今年、2018年がCDデビュー20周年。“ネオ昭和歌謡”をソウルフルに牽引してきた得がたい女性歌手であり、今や重鎮と言っていい
大西ユカリだが、黒人音楽にフォーカスしたカヴァー・アルバムを発表するのは、意外なことに今回が初めて。その名も『
BLACK BOX』。さぞやこってこての……そう思いきや、
エイミー・ワインハウスはあり〜の、今をときめく
ジャネール・モネイの「Tightrope」はあり〜ので、新旧の“ソウルごころ”を交錯させる塩梅が、なにしろ抜群。かっこいいです。ちなみにジャケットでもインパクト満点なリーゼントも、ジャネールのそれにインスパイアされたのだとか。そんなところも現役感バリバリの、ユカリ姐さんなのだ。
――エイミー・ワインハウスの「You know I'm no good」を1曲目でカヴァーされていますが、実は彼女以上に連想したのが、同じダップ・キングスがバックをつけていた、シャロン・ジョーンズだったんです。 「そうですか! それは一番うれしい」
――シャロン、一昨年、癌で亡くなりましたよね。
「ねえ……。最後は(化学療法の影響で)髪の毛がなくなっちゃって……。でも、すごくきれいなスキンヘッドでしたね。私もダップ・キングスはすごい好きで。エイミーの伝記に、彼らの録音の技法が書いてあったんで、スタジオでもそれは言ったりしました。出来上がった音に、リヴァーブかけてもらったり。一番近づけたかったのが、ダップ・キングス(の音作り)だったんです」
――そのせいもあってか、聴いていて、ぐっと来るものがありました。
「モノラルにしてるんですよ。だからよけいに、やないですか」
――シャロン・ジョーンズが登場した時、励まされたりしましたか。
「遅咲きの人やったんですよね。しかもたいしたヒット曲にも恵まれず……。でも、バンドと一緒の写真とか見ると、スタイルとかたたずまいとか、こういう風になりたいなとは、ずっと思ってましたね。エイミーと比べても、サウンドもそんなには違わないんです。エイミーのほうがより深く、いびつに録音されてはいますけど。あの感じは目指したところです」
――2曲目、ジャネール・モネイの「Tightrope」を聴いても、“おしゃれなエイミー・ワインハウス”ではなく、“エイミーのバックをやっていた人たちの、あの感じ”なのかなと。
「はい。ほんと、そうですね」
――それだけうかがえたら、今日はもう満足です(笑)。
「そう言うてもらえたら、こちらももういいです(爆笑)。いや、ダップ・キングスと組んだエイミーが
マーク・ロンソンとも組んで、彼女が目指した“ガレージっぽいモータウン感”ができたわけですから。そのエイミーが歌った〈You know I'm no good〉から〈Tightrope〉に行く流れ自体、自分が目指したところでもあるので、すごくうれしいです」
――2000年代中頃に起きた“レトロ・ソウル”ブームには、ただノスタルジックなだけではない、見直しの感覚があったわけですよね。
「ほんとそうで、若い子でもおっさんみたいな声した子とかが、出てきましたもん。もう、そんな人たちが出てきた時代なんやな、というのは意識したところです。実際、今回お手本にした人たち(が録音した時)より、今の自分はぐんとトシいってるもんで。彼ら彼女らが録音した時の“風情”をそこねないようにというのが、考えどころではありました」
――カヴァー・アルバムって、実はむずかしいと思うんです。“体(てい)”としては簡単に作れてしまう一方、かっこよく作るのは至難の業。そこはすごく考えられたのじゃないかと思いました。
「モノラルにしたのも、そのためですから。実は、もうちょっとうまく歌えたテイクもあったんですよ。英語の発音がもっときれいなやつとか。でも、それを収録してしまったら、一生それを超えられへんな、と思って。どうせ(オリジナルの)本人さんを超えられんのやったら、(少し出来が悪いほうが)ライヴ観てもらった時、“アルバムより上手やん”って思ってもらえるかなと(笑)。シャウトとか、最後はもう力尽きてるもんですから、そこだけ差し替えても、もうどうもならん。なので、出来上がった音を、ほぼほぼ無修正で入れてます」
――そもそも、どういったいきさつでカヴァー・アルバムを作ることに。
「歌謡曲を好きになったきっかけって、『平凡』とか『明星』だったわけですよ。それが中学とか行ったら、ちょっとイキる時が来ますやん。日本語の歌聞いてるのが、友だちにバレルのがイヤになる時が。そういう一番多感な頃、中1か中2やったかな、
シャネルズが出てきたんです。そしたら(シングル盤の)A面は日本語やけど、B面が(英語の)カヴァーやった。“誰なんや、これ?”ってなったところから、ブラック・ミュージックにはまっていったんです。一方で、自分が歌い出したら、日本語のよさもわかる。でもソウルも好き。じゃあ、ソウルの人らが日本語で歌うてたら、こんな感じで、こんな踊りやないやろか……。そう思ってやりだしたところに、今の自分があるわけで。だから、去年の夏、スタッフから言われてからですね。そういう自分のスタイルの原点を、せっかくやから記録しといたらどうや、ということになったのは」
