3月下旬、一風変わったアイドル・グループの楽曲がSNS上で大きな話題を呼んだ――群馬在住のブラジル人少女によって結成された“
リンダIII世 ”のデビュー曲
「未来世紀 eZ zoo」 。3月21日にミュージック・ビデオ(MV)がYouTubeにアップされると、バイリファンキやサンバのエッセンスを取り入れた斬新なアレンジと、日本語と英語とポルトガル語がチャンポンになったエキゾチックな歌詞、さらにはブラジル人の美少女たちがスチーム・パンク風の衣装を身にまとって可愛らしく踊り、最後にはなぜかゾンビまで登場する謎めいた演出の映像が話題となり、その存在はTwitterやFacebookを経由して瞬く間に“拡散”。MVも公開1週間で5万回を超える急速な伸びをみせ、1ヵ月間で10万回超の視聴回数を記録した。筆者もMVがYouTubeにアップされて間もなくTwitterで情報を知り、アイドル・ソングらしからぬ楽曲のカッコよさと妙にしっかりと作り込まれた映像によって一気に心を鷲掴みにされたうちの一人。しかし、当初はグループ名と曲名しか公開されておらず、情報の枯渇状態が続いた。
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徐々に明らかにされていったインフォメーションによれば、リンダIII世は太田市在住の“自称リーダー“で食いしん坊のムツミ(中1)、伊勢崎市在住でメンバーの中でも一番おしゃれで一番背の低いナオミ(中1)、大泉町在住の色白でおっとりした性格なサクラ(中1)、太田市在住のダンスとアイスが大好きなスレンダー美少女サユリ(中3)、サユリの双子の妹で歌とダンスが大好きなシオリ(中3)の5人によって結成/4月24日発売のデビューDVDシングル「未来世紀 eZ zoo」は、作詞を
ももいろクローバーZ の楽曲などで知られる人気作詞家の只野菜摘が手がけ、作編曲は映画やアニメの音楽をいくつも手がけたプロデュース・チームtomisiroが担当 / デビュー作のリリース・ツアーは、群馬県内のヤマダ電機や大型ショッピングモールのみを回るという、徹底した地元密着型の活動を展開 / オリジナル曲は「未来世紀 eZ zoo」と、未発表の新曲「愛犬アンソニー」の2曲のみ……と、ひとつずつ詳らかになっていくリンダIII世のプロファイルを知るほどに、都心からは気軽に“会いに行けないアイドル”への興味は募っていった。そして、リリース直後から1ヵ月半にわたり、ほぼ毎週開催されたレコ発ツアーの最終日となる5月5日、ついにリンダIII世に取材できることとなった。
館林I.C.を下りて国道354号線を西に走ると、店の看板に見慣れない言語が少しずつ混じってくる――群馬県大泉町。その中心に位置する東武小泉線の終点、西小泉駅の周辺には三洋電機(現在はパナソニックに吸収合併)や富士重工業などの大規模な工場があり、90年代以降は貴重な労働力としてブラジルやペルーから多くの日系人たちが誘致された。町には全館がまるごとブラジル人向けのテナントが入ったショッピングモールや、南米の食材がずらりと陳列されたスーパーマーケットが出来たりと、日本でも有数の“ブラジリアン・タウン”として知られるようになり、現在では人口の約15パーセントをブラジル人が占めるまでとなった。
見事な日本晴れとなった、こどもの日。西小泉駅にほど近い公園で〈大泉ブラジリアンデイ・フェスティバル〉が開催され、そのステージにリンダIII世が出演するという。お昼近くに現地に到着すると、会場にはすでに大盛況。多くの屋台からシュラスコを焼く美味しそうな煙が立ちのぼり、ステージ上ではサンバ・ダンサーやカポエイラの演舞が披露され、場内は大いに盛り上がっている。会場を埋め尽くす約1000人のほとんどは日系ブラジル人だが、その中にまぎれて、ももクロや
lyrical school などのアイドル・グループのグッズを身につけた日本人の姿も見受けられた。実際、県外からリンダIII世を目当てに駆けつけるアイドル好きのリピーターも急増しているという。
昼下がりのまぶしい日差しが照りつける中、ブラジル人司会者のポルトガル語によるアナウンスにのって、いよいよリンダIII世が登場。1曲目はなんと、スタンダード曲「マシュ・ケ・ナダ」を全編ポルトガル語で披露した。
ジョルジ・ベン 作曲、
セルジオ・メンデス の演奏でも知られるこの曲は、これまでリンダIII世のレパートリーになかったもの。実は彼女たち、日系ブラジル人が大勢集まった会場で歌うのはこの日が初めて。動画がアップされてからの1ヵ月半で急速に注目を集めていったリンダIII世にとって初の“凱旋公演”とも言えるステージで、この日のために用意した「マシュ・ ケ・ナダ」を堂々とポルトガル語で歌って踊り、一気に会場じゅうのブラジル人たちの“コラソン”を掴んだ。
