売れたら売れたでワガママになりますから、嫌になってくるっていうのはありましたよね。でも(長与)千種なんてのは頭がいいから、あいつは違うんですよ。テレビの収録後とかでめちゃめちゃ疲れて、へとへとになって会場に着くじゃないですか。で、会場に着くとファンが見てるわけですよ。車を降りると付き人が寄ってきて、荷物を持とうとすると“いいの。自分のものは自分で持つの”って」
「カッコイイ〜!」
今井「でも、本当はそんなもの嫌なんですよ」
「人が見てるところではカッコつけなきゃ、っていう」
今井「そうするとファンの子達は“カッコイイ〜”ってなるわけですよ。あいつはそういう演出をするんです。で、控え室に入った途端、(足を投げ出して)はぁ〜、疲れた!って(笑)」
「わかりやすい(笑)」
今井「それで今度は、会場内を走り始めるんですよ」
「お客さんに見せるために?」
今井「いえ、まだお客さんが入ってない状態です。誰に見せてると思います? 体育館の職員に見せてるんですよ」
「は〜……プロですね」
今井「見てるほうは“疲れて会場についても長与千草って真面目に練習するんだね〜”ってなるじゃないですか。そこまで計算してたのは千種だけですね。飛鳥はドロップアウトしちゃったし」
「普通、あまりにも忙しくなってきたら何もかも放り出したくなりますよね」
今井「歌と踊りだけでもキツいですよ。それに加えて試合がありますから。当時は実力の飛鳥、人気の千種で6:4の法則っていうのがあったんですよ。実力6の飛鳥、人気6の千種。それが最後は7:3ぐらいになるんですよ。そこでふたりのバランスが悪くなるんですけど。そういう部分で飛鳥は、私は試合じゃ負けないっていうプライドがあって。一方、千種はプロレスラーとして人気があって、それがすべてだって考えなんです。それが化学反応して人気爆発したんだけど、お互いプライドが高くなっちゃって確執を生むんです」
「もともと仲が良かったわけじゃないですからね。会社に無理矢理組まされたっていう」
今井「飛鳥はジャガー派閥、千種はデビル派閥でしたから。犬猿の仲だったところを会社は意地悪だから組ませちゃった。でも組ませるとお互い負けたくないっていう気持ちがあって爆発したんですよね。結局、確執が深まって、俺たちが間に入ってもどうしようもなくなって」
「このCDに収録されてる選手で、他に今井さんが直接関わってるものというと?」
今井「ミミ萩原は、歌のショーをやるときに手伝ったりとか。僕の曲を歌ったりとかしてたんで。あと、北斗 晶みなみ鈴香海狼組は、吉田豪さんがライナーで書いてらっしゃるように、メジャーが相手にしなくなったあと、歌のコーナーを存続させるために、僕がCDを作ってあげたという」
「ジャケットもセピアカラー1色で手作りっぽく」
今井「お金がなかったですから。ペイラインを出すようにやって。で、歌のコーナーをやって。歌のコーナーを作ったほうが、地方に行ったときにパッケージとして成立するんで。あの頃は、クラッシュが辞めて過渡期。1回お客が引いて、ユニバーサルにアジャ・コングたちが出るまで客が戻ってこなかったですから(注3)。その1年弱ぐらい、僕が音楽を繋いでたっていう。そういうことをしてたら、お前うちに来いって誘われて入っちゃったんですよ。音楽的な絡みがあると、“今井を呼べ”って感じでやってた時期があったんで。お金を掛けられないから俺が呼ばれて、アルバイトみたいにやってたんです」
注3:クラッシュギャルズ引退後の90年代初頭、女子プロ界に冬の時代が到来。男子団体ユニバーサルプロレスと提携した全女が選手・試合を提供したことで男性ファンから注目を集め、女子プロ人気が再燃する。
「作曲料も小銭もらっておしまい、みたいな」
今井「そうですね。でも当時は別に仕事をしてましたから。でも、いい加減来いよと言われて入っちゃったという」
「それでリングアナに」