――言うならば、シャネルズのB面的世界。
「ほんまそうなんです。自分なりの“B面”」
――ライヴでカヴァーやるのと違って、CDは記録が残っちゃうから。
「そうなんです」
――ご本人としては、ためらいがあったんじゃないかと。
「めっちゃありました。あと、“あの曲をやったほうがよかったのに”とかね。せっかく
カーラ・トーマス来んのに、なんでカヴァーせんかったんや、とか」
――あとから気がつく(笑)。
「50曲(候補を)出して、絞りに絞って、こんな感じになった。でも、しかたなかったです。一言で“ソウル”っていうけど、じゃあ時代は60年代? レーベルは? 女性シンガー? 男性シンガー? グループ? コーラス・グループ? どこ取ってもおもろい世界なんで、きりがない。あともうひとつ、“好きな曲”と“歌える曲”は、ちゃう(違う)なあって」
――どちらを優先させたんですか。
「ほぼ、歌える曲」
――ああ……。
「“歌えそうな曲”と言うたほうが、正しいかもしれへんけど。前から歌うてた曲もあれば、やってへんかったけど、これは残しとこってなった曲もあります。エイミーとかジャネール・モネイは、まさか残せるとは思ってませんでした。ジャネールの〈Tightrope〉、
ドリフの早口言葉どころの騒ぎやないやないですか。コピーする時も、ICレコーダーでスピード落としまして、英語の歌詞と、自分で拾うた日本語をつき合わせて、それ読みながら歌った。ほんまによう歌わはるわ。今回の私のは、“記録”以外の何物でもない(笑)」
――でも、ジャネール・モネイが入ってること自体が、かっこいい!と思いましたよ。
「彼女自身、それこそウェイターとかお掃除の仕事をされていたご両親のもとで育っているので、すごいこだわりを持っておられる。今回、ジャケットでリーゼントにしているのも、まず彼女の“かたち”を真似るところから入っていこうと」
――黒人音楽って、すごくとんがった新しい表現に、ふっとゴスペル・ルーツがのぞいたりする。ジャネール・モネイにもそういうところがありますよね。2曲目にそんな彼女のカヴァーが入ってること自体、大西さんの立ち位置を表明しているようで、かっこいいと思うんです。3曲目以降の世界だけだったら、言葉は悪いですが、ある意味“想定内”というか。
「マニアの方だけに聞かせるんだったら、70年代以降とか、絞ったほうがよかったと思うんです。でも、今回大事にしたかったのは、“何に突き刺さるか”。1曲目、2曲目で、“若い人も聴け”って。トシのいった人には、“まあ、がんばってんのね”って言っていただいて(笑)」
――もうひとつうかがいたかったのが、たとえば前作(『EXPLOSION』)収録の「ユカリ☆EXPLOSION」で、“♪富田林で生を受け〜”とかましてらっしゃるユカリ姐さん(笑)に対して、今回英語で歌われているユカリさんには、ある種のかわいらしさというか、可憐さがある気がする。そのあたり、ご自身的にはどうですか。 「どうでしょう……。曲が持つイメージもありますし。今回やってる〈Clean up woman〉なんかは、
ベティ・ライトが17歳の時録音した曲なんです。それを思うと、自分の想像を完全超えたところにあるんです。それこそ、かつての日本の歌謡曲の世界と同じで、プロデューサーの言いなりに歌ったんやないかと。そういう曲を表現するには、結局“物真似”しかないんです。結果、どうしてもかわいく聞こえてしまうのかもしれない」
――“物真似”が、ある種の無心さに通じていく……。
「かもしれないです。歌うてる時は、意味もへったくれもない。音程合ってんのかな? 発音イケんのかな?ということのほうが、脳みそ8割占めてますから。訳詞も見ながら歌うけども、正直そん時は無我夢中。その無心さが、無邪気な表現に行き着くかもしれない。音源だけ聴いてる分には」
――日本語で歌うほうが、意味がわかるだけにツラい。そういうところもありますか。
「ありますあります。自分のもんになり過ぎる。歌謡曲なんて、この人このあと幸せにならはるか、それとも不幸になりはるか、最初の3行くらいで決まりますやん。次の“北国行き”が来たら、“乗るんや”って(笑)」
――で、北国行っても、幸せにはなれない(笑)。
「あるいは、フラれて家に帰るか(笑)。そう思うと、(英語の歌には)希望がありますよね。たとえ悲しい歌でも、“自分”というものをちゃう(違う)ところに置けるので。おっしゃる通り、英語でやっといてよかったかもしれない」
――一方で、黒人の聴き手には、オリジナルの“希望のなさ”を含めて、わかっちゃうわけだけど。
「これも今回取り上げた〈If loving you is wrong, I don't want to be right〉なんか、
ミリー・ジャクソンのオリジナルはA面が妻、B面は愛人の立場で歌ってますから。アナログだけに、溝は1本ですやん(笑)。一応、私もこの年齢になってますんで、ちょっとはシャレになったって感じです」