続く自己紹介も全員ポルトガル語で行なわれたが、それもこの日の客層を大いに意識したもの。これまでのライヴでは、すべて日本語によるMCだった。日本で活動しているアイドル・グループだから当然のことではあるが、日系ブラジル人の観客からは、まれに「彼女たちはブラジル人なのに、なんで母国語でMCをしないんだ?」という反響もあったそうだ。そんな想いにも、“ブラジル人アイドル”としてしっかりと応えようとしている彼女たちの姿勢が感じられる。
2曲目に披露された「未来世紀 eZ zoo」では、「サンバ!」というかけ声とともに、間奏部分に織り込まれたサンバ・パートでオーディエンスも歓声を上げながらステップを踏みはじめ、最高潮の盛り上がりを見せる。ステージ前で興味深そうにリンダIII世を眺めていた小さい子供たちも、サンバのステップで踊っているのを目の当たりにして、この場所があらためて“日本であって日本でない”ことを思い知らされる。
〈大泉ブラジリアンデイ・フェスティバル〉でのステージは、もうひとつのオリジナル曲「愛犬アンソニー」と、KARA「ジャンピン」カヴァーの全4曲を歌い終了。その後、会場内で行なわれたDVDシングルの即売・写真撮影会では過去最高の行列となり、“初の凱旋公演”は大盛況のうちに幕を閉じた。
ライヴ後、大勢のブラジル人観衆を前にして歌った感想をメンバーに訊いてみると……。
「緊張したけど、みんなが盛り上がってくれて嬉しかったです」(サユリ)
「今までMCでは日本語だったので、みんなの前でポルトガル語をしゃべるのは、とっても緊張しました」(ムツミ)
「(間奏の)サンバのところで、小さい子たちも踊ってくれたのが可愛かったです」(シオリ)
「(1曲目に歌った)〈マシュ・ケ・ナダ〉は歌うのが今日が初めてで、ダンスも自分たちで考えなければならかったので、大変でした。でも、歌ってるうちに楽しくなってきました」(ムツミ)
と、少したどたどしい日本語ながら、がんばって答えてくれる。
この日は、大泉ブラジリアンデイ・フェスティバルでのステージの後、リリース・ツアーのファイナルとなるインストア・ライヴをHMVイオンモール太田店でも開催。買い物がてら足を止めた日本人客を中心に約200人の観衆が集まり、1曲目に歌った「未来世紀 eZ zoo」を再びアンコールで披露するなど熱い盛り上がりをみせて、全29ステージにわたる群馬県内ツアー全行程を終了した。
急速的に注目を集めているリンダIII世をプロデュースするのは、B-Pop代表の小柴千恵子氏。地元・太田市出身の小柴氏は、かつてレコード会社に勤務の後、大手プロダクションで多数のアーティスト・役者のマネージメントを経て独立。これまでに若手俳優やブラジル人モデルを擁する芸能プロダクションの経営やフリー・マネージャーとしての実績を持つ。
「3年ぐらい前から“多目的ブラジリアン・ガールズ・ユニット”的な集団は作りたいと思っていました。ただ、その頃は特にアイドルということは意識していませんでしたが」(小柴)
一度、ブラジル人によるガールズ・ユニットを結成しようと試みて断念したこともあるという。リンダIII世は、新たに名乗り出てくれた現レーベルとの連携から生まれた。彼女が経営するプロダクションにモデルとして在籍していた、サユリ・シオリ姉妹とナオミに加え、オーディションでムツミとサクラが選ばれ、現在のメンバーが揃った。
「私とシオリとムツミは、リンダIII世が結成される前から、プライベートでも外でダンスを踊ったり、歌ったりして遊んでたんです。3人で一緒にアイドルに憧れていました」(サユリ)
「昔から踊るのも大好きだったので、実際にデビューが決まった時は嬉しかった」(サクラ)
「ムツミは、涙を流して喜んでたよね」(シオリ)
オリジナル曲として用意された「未来世紀eZ zoo」と「愛犬アンソニー」は、ともに作詞・只野菜摘、作編曲はtomisiro(掛川陽介・本澤尚之)が手がけた。この作家陣のセレクトには、小柴氏のレコード会社勤務時代のコネクションが活きた。
「只野さんは、実は私がレコードメーカーにいた時の同僚なんです。その後も『プリキュア5』のお仕事で再会し、その時のインパクトある歌詞に魅せられて、リンダIII世で曲を作る時は、作詞は必ず只野菜摘さんにお願いしようと決めていました」(小柴)
