ロッキー・エリクソン15年ぶりの新作
『トゥルー・ラヴ・キャスト・アウト・オール・イーヴィル』は、サイケデリック・ロックの創始者と謳われた13th フロア・エレヴェイターズ時代を含め、40年を超える彼のキャリア史上、最高傑作と言える充実ぶりだ。エレヴェイターズの解散後、医療刑務所暮らしを経て70年代の半ばからソロ活動を続けながらも、ドラッグ濫用とショック療法による精神の問題を抱え、まともに作品を作ることができなかった天才は、ついにその才能を作品として形にすることに成功した。演奏は2008年以来、ロッキーと共演してきた同郷(テキサス州オースティン)の人気インディ・ロック・バンド、
オッカーヴィル・リヴァー。轟音ギターが唸るサイケデリック・ロックから祈りにも似たゴスペルまで多彩なアレンジとともに、彼方と此方の境界線を怪しい足取りで歩きながら美しいメロディを紡いできた音楽家の才能を浮かび上がらせたサポートが素晴らしい。そのオッカーヴィル・リヴァーのリーダーで、アルバムのプロデュースとアレンジを担当したウィル・シェフに話を聞くことができた。
――ロッキーとアルバムを作ったことは、あなたにとってどんな経験でしたか?
ウィル・シェフ(以下、同) 「長い道のりだったね(笑)。このプロジェクトは、ロッキーのマネジメントが送ってきたCD3枚から選曲するところから始まったんだ。そこには彼が過去30年間、書き溜めてきた60曲以上の未発表曲が収録されていた。それらの曲が今日までリリースされなかった理由は、単に音質の問題だった。精神を病んだシンガーがマネジャーもレーベルもスタジオもなしに書いた曲は、信じられないくらい素晴らしかったよ。僕が“「シンク・オブ・アズ・ワン」をやりたい”とロッキーに話したとき、ロッキーは“その曲をどこで聴いたんだい?”と尋ねてきた。彼はその曲の存在をすっかり忘れているようだった。その曲を含め、収録曲の何曲かは、13th フロア・エレヴェイターズ時代に書かれたものだと僕は信じている。ロッキーはそういう古い曲を覚えなおさなきゃいけなかった。でも、中には何十年も歌ったことがなかったにもかかわらず、たちまち思い出した曲もあったよ。彼とアルバムを作ることは、大昔の美しい宝を見つけようとするみたいだったと言うか、その宝を作った職人の後を追いかけて、彼が宝箱からそれを取り出して、かつての輝きを取り戻そうと磨きを掛ける姿を間近で見ているようだったね」
――大変だったことは?
「彼の個性の強さだね(笑)。彼はつねに本能の赴くままに行動するんだ。即興や直感を信じているんだよ。実際、そういうやり方が彼の場合、かなりの確率で成功する。彼は唯一無二の存在だ。つまり、普通のプロデュース方法やコミュニケーションの取り方は通用しないってことだ。だから、僕はまず彼の流儀を学んで、自分自身をその流儀に慣れさせなきゃいけなかった」
――あなたにとって、ロッキーの音楽の魅力とは?
「とてもワイルドで、予測がつかないところかな。しかも、場合によっては、ゾッとするようなところさえある。それでいて、彼は技術的にも熟練している。彼は生まれながらのミュージシャンであると同時に、クラシックの教育もちゃんと受けているんだ。それって珍しいタイプだろ? 多くの人たちはロッキーの音楽の原始的と言うか神秘的なところばかり評価しているけど、実のところ、彼は昔ながらのショーマンシップの巧みなセンスとともにそれをやっているんだよね」
――実際につきあってみて、ロッキーはどんな人物でしたか?
「信じられないくらいやさしくて、奥ゆかしくて、一緒にいる人間によけいな気を遣わせないチャーミングな人だよ。そういう人柄が逆に災いして、彼を窮地に追い込んだことも何度もあったと思う。彼はじっくり考えてから喋るタイプなんだ。彼の言うことすべてが、笑えるか気味悪いほど詩的かのどちらかなんだよ。習慣に縛られた人であると同時に、彼の興味を捉えた気味悪い小物や言葉の響きや、いまだに口ずさんでいる過去、何百回と聴いたロック・ソング、あるいは夕暮れ時の心地いいそよ風を本当に楽しめる人でもある。たぶん、ほとんどエゴっていうものを持っていないミュージシャンなんじゃないかな。だけど、彼は自分がある人たちにとって“伝説”であることはちゃんとわかっているんだ」
「2011年の3月頃にはリリースしたいね。だけど、どんな作品になるかは秘密にしておくよ。だって、今、ここで明かしてしまったら、アルバムがリリースされたとき驚きがなくなってしまうからね」
取材・文/山口智男(2010年7月)