2004年から始動した池田貴史のソロ・プロジェクト=
レキシ。日本史をモチーフにした歌詞を、ファンクを基調としたサウンドに乗せて歌ってきたレキシが、4作目となるフル・アルバム
『レシキ』を完成させた。新たに設立された〈伽羅古録盤〉レーベルからのリリースとなった本作は、ますますやりたい放題な池ちゃんの暴れん坊将軍ぶりが楽しい作品となっている。そこで、レキシの始動当初から追いかけてきたライター&編集者(宮内 健 + 望月 哲)がタッグを組み、風雲!レキシ城に討ち入りを挑んだ!
――3rdアルバムの『レキミ』から1年半という、今までに比べて短いスパンでニュー・アルバムがリリースされて。その間にも、CMに出演するわ、私立恵比寿中学とテレビ番組で共演して楽曲提供も手がけたりと、レキシ以外でも活動が盛んで。 「事務所からもノッてるうちに新しいアルバムをリリースしとけって言われて(笑)。俺はもっと細く長く、ライフワークみたいな感じで活動したいんだけどさ。なんなら5枚のアルバムを20年ぐらいかけて出すつもりでいたんだけどね」
――たしかにライヴの集客も増え続けて、ついには武道館公演も決定しましたからね。
「毎回言うけど、どうかしてるんだって、世の中が(笑)。そうとしか思えないでしょ? もちろんたくさんの人に楽しんでほしいっていうのはあるけど、あくまでも最初は自分が楽しければいいっていうところからはじまったわけだからね」
――でも、自分としては意識は変わらなくても、周りの状況が変わってきてるってこともありますよね。たとえば“歴女”がブームになったり、世の中の日本史ブームと勝手にシンクロしていったり。
「1stの『レキシ』を出してしばらくしてから、ちょうど歴史ブームみたいなのが目立ってきたところはあるよね。それまではさ、ちょっと昔のアイドルオタクみたいなもんで、日本史を好きってあんまり大きな声で言えないような空気もあったと思うし」
――レキシが出現したことによって、風穴が空いたのかもしれない。
「いやいや、そんなつもりはないけど。ひとことで言えば……困惑(笑)? 変な話、自分なりに好きなことやってきて、その結果が今なわけで。そこらへんの意識は、
スーパーバタードッグの頃から変わってない。やりたいことをやって、好きな人は好きでいいし、嫌いな人は嫌いでいい。坂本龍馬が十代の頃に詠った“世の中の人は何とも言わば言え、我が為すことは我のみぞ知る”っていうマインドですよ。そういう意味でも、困惑してる(笑)。だから、武道館も全力で頑張るけど、いつでも新代田FEVERに戻れるぞっていう気持ちもあるよ」
――とはいえ規模が変わってもやってることは変わらないし、観てる方もその感覚が変わってないっていうのも面白いところで。そんなこんなで活動を続けて、今回4枚目のアルバム『レシキ』が完成したわけですが。
「みんなさ、気軽に“日本史はネタがいっぱいあっていいね”みたいなこと言うけど、ネタはあっても、それを歌詞にするのが大変なんだよ!っていうね(笑)」
――たしかに聴いてる人も共有できる日本史ネタじゃないと面白さも伝わらないから、歌詞にできる内容って限られる部分はある。
「テーマがあって情景が浮かんでも、そこからポップスに仕立てなければいけないからね。歴史上の出来事を単純に並べてるだけだったら、別にレキシでやらなくてもいいわけで。そこでキャッチーにするために、うんうん唸りながら作ってるわけよ」
――アルバムの冒頭を飾るのが、「キャッチミー岡っ引きさん feat. もち政宗」。意外にも捕物的な内容って、これまでのレキシの曲でもテーマになっていなかった。
――「年貢 for you feat. 旗本ひろし、足軽先生」は、往年のマドンナのバラード「クレイジー・フォー・ユー」を彷彿とさせますね。 「え? そうなの!? 俺、マドンナの曲なんて〈ライク・ア・ヴァージン〉しか知らないんだけど!」
――マジですか! 偶然のシンクロニシティというか、まさにレキシのいたずら(笑)!