「最初、リンダIII世というグループを知った時、“小柴、またおもしろいことを”って思いました(笑)。〈未来世紀 eZ zoo〉を作詞するにあたっては、そこはどんなところなのか? ということで“混沌と平和”を意識しました。歌詞の中には、日本語とポルトガル語と英語を使っていますが、境界線のない世界なので、もしも〈eZ zoo 2〉があったなら、もっとたくさんの言葉を盛り込みたいですね」(只野)
「tomisiroの本澤さんとはスタジオで知りあって、そこからの私にとってのスタートなんです。楽曲 のテーマは、J-POPでもK-POPでもなく、B-POP。ブラジルの象徴であるサンバのリズムと、単調なダンス・ナンバーを融合したいと思ってオファーしました」(小柴)
「新しい風、来たなーと。(間奏にサンバ・パートが入るアイディアは)曲を作る前に、“そんな風になったりするのもいいよね”とアイディアもらってたんですけど、結果、自然とそうなりました」(本澤)
「(リンダIII世は)歌の中に、必ずサンバを入れてるんです。サンバは昔からやってるわけじゃないけど、ブラジルに帰った時は、おばさんやいとこが踊ってるから、それで一緒に踊ってます」(ムツミ)
7月24日にセカンドDVDシングルとしてリリースが決まっている「愛犬アンソニー」は、「未来世紀 eZ zoo」の先鋭的なサウンドとはガラリと趣を変えて、メンバー5人の可愛らしさを前面に打ち出した曲になっている。
「少し可愛くて、少しカッコいい曲ですね」(ムツミ)
「学校や同級生、家族や愛犬……子供らしい歌にしたいと思いました」(只野)
デビュー以来、地元メディアのみならず、全国紙をはじめとする大手メディアにも記事が掲載されるなど、瞬時にして大きな反響を集めたリンダIII世。小柴氏は、デビューからの1ヵ月半ほどを振り返って、どんな印象を持ったのか? 「リンダIII世がこのメンバー構成でイケる! とは、実は今でも思っていないんです。まだまだ発展途上のメンバーなので、むしろそこがイケているのでしょうか。おかげさまで思った以上の反響をいただいていますが、話題性やヴィジュアルが良いだけでなく、人々に語られるアイドルでなければならないと実感しています」(小柴)
事実、楽曲やヴィジュアル面から入った人々も、メンバーたちを育んだ群馬という土地柄や日系ブラジル人コミュニティの歴史と現状、そこから飛び出したリンダIII世というグループの特異性、そして彼女たちが現在のエンタテインメントのシーンに与えるインパクト……など、リンダIII世を取り巻く環境に想いを馳せるほどに、彼女たちに対する興味は、ますます深まっていくことだろう。
「好景気だった頃の大泉のブラジリアン・タウンは、ちょっと近寄りがたい感じはありました。太田は駅周辺から日本ではない、多国籍な街でした。それは今でも変わらないところではありますね。ここ数年で、ブラジル人の人口は減少傾向にあって、それは長引く日本国内の不景気が理由にあるのかもしれないけれど、それ以上に震災の影響も大きかったと聞いています。ブラジルのような大陸にある国から見れば、あの震災は小さな島国が沈没するんじゃないか? と思ってしまうほどのインパクトがあったようですね」(小柴)
大泉をちょっと散策してみても感じることだが、ブラジリアン・タウンもかつての勢いは失い、閉店したまま次の入居者が決まらないテナントも散見する。そんなうら寂しい町並みは、映画『サウダーヂ』で描かれた地方都市のシビアな現状とリンクする。映画では、日本での生活に見切りをつけて故郷へと戻るブラジル人と、一方で、出口の見えない厳しい生活に耐えながらも、しぶとくも現状を乗り越えようとするブラジル人たちの生活が描かれていた。リンダIII世がこれから活躍の場を広げ、アイドルとして人気を獲得していくストーリーは、日本に暮らすブラジル人たちにとっても大きな心の支えとなっていくことだろう。
「昔に比べれば、たしかに人は少なくなってきてはいるけれど、それでも根強いブラジル・パワーは健在ですね。2014年のFIFAワールドカップ、2016年にはリオデジャネイロのオリンピックと、ブラジルへの関心がさらに深まっていくとともに、進化したリンダIII世を日本から世界へと発信していけたら、と思います」(小柴)
「日本のトップ・アイドルを超えるぐらいに有名になりたいです」(ムツミ)
「ブラジルに行ってライヴをしたいし、世界中で有名になりたいです」(ムツミ)
大きな夢を語る5人の少女たちの無邪気な瞳には、すでに日本のアイドル・シーンの向こう側が映っている。
取材・文 / 宮内 健(2013年5月) 撮影 / 菊地 昇 取材協力 / HMVイオンモール太田店