今井「リングアナは、最初普通に社員として営業とかやってたのに、売店で売り子やってたら、急にお前リングアナやれって15分前に言われて。そこからそのままリングアナをやるようになって」
「別に意図して始めた仕事ではないと」
今井「ええ。リングアナになりたいとか思ってなかったですから。イベントを盛り上げるためとか、そういう役割で入ったのに、リングアナになっちゃって。そこから20数年やってますから」
JBエンジェルズ
“(CHANCE)×3”

キッスの世界
“バクバクKiss”
「分からないものですね(笑)。クラッシュギャルズ以降の曲は、モロに曲調がクラッシュの亜流になりましたよね。JBエンジェルズもそうですけど。立野記代さんがプロレス界の聖子ちゃんとまで言われながら、残念ながら歌では人気が出なかったユニットで」
今井「でも、〈(CHANCE)×3〉っていい歌ですよね? 結構、評価高いんですよ、この曲」
「このCDには収録されてないですけど、このあとにも全女の方々は曲を出してますよね」
今井「フジテレビが本腰を入れだして、今度はアジャの時代になる、ブルちゃんの時代になるっていうところで、団体に勢いが出てきたんで、井上貴子をアイドルにしようとか、いろいろやりましたけど……まあまあ、あんなもんで。僕が完全に企画で入ったのは、『格闘女神ATHENA』(注4)の企画でやった“キッスの世界”(注5)ですよね。あの企画は丸々、僕が一緒にやりましたんで。当時、プロデューサーが変わって、全女中継が『ATHENA』になって。たまたまプロデューサーがGさんっていう音楽畑の方で。『ミュージックフェア』の花形プロデューサーだった方だったんですけど、いろいろあって女子プロ中継に流れ着いて。ここで一発巻き返さなければいけないっていうことで、僕と組んで、いろいろやりましょうということになって。いずれは選手がCDを出す、あの世界に戻そうねって。音楽業界にものすごく顔が効く人だったので、あっという間につんく♂さんを引っ張り出してきたんですよ」
注4:全日本女子プロレス中継を大幅にリニューアルした番組。全女だけではなく、他の女子プロレス団体や女子格闘技、さらには、さまざまなジャンルのスポーツで活躍している“戦う女性たち”にスポットを当てた構成となっていた。
注5:高橋奈苗、納見佳容、脇澤美穂、中西百恵という4人の若手女子レスラーによって結成されたユニット。2000年3月、つんく♂プロデュースによるシングル「バクバクKiss」でデビュー。
「キッスの世界は、つんく♂プロデュースっていうことで、結構注目されましたもんね」
今井「すごかったですよ。だってモーニング娘。をバリバリやってる時期に、つんく♂さんを引っ張り出してきたんですからね」
「しかもキッスの世界って、歴代の全女の歌謡グループの中でぶっちぎりの歌の下手さですからね」
今井「一人問題のある子がいて」
脇澤美穂さんですね! 歌に破壊力があるというか、歌そのものを破壊してるというか(笑)」
今井「つんく♂さんも、“脇澤だけは一生忘れないと思う”って言ってましたから。大変だったですよ。つんく♂さんが頭抱えてるの見たのって俺ぐらいだと思いますよ」
「致命的に下手だからといって切れないですからね(笑)」
今井「最後はエンジニアと機械で調整したんですから」
「2000年といえば録音ソフトの定番・プロトゥールスがようやく一般化してきた頃ですが、直してあの歌声はすごいですよ」
今井「関東ローカルの番組だったんで、惜しかったなとは思いますけど。だってオンエアだけの売り上げでも、すごかったですからね。あんなのでも」
「あんなのでも(笑)」
今井「今聴くと、あ〜あって感じですけど」
「下手歌好きとしては大好きな曲です! このCDを聴いて、なんだかんだでみんな歌えてるなと思ったんですよ」