「“年貢の納め時”ってキーワードに、庄屋さんに年貢を納める意味合いと、プロポーズ・ソングとしての意味も込めて。タイトルに関しては、俺としては
ダニー・ハサウェイの〈ア・ソング・フォー・ユー〉をイメージしたところはあったけどね。年貢は、今でいう税金ですから。消費税も8%に上がりましたよっていう、社会風刺も交えて」
――ずいぶんと伝わりづらいメッセージ性ですけど(笑)。
「“足軽先生”(
いとうせいこう)は、他にラップで参加してもらう候補曲はあったけど、“俺はこれでラップしたい”って言ってくれて。もともと入れる予定なかったから、今まで足軽先生がラップしてる曲とは、ちょっと構成も違うんだよね」
――生類憐れみの令をモチーフにした「お犬様 feat. 尼ンダ」は、ジャズ・アレンジや途中のスキャットの掛け合いも含めて、“尼ンダ”(二階堂和美)の起用がバッチリ。 「ニカさんは、以前からやってもらいたいって候補に上がってて、本人とも話してたんだけど、この曲が出来てばっちりハマったね。しかもこの曲だけ、ベースとピアノが“御恩と奉公と正人”(
鈴木正人 from
LITTLE CREATURES)、ドラムが“伊藤に行くならヒロブミ”(
伊藤大地 from
SAKEROCK)だからね。“お犬様”をパートナーに見立てることも出来るし、そもそも厳密に言うと“お犬様”っていうのは徳川綱吉のことだからね。綱吉のことを“犬将軍”とか“お犬様”って呼んでたわけ。そういう深みも、この曲にはあるってこと」
――深みがあるというか、解釈のしがいがあるというか。
「そうそう。歴史はみんな勝手に解釈してナンボだから。ニカさんがレコーディングした後に、この曲を結婚式で歌いたいって言ってくれてて。だから、この曲でも『ゼ●シィ』のCMタイアップ狙ってます」
――だとしたら、次の「RUN 飛脚 RUN」は佐●急便のCMソングになるべき曲!
「東海道をテーマにした曲も書きたいって思ったんだよね。前回のアルバムに入ってる〈古墳へGO!〉なんかもそうだけど、ドライヴ・ソングみたいな感じでね」
――飛脚にしても、岡っ引きにしても、日本史でど真ん中に語られるような武将や偉人じゃなく、サブキャラに光が当てられていて、レキシの歌詞の世界に奥行きが出てきた感じはありますよね。
「それ、“元気出せ!遣唐使”(
渡 和久 from
風味堂)にも同じこと言われた。“武士とかじゃなく、町の人たちがテーマになってきていいですね”って(笑)。どうしても歴史を扱うものって戦国時代や幕末のような、ダイナミックに物事が動いていた時代をクローズアップしがちでしょ? 今回のアルバムは江戸時代が多いんだけど、レキシとしては縄文時代から携帯電話の普及ぐらいまでのすべてが“歴史”だっていうスタンスで、まんべんなく取り上げていきたいと思ってて。その一環がこの〈RUN 飛脚 RUN〉や〈キャッチミー岡っ引きさん〉なんだよね」
――そういえば最近の時代劇って武将モノが多いけど、昔はもっと市井の人たちの生活を描いたものが多かったですよね。
「一人一人の生活っていうのがあるからね。年代で切り取るんじゃなく、1分1秒単位で見たほうが、よりリアルだから。歴史の面白さって、まさにそういうところにこそあって。このあいだ会津に行ったんだけど、ボランティアガイドさんにいろいろ話を伺って。白虎隊が、鶴ヶ城が燃えたと思って自刃したっていう話があるじゃない? ドラマなんかだと、城が燃えたことを悲観して潔く自刃したみたいに描かれるけど、実際は、少年たちが“さあどうする?”って何時間か会議したっていうんだよね。そうやって逡巡する瞬間こそがリアルな歴史だと思うし、そういうところを歌いたいなって思うよね。お! すごい真面目な話してるね(笑)」
――そういう真面目な歴史論を語れてしまう曲の直後に、「Salt & Stone」のような極めてナンセンスでプリミティヴな曲が出てくるのも面白い。
「これ、俺の推し曲。シングル・カットしたかった。まあ、今までシングル出したことないんだけど(笑)。言うても、レキシはダンス・ミュージックですから」
「そうそう。この曲は大塩平八郎と大石内蔵助の名前を連呼してるだけだし、歌詞はまったく意味ないし、みんなでクスクス笑いながら作る感じもあるし。1stの頃に通じる要素が、いろいろ集約されてる。ひとことで言うなら、風呂場で口ずさんでたら、忘れられなくなるタイプの曲(笑)。大塩も大石も二人とも革命を起こそうとして、庶民を熱くさせた存在だよね。あと、どっちも“塩”つながりでもあるね」
――続く「僕の印籠知りませんか?」は、前回のツアーでも披露されていた曲ですけど、その時とはアレンジが変わってて。
――そうそう、この曲の歌詞を読んであの映画に出てくる「母さん、ぼくのあの帽子、どうしたんでせうね」を思い出した。
「西条八十の詩ね。まあ、こっちの曲は“印籠”だからだいぶ変わっちゃってるんだけど(笑)。この曲に関しては、あなたは印籠でしか自分のアイデンティティを示せないのですか? っていうメッセージ性もあるわけ。“黄門の価値は、印籠でしかないの?”っていうね」
――何言ってんだ、この人(笑)。
「(無視して)黄門、アナタ本当はすごい人なんだから、印籠ばっかに頼りなさんな。助さん格さんを連れずに、一人で旅をしなさいって、そういうこと。まあ、本当の光圀は、全然旅をしてなくて、せいぜい鎌倉ぐらいまでしか行ってないらしいけどね」
――そうなんですか?