――でも、ミリー・ジャクソン版とは違って、ある種のファンタジックさを加えることも、意識されてたんじゃないですか。
「オリジナルはミリー・ジャクソンだけど、ヒットさせたのは
ルーサー・イングラムなんですよね。男性が歌うとの女性が歌うのとでは、同じ歌詞でも全然違う。ルーサーのほうが、さらっとしているんです。ちゃんとメロディをわかって歌っておられる分、おもろくはないんですけど。ミリー・ジャクソンのほうが“つかまれる”んですよ。と言っても、全部(真似るの)はとうていムリなので、“この行はルーサーの解釈”っておいしいとこだけいただくようにして(笑)、間を縫うようにして歌っています」
――大西さん流に、編集されているわけですね。
「“この行はこっち(の解釈)”って、整理してから録音に入れましたから。今は資料がたくさんあって、そういうことも考えられる。よかったなと思って」
――そのあたりの解釈の仕方には、お芝居に通じるものがありますね。
「身のほども知ってきてますから。今の自分の身の丈はこうなんやって、“歌える曲”と“好きな曲”の違いを思い知らされました。まだまだ深いですよ。歌謡曲でもこういうことをやれば、次を作る時、きっと何かが違ってくると思います」
――“好き”と“歌える”が、最も合致した曲を挙げるとすれば。
「むずかしい……。でも、日本語が入ってる分、(甲本)
ヒロトさんとデュエットしてる〈星空のふたり〉(“You don't have to be a star”)かな……。憧れてたんです。本人さんら(
マリリン・マックー&
ビリー・デイヴィスJr.)が世界音楽祭で日本に来はって、歌い残した音があるんでね。黒人の人が歌う日本語聞いた時、“こんなんがあるんや”って。英語と日本語がきれいに寄り添えてる曲として、この曲を歌えたのは一番うれしかったですね。自分の身の丈にも合うてる。しかもヒロトさんと歌えた。畑が違えば、経歴も全然大先輩の方ですよね。いろんなことが合致した中で歌えたのは、ありがたかったです。今の自分やからできた。知識もついてきてますから、“この曲やろ”って」
――ヒロトさんもうれしかったんじゃないかしら。ゴスペルやサザン・ソウルもお好きなはずだけど、自分のバンドでやるのはちょっと……って感じでしょ。
「またヒロトさんも、一発録りがお好きやから。このぐらいの距離で一緒に録る。(歌も)だだかぶりやから、どないにもできません(笑)。この曲も、自分で選んだテイクじゃないんじゃないかと思えるくらい私の歌唱がね、“下手”なんですよ。でも、ちょっとヘタなほうが心に残るような気はするんです。英語の発音にしても、それこそ黒人の人に聞いてもらったりは、あえてしなかった。自分の美観を信じてやりました。まあええか、怒られたらあやまったらええ。命までは取られんやろ、って(笑)。まちごうてて批判受けるほうが、ありがたいな、とも思う。むりやりそう思ってます」
――ヘンな話、うまいけどひっかからないというのが、一番ツラいですよね。
「そう。“うまいね”って言われて流されてしまうほうが、よっぽどイヤですよ。だったら“ここはもう少し、こう歌ったら”とか、つっこんでいただいたほうがいい。“なんか惜しい”とかね(笑)。“なんか足らんね”とか。それこそ今回の1〜2曲目なんか、DJとか入れてもっとデコラティブにすれば、“わっ!”と話題にはなると思うんです。けど、それやると完成してしまう。それじゃあおもんないんです。“まだ、これ出来んちゃう?”“こうやったら、ええんちゃう?”って、いまだに思いながら聴いてます。まだ、やれるんちゃうかって」
――宿題が残ってるんですね。
「そうですそうです。エイミー・ワインハウスにしても
スペシャルズと一緒にやった〈モンキー・マン〉とか、いいかげんの最たるもん。ほんと、適当に踊ってるんですよ、”モンキー・マン”に戻って(笑)。そこがたまらなくかっこいい。ライヴで〈You know I'm no good〉を歌う時は、そこも真似してやろうかって、また新たな思いも浮かんできてるんです」
取材・文 / 真保みゆき(2018年7月)
2018年8月29日(水)大阪
フラミンゴ・ジ・アルーシャ出演: 大西ユカリ(vo) / 小林 充(alto sax) / 泉 和成(tenor sax, cho) / ユン ファソン(tp, cho) / zingoro(b) / 元岡 衛(key) / 梶原大志郎(dr) / 古賀和憲(g)開場 18:00 / 開演 19:00
前売 3,500円 / 当日 4,000円(税込)※ワンドリンク&ワンフード別途オーダー制
※チケット予約 / お問い合わせ: フラミンゴ ジ アルーシャ 06-6567-4949
2018年10月11日(木)東京 下北沢
GARDEN開場 18:00 / 開演 19:00
前売 4,500円 / 当日 5,000円(税込 / 別途ドリンク代)※お問い合わせ: GARDEN 03-3410-3431