小曽根 真 既存の概念を打ち壊すのではなく、共存するイメージで―― ニューヨーク・フィルハーモニックと共演した『ビヨンド・ボーダーズ』

小曽根真   2018/03/16掲載
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 ジャズ・シーンで八面六臂の活躍を続ける一方で、近年は国内外の主要オーケストラとの共演を積極的に果たしてきた小曽根 真。2014年には米国の5大名門オーケストラのひとつであるニューヨーク・フィルハーモニックのアジア・ツアーに初の日本人ジャズ・ピアニストとして起用。その後のニューヨークでの特別公演にも出演し、『ニューヨーク・タイムズ』紙をはじめ多くのメディアで絶賛されたのも記憶に新しい。そんな彼にとって(ファン待望の)初めての本格クラシック・アルバムが、同楽団とのタッグでついに実現した!
――ニューヨーク・フィルの本拠地であるリンカーン・センター内のデヴィッド・ゲフィン・ホール(旧名称:エイヴリー・フィッシャー・ホール)で2017年11月に開催された定期演奏会「バーンスタイン生誕100周年祭」の熱演を収録した本盤は『ビヨンド・ボーダーズ』という鮮烈なアルバム・タイトルが目を惹きます。
 「やはりクラシックの演奏家にとって楽譜がいかに聖域であるかは重々承知しているので、そこを理解したうえでジャズ・ミュージシャンとして自分の哲学をもってして何かニュアンスを加えたかった。ただ既成の概念を打ち壊すのではなく、みんなでハッピーに共存するようなイメージで。そんな意味も込めて、通常クラシックのアルバムにはタイトルは付けないものですが、指揮者のアラン・ギルバートとも相談して『ビヨンド・ボーダーズ』と名付けました」
――今年は同楽団の音楽監督だったレナード・バーンスタイン(1918〜1990)の生誕100周年に加えて、ジョージ・ガーシュウィン(1898〜1937)の生誕120周年にあたります。この演奏会は、ともにジャンルの壁を超えた作風を持つ米国の2大作曲家の作品を、二人にゆかりのあるニューヨークの地で聴くという、アニヴァーサリーな企画だったわけですね。
 「まさに最高の組合せであるこの演奏会にソリストとして参加できたなんて、棚からボタ餅ならぬダイヤモンドが落ちてきたみたいなすごい話で……。しかも自分から提案したこととはいえ、レコーディングまで敢行して。ふつうならプレッシャーでガチガチになるところを、親しい友人でもあるアランやオーケストラのメンバーをはじめ、ステージ・クルーや事務局スタッフ、まるで家族のようなみんなのおかげで楽しくやり遂げることができました」
小曽根 真
小曽根 真
――3日間の公演はすべてソールドアウトで、聴衆からも連日スタンディング・オベーションの大喝采を受けそうですね。
 「1日目はゲネプロがあって夜に本番、2日目はマチネー、3日目は夜のコンサートだったのですが、通常のライヴと違ってレコーディングのこともどこかで意識していました。とくにカデンツァの部分はいくらでも自由がきくので、お客さんにばかりベクトルを向けて弾いてしまうとその場のノリとしては最高でも、後で録音を聴くと“何もそこまで弾かなくても……”みたいな印象になる。かといってそれを意識してブレーキをかけ過ぎてもつまらない。じつは今回、そのあたりはCDとして編集することを踏まえて、どのテイクを使うか選択するうえで大いに悩んだ点でもあります。でも凄腕エンジニアにも恵まれて、何とか直感に従って、1日目か2日目のテイクに落ち着いた感じです。3日目は(前の2日間があった安心感から)吹っ切れて、打ち上げ花火のように壮絶なセッションになりました(笑)」
――ガーシュウィンの有名な「ラプソディ・イン・ブルー」はこの曲を得意とする小曽根さんらしい、独自のカデンツァと絶妙なアドリブ(即興演奏)が随所に散りばめられた華やかな演奏です。
 「以前よりも思いきって自分のカラーを打ち出して弾きました。ちょうど3年前の演奏がYouTubeにアップされているので聴き比べていただけるとわかると思うのですが、あのプレイが優等生っぽく感じるほどです。終演後にはツィッターなどでいろんな意見が飛び交ったみたいですが、少なくともあの場でブーイングは聞こえてきませんでしたね」
小曽根 真
――英国生まれ(後に米国に移住)の作家W.H.オーデンの書いた同名の長編詩(1948年ピュリツァー賞受賞)にインスパイアされてバーンスタインが作曲した交響曲第2番「不安の時代」は少し難解なイメージの作品ですね。同詩は第二次世界大戦末期のニューヨークに暮らす4人の人間(3人の男性と1人の女性)の孤独を描いたような物語で、音楽の内容も各楽章の標題もこの流れに従って作られています。
 「井上道義さんに薦められて知った作品で、2001年に彼の指揮で新日本フィルと演奏したのが最初です。その後、バーンスタインの愛弟子として知られる大植英次さんとも一緒に大阪フィルの定期演奏会でもやりました。ピアノがフィーチャーされているけれど協奏曲ではなくて交響曲なので、あくまでオーケストラの一員として弾くのがポイントです。たしかに文学的でかなり難解ではありますが、聴くひとの人生をオーヴァーラップするような奥深さがあり、最後には神が降りてきて人間の罪を癒してくれるような救いも用意されています。何かと“不安”な現代だからこそ、皆さんに聴いていただきたい作品だと思います」
――聴きどころとしてはやはり第2部の「The Masque(仮面劇)」と標題された楽章のジャズ的な部分と、それに続く「The Epilogue(エピローグ)」でバーンスタイン財団の許可を得て小曽根さんが再解釈を加えたカデンツァの部分ですね。
 「〈The Masque〉はバーで出会った4人が女性の家に行き、夜を徹して享楽的なパーティに興じる場面。あのスタイルの音楽を譜面通りに演奏するむずかしさ……。もし自由に弾けたらもっと楽なのに、パーカッションとベースもいるのでそうすることができないもどかしさ(笑)。でもあそこは虚しさを微塵も感じさせずに本気で思いっきり楽しげに弾ききらないと、その後に待っている〈The Epilogue〉が効いてこないと思うんです。やがてそのかりそめの快楽に終わりが訪れ、現実から逃れることができないと悟った彼らのやり場のない虚しさや怒り、切なさをぶつけるのがカデンツァの部分で、そうやって内面に向き直ってすべてをさらけ出すことで、最後にカタルシスが訪れて救われる。人生まだまだ捨てたもんじゃないよ、自分をじっくりと見つめ直せばきっと光が降りてくる……それこそがバーンスタインがこの作品で言いたかったことなのではないでしょうか。深いですね」
――バーンスタインの他の2つの交響曲と比べると録音も少ない第2番が、小曽根さんのこの新譜をきっかけもっと多くの人に聴かれるようになることを期待しています。
 「ありがとうございます。ガーシュウィンの〈ラプソディ・イン・ブルー〉もバーンスタインの第2番も、これからまだまだ生涯かけて演奏していきたい作品です。やればやるほど発見もあるし、面白さは尽きないはずです」
小曽根 真
取材・文/東端哲也(2018年2月)
Photography: Chris Lee
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