洗練されたブラジル音楽を奏でる夫婦デュオ、
ヘナート・モタ&パトリシア・ロバートが、通算6枚目となる新作
『イン・マントラ』を発表した。洗練されたMPB(ブラジリアン・ポップス)サウンドで人気の彼らだが、昨年、鎌倉にある光明寺で、ブラジル音楽とインド音楽を融合させた異色のライヴ“マントラ・セッション”を行ない、そのなんとも不思議で清らかな音楽が評判となっていた。このライヴを収めたのが『イン・マントラ』である。本特集では、彼らのバックボーンを紐解きながら、この新作の魅力に迫る。
ミナスの音楽とヨガ/インド音楽に流れる“精神性”の共振
文/松山晋也
ブラジルの夫婦デュオ、ヘナート・モタ&パトリシア・ロバートの最新ライヴ・アルバム『イン・マントラ』を聴いて、言いようのない悔しさがつのった。クレジットを見れば、そのライヴは2009年4月28日、鎌倉の古刹・光明寺で行なわれているではないか。光明寺といえば、我が子ふたりがかつて通った保育園のすぐ隣。当時は毎日のように境内で遊んだほど、個人的に馴染みのある場所である。そしてなによりも、そこに収められた音楽そのものが、圧倒的に素晴らしい。
そのライヴは、“マントラ・セッション”と呼ばれるもので、ヨガのマントラ(祭詞、呪文)に彼らが独自にメロディをつけて歌ったものだ。ヘナートはギターを、パトリシアはタブラを叩きながら歌い、そのバックアップをするのは、
ショーロクラブのベーシスト
沢田穣治と、今や日本を代表するシタール奏者となった
ヨシダダイキチ(
UAのプロデュースでも知られる)。シンプルにして完璧なアコースティック・アンサンブルだ。
“ブラジル・ミーツ・インド”。形としては、そうである。が、収められた音に慎重に聴き入っていけば、そこにはもっと複雑な世界が見えてくる。なにしろ、ヘナートとパトリシアは、ミナスの人だし。
ミナス……そう口にするだけで、心の中にある種の風景が浮かび上がり、清涼な風が吹き抜けてゆく人も少なくないのではいか。北にバイーア、南ではリオデジャネイロやサンパウロなどと隣接するブラジル南東部の内陸部ミナス・ジェライス州は、古くからサンバやショーロ、ボサ・ノヴァ、あるいはフォホーほかノルデスチの伝統音楽などとは異なる独特な混血音楽が発展してきた。とりわけ、ポルトガル直系の教会音楽やクラシック音楽の影響が強いことはよく知られているが、移民文化の複雑さゆえだろうか、時にアラブ音楽のテイストもあったりする。
ミルトン・ナシメントを筆頭に、
ロー・ボルジェスや
トニーニョ・オルタ、ベト・ゲヂス、
フラヴィオ・ヴェントゥリーニ、ヴァギネル・チゾ、セルジオ・サントスなどなど、60年代から今日までたくさんのすぐれたアーティストが輩出してきたが、そのほとんどすべてに見事に共通するのが、静謐さ、浮遊感、透明感、光彩感であり、内省的で慎ましやかなたたずまいだ。いつも、はるか遠くを眺めやっているような歌、空を舞う小鳥や風そよぐ木の葉に語りかけているような涼しげな歌……。ブラジル音楽の真髄を支えるのはサウダーヂの感覚だが、それだけではない、特殊な深遠さと哲学性、精神性がミナス音楽にはあるのだ。
『サウンズ: 平和のための揺らぎ』
根っからのミネイロ(ミナス人)であるヘナートとパトリシアの表現も、基本的にはミナス流フュージョンと言っていい。が、パトリシアがクンダリーニ・ヨガの講師資格を持つほどインド哲学やヨガに深く傾倒している点は、彼らの音楽に更なるユニークさを加えることとなった。その最初の成果として発表されたのが、2007年の
『サウンズ:平和のための揺らぎ』だ。ヘナート&パトリシアのデュオ名義のアルバムとしては6作目となる今回の『イン・マントラ』は、この『サウンズ:平和のための揺らぎ』をベースにしたものである(全10曲中5曲が『サウンズ: 平和のための揺らぎ』の収録曲)。
「ヨガという言葉は、サンスクリット語で“統合”を意味します。ヨガは僕たちにとって、呼吸の技術や、身体的な訓練、手を使ったポーズ、またマントラの音や瞑想を通して、個人の意識を、宇宙の意識に統合するためのテクニックなのです」
これは、『サウンズ:平和のための揺らぎ』発売時の、ヨガに関するヘナートの発言だ。が、それは同時に、ミナス音楽のことを指しているようにも僕には聞こえる。ミナス音楽とヨガ/インド音楽には、それほど強い根本的共振性を感じてしまうから。
一見奇異なようでいて、実はすこぶるリーズナブルでナチュラル。それが、『イン・マントラ』の心地良さの所以である。
“マントラ・セッション”@光明寺(2009年4月26日)ダイジェスト映像
ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート ジャパン・ツアー2010
「イン・マントラ」●10月30日(土)
会場:山形・文翔館議場ホール
時間:開場:14:30/開演:15:30
※デュオでの出演
●10月31日(日)
会場:神奈川・鎌倉 浄土宗大本山 光明寺 大殿(本堂)
時間:開場:13:30/開演:14:00
[参加ミュージシャン]
沢田穣治(b)
ヨシダダイキチ (シタール)
Maya(ハーモニウム)
●11月2日(火)
会場:福岡 アクロス福岡・円形ホール
時間:開場18:30/開演19:00
※デュオでの出演
●11月6日(土)
会場:東京 表参道 EATS and MEETS Cay
時間:1st 15:00開場/16:00開演
2nd 18:30開場/19:30開演
※2ステージ・入替制、飲食代別途要
[参加ミュージシャン]
沢田穣治(b)
ヨシダダイキチ(シタール)
Maya(ハーモニウム)
U-zhaan(タブラ)
ライヴ詳細はNRTのホームページ(
http://www.nrt.jp/index.html)へ。
主催・企画・制作: NRT/maritmo株式会社
協力:ラティーナ
後援:バウンディ株式会社