今井「ダンプ以外はね(笑)。クラッシュなんて、最初、俺らとカラオケなんて行ったときは、千種とか変なドラ声だし。こんなんじゃなって思ってたら、アイドルみたいにちゃんと歌えるようになって」
「よく聴くと、クラッシュの曲って、飛鳥さんの声を立たせてあって、千種さんの声を低めにしてるんですよね」
今井「そうなんです。声質の問題で。だけど結局、歌いこんでるうちに、それなりになっちゃいましたからね。そういう場に出て歌っていくことで、上手くなっていったんでしょうね」
「アジャ・コングが曲を出したときは、まだぺーぺーの頃のSAMさんに振付師をやっていただいて」(今井)
「全女の新人の入場テーマ曲は『超時空要塞マクロス』のテーマでしたよね」
今井「たしかフジテレビがあてがったんじゃないですかね。だから本当の曲名を知らないんですよ。なんて書いてあるかっていったら、“青コーナー”とか“赤コーナー”ですから。それをかけると新人が出てくるんですよ」
「でも、『マクロス』はTBSのアニメですよね」
今井「曲を割り振るのはフジテレビのスタッフだったんですね。当時、ADさんに音楽に詳しい人がいて、その人が選んでたんですよね。井上京子にはヴァン・ヘイレンがいいんじゃないか?とか。で、権利関係の問題が出てきたんですけど、ロッシー小川(注6)という人は権利とか分からないんで、平気でビデオにヴァン・ヘイレンの曲とか乗せちゃうわけですよ」
注6:元・全日本女子プロレス企画広報部長。全日本女子プロレス退団後、新団体アルシオンを旗揚げ。
「プロレスのことしか分からない人として有名でしたもんね(笑)」
今井「社会常識がない人だったんで。だからハンディカムで撮ったような映像をビデオ化して売っちゃったり。当時、某有名バンドがクラッシュギャルズのバックバンドをやってたんですけど、その人たちがビデオに丸々映ってるんですね」
「某有名バンド(笑)。そのあと、請求が来たりしたんですか?」
今井「いや、揉めてはいないんですけど、事務所はかたくなにその事実をなかったことにしてますね。最初クラッシュはカラオケで歌ってたんですけど、売れたらバンドを付けてコンサートをやろうっていうことになって」
「そこでプロのミュージシャンとして、●●●●が呼ばれたと」
今井「俺たちは極悪バンドだったんですけど、打ち上げ会場が一緒でしたから。で、売れたときに、“あ、あの人たちじゃん!”って。それ以外にも、結構な大物が関わっていたんですよ。アジャ・コングが曲を出したときは、まだぺーぺーの頃のSAMさんに振付師をやっていただいて」
TRFの前にジャングルジャックの振り付けを!」
今井「当時はね、小汚いオニイチャンでしたよ。その後、バラエティ番組で1回会ったときに当時の話をしたら“ああ、お世話になりました!”って。あの方は気さくでしたね」
「他にも全女と音楽の関わりといえば、ジャガー横田さんのご主人の木下さんって、若い頃、地元の北海道でトランキライザーっていう凶暴なハードコアパンクのバンドをやってたんですよ」
今井「ああ、音楽やってたって話は聞いたことありますね」
「カッコイイバンドで俺も大好きですよ。ジャガーさんの半生を描いたバラエティ番組を放送したとき、木下さんのバンド映像も30秒ぐらい出てました。革ジャン着て、髪の毛ツンツンに立てて、怪獣みたいな声出して暴れてて」
今井「パンク系とか、ああいうことやる人って意外とボンボンが多いですよね」
「若い子がやってるパンクバンドのライヴ後って、始発が動くまで安い居酒屋で朝まで粘って打ち上げしてやり過ごすものじゃないですか。でも、トランキライザーは、ライヴが終わったあとメンバー全員全日空ホテルに泊まってたとかで」
今井「馬鹿野郎(笑)!」
「当時、北海道ではすごくパンクが流行ってたんですよ」
今井「なんでなんですか?」