「徳川光圀っていう水戸藩主がいたことと、助さん格さん的な家臣がいたっていうのは事実なんだけど、それ以外は創作だよね。だからね、レキシで曲を作っていくうえで、そこらへんも微妙で……歴史を扱ってるから史実に基づいたものじゃないとダメっていうのが自分の中の決めごととしてあって、作り話をごっちゃにしちゃいけないと思ってるんだよね」
――うんうん。
「よく『古事記』とか『日本書紀』のような神話を基にして曲を作ったらどうですか? って言われるんだけど、神話だと事実じゃなくなっちゃうんだよね。あえて扱うとなると“本居宣長が編纂した”みたいなことを歌わなきゃいけなくなっちゃう(笑)。だから、この〈僕の印籠知りませんか?〉は過渡期にある曲なんだよね。自分にとっては、ちょっとした冒険っていうか、レキシの革命になりうる曲だね」
――なるほどね。どこまで歌詞に信憑性を持たせるかっていうか、あるいはどこまで遊ぶかの境界線が難しいというか。池ちゃんの中では、最低限の決まりとして、史実に基づいてないといけないと。
「だから“銭形平次”とかはテーマに出来ない。あれは完全に架空の人物だからね。でも“鬼平”とか“遠山の金さん”は書けるわけ。そういう線引きが自分の中にはある……っていうのは、まあ別に知ってもらわなくてもいんだけど(笑)」
――そうなると、次の「憲法セブンティーン feat. シャカッチ」も、その境界線にあるような曲ですよね。
「聖徳太子も実際にはいなかった説もあるわけ。厩戸皇子っていう人は実際にいたけど、聖徳太子っていうのは役職の呼び名みたいなもんだから。だって、10人が言ってることを同時に聞き分けられたなんて、絶対ウソだしね(笑)。それもちょっと違って、10人の話を全部記憶していたっていう説もあったりするし。だけど、聖徳太子が言ったとされる“和を以て尊しとなす”っていうのは、レキシの歌のメインテーマに通じるんですよ。そう、ラヴ&ピースね」
――この時代に憲法問題に触れてるっていうのも、密かなメッセージとして受け取れたりもして。でも、次の「Takeda' feat. ニセレキシ」は、メッセージ性も何も関係なく、ひたすらにカオスなナンバーで(笑)。
「ニセレキシ(U-zhaan)にタブラを叩いてもらったんだけど、タブラって譜面がないから口伝えで教えるんだよね。たとえば“♪ティティカティティカティカティ”みたいな感じで歌って、その通りにタブラで叩く。そういう曲もあるんだよね。で、それを聴いて“あれ、これ〈タケダ〉に聞こえね?”って」
――じゃあ、最初は「Takeda'」も、池ちゃんの歌にあわせるようにしてタブラも叩いてた?