「ネットもない時代、雑誌が東京を知る唯一の情報源で、それを鵜呑みにしちゃってたんですよね。当時、俺たちが読んでた『宝島』とかに出てたのはパンクバンドばかりだから、それが東京の主流だと思っちゃったんですね。実際東京に来たら、パンクバンドよりドリカムのほうが人気があるとか、そういう状況だと微塵も思ってなかったですから。スターリンとかのほうが人気があるだろうと」
今井「そういえば僕、スターリンと共演してますよ。映画で」
「え! もしかして『爆裂都市』ですか?」
今井「そうです」
「えええええ! 何の役で?」
今井「機動隊の役です。でも、僕が出てるのはほとんど分からない」
「それは役者として行ってるんですか?」
今井「いやいや。当時、僕らもアマチュアでプロレスやって暴れてた頃で、ガタイがいい奴を集めてるってことで、なんかのツテで呼ばれたんですよ」
「劇中のお客さん役が一般公募だったんですよね」
今井「そうそう。で、一晩、撮影に参加しましたよ。遠藤ミチロウさんに豚の頭とか投げられて」
「うおおおぉ、うらやましいです!」
今井「エンドロールに俺の名前出てくると思いますけど、画面上では分からないです。その他大勢ですから。機動隊が無法者を迎え撃つっていうシーンでも、本当に殴り合いをやりましたから。最初は機動隊の役ということで我慢してましたけど、途中で“このガキ! 調子に乗ってんじゃねえよ!”と思って、とっ捕まえてガンガン蹴り入れたりしてました」
「血気盛んですね(笑)!」
今井「とっ捕まえて、裏に連れてって。だから映ってないって話もあるんですけど。そいつらは機動隊役を殴っていいって言われて来てるんですよね」
「お互い現場で揉めるようにけしかけられてたんですよね。ある意味、プロレス的というか。けしかけて試合を盛り上げるっていう」
今井石井監督、無茶苦茶でしたよ(笑)」
「すごい演出ですね!」
今井「こちらには、そこそこ応戦してくださいって言ってきて。マジでやっちゃうと絶対にこっちの方が強いから。腕っ節の強い奴が集められてますからね。あ、なんか今日は脱線ばかりしちゃってすいません」
「いえいえ。最後にすごい話を聞けました!」
取材・文/掟ポルシェ(2013年6月)
【PROFILE】
今井良晴(いまい・ながはる)
リングアナウンサー、プロモーター。親友が全日本女子プロレス・松永高司氏の甥であったことから、10代の頃より全女事務所および道場に出入りする。キャロルの大ファンとして知られ、自らもギター、ベースを演奏。大学時代に組んだバンドではメジャー・デビュー寸前までいったという異色の経歴も。ダンプ松本率いる極悪バンドのメンバー等を経て、1991年、全日本女子プロレス入社。現在は大日本プロレスを中心にフリーのリングアナウンサーとして幅広く活躍している。
https://twitter.com/imainagaharu
※発売中
V.A.『リングの女神達〜女子プロスーパースター列伝〜』
(TKCA-73907 税込2,000円)


[収録曲]
01.かけめぐる青春/ビューティ・ペア(ジャッキー佐藤・マキ上田)
02.燃える青春/マッハ文朱
03.インベーダーWALK/マキ上田
04.アマゾネス女王/ナンシー久美
05.燃えつきるまで/デビル雅美
06.ポ・ケ・バ・イ・ブ・ギ/little Army Rockers
07.ジャガーのテーマ/ジャガー横田
08.セクシーパンサー/ミミ萩原
09.愛のジャガー/ジャガー横田
10.セクシーIN THE NIGHT/ミミ萩原
11.炎の聖書/クラッシュギャルズ(ライオネス飛鳥・長与千種)
12.MAJI(ダンプ松本)
13.(CHANCE)×3/J.B.エンジェルス(立野記代・山崎五紀)
14.颱風前夜(The Eve Of Fight) /海狼組[MARINE WOLF](北斗晶・みなみ鈴香)
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