「それこそ、最初は歌詞もある程度作っておいて、打ち込みで叩いたタブラも入れたデモも作ってたからね。で、ある程度まで決め込んで、あとは俺が自由に歌うのに、タブラで追いかけるように叩いてもらって。でも、絶対に無理なわけ。それでも、あの人は真面目だから一生懸命叩いてくれてね」
――最後に聞こえるU-zhaanの一言も聞き逃せない(笑)。続く「ドゥ・ザ・キャッスル feat. 北のパイセン問屋」は、レキシの真骨頂といえるファンキーなディスコ・ソング。
「これは、〈きらきら武士 feat. Deyonna〉と同じぐらいの頃には原形があった曲だね。タイトル先行で、アレンジも題名に寄せてディスコっぽくしてみて。
ヴァン・マッコイとか
ボニーMもよく聴いてたし、昔から〈ソウルこれっきりですか〉とか〈ディスコお富さん〉みたいな日本語の歌謡ディスコがすごく好きなんだよね。自分の中では、Pファンクと同じぐらいに直接的なルーツかもしれない」
――ファンクやディスコに日本語が乗っかった、ちょっとしたズンドコ感というかね。
「そうそう。当時の曲はもっといびつというか違和感があるけど、ファンクを聴いて上手いこと日本語を乗せたいって思ってる時に、そういうディスコ・ソングと出会ったから影響は大きかった。
ゴダイゴとかも、その頃に聴いてたしね。そういう意味では、音楽的な自分史とダイレクトにつながる1曲かもしれないね。あと、歌詞の中に出てくる〈今宵も月を見に行こう〉っていうフレーズは、松本城をモチーフにしてる。もともと松本城って、武器庫として使われてて要塞としてもすごくよく考えられたものなんだけど、戦争が終わった後に、城の中に月見やぐらを作って。そこはまわりに壁も何もない、開けっぴろげなスペースで。戦争が終わった平和な時代だからこそ作られたものだし、今の松本城のシンボルにもなってる。それがすごくいい話だなって思ってね」
――そこもラヴ&ピースにつながってる。
「そうだよ。ちゃんと細かいところまで考えてるんだからね! “レキシの歌詞、チョ〜くだらない〜、ウケるんですけど〜”じゃないから! 歌詞もちゃんと深いところまで考えてるんだから(笑)」
――ラストを飾る「アケチノキモチ feat. 阿部 sorry 大臣ちゃん」は、ストレートにせつなくてロマンチックなラヴ・ソング。
「これもいろんな説があるんだけど、信長と光秀の恋愛のもつれから謀反が起こされたとも言われていて」
――日本史では外せない、BL的要素と言いますか。
「特に戦国時代においては切っても切れないテーマだよね。この曲に限らずに言えることなんだけど、自分としては戦国時代をモチーフにしてるからといって、曲にはあまり“戦い”っていうイメージを付けたくなくて。だから、ずっと戦国時代のことは曲にしづらかった。それがこの曲では、ちょっと上手い感じで曲に出来たかなって思ってる」
――なるほどね。
「もうひとつ面白いポイントは、明智光秀はもともと、今でいう岐阜のあたりの美濃国の土岐氏一族で。本能寺の変を起こす前に〈ときはいま あめがしたしる さつきかな〉っていう句を詠んでるんだよね。そのまま読んだ通り、いま雨が降っているっていう意味と、自分を指す“土岐氏”が“天下”を取りに行くっていうダブル・ミーニングになってる。それもね、ちゃんとこの曲の歌詞に織り込んでるんだよ」
――ほほぉ〜(本気で感心)。
「ほらね! これ、すごくない? 俺だってね、そこまでちゃんと考えて歌詞書いてるんだぞってことをね、みんなに知ってほしいわけ(笑)」
――感動の幕切れで終わるアルバム『レシキ』は、レーベルも変わって、新しいレキシの幕開けに相応しい内容に仕上がってると思いますよ。しかし、いつも思うけどレキシは発明ですよね。もはや池ちゃんの城を築いてる感じすらある。ついには武道館ライヴで、江戸城に攻め入るわけですから。
「でもね、本来は家でライヴやるのが一番ベストじゃないかって思うんだよね。100パーセント、120パーセントのものを見せるためには、やっぱりリラックスするのが一番だと思ってて。あとは普段の修行っていうか、練習だよね。極端なことを言えば、ステージでは、リハ以上のものは出てこないと思ってて。自分の中にあるものしか出てこない。そうして100パーセント、120パーセントのことをやった上で、さらに潜在能力を出すにはどこでやるのがいいかって言ったら、やっぱり家、もっと言えば風呂なんだよね(笑)。風呂でライヴやれたら一番いいんだけど、それはさすがに無理だから。それに一番近い環境を生み出すために、自分なりのステージを作ってるところはあるかもしれない」
――ということは、今度は武道館が池ちゃんの家になるっていうわけですね。家の中だったら、何をやってもOKだし。
「うん。伝えたいことはたくさんあるけど、まずは自分が思い切り楽しみたいだけだから」
取材・文 / 宮内 健&望月 哲(2014年5月)